陽だまりをくれる人 外伝─Überlieferung─ 作:粗茶Returnees
ベッドの上で膝を抱える。部屋の電気はつけず、暗闇の中一人。帰ってくるまでのことが記憶にない。あの曲を聞いたところまでは覚えてるんだけど、どういう道順で帰ったんだっけな。友希那にちゃんと連絡したっけな。覚えてない、分からない。だけど、それを確認する気力もない。
あの曲はいったいなんだったんだろう。あの歌声の主は誰だったんだろう。分かるのは男の子だってこと。同年代くらいのはず。Augenblickのメンバーの年齢は、ほとんど固まってるから。
(奪い取った……? 私が居場所を盗んだの……?)
もしかしたらそう思われてるのかもしれない。何か事情があって加入が遅れて、その間に私が奪ったのかもしれない。そんな可能性が脳裏を過ぎる。否定したいけど、否定できる気がしない。そう言われても反論できないから。
部屋が急に明るくなる。顔を上げたら、部屋の入り口に友希那が立ってた。制服じゃなくて部屋着。お風呂はもう済ませたのかな。
「電気くらい点けなさい」
「……そうだね」
「……何があったの?」
「…………」
押し黙る私に友希那は何も言わない。静かにドアを閉めて、私の目の前に座る。私は腕を引っ張られて、友希那に頭を抱えられた。なんで何も言わないのに、こうやって優しくしてくれるんだろ。私は、友希那に張り合う資格すら持っていないのに。こうしてもらえるのもおかしいのに。
「話してくれないのかしら?」
「……」
「……佐藤さんに会ったわよ」
「っ! ……なら……知ってるんじゃん……」
「あなたの思いを聞けていないもの」
友希那はズルい。リサみたいな外から埋める優しさじゃなくて、直線で距離感を調整して合わせてくれる。だからこそ、こういう時に心にぐっと来て、壁を突き崩される。
「……私以外にボーカルがいた……」
「Augenblickに、よね? 私でも知らなかったことなのだけど……。おそらくお父さんも知らないわよ」
「うん……でも、いたの……曲があったもん!」
「……そう」
シーツを掴む力が強くなる。友希那の腕の力が少し強くなって、私はぎゅって抱きしめられる。友希那だって真相は知らない。でも、友希那は私を支えてくれる。それが嬉しくて、離したくなくて、友希那が離れたらって不安に襲われる。
「大丈夫よ結花。私は何があっても結花の味方だもの」
「友希那……」
「雄弥たちはたしかに仕事の関係で結成されたバンドにいる。だけど、彼らは口では仕事の関係と言いながら、仲間のことを大切にしている。それは結花がよく知っているでしょう?」
知ってる。後から加入した私のことを大切にしてくれてることを、何度もいろんな場所で実感した。マスコミの意地悪な質問も、雄弥たちが庇ってくれた。私にたくさん教えてくれて、いろんな景色を見させてくれてる。疑いたくはない。でも、一度抱いた不安が拭えない。
「もし、仮に本当は誰かがボーカルだったのなら、結花はバンドに入れていない。その枠は必ず残し続けられていたはず。そうならなかったということは、何か事情があるのでしょう」
「何かって……なに?」
「それは私にも分からないわよ。雄弥たちに聞かないと……あの子は今日帰ってこないみたいだけど」
「え?」
連絡があったらしい。雄弥は今日疾斗の家に泊まりに行くって。たぶんハロハピの活動に巻き込まれてるだろうけど。こころが何か計画してるらしかったし。
「明日帰って来るから、その時に聞いてみましょう。今日はちゃんとご飯を食べて、お風呂に入って、しっかり寝る。いいわね?」
「……うん」
「まずはご飯ね。お父さんたちも待っているし、さっそく下りましょう」
え、みんな待ってたんだ。先に食べていたらよかったのに……って言うのは野暮だよね。ちゃんと謝って、待っててくれたことにお礼を言わなきゃ。
先にベットから降りた友希那が、私に手を差し伸ばしてくる。私はその手を握ってベットから降りる。繋がっている手から友希那の優しさが伝わってくる。それは体温という形で伝わってきて、先を歩く友希那の背中が大きく見えた。
「下りてきてわね」
「ごめんなさい」
「いいのよ。さっ、食べましょうか」
お母さんは何も聞かずにご飯をついでくれる。お父さんも何も言わないし、それが心地良くて、私はこの環境に甘えてしまう。今は、と弱い自分を曝け出してしまう。それが良いことなのか分からない。もしかしたら悪いのかもしれない。揺れてしまう私の心を、友希那の手が留めてくれる。
ちらっと横を見たら、目を細めてる友希那と目が合う。繋いでいる手が一段と強く感じられる。何の根拠もないけど、友希那がいてくれたら大丈夫だと思えてしまう。私は、まだ頑張れる。
「見つめ合ってないで座ってちょうだい」
「あ……」
「ふふっ、席につきましょうか」
友希那の隣に座って、用意してもらった晩御飯を食べる。温かい食事で、なんだか沈んでいた気持ちも浮上してくる。
お風呂にゆっくり浸かって、友希那にリビングに呼ばれて行ってみたら髪を乾かしてくれた。友希那は家事が全然できないし、音楽以外がからっきしってイメージもあるんだけど、髪の手入れがびっくりするぐらい丁寧。私も気をつけていたんだけど、友希那の方が詳しい。ドライヤーも心地良くて、私は瞳を閉じて友希那にもたれかかりたくなる。
「はい、もういいわよ」
「ん〜、ありがとうー」
「寝るならちゃんと部屋で寝なさいよ?」
「友希那はー?」
「……はぁ、後から部屋に行くわ」
片付けを終えた友希那は、私より先に2階に上がっていく。作詞もあるだろうし、たしか学校の課題もあったから、それを終わらせてから部屋に来てくれるのかな。
「あ、私も課題やらなきゃ!」
「結花、ちょっといいかな?」
「どうしたの?」
バッとソファから起き上がったら、お父さんから声をかけられた。お父さんから声をかけてくるのは珍しくて、どんな用なのか全然予想もつけられない。
「もしかしたら、結花に謝らないといけないと思ってね」
「へ? 何かあったっけ? もしかして私のおやつ食べたとか?」
「いやそれはしてないよ。……バンドのことさ」
「っ!?」
「雄弥たちから説明するべきだろうし、こちらから話すこともできないのだが、父さんは事情を知っている。話す必要はないだろうと、そう判断したのだが、もしそれで結花が今傷ついているのなら──」
「あはは、お父さんってば背負い過ぎ。その気持ちだけで嬉しいよ」
──なんで話してくれなかったのか
もし私が家に帰ってきてすぐにこれを知ったら、そう叫んでたと思う。当たり散らしてたかも。でも、時間が空いて自分でも少し落ち着くことができて、友希那が支えてくれるって分かった。それだけで十分だ。お父さんが取るような責任なんてどこにもない。私たちはまだ未成年だけど、社会人の端くれでもある。今回の案件的にも、親が責任を肩代わりする必要なんてないんだ。
「私は全部知らないといけないんだと思う。今までずっと甘えられてきたけど、それの区切りにするべきなんだよね。……真実次第じゃ私がどうなるか分かんない。怖いよ? でも、それでも私は受け入れてみせるから。結果も含めて」
「……そうか。去年とは見違えるほど成長したな」
「ちょっ、いきなりそんな事言われてもリアクション困るってー!」
「ふっ。全てを知り、自分の思いをぶつけなさい。Augenblickに足りないものを結花は知っているのだから」
「うん!」
お父さんに背中を押されて、私は気合に満ちた笑顔を浮かべられたと思う。軽くなった足取りで階段を駆け上がって、一度自分の部屋に入ってから友希那の部屋に突入する。
「一緒に課題やろー!」
「ノックしてから入ってきなさい」
〜〜〜〜〜
今日は全体練習の日。メンバー全員が揃う日で、私が話を聞くのにもってこいな日だった。本当は貴重な時間を潰さないほうがいいんだけど、こういう時じゃないとたぶん話してくれない。全員に予定を空けてもらうより、全員の予定が一致してる日にしたほうが都合がいいんだ。
「さて、じゃあまずは大輝がパシリになるとして」
「待て疾斗。その前提はおかしいぞ」
「ジャンケンしたところで大輝が負けるのは目に見えてるだろ」
「いつも負けてるみたいに言うなよ!」
「しゃあねぇな。愁も巻き込んでジャンケンだな」
「勝手に混ぜないでくれるかな?」
部屋に入ったら早速よくわからない光景を見させられる。私は何が起きてるのかよく分からなくて、一人離れてベースをチューニングしてる雄弥に近づく。昨日帰ってこなかった雄弥。どこで何してたんだか。
「あれ何してるの?」
「いつもの光景。ジャン負けが買い出しだな」
「雄弥は免除なんだ?」
「俺は先に買ってきたからな」
言われてから気づいた。雄弥の近くにあるテーブルに、ビニール袋が置かれてる。中には飲み物が入ってるみたいで、なぜか2本あった。どっちもスポーツ飲料なんだけど、2本飲むつもりなのかな。
「一本は結花のだ」
「そうなの? ありがとう」
なるほどなるほど。私も分も雄弥が用意してるから、私もあのジャンケンに巻き込まれないでいいわけだ。別に混ざってもいいのだけど、雄弥がせっかく買ってくれたのだし、私は今日これを飲むとしよう。
それに、みんなに話を聞くんだって固めた覚悟が薄れちゃうかもしれない。
「おっしゃ勝ったァァァ!!」
「なん……だと……」
「なぜ僕に勝てなかったのか、明日まで考えてみてください。そしたほがぁっ!?」
「それは腹立つ」
ジャンケンに負けたのは、絶対の自信を持っていた疾斗みたい。ライブ終わりぐらいに飛び跳ねてる大輝はいいとして、煽ってきた愁には理不尽ビンタをしてる。あれ結構痛そうというか、最悪首の骨がやられるような。
「疾斗は加減を間違えないぞ」
私の懸念を晴らしてくれたのは雄弥で、雄弥はチューニングを終えたベースを仕舞って……え、仕舞うの?
「さて、ジャンケンも終わったし、先に買うか後に買うか……」
「あ、疾斗ちょっといい?」
「どした?」
「疾斗だけじゃなくて、みんなに聞きたいことがあるんだけど」
私がそう言うと、大輝や愁もこっちを見てくれる。雄弥は相変わらずだけど、リサから何か聞いてるのかな。
「……私が入る前に、誰かボーカルいたよね?」
「「っ!?」」
「……知っちゃったか」
大輝と愁が驚いて、疾斗は困ったように苦笑いする。確信を持って言ってるから、誤魔化しなんて通用しない。それがみんなに伝わって、疾斗が楽器を片付けるように指示を出した。
「えっと……」
「中途半端にしか知らないんだろ? その話をするなら、ここから移動する必要がある」
「あいつの話をするために最適な場所があるんだよ」
「結花も行ったことあるけどね」
「それって」
「Galaxyだ。あそこで全部話してやるよ」
ベースを背負った雄弥がそう言って先に部屋を出ていく。元から楽器を出してなかった疾斗が、肩をすくめながら雄弥に続いて、私も雄弥が買ってくれた飲み物を取って後を追いかけた。