『―――――ごめん、アルティナ』
不埒な人だった。
皇女殿下と“誰よりも大切な人”であるエリゼさんを攫った相手のことを心配するようなどうしようもないお人好しで、自分のことを顧みない仕方のない人。
『―――――君なりの“理由”を示してほしい』
命令に従うことしか知らないわたしに考える機会を、成長する機会を与え続けてくれた人。
『君の成長を、誰よりも嬉しく思うよ―――――』
父のような、兄のような。
誰よりも
父なんて言うよりは支えてあげたくて、兄なんて言うには不埒で。
それでもこの人が
『頼むから、もうこんなことはしないでくれ―――――』
<剣>になってしまったお姉ちゃんにはできないこと。
わたしがこの人の<剣>になるはずだったのに、という小さなトゲは、お姉ちゃんへの感謝になったり申し訳無さだったりで、よくわからなくなって。
『大丈夫、いつかきっと戻ってくる―――――ありがとう、楽しかった』
だから、ああ―――――しんじて、いたのに。
いっしょにいたかったこと、断られたことなんてどうでも良かった。自分は所詮、人形なのだと思えば、元パートナーとしてあの人を支えられば――――それで、十分だったのに。遠い、遠い、手の届かない場所に行ってしまった。
『―――――最早、龍脈の枯渇は大陸東部だけに留まらぬ』
『共和国内部で反乱が―――――』
『アルテリア法国が消滅したという未確認情報が―――――』
『――――あの時、帝国の“呪い”に包まれた時と全く逆の現象が起きている』
『このままでは遠からず全てが枯れ果てるだろう』
『最後の希望と言えるものは、<至宝>しかない――――』
帝国に残された莫大な賠償金――――帝国という国家の存続の危機に重なるように、共和国の自己崩壊が始まった。
リィンさんの師匠、ユン老師が言っていたという龍脈の枯渇。砂漠化の広がる共和国では移民との対立が激化し、その移民のうち一人が水を司る“至宝”を手に入れたという不確定情報から戦端が開かれた。移民は弾圧され、決死の抵抗を試みるものたちのゲリラは拡大する。
混乱を収めるべく動くはずだったアルテリア法国は何故か全ての連絡が途絶え。大陸全土の混乱に遊撃士ギルドも後手に回る。
そして龍脈が途絶えた大地では、あらゆる感情を削ぎ落とされた抜け殻のようになる人々が続出していく。
そしてそれは感染症の如く爆発的にゼムリア大陸中に広がっていった。
国の境も、人の違いも関係なく、ただ龍脈に沿って無差別に広がっていくそれは帝国でも猛威を振るい――――。
「守らなきゃ……あの人の、リィンさんの帰る場所を――――」
あの人の影に縋るように残っていたトールズ第Ⅱ分校を卒業し、クロスベルに残るユウナさん、それについていくクルトさん、カイエン公として残らなければならないミュゼさん、体調を崩したタチアナさんのためにレクターさんの部下をしながらも奔走するアッシュさんと別れて他に動ける人を探した。
―――――けれど、誰もいない。
Ⅶ組の人たちには仕事があり、責任があり、やることがあった。
RF社の仕事であったり、遊撃士としての仕事であったり、領地を守る義務であったり、魔女として少しでも龍脈の枯渇を抑えるためであったり。
―――――いないのだ、もう。あれだけの人たちを動かすことのできるあの人は。
だから、わたしがやらなきゃ。
そして、もしかしたら帰ってきてくれるのではないかという淡い願いがあった。
帝国を出て、荒れ果てた共和国を彷徨った。
暴漢、物取り、強盗、呪いに侵された帝国でも見なかった――――単独行動が原因かもしれないけれど――――種々の障害をクラウ=ソラスで制圧しつつ、RAMDAで武装したゲリラや、時には正規部隊と戦闘にもなった。
クラウ=ソラスのステルス機能を用いれば基本的には逃げることは容易だったのだけれど、正規部隊とゲリラの双方に追い回されていた青年と少女――――あの人ほどではないものの、やや不埒傾向のある人と、大人しめのユウナさんみたいな少女を助けようとした結果、瀕死で洞窟に転がる羽目になっていた。
立体投影に、特殊なアーツ。RAMDAに対抗するにはそれこそ<心眼>のようなものでもなければならないだろう。そして互いにステルス同士という戦闘では、守るものがあり、人数も少ないこちらの不利は明らかだった。
「――――っ、はぁっ、ターミネートモード起動――――クラウ=ソラス!」
「無駄だ。手間をかけさせる……制圧射撃!」
いつかティオ主任との会話でも話題に上がったマンマシンインターフェースの、その逆。人を機械につなげるのではなく、機械を人に繋げたのが人造人間であり――――。クラウ=ソラスがわたしを動かすターミネートモードはもともと備わった機能でもあった。
あの人といるようになってから使われなかったのは、負荷の大きいその機能をあの人が好まなかったというのが一番で。しかし戦術リンクを通してデータを収集したことでその機能がより有効になったのは皮肉だった。
「擬剣、二の型―――――裏疾風」
機械の利点は、データさえあれば完璧にそれを再現できること。だから、データの揃っている<あの人>の剣技を、再現することができる。
けれど剣術というのは、型を再現するだけでは成り立たない。敵の位置、構え、呼吸。機械で判断できないあらゆる要素を、あの人の影を追いかけるようになぞる。
見ること、真似ることは最初の稽古だと誰かが言った。
では、戦術リンクで繋がり、共に戦い抜いたことは――――?
もともとあの人の<剣>となるべく調整されたわたしには、その下地があった。
「ひとつ、ふたつ、みっつ――――斬っ!」
ばら撒かれた弾丸を避け、切り払い、体勢を崩したところを吹き飛ばす。
そうしてなんとか数名を倒したところで、まだ大量に残っていた敵が妙に静かになっていることに気づいた。
「―――――――リィン、ではないな?」
それは、一人の老人だった。
別段、目立つ外見というわけではない。共和国ではさほど珍しくもない着物に、太刀。ただ、どこかあの人を思わせる――――全てを見通したような目に、郷愁のような感傷が疼いた。
―――――――――――――――――――――――――――――
夜の帝都を物々しく武装した集団が音もなく駆ける。
それこそ猟兵崩れ以上の実力はあるだろう彼らが半ば公然と帝都にいるのは貴族派の手引きであり―――――目的地は彼らの“とある動き”に反対し説得を試みたとある将校の自宅であった。
本人不在で、家には妻と幼い息子のみ――――どう考えても後ろ暗い任務であったが、不思議と断る者はおらず。まるで何かに導かれるように何の障害もなく彼らはそこにたどり着いた。
『突入する――――』
「――――――そこまでです」
しかしそれを遮るように黒い光とともに風景が歪み、まだ幼さを残した少女が虚空から降り立つ。
不思議な光沢を持つ黒い全身鎧のようなものを身に纏い、顔にはバイザー、戦闘に不向きそうな長い銀髪を靡かせて、少女は蒼いラインの輝く黒い小太刀を構えた。
『何者――――いや、邪魔をするならば処理する』
そのまま、何の警告も躊躇もなく発砲。
静かな夜を切り裂く銃声に、住民たちが起き出すより前に早くこの家の住民を始末する――――それだけを考えて一歩踏み出そうとした男は、そのまま前のめりに倒れた。
「ターミネートモード、起動―――――“擬剣”抜刀」
バイザーの輝きと共に少女が静かに振り抜いた残心を解き。
僅かに動揺したような武装集団に小太刀を向ける。
「擬剣――――<無想覇斬>」
『構うな。家の住人さえ殺せばいい、数で突破しろ』
わざと挑発するように姿を現した少女に対してとことんまで合理的な、ある意味破綻した言葉に少女が僅かに口元を歪める。
斬られることにも構わず、強引に窓を割って侵入する男たちに家の中から悲鳴があがり、少女も割られた窓ガラスから家に飛び込む。
「ディヴィジョン――――行って、クルージーン!」
少女の全身鎧がバイザーを残して解除され、とある学校の未来の制服によく似たボディースーツ姿となり。分離した鎧は光とともに戦術殻に変形して、まさに銃で撃たれそうになった女性と幼い少年を守る。
『ならば――――撃て!』
バリア相手に銃では無駄と判断したのか、取り出したのは到底家の中などで放つものではないロケットランチャーであり。自爆必至のはずのそれが、家のあちこちに撃ち込まれる銃弾の雨に合わせて放たれる。
「六の型――――緋空斬!」
対する少女は一度納刀し、自らに撃ち込まれる銃弾はボディーアーマーで受けつつ、斬撃を飛ばしてロケットランチャーを一つ破壊する。が、それを嘲笑うかのように家の外からも無数の発射音が轟き―――――。
「擬・五ノ太刀――――風花雪月!」
一度抜いた小太刀を再び納刀。目にも留まらぬ速さで抜刀し、斬撃の軌跡が月の如く虚空に描き出される。それが無数に繰り返され、迎撃された銃弾が、爆撃が、鉄の破片が雪のように虚しく落ちる。
『近接攻撃だ。刺し違えて確実に殺せ』
「させません―――――擬剣、七の太刀――――“落葉”!」
確実に意識を失うように叩き込まれた斬撃の嵐が室内で吹き荒れ、緻密にコントロールされたそれらが全て武装集団のみに襲いかかる。が、どこからともなく湧き上がる黒い焔に包まれると、明らかに動ける状態ではないはずの彼らが何事もなかったかのように立ち上がる。
対して、一撃も身体で直撃は受けていないはずの少女は既に息が上がり、苦しげに胸を抑えて女性と少年の前に立つ。
「“呪い”―――――そういえば厄介でしたね」
不死者のように起き上がり、一部は味方であるはずの武装集団からの攻撃で死にかけているにも関わらずに何事もなかったかのように女性と少年を狙う。
少女は居合でそれを吹き飛ばすものの、剣が何本か腕を掠めて血しぶきが舞う。
そして僅かに怯んだ瞬間に銃撃が雨霰と叩き込まれ、女性が悲鳴を上げた。
『クリア。これより目標を―――――』
「<破甲拳>」
寸勁。銃弾を浴びながらも突っ込んだ少女が一番前に立っていた男を家の外まで吹き飛ばし、続けて近くにいた数人を小太刀で吹き飛ばす。
「<軽功>――――<疾風>っ!」
血を流しながらも更に加速した少女が男たちを吹き飛ばし、それでも何度でも立ち上がって迫る彼らに徐々に壁際に―――――女性と少年の方に追い詰められていく。
「駄目、これでは何度倒しても―――――お願い、この子を連れて逃げて!」
「かあさん――――」
呆然と少女の戦いを見ていた幼い少年を守るように、女性が転がってきた銃を拾い上げ。明らかに銃なんて持ったことのなさそうな構えでそれを持つ。それを少女は一瞥すると、苦しげながら断固として、絞り出すように言った。
「嫌です。わたしは―――――模倣であっても――――絶対に、この人の太刀に恥じるようなことはしません――――! 必ず守る、守ってみせる――――」
小太刀と同じ蒼い輝きを纏った少女が、何度目かの納刀をし。
闘気とともに霊力が高まる。明らかに尋常ではなさそうな様子に、男たちも僅かに警戒するように動きを止め――――。
「擬剣・“虚無の太刀”――――――」
「―――――すまない、遅くなった」
太い、重厚感のある声が響いた。
少女が太刀を抜きかけた手を止め、武装集団は構わずに攻撃を続行しようとして―――――剣風が、辛うじて残っていた一階の壁を、家の中にいた武装集団ごと全て吹き飛ばした。
「もう間に合わぬかと思ったが―――――君のお陰で救われたようだ」
ギリアス・オズボーン。家の主が、既に薙ぎ払い無力化した外の武装集団を背後に、堂々と立っていた。