灰兎と獅子の騎士   作:アマシロ

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第1話:トールズ士官学院/再会の春

 

 

 

 

 

 リィン・シュバルツァーは少々難儀な立場にある青年である。

 父は革命派の筆頭にして<鉄血宰相>ギリアス・オズボーン。平民でありながら立場のある父を持ち、それでいて修行のために外国を旅してきた過去を持つ。

 

 そして、将来に悩み、偉大な――――ただし母には頭の上がらない――――父の後を追いかけることも考えて士官学校に入学することは決めたのだが、色々と悩んだ末に卒業後の選択肢の多いトールズに入学することを決めていた。

 

 

 

 ちなみに幼い頃の事件以来、命を狙われることを心配する父に一時期ユミルに預けられ、その頃から面倒を避けるためシュバルツァー姓になっていたりする。なんと言っても父は忙しく、到底母とリィンを守り続けることはできない。そこで登場したのが父の一番の友人であるシュバルツァー男爵と……昔の知り合い?であるリアンヌさんである。

 

 

 とても強そうには見えない綺麗な人なのだが、強い。

 あの夜に見た少女の剣を追いかけるように木の棒を振るっていたリィンに基礎を叩き込ん――――教え込んでくれた人であり、一人目の師匠である。

 

 

 二人目の師匠はユン老師であり。

 いつか見た少女の<落葉>を真似て練習していたところ、本物を実演されて即座に弟子入りを決めた。老師曰く、『そんな少女に出会った覚えはない』とのことなのだが、何か隠しているのではないかとリィンは疑っている。

 

 

 そして、一応、父も師匠ではあるのだが。

 せっかく教えた剣術も、残念ながら八葉の太刀を極めたいリィンには使われないと悲しむ日々であったりする。もちろんリィンも父の剣技の術理は役立てているのだが……。

 

 

 

 

 

 

 

 ともかく今は入学式に向かうべく乗った列車の中で。普通であればこれからの生活に期待や不安を膨らませるところ、しかしこうして移動していると考えてしまうのはいつか出会った少女のことである。

 

 

 

「帝国西部、共和国、リベール、アルテリア法国、レマン自治州、レミフェリア公国………どこにもいないなんてな」

 

 

 

 ユン老師と、人探しと武者修行を兼ねた修行の旅だった。

 老師曰く『七の型の中伝』である<落葉>を扱えるのは気になるらしく、一番の容疑者だった<剣聖>カシウス・ブライトとその娘が全くの無関係だったことで半ば頓挫していたその旅は結局3年間も続けられた。

 

 それについて母さんには「本当にあの人そっくり」と呆れられ、リアンヌさんは「心配はしていませんよ?」などと言いながらユン老師に何故か呆れ顔をされていた。

 

 

 

 

 しかし実のところ、あの夜のことをそこまではっきりと覚えているわけではなかった。

 ただ、あの少女が別れる前―――――「よかった」と呟いて浮かべた笑顔が、どうしても離れなかった。

 

 

 

 

―――――義妹のエリゼにこの話をすると機嫌が悪くなるので困るのだが。

 

 

 

 

 そんなことを考えながらトリスタに到着し。咲き誇るライノの花に目を奪われたリィンは、不意に背後に近づく気配にとっさに身を躱した。

 

 

 

「――――っと、悪い」

「きゃっ―――――あ、ごめんなさいっ」

 

 

 

 背中にぶつかりそうになった赤い制服の少女が驚いて転びそうになるのを支え。すると少女が、どこか安堵したように呟いた。

 

 

 

「ありがとう、よそ見していたから助かったわ。でも赤い制服――――もしかして、同じクラスかもしれないわね」

「………ああ、そういえばみんな白か緑の制服だな」

 

 

 

 

 実のところ、父が「フフフ……リィンよ、楽しみにしておくがいい」などと意味深な笑いを浮かべていたのでまた何かあるのだろうな、程度にしか思っていなかったりするのだが。もちろん、いきなり驚かされると心臓に悪いことこの上ないので注意は払っている。

 

 

 

「……貴方、気にならなかったの? 私、何か間違えてないかって結構不安だったのだけれど」

「いや、気にはなっていたさ。今の所この制服は俺たちを合わせて5人……6人かな。全員貴族じゃなさそうだけど、貴族なら車で来る人もいるだろうし――――」

 

 

 

 貴族が白、平民が緑なら、赤は一体――――?

 考えられるのはどのどちらでもない、身分以外で選抜された生徒だろうか。

 

 と、唖然としている少女にリィンは少し不安になって声をかけた。

 

 

 

「あー、悪い。ただの予想だからな、気にしないでくれ」

「………ううん。きっと合っていると思うわ――――外れていても遠くはないはず。私はアリサ・R、貴方、名前は?」

 

 

 

「リィン・シュバルツァー―――――これからよろしくな、アリサ」

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 途中で銀髪の少女を見かけ―――――無駄のない足取りで接近して顔を窺ったリィンは、反応して飛び起きた赤い制服を着たその小柄な少女の身のこなし、恐らく高位の猟兵か何か――――から例の少女ではないと判断し(猟兵らしき少女がクラスメイトでありそうなことは特に気にせず)、驚かせたことを詫びた後に微妙に落ち込んでアリサと士官学院の正門に向かい。

 

 

 

 何やら押し問答をしている小柄な先輩?とこれまた小柄な新入生を発見した。

 

 

 

 

「え、え~っとね。ごめんね、流石に本人確認ができないと困るからそのバイザーを外してほしいなって」

「仕様です」

 

 

 

 仕様です、の一言で通ろうとする銀髪にバイザーという怪しすぎる、小柄な赤い制服の少女に先輩らしき同じくらいのサイズ感の少女がストップをかける。

 のだが、ふくよかな作業着の先輩が苦笑いしつつ書類を持ち上げた。

 

 

 

「いや、うん。トワ、驚くべきことに入学書類の写真もバイザー付きではあるんだけど」

「そういう仕様ですので」

 

 

「ええっ!? ―――――…うーん、いちおう保安上の関係とかから確認はしておきたいんだけど、どうしても外したくないの? それとも外せないとか?」

「別にそういうわけではないですが」

 

 

「そうなんだ――――――って違うのっ!?」

 

 

 

 コントのように話すどう見ても年下な少女二人と何故か作業着の人にアリサが困惑した視線を向ける一方で、リィンは何かに突き動かされるように少女に近づく。

 と、作業着の人の後ろから現れたバンダナをした緑の制服の生徒がリィンより先に銀髪の少女に声をかけた。

 

 

 

「おうおう、後輩ちゃん。あんまり我らがトワ会長をイジメるなよ? 外したくないならまだしも、そういうわけでもないならバイザーくらい―――――」

 

「……貴方には言われたくないですが」

 

 

 

 急に本気で心外そうに呟いた少女に、クロウもちょっとだけ本気で傷ついたように叫ぶ。

 

 

 

「なんか俺にだけ辛辣じゃねぇ!?」

「すみません、なんとなく」

 

 

「あはは、まあクロウだしね」

「……うーん。そういえば去年のアンちゃんにも色々言われてたもんねぇ、クロウ君」

 

 

 

 しかし味方はいなかった。

 もし仮にアンちゃんことアンゼリカ・ログナーがいたとしてもクロウの味方はしてくれなかっただろう。相手が小柄な少女なので。

 

 と、会話が途切れたタイミングを見計らってリィンは銀髪の少女に声をかけた。

 

 

 

 

「すまない、少し良いか――――?」

「――――なんでしょうか」

 

 

 

 漆黒の、よくわからない材質に蒼い光のバイザー。

 一切変わっていない特徴的な声、身長、背負った小太刀らしき包み。

 

 込み上げる懐かしさと、言いたかったような言葉となんともいえない感情に悩みながら、リィンは口を開いた。

 

 

 

 

 

「俺は―――――リィン……リィン・シュバルツァー。君の名前を教えてほしい」

 

「わたし、は―――――グレイ。……グレイ・アルバートンとでも呼んで下さい」

 

 

 

 

 

 

………………

………

……

 

 

 

 

『―――――若者よ、<世の礎>たれ』

 

 

 

 入学式の言葉は、中興の祖ドライケルス大帝の言葉で締めくくられた。

 父曰く、世のため、誰かのために動けるようになれという言葉であり――――皇子たちが権力のために争って起こった悲劇を繰り返さないよう、盲目的に従うのではなく自分で考えて“国”ではなく“世界”を支えられるようになれという言葉であるらしい。

 

 

 

「はーい、赤い制服の子たちはこっちよー」

 

 

 

 バイザーの少女の背中を見つめるリィンと、そんなリィンに呆れたように眼鏡をかけた女子生徒と話すアリサ。そこはかとなくバラバラな雰囲気の10人は教官らしき女性につれられて旧校舎まで来ていた。

 

 

 

 石造りの古めかしい旧校舎の内部――――外見の割にしっかりと手入れされている様子の玄関ホールの中央に立って、女性教官が名乗る。

 

 

 

 

「サラ・バレスタイン。今日から君たち<Ⅶ組>の担任を務めさせてもらうわ」

 

 

 

 

 と、そこでここで眼鏡をかけた女子生徒がやや戸惑った様子ながら――――リィンの“目”からするとなんとなく振り回されるのになれている雰囲気だが―――質問した。

 

 

 

「あの、確かこの学院は身分に応じた5クラス制では無かったでしょうか?」

「さすが入学主席、よく記憶してるわね~」

 

 

 

 そこから語られるのは、<Ⅶ組>がとある目的のため――――わざわざはぐらかす以上、まだ語るつもりはなさそうである――――新たに立ち上げられた“身分に関係なく”選抜されたクラスであるらしかった。

 

 

 

「冗談じゃない! まさか貴族風情と一緒のクラスになるのか!?」

 

 

 

 真っ先に反応したのは眼鏡をかけた男子生徒であり。それくらいの反応は想定していたのか、教官は特に気にした風もなくおどけてみせた。

 

 

 

「別にいいじゃない、同じくらいの年頃なんだし。細かいことを気にしていると後で大変よー?」

「細かくありません!」

 

 

 

 それからアルバレア、四大名門のユーシスが名乗ったりという一触即発なムードになったものの、流石に面倒になってきたのかサラ教官が軽く手を振って止める。

 

 

 

「はいはい、文句は終わった後で聞くから、そろそろオリエンテーリングを始めるわよ」

「オリエンテーリングって、オリエンテーションではなく? 何をするんですか?」

 

 

「ふふ、それはね―――――」

 

 

 

 一歩下がり、柱に手を伸ばすサラ教官に、何故か脳裏に軽薄な笑いを浮かべたレクターさんの顔が浮かんだ――――つまるところ猛烈に嫌な予感がしたリィンは咄嗟に叫んだ。

 

 

 

「不味い――――下か!? 総員退避――――!」

「あら、イイ勘してるわね―――でも残念」

 

 

 

 瞬間的に本気になり、凄まじい手さばきで仕掛けを作動させたサラ教官が、容赦なく片手で動力銃をぶっ放してサラに突貫しようとしたリィンの動きを封じる。床が唐突に傾き、為す術もなく地下に吸い込まれていく面々の中で、銀髪の猟兵少女がワイヤーで脱出しようとするも、それも途中で撃ち落とされる。

 

 

 

「――――くっ、これが最年少A級の<紫電>か!」

 

 

 

 が、銃撃を回避しつつも撃ち落とされたワイヤーの先端の金具をリィンが掴み、フィーの身体ごとサラ教官の反対側にホールに投げ飛ばす。

 

 

 

「っと――――サンクス」

「支援頼む! グレイは――――心配無用か」

 

 

 

 続けてグレイを助けようとするリィンだったが、どういう原理なのか空中に座っているグレイを見て苦笑いと共に坂を疾走――――オマケとばかりに分け身を生み出して坂を滑り落ちている面々を救助に走る。

 

 

 

「んじゃ、いきなりだけどそんな流れっぽいし――――行くよ、サラ」

 

 

 

 隠し持っていたらしいグレネードを構えた少女――――フィーが救助された借りは返すとばかりにサラに向けて投げつける。

 

 が、難なくそれを空中で迎撃したサラ教官は炸裂する閃光――――閃光手榴弾を意に介さず、どこか困ったように頬を掻いて言った。

 

 

 

「あら。まあちょっぴり驚かそうとしたアタシも悪かったけど―――――なかなか跳ねっ返りが集まったわね。ここは一つ、教官の力を見せておきましょうか」

 

 

 

「――――くっ」

「はい、いってらっしゃ~い」

 

 

 銃撃一閃。とてつもない正確な射撃が回避しようとしたフィーに合わせてその手のフラッシュグレネード――――次弾を叩き落とし。更に銃弾とほぼ同じ速度でフィーの背後に跳んだ教官が、フィーをやんわりと坂に蹴り落とす。

 

 

 

「……これは、わりと屈辱かも……」

「ほらそこも! 大人しく会場まで行ってきなさい!」

 

 

 

 そして、なんとか一番身体能力に不安のありそうなアリサと眼鏡の女子生徒を拾って坂で急停止――――上に戻ろうとしていたリィンに一瞬で追いついたサラ教官がイイ笑顔でその足を払う――――が、寸でのところでグレイが逆に背後からそのサラを攻撃し。

 

 

 

「――――っと、割と本気で危ないわね」

 

 

 

 しかしサラは冗談のような速度で更に逆にグレイの背後に回り込み。足を払おうとしたところでグレイが空中に座って移動していることに気づいた。

 

 

 

 

「……へぇ、面白いわね。でも――――」

 

 

 

 

 とりあえず何か仕掛けはあるだろう、とばかりにグレイの背中を蹴ろうとしたサラの足がふれるより前に、何か固いような柔らかいような名状しがたい何かを蹴り飛ばす感覚。そのままグレイの身体が宙に浮き――――――リィンの前で足払いしようとしたサラの後ろにグレイが回り込んでいた関係上、両腕でアリサとエマを支えるリィンの顔面にグレイがダイブすることになった。

 

 

 

「――――あ」

「ちょっ―――――むぐ」

 

 

 

 

 流石に支えもなくダイブしたくないグレイが咄嗟にリィンにしがみついたことにより、割とどうしようもない体勢になったリィンは為す術もなく落下していくのだった。

 

 

 

 

「……うーん。まあ、あの体勢なら怪我はしなそうだし―――――青春ねー」

 

 

 

 

 完全に事故でしかない体勢に、サラは一瞬不味かったかなと思いつつもまあなんとかなるかと思い直してARCUSを手にとった。

 

 

 

 

 

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