結論から言うと、出口の前に最初にたどり着いたのはリィンたちだった。
意味深に置かれた石像くらいしか無い大きめの部屋で油断なく構えるガイウスに、どこか拍子抜けしたように出口らしき長い階段を見るマキアス。そしてリィンの方を見て小さく頷いたグレイに、リィンも頷き返していつでも太刀を抜けるよう構える。
「生物の気配は無いが―――――」
「だが、この感覚は――――来るぞ」
「上位三属性が僅かながらに励起―――ガーゴイル型のゴーレムと推定します」
「なっ―――――石像が、動いた!?」
石像という外装を剥がすように、光とともにガーゴイルが起動――――どういう仕組みなのか咆哮とともにリィンたちに襲いかかる。
迎え撃つリィンは僅かに広く足を開くと裂帛の気合と共に仕掛ける。
「ハァァァッ! 八葉一刀流、五の型――――残月!」
振り上げられた石像の腕に対して、あまりにも頼りない太刀の刀身――――なんとか割って入ろうとしたガイウス、慌てて銃を構えるマキアスの想像を大きく裏切り、鮮やかな軌跡を描いた太刀はさしたる抵抗もなくガーゴイルの腕を切り飛ばした。
「んなっ!?」
「見事――――ならば、ゲイルスティング!」
ガイウスの槍が風を纏い、リィンが切り落とした反対側の腕に突き刺さる。
固い表皮に弾かれこそしたものの動き始めを潰されたことで隙が大きくなり、その間にグレイがガーゴイルの胸元に飛び込んでいた。
「行きます―――――――フラガラッハ」
グレイが軽く拳を前に突き出し――――何かが炸裂した。まるで見えない巨人に殴られたかのうような凄まじい炸裂音と共にゴーレムが吹き飛ばされ、壁に埋まる。
「…………や、やったのか?」
「全く何も見えなかったが――――あれで倒れないのであれば俺には有効打が無いな」
呆然としているマキアスに、瞠目するガイウス。
対して理不尽に耐性のあるリィンとグレイは想定通りと言った風に再び動き出すガーゴイルを見据える。
「………いや、まだだ。“この程度”ならそれこそアルゼイドの一振りで事足りる」
「情報、解析します――――エネミー、回復していますね。どうやら周囲の石材と霊力を吸収しているようですが」
土埃の中、一瞬だけ胴体に巨大なヒビの入った隻腕のガーゴイルが顕になるが――――それが淡い光に包まれると石材が集まって新たな腕になり。胴体も修復されたところで怒りの咆哮を上げる。のだが、明らかに妙な光を纏ってただならぬ雰囲気になっていた。
「……なんだか光ってないか?」
「ああ、俺にもそのように見える」
「あれは――――こちらに合わせている? まさかもともとそういう機能なのか……?」
「……有り得ますね。ここにマッド博士はいないでしょうし」
少しやりすぎました、とつぶやくグレイの声に答えるように、グレイに向かってガーゴイルが飛びかかり――――リィンが割って入る。
「させるか―――!」
紅葉切り――――すれ違いざまに叩き込まれた斬撃がガーゴイルの動きを鈍らせ、その間にグレイが再び一撃を叩き込む。
「フラガラッハ―――――先程より硬いですね」
そんなことを言いながらも一方的に吹き飛ばし。
金属同士が衝突したような音と共に再びガーゴイルが壁に叩き込まれ。その明確な隙にマキアスが弾丸を叩き込み、ガイウスもやや離れた場所から槍に風をまとわせて攻撃する。
するとガーゴイルは翼を広げ――――外見からは到底想像できない素早さで飛び上がると、グレイに襲いかかった。
「無駄です」
しかしそれも不可視のバリアが押し留め。硬直を嫌ったのか、ガーゴイルは無理に押し合わずに空中から炎を吐き出して攻撃しはじめた。
「おわぁぁ!?」
「―――くっ!?」
「………どうしますか、リィンさん」
空中からの一方的な攻撃―――――地上は不利と悟ったのか、太刀も槍も届かない範囲から炎を吐きまくるガーゴイルに、マキアスが反撃を試みようとして念入りに追い立てられる。
リィンはそんなガーゴイルを一瞥し、まだ余裕のありそうな――――どこか、リアンヌさんがリィンを見るような目を向けてくるグレイを見た。
「………よし、作戦通りだ!」
そうしてARCUSを取り出し、つけっぱなしの通信機能もそのままに叫ぶ。
「ユーシス、頼む!」
「任せるがいい――――!」
瞬間、部屋の入り口から飛来したアーツがガーゴイルの右翼に直撃して僅かにバランスを崩す。その隙を逃さず、ワイヤーをガーゴイルに引っ掛けたフィーがガーゴイルに飛び乗り―――――何かを仕掛けて飛び降り、その瞬間に爆音と共に片翼がへし折れる。
「ラウラ、今だ!」
「うむ! アリサ、エマ、頼んだ!」
「任せて!」
「行きます!」
続けて突入してきたアリサの矢、エマのアーツが残った翼にダメージを与え、ガーゴイルが耳障りな叫びとともに不時着する―――――まさにその場所に、ラウラが大剣を構えて待ち構えていた。
「我が渾身の一撃―――――受けるがいい! 奥義・洸刃乱舞!」
遠心力を最大限に活かした一撃―――――それがガーゴイルの頭を真っ二つに切り裂き、胴体の半ばまで切り裂いたところでそれは起こった。
真っ二つになったガーゴイルが、そのまま別個の生き物のように動き出し、反撃を試みたのである。奥義の最中であり、大きな隙を晒したラウラに防ぐ手立てはなく――――ARCUSが輝いた。
「っ!?――――見えた!」
まるでラウラの斬撃――――その術理が見えたようにカバーするべき場所が分かったリィンが片方のガーゴイルの攻撃に割って入り、太刀がその爪を弾き返す。そして、そのカバーが分かっていたようにラウラもまたもう片方のガーゴイルの腕を切り飛ばした。
「すまぬ、助かったぞリィン!」
「ああ。だがこの感覚は――――!?」
そうしている間にもアリサの矢とフィーとマキアスの銃弾がガーゴイルの動きを制限し、エリオットとエマのアーツがその隙を突くように放たれる。そうして大きくなった隙にガイウスとユーシスが肉薄し、大きく体勢を崩させる。すると、狙いすましたように二体に別れたガーゴイルが一箇所に纏められ。
そうして隙だらけになったガーゴイルの側面に、グレイが立った。
言わずとも通じる不思議な感覚――――その感覚に逆らわず、リィンは納刀して手に闘気を込めた。
「リィンさん―――――」
「――――ああ!」
「「――――破甲拳!!」」
左右に分かれていた二体が両側から押しつぶされ、混ざりあった衝撃で内部が破壊されていく。内部から徹底的に破壊されたガーゴイルは流石に動き出すこともなく、幻のように消えていき――――それを呆然と眺めるリィンたちに、サラ教官が出口側の階段から現れつつ言った。
「さて、ちょっとしたアクシデントもあったけれど――――見事だったわ。正直、想定外よ」
「サラ教官……今のは一体」
「君たちが今体験したそれこそがARCUSの真価、戦術リンクよ。君たちはARCUSの適正によって身分に関係なく選ばれた――――けれど、最初に言ったとおり文句は受け付けるわ。今なら希望すれば他のクラスに回してあげる」
身分に関係のないクラス――――最新技術の実験、それだけではない“何か”をリィンははっきりと感じ取った。
探し回っても見つからなかった少女は、当時と全く変わらない姿で現れ。自意識過剰でなければ何故か感慨深そうにリィンの方を見ている。
考えてみれば、あの“父”が恩人である少女を全く放置しておくはずもなく――――今度、酔った勢いでリアンヌさんに抱きついたのを母さんにバラしてやろうかなどと復讐プランを考えつつも一歩前に出た。
「――――リィン・シュバルツァー。<Ⅶ組>に参加させてもらいます」
“道”を見つける――――。
ずっと求め続けていた答えが、この場所に用意されているという直感。ただ、叶うのならば――――それとは関係なく“道”を見つけたいと、父の予想を越えて見せたいと思った。
―――――――――――――――――――――――――
「―――――良いものですね、入学式というものも」
「そうだな。……“私”が設立した学院に息子が入学するというのも感慨深いものがある。可能であれば身分に関わらぬクラス分けを実現しておきたかったものだが――――」
「……正直、わたしは今からでも何か手を打つべきではないかと思いますが」
クロウたち先輩組が後輩たちの様子を見ていた高台――――そこから更に離れた場所に佇む、落ち着いた服を纏った金髪の女性、<鉄血宰相>ギリアス・オズボーン、そして先程までリィンたちと共にいたはずのグレイであった。
「一理ある――――が、<黒>は多少の介入程度で諦めはすまい。ならば、君の“知識”を十分に活用する方が肝要だろう」
「帝国解放戦線に、<黒の工房>、流石に杜撰すぎると思いますが」
グレイに言わせれば学院内に既に黒幕と、その手駒が紛れ込んでいるようなものである。この鉄血宰相が以前の狙撃を回避した<不死者>という反則カードが無いのを知っている身としてはどうしてこんなに余裕があるのか疑問だった。
「――――何、私には頼りになる味方がいるのでね」
「……ドライケルス、まさか狙撃に私が割って入るわけにもいかないでしょうに」
意味深にリアンヌに視線を向けるギリアスだが、ため息まじりに首を振られ。白い目をしているグレイにリアンヌが宥めるように言う。
「こんな人ですが、手抜かりはしない人でもあります。恐らく既に手は打ってあるが、言うつもりはない――――そんなところでしょう」
「普通に言ってほしいですが」
「フフフ、『若者よ、世の礎たれ―――――』私が私なりに考え、君は君なりに動く。そうでなくては後が続くまい」
「つまり、この事件が全て終わった後のことも考えて成長できるところは伸ばしていくべだ、ということでしょう」
「………それも普通に言ってほしいですが」
なんで翻訳が必要なのだろうか。
いやまあ、リアンヌさんが気を利かせてくれているだけで言われている内容はわかるのだが。一々もったいぶっているというか。
「昔はこうではなく、それこそリィンのようだったのですよ。……まあ、リィンも少々趣味がこちらに傾いた時期がありましたが」
魔界皇子の話にリアンヌとグレイはそっと首を横に振り。
残念なものを見るような女性陣にギリアスはそっと天を仰いだ。
「リィンよ………強く、生きるのだぞ」
「あれもむしろドライケルスが原因だった気もしますが」
「リィンさんが不埒になった元凶ですか」
「親子は似てしまうものなのですね……」
「少し、いえ、けっこう嫌ですね」
「…………すまない、息子よ………やっぱり助けてくれ」
なんとなく、孫に甘いおばあちゃんみたいなリアンヌと明らかにリィンに執着しているグレイならリィンがなんとかしてくれる――――そんなことを考えたギリアスに、リアンヌが笑顔を向けた。透明な、抜身の刃のような笑みだった。
「ドライケルス、誰がおばあちゃんみたいですか?」
「………まだ何も言っていないのだが」
「―――――久々に稽古でもしましょうか」
「ぬう―――――きゅ、急用を思い出した」
こんなところは少しリィンさんに似ているかもしれない、と思ったグレイであった。