灰兎と獅子の騎士   作:アマシロ

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第4話:初めての実習/生徒会雑用

 

 

 

 

 

――――トールズ士官学院のカリキュラム、特に新入生は軍事教練が少なく数学や歴史学などの高等教育授業がメインであり。帝国軍士官に求める教養としてその要求水準は高い。

 

 とはいえ、時折帝都に赴いて父ギリアスの部下であるクレアさん、レクターさんに色々と詰め込まれたリィンとしてはまだまだ予習した範囲内というところであり―――それでも当然のように上には上がいるのだから帝国は広いというべきか。

 

 返却された数学のテストも大体は正解なのだが、終盤の問題で何点か減点されてしまっていた。

 

 

「うーん、けっこう自信はあったんだけどな」

「僕からすればリィンも十分すぎるよ……ここ教えてもらってもいい?」

 

 

「ああ、その計算は――――答えはこうだから、途中式はこうかな」

「………なんで答えが先に出るの?」

 

 

 

 なんでと言われるとクレアさんもレクターさんもそうだから、としか言いようがないのだが。強いていうのであれば―――――。

 

 

 

「……剣を齧っているから、かな」

「えぇ……」

 

 

 

 八葉一刀流で常に扱かれつづけた<観の目>。常に全体を俯瞰するその技術と、最適解を導き出す考え方。それらを扱えば、数学のような問題であればちょっとした反則技も可能であった。……本当の反則技は書いてる間に次の問題が解けているクレアさんとか、計算しないのに何故か全問正解するレクターさんだと思うのだが。多分、“理”に至った剣聖はみんな計算問題くらい余裕で正解できる。

 

 あの人たちレベルがいないだけまだ希望はあるか……と考えるリィンに、エリオットが剣をやってる人みんなこうなのかな、とちょっと不安になったところでサラ教官が機嫌よく教室に入ってきた。

 

 

 

「はーい、注目! HR始めるわよー。まず明日は自由行動日だから、寝るなり遊ぶなり自習するなり好きにしなさい。部活動も色々あるから、せっかくの青春なんだし汗でも流すと良いんじゃないかしら。―――――あ、そうそう。来週は『実技テスト』があるから」

 

 

 

 士官学院ならではの戦闘を主体としたテスト――――いい成績を出したければ準備はしておくようにという言葉の後、『テストの後にもとっても重要な連絡事項がある』と言ってサラ教官がHRを締めくくる……が。そんなことは関係ないとばかりに入学次席らしく勉強面では余裕があるマキアス、そんなマキアスに一歩も引かないユーシスの成績対決というまあギリギリ健全なラインの戦いで教室の温度が高まっているようにリィンには感じられた。

 

 

 

「………ふむ、リィンも対決するのだろう? 大丈夫なのか」

「ああ、心配してくれてありがとう。……とはいえ、ああして対決している間に少しは打ち解けてくれると良いんだが」

 

 

 

 一応、競うことそのものは健全であるし、険悪なまま成績の出る時期になりどちらかが勝っても面倒事になりそうであれば――――“全力”で阻止するべく介入できるポジションは望ましい。

 

 しかしリィンとしては心配してわざわざ声を掛けてくれるガイウスと、争いを好まないエリオットの存在がありがたかった。アリサには旧校舎のオリエンテーリング以来避けられ気味で、グレイは――――なんというか、声を掛けにくい。

 

 常に反応が薄いのと、怪しげなバイザーを付けているので大体の教官たちにも若干引かれ気味ですらある。……気にした様子が全く無いのはベアトリクス教官とナイトハルト教官くらいだろうか。

 

 リィンとしては色々と聞きたいことがあるのだが――――“あの夜”に助けてくれた本人なのか、八葉一刀流のこと、どこで何をしていたのか――――自分のことを、覚えているのか。

 

 

 

 はっきり言ってしまえば、あの時のリィンは12年前――――ただの5歳の子供だった。彼女に憧れて剣を取ったこと、あんな風に自分も誰かを、エリゼや“父さん”、“母さんたち”、そして叶うのなら“ギリアス父さん”も守れるようになりたいこと――――それらが、実際に“彼女”と思しき人物に出会ってしまうと独りよがりのように感じられてしまっていた。

 

 

 

「……いや、そうだな。思い切って聞いてみるか」

 

 

 

 エリオットとガイウスは部活の見学に、グレイもふらりとどこかに立ち去った。

 虎穴に入らずんば虎子を得ず――――せっかくの自由行動日である。明日中、できるのなら今日中にしっかりと話をしようと決意したところでサラ教官が戻ってくる。

 

 

 

「あ、いいところに。リィン、悪いんだけど生徒会室に行って配布物を貰ってきてもらえる? 実技テストの準備でちょーっと手が離せないのよねー」

 

「――――ええ、いいですよ」

 

 

 

 

 慣れないユミルの郷で、親切な人たちに恩返ししようとよく駆け回っていたリィンである。父が嫌われやすい人物であることから、少しでも自分が――――なんて考えていた時期もあった。そんなわけで特に深く考えず頷いたリィンは、軽く校舎内を探索しつつ一路生徒会室を目指し。いつか校門で出会ったバンダナの先輩に声を掛けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「―――――なんというか、やはりリィンさんですね」

 

 

 

 そんなリィンの上空、誰もいないはずの空中でステルスモードを活用するグレイがぽつりとそんな言葉をこぼした。

 

 

 

 あの時――――深く考えず、とにかくリィンさんの“呪い”をなんとかしようとオズボーン邸襲撃事件に介入し。最大の問題が解決したと思ったその後で、“リィン・シュバルツァー”がどこにもいなくなることに恐怖を覚えた。

 

 死ななくて済むこと、いつか犠牲にならなくてもいいことは望ましい――――けれど、もしリィンさんが、<鬼の力>が無いこと、記憶を失わないことで変化が起こった時。例えばギリアス・オズボーンみたいになったらそれはリィンさんだろうか? 八葉一刀流を使わず、不埒でも無かったら? あそこで阻止しなければ流れを止めることは不可能とはいえ、存在そのものが別のものになってしまうことは“リィンさん”が死んでしまうことと何が違うのだろう。

 

 

 

 

 ………まあ、杞憂だったみたいですが。

 

 <鬼の力>が無いことで“前”よりも自分に自信があったりという違いこそあるものの、何故か八葉一刀流を極めようと努力していたり、人助けに奔走したり、定期的に不埒な……まあ、以前もよくあったようなアクシデントに見舞われたりと大差ない。

 

 今もこうして後々話に出てくる50ミラの借金をクロウさんがしているので―――こんな入学してすぐのタイミングだとは思わなかったのだが。初対面であんな行為を働くあたり、何かしらリィンさんに思うところがあったのだろうか。

 

 

 

 

「とはいえ、今日も問題なし……ですね」

 

 

 

 正直に言ってすることも特になく、<旧Ⅶ組>と特別に仲良くなっておこうという思惑もない。<黒の工房>との関係が断たれた余波で“お姉ちゃん”がまだ出てきていないので、Ⅶ組に派遣できる人材がおらず、止む無くそのポジションに収まっただけである。まさかとは思うが、内戦でアルフィン殿下とエリゼさんを攫いにお姉ちゃんが現れるのだろうか。……だとするとけっこう申し訳ない気もする。

 

 

 

「……どちらかというと、いつでも介入できるポジションの方が望ましいのですが」

 

 

 

 常にリィンさんに見つからない位置で張り付いていた方が、何か起こった時に対処がしやすい。例えば仮にクロウさんがリィン・オズボーンのことを知っていて、何か仕掛けた時―――――直上からブリューナクを浴びてもらうなどであるが。もちろん死なない程度に。

 

 <黒>はそう簡単には諦めない――――取り憑かれていた人の言うことでるから説得力は十分であり、むしろ急に声が聞こえなくなった今の方が不気味であるとのことであった。

 油断はできない。もしかするとリィンさんが解決できたはずの事件が、<黒>によって大事件に変貌するかもしれない。

 

 

 

 

「ともかく、旧校舎の探索もできれば参加したいですが――――」

 

 

 

 リィンさんはリィンさんなだけあってか、最近では十分に距離を取らないと何か気にした風な様子を見せることがある。屋外ならどうとでもなるのだが、室内で人も少ない旧校舎では距離を十分取ると何か仕掛けられた時に対処が難しい。

 どうにかしてついていく方法を考えなくては―――――。

 

 

 

 

…………

……

 

 

 

 

「―――――すまない、グレイ。ちょっといいか?」

 

 

 

 夜。第三学生寮で生徒手帳を配っていたリィンは、最後にグレイの部屋の扉を叩いた。

 できれば明日にでも話す切っ掛けを掴んでおきたい――――そんなことを考えて若干緊張していたのだが、室内に気配はあるのに全く反応がなかった。

 

 

 

「………えっと、すまない。出直した方がいいか?」

「――――――すみません、忘れていました。鍵は空いていますのでどうぞ」

 

 

「あ、ああ。入るぞ?」

 

 

 

 不用心と取るべきか、余裕と取るべきか。

 若干判断に迷ったものの、一応もう一度声を掛けてからリィンは扉を開けた。――――ちなみにイメージ通りというべきか、殺風景な部屋だった。机の上にボロボロの黒い兎のトイカメラが置いてあったり、シャチ型のフロートが何故かベッド上に鎮座していたりと一部のものが凄まじく目立っていたが。

 

 

 

「女の子なんだし、鍵はしっかり掛けような……」

「ご心配なく、不審者は返り討ちになりますので」

 

 

 

 “する”のではなく“なる”と言ったあたりに、リィンはグレイの不可視の攻撃のトリックが何なのか、見えない得物というよりトラップの類なのかと一瞬考えを巡らせるが――――部屋でも例のバイザーをつけっぱなしのグレイに思わず突っ込んだ。

 

 

 

「……本当に外さないんだな。いや悪い、外していたけど付け直したのか?」

 

 

 

 来訪者がきたことで付け直したのか思い直したリィンだったが、グレイは不思議そうな顔で首を横に振った。

 

 

 

「いえ、返事を忘れたのはその偽名に慣れていないだけです。リィンさんが気になるなら外しますが」

「偽名!? ……って、いいのか!?」

 

 

 

 偽名であることをあっさり明かされたのもそうだが、割と長年の疑問でもあったそれに、思わず前のめりになるリィンにグレイは少し驚いたような素振りを見せつつ呆れ顔になった―――気がした。

 

 

 

「……別に面白いものでもないと思いますが。――――ふむ、では『相応しい実力を示した者にだけ見せる』というのもアリかもしれませんね」

「それは――――」

 

 

 

 どこかの<鋼の聖女>がやっていた兜のことを思い出したのであるが、こう素顔を気にされるとなんとなく晒しにくくなったというか、若干恥ずかしいような微妙な気持ちになったグレイの苦し紛れの提案であった。別に不埒ではないはずなんですが、と若干自分でも困惑していたが。

 

 というか隠したほうがいいのでは、という根本的な問題については<黒の工房>にバレなければいいかなという感じである。

 

 

 

 

「―――――分かった。俺も君の実力は気になっていたんだ。明日……あー」

「何か用事があるのなら、終わってからで構いませんが」

 

 

 

 そういえば生徒会の手伝いですね、と考えるグレイと、まさか自分のスケジュールが握られているとは露ほども思っていないリィンであった。

 

 

 

「その、生徒会の手伝いをすることになって――――内容がまだわからないんだ。あまり待たせても申し訳ないし」

「――――では、わたしもお付き合いします」

 

 

 

「え。いや、サラ教官に押し付けられただけだし、無理しなくても」

 

 

 

 どう言うべきか迷ったグレイだが、ふとリィンの口癖を思い出した。この人のことなので、迷惑だと思うと意地でも首を振らないだろう。

 

 

 

 

「いえ、これは――――そうですね、わたしの“やりたいこと”です。貴方のサポートをさせてください、リィンさん」

 

 

 

 

 僅かに口元を緩めたグレイに、リィンは是非もなく頷き。

 やっぱり夜に女子の部屋を訪ねるのは良くない……と、若干サラ教官に恨みの思念を飛ばしつつも、瞑想をして精神を落ち着かせてから眠るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 技術部からの家庭科室、質屋、ラジオ局への届け物の依頼をあっさりと終え――――街を最初に訪れた時は必ず探索するように叩き込まれているので余裕だった―――落とし物を探し、最後にどういうわけか構造が変化しているという旧校舎探索の依頼があった。

 なるべく他の仲間も集めていくと良い――――学院長にそう言われて流石に二人で行くのもどうかということになったリィンが連絡したのがエリオットとガイウスの二人だった。

 

 

 

「……えーっと、よ、よろしくね」

「改めてよろしく頼む」

「はい。よろしくどうぞ」

 

 

 

 若干腰が引け気味のエリオットはともかく、前回グレイと一緒に戦ったガイウスは慣れたのか、あるいは本人の性格なのか特に気にした様子もなく挨拶を交わし。前回とまるで異なる構造に変化した旧校舎の探索を開始し――――。

 

 

 

―――――結論から言うと、何の問題もなかった。

 

 

 

 基本的にガイウスとエリオットの戦術リンクで戦闘した結果、特に危険な魔獣がでてくるということもなく、戦いやすいように場を整えたり、大きめの魔獣の体勢を崩したりしている間にあっさりと最深部にたどり着き。

 

 

 

 斬撃や刺突が苦手というミノスデーモンをリィンとグレイが身軽に撹乱し、ガイウスが突きまくり、エリオットがアーツで粉砕した。

 その様は完全にエリオットとガイウスの訓練であり、自信がついたとエリオットとガイウスに感謝されたリィンとグレイは、感謝されつつも自分の体力はしっかりと温存することに成功するというどこかの宰相やら赤毛の情報局員のようなことをしつつも旧校舎前の空き地で対峙していた。

 

 

 

 

「――――用意はいいですか、リィンさん」

「ああ、構わない。俺が勝ったらバイザーを外してもらう―――――グレイが勝ったら何か希望はあるか?」

 

 

 

「………そうですね」

 

 

 

 そういえば自分にばかりメリットがあった、と思い提案したリィンに、グレイは無表情のまま言った。

 

 

 

「では、パンケーキを奢ってもらいます」

「……ぷっ」

 

 

「…………糖分の補給は重要です。笑われる理由はないと思いますが」

「いや――――ちゃんと女の子らしいというか、可愛らしいところがあったんだなと」

 

 

 

 あんまりといえばあんまりな感想に、グレイがジト目でリィンを睨む――――もちろんバイザーでよくわからないとはいえ、不満げな雰囲気は感じ取れた。

 

 

 

「かわ…―――――不埒ですね」

「あー、悪気があったわけじゃないんだが……気を悪くさせたならすまない」

 

 

 

「いえ、怒ってはいませんが―――――少々本気を出します」

 

 

 

 光と共にグレイの手に握られるのは、漆黒の小太刀。

 

 

 

「なっ、それは――――」

 

 

 

 てっきり抜く気がないと思っていた小太刀だったが、オリエンテーリングで抜く気はない「お守り」と言っていた小太刀とは別の――――いつかリィンが見た記憶そのまま黒い小太刀を握っていた。

 

 

 

「いつか立ちはだかる“壁”――――Ozを貴方に見せましょう」

 

 

 

 

 オリエンテーリングでも、旧校舎探索でも実力は十分に感じ取れている。自分より格上の相手である――――その思いでエリゼより年下にしか見えない少女と戦うやりにくさを封殺する。

 

 

 

「……っ、八葉一刀流―――“初伝”リィン・シュバルツァー、参る!」

「八葉一刀流、中伝―――――グレイ・アルバートン……行きます」

 

 

 

 

 

 

 




リィン「この前抜かないって言ってなかったか……?」
グレイ「この小太刀は大切なもの(リィン教官の部屋に飾ってあったものを八葉一刀流を使えるようになってからエリゼさんに譲ってもらったけれど使っているうちにすり減って小太刀に調整してもらった)なのでお守りです。使いません」


リィン「ちなみにその黒い小太刀は」
グレイ「これはただの最新型(戦術殻を変形させた虚無の剣に似せているもの)です」

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