スレイン法国の最奥。その神聖不可侵領域に入ることを許されている者は少ない。スレイン法国の最高位たる最高神官長。そして6大神神殿信仰の神官長達と各機関の長たちのみである。
そのスレイン法国の中枢で今まさに議論が繰り広げられていた。
「さて……竜王国が聖遺物を手に入れたとのことだがどう思う?さらにそれを差し出すからビーストマンへの救援に聖典の出動をしてほしいとのことだが……」
最高神官長の言葉に神官長達は怪訝な表情で返す。
「命欲しさに我らを謀っている……と言う可能性は低いやもしれぬが0ではあるまい。または聖遺物だと思い込んでいるだけでただの魔法武具という可能性もある」
「ですが、もし神々の残した遺産であれば手に入れないわけにはいかないでしょう。神々の残せし遺産は神々の眠るこの地で守るのが我らが使命です」
「そもそも陽光聖典さえあのような事態にならなければ……」
ジロリ見られたのは陽光聖典の所属する光の神殿の神官長イヴォンである。
「あのような事態」とは数年前王国の戦士長を抹殺するために派遣したニグン率いる陽光聖典の末路のことであった。異形に襲われ最秘宝を含む装備品を全て奪われ白ブリーフ一枚で逃げ帰り、一時はそのショックから立ち直ることもままならなかったのだが……。
「もう陽光聖典は立ち直っておる!命じればいつでも亜人討伐にでもなんでも行ける状態だ!」
「無理をするでないイヴォン。あ、あのような姿にされ……心の傷は癒えて……おるまい、ぷくくっ……」
「ぷっ……。まぁまぁ、そう揶揄うのはやめましょう。イヴォン殿も心を痛めているでしょう。結論は竜王国の言葉の真偽を確かめてからということでよろしいのではないですか?」
他の神官長が笑いをこらえて顔を赤くする様にイヴォンは羞恥で顔を赤くする。正体こそ知られていないものの他国ではトブの大森林の走る白ブリーフ集団という噂まで流れている。
だからこそトブの大森林の亜人が何故か森から出てこなくなった現状で人類の敵たるビーストマンを討つことは陽光聖典にとって汚名返上の絶好の機会であった。またスレイン法国としても竜王国を滅ばされることは人類の生存圏がさらに少なくなることであり憂慮する事態である。
それでもスレイン法国が全面的に竜王国を支援しない理由。それはエルフ国との戦線を築いている現状で戦線を2つに割くことを回避しているという点ともう一つ。竜王国の国王たるドラウが純粋な人間でないからだ。
竜王国の女王ドラウディロン・オーリウクルス、真なる竜王である七彩の竜王と人間の間に生まれ、一説には人の魂の力を触媒とした原初の大魔法を使用できるという話もスレイン法国ではつかんでいる。そのため、追い詰められれば手の内をみせるのではという思いもあり様子を見ていたのだが……。
「もはや竜王国は滅亡寸前。そのような切り札はなかったとみるべきか……」
「まずはその聖遺物を見てからでも遅くはあるまい。しかし……ロフーレ商会か……」
竜王国は聖遺物をスレイン法国に引き渡すにあたって条件を加えていた。それがロフーレ商会の仲介である。それも聖遺物の取り扱いから譲渡まで一任するという破格の待遇であった。さらに法国が取引に応じなければロフーレ商会によるオークションで聖遺物は売り払うというのだからスレイン法国にとって脅しにも近い話である。
「聖遺物をオークションなどと言う俗なもので売りさばこうとは……守銭奴どもめ。神々への信仰はこれほどまでに失われていたのか……。嘆かわしいものだ」
「ロフーレ商会……彼らについて皆どう思う?」
相手は今や世界のロフーレ商会と呼ばれるほどの大商会である。食料から物資から輸送までありとあらゆるものを扱っており、スレイン法国こそ商会の設置はされていないものの様々な物資の取引が行われている。
そのロフーレ商会への神官長達の反応は千差万別であった。
「今や世界の流通の半数を担っているとの話もある。特にここ数年の成長は目をみはるばかりだ」
「王国と帝国の戦争では死の商人として介入したとの噂も聞くが……。危険ではないか?」
「広大なトブの大森林を開拓し農業を始めたとか言う話も聞きます……そんなことが常人にできるのでしょうか?」
「あれは恐らく帝国の逸脱者フールーダ・バラダインによるものだろう。よもやあれほどの力を有していたとは……やはり彼をこちらに引き込むことを真剣に考えた方が良い」
「いや、悪いことばかりではあるまい。かの地で作られた作物は非常に安価で上質。人類を飢えからも救うためにも大規模農場を作った商会は人類に必要なものだろう。どこかの王国と違ってな……」
「確かに彼らの扱う食料は非常に美味であるが……。まぁ、そのおかげでリ・エスィーゼ王国は自国の食糧輸出が上手くいかず疲弊しているようだな」
「それもいいでしょう。あの国の腐れ具合は目を覆うばかりでした。王が替わってからさらに酷いと聞きます。バハルス帝国に早く併合してもらいたいものです」
「やはりあの時ガゼフ・ストロノーフを殺せなかったのが痛いな……」
神官長達の顔にあるのは王国への怒りだ。
リ・エスティーゼ王国は他国に比べ広大で肥沃な大地を持ち、その大地の恵みにより多くの民が生まれ、英雄が育ち、人類の希望となるべき国であった。少なくともスレイン法国はかつてそう思っていた。
しかし、実際はその肥沃な大地から得られる利益は貴族たちが独占し、民を虐げ、違法な薬物を裏で売りさばき、一部の支配者層が享楽に興じる腐れ切った国になってしまったのだ。前王のランポッサは善人ではあったが、その状況をどうにかするだけの力はなかった。
人類の守り手として王国に期待していた分だけ、スレイン法国の失望は大きい。
「話を戻そう。聖遺物は確認せねばならん。竜王国は交渉に神官長以上の人間を指名してきておる。でだ……誰が行く?」
スレイン法国では役職が上になるほど給金は下がり、激務になっていくという方針である。これは信仰心なき者に重要な任務は任せられないというものであり、またそれだけ国に必要な人物であるという証明でもある。うかつに動かせるものでもない。
「ならば私が行こう!」
難航するかと思われた選定であるが、そこで立ち上がったのは光の神官長のイヴォンである。
「私が陽光聖典とともに竜王国に赴き、ビーストマンを討伐してこようではないか」
汚名返上の機会だとイヴォンは顔を紅潮させる。他の神官長達は顔を見合わせるが異存はない。トブの大森林での失敗以来彼らが研鑽していたことを知っているからだ。
「異議は……ないようだな。ではイヴォン殿と陽光聖典に任せることにしよう。我らの神の祝福があらんことを」
「「「「「我らの神の祝福があらんことを」」」」」
♦
「ようこそいらっしゃいました。スレイン法国のみなさま」
竜王国でスレイン法国の一同を出迎えたのは見たこともない美貌を持つメイドたちであった。彼女たちの頭にはホワイトプリムの代わりに何故か白い軍帽が乗せられている。
さらに一同の目を釘付けしたのはその中央で頭を下げている一人だけ黒い軍帽を被ったメイドだ。
「お、おぉ……なんと美しい……」
清貧を是とするイヴォンでさえ思わずため息を吐いてしまう。それもそのはず黒い軍帽のメイドは天使もかくやと言える美貌である。しかもそのメイド服とは名ばかりの衣装の煽情的なことと言ったらどうだろう。胸元を大きく開き、そのたわわな実りが零れんばかりに揺れている。スカートもギリギリ見えるか見えないかといったほどまでに短く目のやり場に困るほどである。
「みなさまを歓迎いたしますわ。私は今回ロフーレ商会から派遣されましたオークションや交渉を担当いたしますソリュシャンと申します」
見事な敬礼をしつつ金色のロールヘアを揺らしてほほ笑むその美貌にスレイン法国の神官たちの多くが目を奪われてしまっていた。軍帽の下から覗くその被虐心を刺激する瞳とその卑猥ともいえる衣装はある種の性癖を持つ者には耐えがたいものだろう。
「ごほんっ!歓迎感謝する。私はスレイン法国の光の神官長を務めているイヴォンと申す。それで……竜王国の代表殿はどちらに?」
イヴォンは気を取り直し本題に入ろうとするが、メイドたちはそんな彼らに近づくとその手を取った。
「そんなお急ぎになられずに。長旅でお疲れでしょう。陛下でしたら後程参りますわ。それより、さぁ……こちらでお寛ぎいただき旅の疲れを癒してください」
メイドに手を引かれ案内された部屋。そこは彼らが見たこともない煌びやかな部屋であった。天井からは光を照り返す光沢をもつ光球がくるくると回り七色の光を部屋に反射している。
さらに漆黒のソファーとテーブルが並べられ酒や料理が用意されていた。それを見てイヴォンは眉を顰める。
(酒と女で篭絡させるつもりか……?愚かなことを……)
イヴォンは内心の嫌悪感を隠しつつ、ソファで待つことにする。しかしその時、連れてきていた陽光聖典隊長であるニグンの様子がおかしいことに気づく。
「そ、その帽子は……その帽子は……」
ニグンとその部下たちはソリュシャンと名乗ったメイドの軍帽を指さしブルブルと震えていた。
「この帽子がどうかなさいましたかしら?どこにでもある帽子なのですが……」
「お前たちは……まさかあの化物の……?いや……人間なのか?」
そんなはずはという思いとまさかという思いが交錯する。か弱く美しく見えるメイドたちがあの異形と関係あるとは思えない……しかしニグン問いたださずにはいられなかった。
一方疑われたメイド、ソリュシャンは妖艶な笑みを浮かべるとその豊満な肉体を差し出す。
「うふふふっ。何をおっしゃってるかは分かりませんが身体検査でもされたいでしょうか?お確かめになりますか?この体の隅から隅まで……」
上目遣いで寄ってきたソリュシャンに豊満な肉体をさらされてニグンは思わず後ずさる。さすがにその服の中に手を入れてまで確かめようとは言えなかった。
「ちょっ!?この女……娼婦の類か!?」
「まぁ娼婦なんて酷いことを……。これは至高の存在たる神々が愛したという『きゃばくら』なる歓迎の儀でございます。この場ではお触り禁止がるーるであるとのことでございましたわ」
ソリュシャンは脳裏に宝物殿で『キャバクラ行きてー』とギルドメンバーと話していた至高の存在の事を思い出す。
(あれはるし☆ふぁー様でしたかね……)
「きゃばくら?」
神々の残した儀式と聞いてニグンも耳を傾ける。スレイン法国でも失伝した神々の伝承は数多く、埋もれた伝承を持ち帰ることも敬虔な信徒としての務めである。
仕方なしにニグンたちが席に着くと彼らの隣にメイドたちが寄り添うように座った。お触り禁止といいつつ体が密着するような近さだ。彼女たちも各々違った美貌を持った美少女であり、敬虔な信徒であろうが神官たちも男だ。鼻の下が伸びる。
しかし、実際のところ彼女たちはルプー魔道具店の店員でもロフーレ商会の店員でもない。ソリュシャンが
「さあ、ロフーレ商会で用意した心ばかりの歓迎の宴ですわ。どうぞご賞味あれ」
「い、いや私は酒は……」
イヴォンの隣に座ったソリュシャンはその豊満な肉体を摺り寄せながらグラスへと並々と酒を注ぐ。
「あら、お酒は苦手でございますか。では、お料理はいかがですか。はい、あーん……」
酒を嗜まないと分かるとソリュシャンは目の前の唐揚げのような料理をフォークで突き刺し口へと運んできた。
「ちょっ、自分で……ぐむっ」
言っているうちに口の中へ入れられてしまう。そして口に入った以上は咀嚼するしかない。苦笑しながらそれを噛みしめると肉汁と得も言われぬ旨味が口の中いっぱいに広がる。まさに至高の
まさか料理などで魂は遥か天へと突き抜け
「うまっ!」
つまりそう思わずそう叫んでしまうほどの美味であったということだ。今まで食べたこともない上質な旨味を持った肉。さらにそれにかけられたソースが絶品であった。恐らく数種類の果物や貴重な香辛料も使われているのだろう。
(ロフーレ商会ならばこれほどのものを作り出せるというアピールか?確かにこれはすごいが……)
周りを見ると陽光聖典の者達も礼儀を忘れたように料理に舌鼓を打っている。そして、さすがに女性に言い寄られても手を出すような者達はいないことにイヴォンは安堵する。イヴォンでさえ耐え忍んでいる状態であるが、そんなことをすれば国の品位は地に落ちるだろう。
「いかがでしたか?」
料理の感想を聞くソリュシャンの豊満な胸が腕に当たりイヴォンの煩悩を刺激する。
「あ、ああ。素晴らしい料理だ。こんな美味しいものは食べたことがないほどな……」
それは本心であるが、心配でもあった。これほどの料理の味を知ってしまった自分たちはこれから国で質素な料理に耐えることが出来るのか、という心配だ。快楽を知ってしまえばちょっとやそっとでは満足できない、それが人間というものだ。神官であろうとそれは例外ではない。
そんな思いを知ってか知らずかソリュシャンは嬉しそうにほほ笑むと話題を変える。
「それはありがとうございます。あの高名な光の神官長様にご満足いただけて光栄ですわ。私も大いなる神のしもべたる存在ですので……」
「ほぅ……?」
思わぬ言葉にイヴォンが目を細める。この場の儀式も神々の関係するものと言っていた。神学に精通しているのか、それともそれを修めることを目指しているのか。
「実は私六大信仰の教義をより深く知りたいと思っておりますの。ねぇ、イヴォン様……ご教授いただけませんかしら?」
この歓待はそれが目的であったのだろうかとイヴォンは首を傾げる。しかし、信仰している神々について布教することは神官たる者の務めであり、義務でもある。
乞うように教義を求めて上目遣いで見つめて来るソリュシャンにイヴォンは法国の教義や神話についてついつい話し出していた、もちろん秘匿すべき闇の部分を除いてであるが……。
絶品の料理や飲み物に舌が回ったのか、ついつい家族の事や街の様子なども交え支障のない範囲で話していたイヴォンであるが、やがて話題を本題へと戻す。
「私の話はもういいだろう。それより今回君たちロフーレ商会が用意した聖遺物について教えてくれないかね?」
「まぁ、私としたことが質問ばかりで申し訳ございませんでした。イヴォン様のお話が面白くてつい夢中になってしまいましたわ。もちろんご用意しております。皆様方のお眼鏡に適わなければオークションに出品する予定ではございますが……ご覧になられますか?」
「ああ、ぜひ見せてもらいたい」
竜王国の代表はまだ来ないが構いはしないだろうとイヴォンは判断する。もし、それが偽物であればそれまでである。聖遺物を確認することこそが第一の目的であるのだから。
「では今回の商品をお持ちしなさい」
ソリュシャンが指を鳴らすとメイドの一人が奥から台を押し、そこへ武具を並べ始める。それらを見てイヴォンや他の神官たちは息を飲む。そして大仰な身振りで商品を紹介するソリュシャンの揺れる双丘に神官たちの目が奪われたのは言うまでもない。
「ご覧くださいませ。これらが今回のオークションへ出品される商品です。そして、この一品こそ聖遺物である神々の遺産。神刀『
並べられた武具はそれ一つ一つを取ってもすべてに魔法の輝きがあり超一級品であることが分かる。しかし、聖遺物として紹介されたソレはまさに別次元。見ただけで分かる聖なる光の力は目もくらむばかりである。
「か、鑑定してみてもいいかね?」
「もちろん。ご随意に」
そのあまりの神気に緊張した面持ちで尋ねるイヴォンにソリュシャンは自信に満ちた笑みで応える。それもそうだろう。これほどの商品を扱えるということは商人としても誉れであろうとイヴォンは納得する。
「《道具鑑定》!」
イヴォンの鑑定魔法が『天照』へと飛ぶ。
その瞬間───イヴォンの表情は驚愕に彩られた。
「こ、これはなんだ!?まさか……本当に!?もしや彼女の武具より上……!?これはどこで発掘されたのだ!?どのような伝承が残されておる!?」
そのあまりの性能に詰め寄るように身を乗り出すイヴォン。それもそのはずである。この短刀はスレイン法国の所持する最高の武具に勝るとも劣らない性能を持っていたのだから……。
「神官長様のお眼鏡にかなったようで嬉しゅうございますわ。もうすぐ竜王国の代表たちもいらっしゃいます。私のお話がお聞きになりたい?うふふふっ、そうですか。では何時間でも何日でも……そう……じっくり時間をかけて話をしましょうか」
武具に感嘆のため息を零す法国の神官たちを見ながらソリュシャンは口が裂けるように笑みを浮かべるのであった。