パンドラズ・アクターは闇の神殿の地下へ延びる階段を1段また1段と静かに下りてゆく。後ろには入口を守護していた番外席次なるハーフエルフがいたが今はすでに装備を剥かれ下着1枚で地へ伏していた。
「ああ、いよいよですね……モモンガ様……」
すでに番外席次の守っていた宝物庫の中身も回収済みであり、残るはこの最下層に眠る神との対面を待つばかりである。それが自らの創造主であれば……、きっと。……、もしかしたら……。パンドラズ・アクターの中に期待と不安が渦巻く。
やがて階段が終わりその先に豪奢な部屋が見えて来た。その部屋は大理石でできているのかまるで祭壇のように凝った作りと装飾が施されていた。
「神の住居……というところですか」
毎日磨き上げられているのだろう。顔が映りそうなほどに輝く扉に手をかけると重厚な音を立てながらそれは開いた。
「これは……」
パンドラズ・アクターは息を飲む。
───失望。
そこにあったのはただのミイラのように見えた。それも相当の年代物であろう。体の一部においては床や壁と一体化しているほどだ。あの美の結晶たる創造主とは比べるべくもない。
「《
しかしただのミイラがこんなところに保管されているはずもない。パンドラズ・アクターは慎重に魔法を唱えるとそこから感じるのは確かな負の生命力と魔力だ。そしてその量はこの国で出会ったどの人間よりも膨大である。つまりこのミイラが高レベルのアンデッドであることの証明だ。
「モモンガ様ではありませんね……しかもこの感覚……ナザリックの者でもないですね?」
アンデッドは答えない。
「ナザリックのしもべ同士で感じる感覚がありません。しかし、その体力や魔力の量から察するに私に匹敵する力があるのではないですか?」
アンデッドは答えない。
「私の名はパンドラズ・アクターと申します。あの偉大なるナザリックの頂点にして至高の存在のまとめ役、ギルドマスターたるモモンガ様のしもべです。あなたはモモンガ様のことご存じでしょうか?」
アンデッドは答えない。
「ご存じない?ではあなたがここで何をしているのか尋ねてもよろしいですか?見たところプレイヤーではなさそうですね……。彼らが従属神と呼んでいたということから察するに私と同じ
アンデッドは答えない。
「六大神と言いましたか。それがあなたが仕えるプレイヤーの方だったのですか?それは今どこに?弑されたという話も聞きました。ならば蘇生魔法やアイテムで蘇らせればいいのでは?」
アンデッドは答えない。しかし、六大神の話を出したあたりからパンドラズ・アクターは自分を見つめる視線のようなものを感じ始じはじめていた。その視線に宿る感情は怒りだろうか、悲しみだろうか。
「もしかして……
ユグドラシルにおいて復活に際してはペナルティーとしてレベルが失われる。そしてレベル1で死亡した場合……失われるレベルが存在しないためキャラクターデータが失われるのだ。それはそのキャラクターの完全な死を意味する。二度とそのキャラクターが復活することはない。
「そう……だ」
ひび割れた声が……何百年も閉ざしていただろうアンデッドの口から漏れ出る。その声は絶望に沈んでいるのか酷く小さい。
「スルシャーナ様は……もう存在しない……」
「なるほど……あなたの神のご冥福をお祈りします。ではあなたはここで何をしているのですか?」
「何も……何もない。スルシャーナ様がいないこの世界には何もない……私の生きる意味もないのだ……」
だからここで何もせず石像のように座っているという、まるで朽ちるのを待つように。
「おまえは……どうなのだ……。仕える神も見つからず世を彷徨っているのではないのか」
アンデッドは問いかける。なぜおまえは絶望しないのかと。なぜ平然としていられるのかと。しかしパンドラズ・アクターは動じない。
「私?私ですか?ははははははっ!そんなものは決まっています!どんなに時間がかかろうと!どんなに遠くに居ようと!この世界にいないのであれば別の世界へ!この時代にいないのであれば別の時代へ!どこまでもモモンガ様を探し出すのみ!なぜなら私はモモンガ様の
開けると封じられた災厄が世界に溢れるという箱。その箱に残された最後の希望。ユグドラシルの終末期、一人きりで残られた創造主はかつての仲間たちとの想い出を記録するため自分を作られた。いつか帰ってくるという希望を信じて。
そんなパンドラズ・アクターにアンデッドは自分にはとうに失われた感情を見る。それは創造主に望まれて生まれてきた喜び、創造主への感謝、そして信頼。嫉妬と羨望を感じながら……。
「もうすでに消滅してるかもしれないのだぞ……」
「あなたこそなぜ消滅しただけで諦めるのですか?この世界にもワールドアイテムという存在がありました。そのすべての情報を私は知るわけではありませんがその中には消滅した存在さえ蘇らせるアイテムがあるかもしれない。またはそんな魔法を使える存在がいるかもしれない。ならばそれが見つかるまで探すだけです」
「……」
アンデッドは絶句する。この目の前の異形は諦めないというのだ。この世界にただ一人残されても抗い続けると言うのだ。それを眩しそうに見つめる。
「さて、ここで得られる情報もこのくらいですかね。まぁレアアイテムがたくさん手に入りましたし、これでよしとしますか。では商会での情報収集に戻りますか……」
もはやこの場には用はなしとくるりと背を向け、部屋を出ていこうとするパンドラズ・アクターに思わずアンデッドは声をかけた。
「待て……。上で物音がしていたようだが……?殺したのか?」
「まさかそんなもったいないことはいたしませんよ。ただ……PVPで敗れればすべてを奪われる……当然では?」
悪びれもせずに言うパンドラズ・アクターにアンデッドは僅かな笑みを浮かべる。アンデッドの主たるプレイヤーは人類の守護者たろうとしていたが、そこはプレイヤーである。PVPの楽しさを語って聞かせてくれた。勝った負けたと創造主たちは楽しそうにしていた。もう忘れていたその光景が目の前に浮かんでは消え、アンデッドに仮初の安らぎを与えた。そのお礼とでもいうのだろうか……。
「……もし彼らが騒ぎ立てるようであれば私が口添えしておこう」
「そうですか」
面倒は引き受けようと言うアンデッドにパンドラズ・アクターは気のない返事だ。あの程度の人間たちであればどうとでも手は打てると考えて。それも戦いという手段以外でだ。
「もう一つ……。この世界は100年周期の波の中に漂う船のようなもの……。お前が現れたのもその100年の揺り返しによるものだろう……。もし……神に出会えるとしたらその時だ……」
アンデッドからの助言、いや期待だろうか。すでに諦めたNPCから希望を持つNPCのせめてもの手向けだろうか。それをパンドラズ・アクターはありがたく受け取ることにする。
「これはこれは舞台から退場した先輩からの思わぬ餞別痛み入ります。ですが……カーテンコールにはまだ早い。私は舞台に戻りますのでこれにて失礼!」
大仰に役者のように胸の前に手当てて一礼をするとパンドラズ・アクターは部屋から出ていくのだった。
♦
「くそ!何もかもうまくいかん!どうなっておるのだ!」
リ・エスティーゼ王国の王城。現国王であるバルブロは憤っていた。帝国との戦争で敗走して以来、王国の財政は右肩下がりである。さりとてバルブロにはそれを立て直すだけの知恵もなく、あっさりと彼を見限った有力な貴族たちからも見放されも国内においてほぼ孤立無援といった状態であった。
「それもこれもあのロフーレ商会のせいだ!薄汚い守銭奴どもめ!」
「まったく!まったくそのそのとおりでございますね、陛下!」
卑屈な笑みを浮かべながら頷いている男はチエネイコ男爵。有力な貴族にすり寄ってごまをするだけの小人であるが、今はバルブロの腰ぎんちゃくと化している。
逆に事あるごとに小言を言ってくるガゼフはそばに置くこともなく王宮の外で働かせている始末であった。
「帝国は好景気で賑わっていると言うのに我が国の惨状は何だ。あの商会のせいで王国はめちゃくちゃだ」
「まったく!全く陛下のおっしゃるとおりです!市場を独占し暴利をむさぼり金銭を集めるなど盗人も同然でございます」
二人が言っていることは暴論であった。ロフーレ商会は王国においてだけでなく、世界中でなくてはならない存在と化している。
そして彼らの言うように暴利をむさぼっているかというと実情は真逆である。安価で薄利多売を基本としており、その信用と品質により市場を勝ち取り利益を上げているのである。むしろロフーレ商会の関係者を捕らえてしまったせいで今の状態になっているのだが、それを理解するだけの頭はバルブロにはなかった。
「それで、ルプーという女は見つかったのか!?」
「それは……どうもこの国にはいないようで……」
バルブロにとって八本指の手からルプーを逃したことがすべての始まりであった。もしあそこで捕らえていれば、自分の女にしていれば、その商品を独占していれば、たらればが脳裏に溢れる。
その気持ちは今でも変わっていない。ルプー魔道具店さえ手に入れれば一発逆転を狙えるのだ。
「くそ!あの武具さえあれば帝国に勝てるというのに……ロフーレの者どもは口を割らぬし……」
王都にあるロフーレ商会の関係者はすべて捕らえたが、知らぬ存ぜぬを通していた。それがまた腹立たしい。しかし、それを聞いたチエネイコが思わず口を挟む。
「あの……陛下?ロフーレ商会の者達を尋問されただけなのですか?」
「む?」
バルブロが不快そうにチエネイコを睨む。慌てて卑屈な笑みを浮かべて誤魔化すが、チエネイコは考える。ルプー魔道具店はただの店舗であるが、その店が王都にだけあるとは限らない。むしろ利益を上げ成功した店舗は支店を増やしているだろう。
「陛下、そのルプーという女はどこから来たのでしょう?王都に最初からいたのでしょうか?それともスカウトされてきたのでしょうか?」
「そんなことは知らん」
にべもなく言われチエネイコは頭を痛ませる。そんなことも調べていなかったらしい。ならば商会の記録なども調べてないのではないだろうか。
「陛下、ロフーレ商会にはルプー魔道具店も加入していたのでしょう」
「だろうな、それがどうした?」
「陛下もお気づきではないでしょうか。でしたら帳簿があるはずで……」
「帳簿?記録か?ああ、そうだな……そうだ。商会の取りまとめをしているなら会費や倉庫などの管理もしていたかもしれん!」
バルブロの灰色の脳みそに光が差し、やはり自分は冴えていると頷く。一方、チエネイコはそれを見てほっと胸を撫でおろした。
「さすがは陛下!そこにお気づきとは!陛下の慧眼にこのチエネイコ脱帽でございます」
「ふん、当然だ。よし!ロフーレを呼べ!場所はやつの商会の本店だ!!行くぞ!」
バルブロは自分の閃きに我ながら恐ろしくなる。やはり自分こそが王の中の王だ。きっとあのルプーという女も自分のものになるに違いない。バルブロは玉座から立ち上がると嫌らしい笑みを浮かべるのであった。
♦
ロフーレ商会、リ・エスティーゼ王国本部。
会長のロフーレは牢から出され、かつての自分の書斎に連れてこられていた。そして部屋が荒らされている様子がなく、思わず息を吐く。それは今のところ王都の自分たちだけの被害で済んでいるだろう証明だ。
ロフーレは今までの人生の軌跡を思い出す。裸一貫から商売人を始めてこの年まで色々とあったが、ロフーレ商会を立ち上げてから順調に勢力を増やしてきた。いや、順調すぎたといってもいいだろう。特にルプー魔道具店などが所属するバハルス帝国の店舗たちは別格だ。魔道具だけでなく、食料、燃料、資材、運送、娯楽など様々な分野でありえないほどの成績を示している。
自分の人を見る目は確かだったという自負と同じ商売人としての嫉妬が混じる複雑な心境であるが、商会長としては喜ぶべきことだろう。
各国での市場もほぼロフーレ商会に掌握されており、この王都においてもそれは同様であった。純利益的に考えれば王国における実入りは少ない。ただ利を求めるだけの商売人であれば王国など離れて他の国に行っていることだろう。
だが、ロフーレの考えは違った。自分たちロフーレ商会が撤退した後、この国がどうなるのかが分かるからだ。そしてその煽りを最初に喰らうのは弱者だろう。
ロフーレ自身は生粋の商売人と言うこともあり損をする商売は絶対にしない。しかし、逆もまたしかりなのだ。客に損をさせるような商売もしないことを心掛けている。金持ちにはその虚栄心を満足させる高級品を、貧しい物には安価な商品を需要と供給を。商売とは一方通行ではいけないのだ。だからこそ王国に残り、商売人としての矜持を守っていた。そして妬み嫉みを買うことはあっても恨みを買うようなことはなかったのだが……。
「久しぶりだな。ロフーレ」
乱暴に開けられた扉から現れたのはチェレンコフ男爵と現国王のバルブロだ。その顔にはいささかの敬意もなければ遠慮もない。
(これがこの国の王……まるで猿が衣服を着ているようですね……)
ロフーレはバルブロを見てそう感じる。豪奢な衣装を着ているが、その中身を伴っていないことが顔つきや態度でありありと分かる。
かつて遠目に見た威厳と知性に満ちたバハルス帝国の皇帝とはまさに月とすっぽんである。知性や矜持がまるで感じられない。
しかしそこは商売人のロフーレ。そのような気持ちは一切顔には出さない。柔らかな微笑みを浮かべると席を立ち、その場に跪いた。
「これはこれは陛下。どのようなご用件でしょうか?」
「ふん。ではあらためて聞こうか。ルプーと言う女の居場所は思い出したか?」
「申し訳ありませんが陛下。何度聞かれても知らないものは答えようがありません」
目の前にいる思慮に欠けた男。その噂は聞いている。国民を虐げ、いい女とみれば誘拐同然に浚い、法外な関税や通行税をかけ、私利私欲を肥やしている噂をよく耳にする。後ろ盾となっていたボウロロープ公がいなくなってからはそれを諫めるものもなく、まさに衆愚の王といった様相だ。
そのような男にあの可憐なルプー嬢の居所を話したらどうなるか言わずとも分かるというものだ。
「それに、商会に加盟している店舗は多いですのでそのようなものがいたかどうか……」
「使えないやつめ……まあいい。おい、探せ」
「はっ!」
バルブロの命にチエネイコとその手勢が会長室の棚の書類へ手を伸ばす。乱暴に書棚を引っ掻き回される様子にさすがのロフーレも声を上げる。
「な、なにをなされる!?おやめください!!」
「言わないのであれば勝手に調べさせてもらおう。ロフーレ!貴様には独占禁止法違反の疑いがある。また、違法な商品を取り扱っているとの話もな」
「なっ!?」
まさに言いがかりであった。違法な薬物を扱っていたのはかつてバルブロと付き合っていた八本指であり、バルブロ自身それに関わっていたというのにその顔は勝ち誇っている。それを見てロフーレは偽証や証人を用意しているのであろうと察する。そこまでされては一国の王に一介の商人が逆らえるはずがない。
チエネイコは時間をかけて念入りに書類に目を通すとそのうちの1枚をバルブロに差し出した。
「陛下!これを!」
「ほぅ!?」
チエネイコが取り出したのは商会の出納簿だ。その中には各支部での売り上げや現在の在庫、そしてその管理する倉庫の場所などが書かれている。
「ほほぅ?エ・ランテルにルプー魔道具店の倉庫があるようだが……?それを会長の貴様が知らなかったと?それになんだこの売り上げは……」
それは王国の国家予算を優に超える売り上げの数々。この王国だけでなくバハルス帝国、聖王国、竜王国、はてはスレイン法国とまで取引がなされている。そして当然それに応じた金額が商会本部に流れていた。
「悪どく儲けていたようだな!ロフーレ!国家反逆罪の罪も加えて捕らえよ!ロフーレ商会の倉庫も証拠として差し押さえるぞ!」
「はっ!」
「何を言われる!我々はまっとうに商売をしているに過ぎません!」
「まともな商売でこれだけの売り上げがあげられるわけがないだろう」
出納簿をバシバシとロフーレの顔に叩きつけながらバルブロが凄む。
しかし、これも完全な言いがかりである。政府の無策により王国の食料や産業はもはや壊滅的であるのだ。それを補ってきたのがロフーレ商会であり、王国に貢献をこそすれ被害をもたらしているようなことは一切していない。
そんなことを露ほども思わぬバルブロは一喝する。
「王都の倉庫を押さえたら次はエ・ランテルだ。兵を集めろ。はははは、あのルプー魔道具店の倉庫だ。期待させてもらおう!」
バルブロの胸が期待に膨らむ。帝国を打ち負かした武具を販売していたルプー魔道具店。その管理する倉庫だ。そこには見たこともない恐るべき魔道具の数々が並んでいることは間違いない。バルブロはそれらの武具を纏い、ついに帝国までも征服する自身の晴れ姿を脳裏に浮かべる。
「良い……!良いぞ!さすがは俺だ!がははははは!見ていろジルクニフめ!次にはねられるのは貴様の首だ!」
品のある調度品の並べられた会長室にバルブロの下品な笑い声が響き渡る。それを聞きながらロフーレは天を仰ぎ、あの可憐でコロコロと笑う変わり者店員が無事であることを祈るしかなかった。