「あっ!」
リ・エスティーゼ王国、王都冒険者組合。かつては賑わっていた王国最大の都市の冒険者組合も今は閑散としていた。それもそのはずである。王国を覆う不況の波は依頼の減少という形で冒険者組合をも巻き込んでいた。
依頼料を払えない民衆が多くなり、代わりに郊外でのモンスター等の被害は拡大する悪循環である。そんな冒険者組合の一室でアダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』のラキュースが突如声を上げていた。
「どうした、ラキュース?」
「いえ、何か背筋に寒気が……。どこかで私の大事なものを汚されたような……そんな気がするわ」
「なんだそりゃ……神官としての神託でもおりたのか?」
神官戦士であるラキュースであるが、そのような能力があるとは聞いたことがない。わけが分からないと肩をすくめるガガーラン。その横ではイビルアイが呆れたように首を振っていた。
「あのな、ラキュース。何と言うか……我々の大事なものを汚しているのはお前だと思うのだが……?」
イビルアイがラキュースの頭の上を指さす。そこには神官戦士とは思えない奇妙なものが置かれていた。かつてラキュースと死闘?を繰り広げたルプーが被っていた黒い軍帽に似た帽子である。
「イビルアイ、何を言ってるの!?私はあのライバルを超えるためにもっともっと自分を磨かないといけないの!そのために相手を知ることから始めることにしたのよ!」
「鬼リーダーが狂った」
「むしろいつもどおり」
ティア、ティナの双子忍者も揶揄うラキュースの頭の上のもの、それは特注で仕立て上げさせた軍帽である。気に入っているのか頭の上で位置を直しながらチラチラとイビルアイを見つめて来て苛立たせる。
「……どう?」
「どうと言われてもな……それは意味があるのか?」
聞いてくるラキュースのドヤ顔にイビルアイの仮面の下の顔が引きつる。両手の指すべての指に嵌められたアーマーリングは闇の人格を抑えるのに必要だと聞いたことがあるがその帽子はどう見ても魔法的な効果はなさそうに見えるし、防御力的な意味でも心もとない。
「これをしてからね!なんて言うか!自分が強くなったって言うか!軍服とかサーコートっていうのも良いかと思ったんだけど装備的に無理じゃない?だからせめて軍帽にしたんだけどきっとルプーもそういう理由でメイド服に帽子だけなんだと思うの。だって軍服や軍帽って強いじゃない。あの子もそう言ってたし!だから私も強くなれるって言うか。ねっ?ガガーラン」
「お、おう……」
急に話を振られたガガーランはそれしか言えない。ラキュースがたまにルプーと会ったりしていたことは最近知ったが、何となくそれで悪影響を受けているのではないだろうか。
「それにこんな帽子を被ってるのは私だけじゃないわよ。町でもちらほら見るし、お店の店員の人が多いわね」
「確かに似た帽子をした店員が増えているな……。ロフーレ商会だったか?他国でも見た」
「このセンスの良さが分かる人が増えてるってことね。うん、それは良いことじゃないかしら?」
「まぁ……店員の
ルプーや自分の仲間が増えていることに嬉しそうなラキュースを見かねたイビルアイは話題を変える。そもそも仕事が減っている現状で、自分たちの河岸を変えるべきかどうかを話し合う予定だったのだ。
「うーん……そうね……。私は出来れば王国で仕事を続けていきたいんだけど……」
「さすがに無理だろうな。なにより仕事がない。仕事がなければ生きていけない」
「だよなぁ……。やっぱ他の国に行くべきじゃねーか?ラキュース」
「それはそうだけど……」
ラキュースが即断できないのも無理はない。ラキュースは王家とも親交のある由緒ある貴族の出身であり、勘当同然に家を飛び出して冒険者をしているとはいえ両親は王国内で領地を経営している。その国を飛び出すのに戸惑いがあるのだろう。
そしてもう一つ、親しい友人を置いて自分だけ出ていくのに罪悪感があったのだが、その懸念はもう解消されていた。
「あの王女はもうこの国にいないのだろう。確かバハルス帝国に亡命したのだったか……。久しぶりに会いに行くのもいいんじゃないか」
そう、友人にしてこの国の第三王女であるラナーはすでにこの国にはいないのだ。お気に入りのクライムと一緒にバハルス帝国に渡ったと聞いていた。相談もなく亡命してしまった友人に言いたいことはあるが、今のこの国の現状を見るに英断だったと言えるだろう。
「そうね……でもそんなに簡単に決められる話じゃないわね……」
「ああ、そういえばバハルス帝国にはラキュースのライバルの……えっと何だったか、そうルプーの店の本店があると聞いたな」
「決まりね!みんな!次のホームタウンはバハルス帝国よ!」
イビルアイが、ガガーランが、ティアが、ティナが顔を見合わせる。王都から出ていく冒険者たちは蒼の薔薇だけではない。いや、仕事を求めて他国に移動しなければ食べていけない者がほとんどだろう。
そのため、どうやってラキュースを説得しようと頭を悩ませていた仲間たちであるが、予想の斜め上の方向で乗り気になってしまった。
「はぁ……じゃあ、決定ということでいいな。あとその帽子は脱げ。我々が恥ずかしい」
「それは絶対に嫌!!」
イビルアイの最後の願いは却下され今日何度目か分からないため息を吐く。長らく世話になった王都の冒険者組合であるがそれも今日が最後だろう。
こうして蒼の薔薇のホームタウンは変わることとなり、荷物をまとめると新天地へと旅立っていくのだった。
♦
「あっ!」
バハルス帝国、ルプー魔道具店。
カップの割れる音。ツアレがアップルティーを注ぐ際に突如カップが割れてしまったのだ。嫌な予感がするツアレであるが、それよりも主人の体が心配であった。
「すみません!ルプー様、火傷をされてはいないですか!?」
「別にカップくらいいいっすよ。でも最近情報が途切れちゃったから暇っすねー……」
100℃もない程度の熱湯でルプーが火傷をするはずもない。そして割れたのはどう見ても高級そうなカップなのであるが魔力の宿ってないそれらはルプーにとってそれほど価値があるものではなかった。
そんなことよりも考えるのは別の事、スレイン法国での情報だ。モモンガに関する情報はなかった。しかし100年周期にユグドラシルの者達がこの世界に来る可能性があるということが分かっただけでも僥倖であろう。異業種たるパンドラズ・アクターには寿命という概念がなく、時間など無限と言えるほどあるのだから。
「あの……最近は……ルプー様がお店にいてくれて嬉しいです」
「そうですよ、いつもルプー様は忙しくされているのですからたまにはゆっくりしていってくださいよ」
ツアレをはじめとするメイドたちが嬉しそうにルプーの周りに集まっている。周辺国の情報の収集は進めているものの自ら出かけることも少なくなり、ルプーとして店にいることが多くなっていた。メイドたちとしては憧れのルプーがいてくれるのだ。大はしゃぎである。
「そうっすね……。まぁ、ロフーレ商会も大きくなったっすから情報収集は人に任せてもいいかもすね……」
実際、大きくなったどころかあらゆる国の商会がロフーレ商会の影響下に入りつつあり、国内において皇帝ジルクニフでさえ下手に手を出せなくなっていた。しかし、水が高きから低きに流れるようにそれは当然のことであり、ルプーは気にする素振りもない。出来ることをやっていくだけである。
「じゃあ……また新しい料理でも考えるっすか!」
「はいっ!私がんばっちゃいますよ!」
「もーっ!ツアレさんばかりずるい!私も料理を考えてみたんです!ルプー様がおっしゃっていたカレーライスなる料理のレシピを作ったんです!」
「ルプー様、私も次は私も呼んでほしいです!」
メイドたちのルプーへの忠誠は本物である。それを見てかつてのナザリックを思い出しルプーは微笑む。敬礼などの仕草の教育も礼儀作法も完璧。彼女たちであればナザリックの立派なしもべになることもできるかもしれない。
そんな美しいメイドたちの幸せな午後であるが、それも長くは続かなかった。乱暴に店舗のドアが開かれ、そこから大声が響き渡ったのだ。
「ル、ルプーさん!ルプーさんはいらっしゃいますか!」
入口から入ってきたのは常連の出入商人だ。確か王国方面との取引を担当していたはずである。その顔は蒼白でありただ事ではないことを伺わせる。
「……何かあったっすか?」
「そ、それが……こ、これをお読みください!エ・ランテルの支部から早馬で届いた手紙です!」
ルプーは手紙を受け取るとすばやく目を走らせる。読み進むうちにその目は次第に鋭くなり、立ち上がると手紙を握りつぶした。
「ちょっとエ・ランテルまで行ってくるっす……」
その顔にはいつもの笑顔はない。かと言って真面目モードの妖艶な顔でもなく、唇は噛みしめられ目には怒りの炎が宿っている。付き合いの長いツアレ達でさえこんなルプーを見たことはない。猫のように気まぐれでいつもからかうように笑っている彼女がそんな顔をするほどの事態ということだろう。
「ル、ルプー様!何があったのですか!?」
「エ・ランテルの宝物殿……倉庫が略奪にあったらしいっす。リ・エスティーゼ王国のロフーレ商会の会長や会員も皆投獄されたらしいっすね。手紙によると犯人はリ・エスィーゼ王国国王バルブロ……」
「そ、そんな!」
「馬鹿だ馬鹿だとは思ったっすけど……ここまでだとは……店は任せたっす」
そしてルプーは手紙を握りしめ、大気を震わせるほどの怒りを振りまきながら店を飛び出していくのだった。
♦
リ・エスティーゼ王国、城塞都市エ・ランテル倉庫街。
《
目の前には無残にも扉をこじ開けられ、中身が失われた3つの倉庫があった。中にはこれまでルプーがモモンガのために集めに集めた数々のレアアイテムが整理保管されていたはずだが……今やそれは何一つ残されていない。そして……。
───パンドラズ・アクターの中で何かが切れる音がした
「くぅ……くずがああああああああああああ!取るに足らない人間風情があああああああああ!わ、我が守護領域に土足で上がり込みいいいいいいいい!」
あまりの激しい怒りに抑えきれずに言葉に詰まる。そして深呼吸をするように肩を動かし、激しく言葉を続ける。
「さらにわぁあ! 私のもっ、最も大切なあの至高なる御方のために集めたアイテムを奪い去るなど……糞がぁああ!!何たる失態!何たる屈辱!許さん!絶対に許さんぞ人間どもがああああああああ!」
ルプーというキャラ設定も忘れパンドラズ・アクターは気がふれたように絶叫する。
パンドラズ・アクターにとって人間など最初から取るに足りない存在である。いてもいなくてもどうでもいい存在。だが、中には役に立つ者もいる。いつか役に立つかもしれない者がいる。その程度で生かしておいた存在だ。しかし……。
「はぁ……はぁ……私が甘かったということですか……人間など……人間など滅ぼしてくれる!至高の御方の財を奪う卑劣漢ども……」
落ち着きを取り戻したのか、噛みしめるようにつぶやくパンドラズ・アクター。その脳裏に浮かぶのはかつてナザリックに攻め込んできたプレイヤーたちの姿だ。人間種たちによるナザリック襲撃。それは至高なる41人の存在により撃退された。
それを誇り高く思うとともに、ナザリックにおいて人間種に対する忌避感は強い。それはやはり正しかったのだろうか。パンドラズ・アクターは倉庫の警備を任せた『漆黒の剣』たちのことを思い出す。
「人間などに警備を任せたのが間違いでしたね……おのれぃ……いっそあの有象無象どももまとめて人間など……」
『殺す』、そう言いかけたときパンドラズ・アクターの目が倉庫脇の草むらへと止まる。そこから複数の足が飛び出していたからだ。その体に装備されている武具には見覚えがあった。そう、あの漆黒の剣の面々に渡した武具である。
草むらを掻き分けて見ると4人の冒険者が倒れていた。ペテル、ルクルット、ニニャ、ダイン。その身には争った跡があり必死に戦ったのだろう剣は砕け、皮鎧は引き裂かれていた。体にはいくつもの刺突の跡があり、そこから流れ出た血は地面を血の海へと変えている。パンドラズ・アクターが殺すまでもなく4人とも死んでいたのである。
「守護領域を任されて何も出来ないとは……所詮は人間……えっ……?」
僅かなりとも信頼した人間の価値がこれほどまでにないと諦めかけたその時……漆黒の剣の四人が寄り添うように抱えているあるものに気づく。
それは禍々しい装飾を施された異形の杖である。6匹の蛇が巻き付くような装飾の蛇の口にはそれぞれ宝玉が咥えさせられている。
黄金に輝くその杖こそ───パンドラズ・アクターがその創造主モモンガのために作ったギルド武器、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンのレプリカであった。
「まさか……彼らが……?」
争いつつも何とか草むらまで行きつき、そこに隠したのだろう。よく見るとそこはもともと草むらではなかったと思われた。恐らく
自分たちの命を投げうってまで託されたものを守る。その守れたものはたった一つ、それだけであるがその姿にパンドラズ・アクターはかつての自身の姿を重ねる。至高なる存在からナザリックの最重要領域である宝物殿を任された自分は当然命を投げうってでもそれらを守り抜くだろう。
「なるほど……人間にもこれほどの価値がある者達がいるということですか……あなた方の決意に敬意を表します!」
ルプーは足を揃え、漆黒の剣へと向けて敬礼を送る。彼らの決意にはそれをするだけの価値があるだろう。黙とうとも思える長い敬礼を終えるとパンドラズ・アクターはその手を彼らに掲げた。
「《
最高位の蘇生魔法の光が漆黒の剣を包む。そして彼らへの敬意とともに、もう一つ。どす黒い感情がルプーの心にくすぶる。
「さて、価値のある人間がいることは分かりました。しかし……リ・エスティーゼ王国、国王バルブロ……お前がレアでもコモンでさえなく……何の価値もない人間であることを……教えてやろう!!」
生命の息吹に息を吹き返し始めた漆黒の剣たち。そんな彼らを見つつパンドラズ・アクターは王都へ向け指を指し高らかに宣戦布告するのだった。