それははっきりとしていない
7月上旬、最近になって俺はあることに詰まっていた。あること、といっても大したことではない。いや、大したことなのか?初めてのことだからわからないな。
氷川さんに対してなのか、それとも花に対してなのか……。これは相談した方がいいか、とりあえず氷川さんに聞いてみるか。氷川さんなら何か知ってるかもしれない。
「相談ですか?」
「ああ。初めてのことでわからないんだ。人に対してか、花に対してか、何かを考えると胸が締まるような感じになるんだ。氷川さん、何か知ってるか?」
「私に言われても……」
そりゃそうか、氷川さんでも知らないか。それにしても氷川さんの様子がおかしい。そわそわしているような、落ち着かないような、どうしたんだ?
俺は氷川さんにどうしたのか聞くと、氷川さんは何でもありませんよ、と疑問形で言った。何故そこで疑問形になるんだ。
「何かごめんな。あと、話を聞いてくれてありがと」
「いえ、私も役に立てなくてすみません。何かあったらまた話を聞きますね」
話を聞いてくれただけでもよしとしよう。俺と氷川さんは互いに時間を置いて戻ることにした。一緒に戻ったら噂になる。そうなったら気まずくなるからな。さて、この悩みどう解決させるか……。
▼▼▼▼
結城さんとの話を終えて今は授業中だ。結城さんの話を聞いていた時、私はそわそわしてしまった。こんなこと本人には言えないし。私だって同じなんだ。
ーー結城さんのことをどう思っているのか、わからなくなってきている。
まさか私がこんな状態になるなんて誰が予想したか。こういうことは今井さんや日菜に相談してみるのが妥当かもしれない。けど、日菜に話したらからかわれる。これまでの私はギターのことばっかりだった。だから、こういうことになるのは人生で初めてだ。
私はバレないように結城さんを見つめる。眠そうにしている。遅くまで香水を作っていたのかもしれない。私のためというのはいいけど、少しは休んでほしい。
時間が経ち、放課後になる。結城さんと別れてcircleに向かう。練習しようにも集中出来なかった。どうしてなの?どうして集中出来ないの!?
「紗夜、どうしたの?調子悪い?」
「いえ、そんなことは……」
「珍しいわね。紗夜が間違えるなんて間違えてる所が多いわよ?」
湊さんの一言が胸に響く。事実だから反論は出来ない。それもこれも結城さんのせいだ。これはあのことを言うしかないかもしれない。言えばスッキリするとも言う。このまま胸にしまってモヤモヤしたままでは駄目だ。
私は湊さん達に今日起こったことを話すことにした。話せば何かわかるかもしれない。私はそう確信しつつ、話した。話した結果、案の定だった。
「あ、あの紗夜がねぇ……」
「紗夜さん、それってもしかして……」
「恋ですね……」
今井さん、宇田川さん、白金さんが順に言った。恋だなんて、私らしくない。その相手が結城さんだったらさすがにそれはないだろと思う。
話を聞いた湊さんは黙ったままだった。何を思っているのかしら。一体湊さんは何を思っているのか、私は湊さんに話し掛けた。
「紗夜、それが原因なの?」
「え、ええ、そうです」
「そうなってくるとあれね。何と言ったらいいのかしら、あこの言うように噂の彼にばーん?かしらね」
ばーん?ってどういう意味なの?もしかして、この前のライブでの良いところを見せましょう、ということかしら?そうだとしたらそれは恥ずかしい。
そもそも結城さんだと決まった訳ではない。結城さんのことは知りたい、この気持ちは認めているからまだいい。けど、結城さんが好きだということはわからない。事実であっても認めたくない。
「とりあえずこの話はまた今度にしようよ。紗夜、スッキリした?」
「はい。さっきよりスッキリしました。おかげで集中出来そうです。さぁ、練習を再開しましょう!」
そうね、と湊さんは位置に着いた。今は置いておこう。後でまた香水でリラックスしよう。この話はそのうち日菜の耳に入りそうだ。けど、日菜と話してみるのもいいかもしれない。私はそう心に決めながらギターを弾いた。
▼▼▼▼
色々ありすぎた。そもそも人だとしたら氷川さんになるのか?じゃあ花だったら何になる?はぁ、何か分かんなくなってきたな。
香水を作りながらこんなこと考えてる辺り、俺はおかしい。欠伸をする。もう時間は11時だ。早すぎる、作ってから既に1時間半か。俺はスマホの画面を開き、連絡先のリストを開いた。は行の名前には氷川紗夜、氷川日菜の名前があった。
「日菜の奴、突然すぎるだろ。しかも氷川さんの連絡先まで登録するなんて、氷川さん困ってただろ」
先週のことだ。氷川さんと日菜がシャルロッテに来た時、日菜が唐突に連絡先交換しようよと言ったのだ。最初はいいのかと疑問に感じたが、日菜に耳打ちでおねーちゃんの連絡先知りたくないの、とまで言われた。
結果、俺は流されるまま連絡先を交換した。それも日菜が強引にだ。何故こんなことになったのか、今更思っても戻れないし、しょうがないか。
電話するのはやめておこう。あっちから何かない限り、いきなり電話するのは失礼だし、驚かれたりしたら申し訳ない気持ちになる。
「はぁ、何か上手くいかないな。この気持ちは恋なのか。いや、そうだったら氷川さんのことが好きみたいになるよな。ある訳ない……よな……」
――やめよう、考えるのはやめだ。こんなことで何分も掛けてたら時間の無駄だ。
俺はそのまま香水を作り続けた。よく分からない。けれど、いつかは分かるのかもしれない。そんな想いが交錯して、俺の心臓は高鳴っていた。
もし……もし……俺が氷川さんのことを好きだったら、彼女はどう思うだろう。1年前から俺と氷川さんは知り合っていた。互いに知らぬままにだ。チラッと見えていただけ、裏方で手伝っていただけ、それだけのことなのに、俺と氷川さんは出会った。
初めてのことだから分からないが、分からないなりに自分で答えを見つけよう。それが分かれば俺と氷川さんの関係は変わってしまう。
それもいいかもな。俺はそう思いながら集中した。気づいた頃には時間は12時になっていた。完成したから、もう寝るか。
▼▼▼▼
私はどうしてしまったのだろう。日菜にも話してみた。日菜からもそれは恋だよと言われた。
本当にそうなのだろうか。私はこれから結城さんとどう向き合ったらいいのか。今日もまた結城さんと話すけれど、気まずくなるわね。
でも、それでもいい。私にとって結城さんといる時間はとても貴重な時間なんだ。気まずくなるけれど、それでもいいから私は結城さんのことが知りたい。
「ふぅ……はぁ……。息は整ったわね」
心を落ち着かせ、私は今日も屋上に行く。結城さんが待つ場所へ、結城さんと話せる場所へ……。
少年と少女は知らぬうちに想いを知ってゆく
まだ見ぬ線に結ばれながら