夏休みに入り、シャルロッテは繁忙期を迎えた。この時期は向日葵が売れることが多い。夏の花を使った香水やアロマも同じく売れている。俺の隣で店番を手伝ってくれている紗夜もこれには驚いたそうだ。
「人、結構来るんですね」
「まぁお盆休みに花を供えるとかあるからな。特に向日葵が多く売れる、それで在庫切れになるのは珍しくないさ」
「そうなんですね……暁さんは今月も香水とアロマ作るんですか?」
「もちろん、"紗夜のため"だからな!」
言った途端、紗夜が顔を赤くした。やばい、さすがに言い過ぎた!紗夜のことは好きだが、これはまずい。いくら彼女が真面目とはいえ、ためって言う時点であ、やべぇなってなるだろ。
俺は紗夜にごめん、と謝った。とりあえず謝ろう。よくわかんないけど謝っとこう。
「暁さん、何故急に謝るのですか?」
「いや、その……紗夜の顔が赤くなったからさ、謝らなきゃって思ったんだ」
「フフッ、何ですかそれ」
紗夜はくすくす笑いながら言った。珍しい、あの真面目でギターしかない紗夜が笑っている。知り合って3ヵ月、俺は紗夜の笑顔を何回か見た。ここまで笑っているのは初めて見た。
好きな人の笑顔を見るのは心が暖かくなる。恋って凄いな。この笑顔を見ていると頑張れるって思えるな。
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はぁ、暁さんにあのこと言えるかしら。教科書を学校に忘れてしまったのだ。今日は夏休み初日だからまだいい。今は昼、取りに行くとしたら夕方になるわね。
「暁さん、話があるのですが……」
「どうした、何か相談か?」
「いえ、相談という訳ではないのですが……」
私は暁さんに教科書を忘れてきたことを話した。暁さんは話を聞いてくれた。真剣な表情で聞いてくれた。
私は暁さんに一緒に来て欲しいことも話した。日菜とでは振り回されて時間がなくなってしまう。一人だと行くのが怖いと感じてしまう。だから、今回は暁さんにも来てもらおう。
「なるほど。しかしいいのか俺で?日菜と行った方がいいんじゃないのか?」
「いいえ、日菜では何か起きかねないので、暁さんにも来てもらおうと思い話しました」
「日菜だとヤバいっていうのはまだわかる。そうなるとあれだよな……えっと……二人きりになるよな」
暁さんに言われ私はハッとした。よく考えたら暁さんと二人きりになるわよね?何故私は最初に気づかなかったのか。でも、今日取りに行かないといけない。気づいたらすぐやらないと駄目だ。怖い想いをするのなら暁さんと二人きりになってでも取りに行こう!
「お願いします暁さん!ちゃんとお礼はしますので!」
「わかった!わかったから一旦離れてくれ!」
「一緒に来てくれるんですか?」
「あ、ああ一緒に行くよ。まず顔近いから離れてくれないか?」
顔が近い?私は暁さんに言われ、顔を赤くした。恥ずかしい!暁さんに頼むとはいえ、まさか顔が近くなるくらいに必死になっていたなんて……。
私は暁さんに言われ離れることにした。危ない、このまま周りから付き合ってると勘違いされていたらどうなっていたか。幸い人はいない、もしいたら気まずくなっていたわね。次から気をつけようと私は心に誓った。
「しかし意外だな、暗い所が苦手だなんて」
「小さい時に日菜と肝試しに行って苦手になったんです」
「ふうん、可愛いな」
「なっ!?可愛いなんて言わないで下さいよ」
ごめんごめん、と暁さんは笑いながら謝った。今日は暁さんに攻められているような気がするわ。でも、それも悪くない。暁さんと一緒にいるこの時間は私にとって大切な時間なんだから。
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シャルロッテの営業が終わり、紗夜は一旦帰ることに決めた。俺は紗夜を待つことにした。紗夜の家はマンションとのこと。とりあえずマンションの前で待とう。これ以上行くのはまずい。
時間は16時、とにかく早めに済ませないといけない。ここから学校まで20分、教室に教材を回収するのに10分、紗夜を送るまでに20分、合計で50分か。約1時間、暗くなる前に終わらせないと紗夜に何か起きてしまう。そうなる前に回収しないといけないな。
「お待たせしました暁さん」
「紗夜、お前制服で行くんだな」
「ええ、さすがに私服ではアレなので。そういう暁さんは私服なんですね」
「制服は面倒だ。それに私服の方が動きやすいからな。紗夜に何かあったらヤバいし……」
そうでしたか、と紗夜は言った。紗夜に何かあったらマジで洒落にならないし、日菜にバレたらまず殺される。
だからそうならないように俺が紗夜を支えてやらないといけない。まずは何も起きないことを祈ろうか……祈ろうと言っても半分何か起きないかと思っている自分が、紗夜がどんな反応をするのか知りたい自分がいる。
こんなこと考えるのはよそう。紗夜の前だ。彼女がいない所ならまだしも、ここで考えていると怪しまれる。これは紗夜の忘れ物を回収するだけだ。そう、回収するだけなんだ。
「こんなに遠く感じるのは気のせいでしょうかね……」
「どうしたんだ紗夜?学校には着いただろ」
「着いたのはいいのですが、暁さんといると時間が長いと感じるのです」
「そ、そうか。とりあえず行こうか」
門は閉まっている。俺は先に行き、門をよじ登ることにした。こんなことはしたくないが、今はしょうがない。普段の紗夜ならこんなことよくないですよって言うが、忘れたことに責任を感じてるんだろう。責任を感じているが故に言えないんだ。
紗夜に登るように促し、彼女の手を掴んだ。何とか門を越えたが、これからどうするか。外は暗くなりつつある。俺と紗夜は校舎に入り、靴を履き替えた。中は誰もいないか。
「紗夜、離れるなよ?」
「言われなくても離れませんよ。早く行きましょう」
そうだな、俺は頷きながら言った。心配だな。紗夜の顔が若干青ざめてる気がする。本当に大丈夫か?
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暁さんと教室に入り、私は自分の机の元に向かった。引き出しから教材を出し、鞄に教材を入れる。よし、後は家に戻るだけだ。私は暁さんにお礼を言った。
「暁さん、ありがとうございます」
「お礼はまだ早いだろ。しかし、風紀委員さんが忘れ物をするなんて珍しいな」
「誰にだって忘れ物はありますよ。今回のことは私と暁さんの……"二人だけの秘密"ですよ?」
「お、おう……」
暁さんの顔が赤くなった。ん?私は今何て言ったの?二人だけの秘密って言ったのよね?私は自分の言ったことを思いだし、顔が熱くなってきたのを感じた。こんな所に来て私は何を言ってるの!?
教室から出ようとした時、何かが私の肩にぶつかった。な、何!?何がぶつかったの!?
「きゃっ!」
「紗夜!?」
私はぶつかったことに驚き、暁さんの腕にしがみついた。ああもう、私は何をしているのよ!ていうか教室から出たのよね?あれ、ということはドアにぶつかっただけ?
はぁ、恥ずかしい。暁さんからすぐに離れ、彼に謝った。凄く申し訳ないわ。今度暁さんと店番をする時が気まずくなるわ。夏休みに入ってからの私はおかしい。
「紗夜、怪我とかないよな?」
「あ、ありません。先程はすみませんでした」
「いや、俺こそ何かごめんな。頼りなかったというか、何にも出来なかったというか……」
「そんなことはありません!いてくれるだけでも全然頼りになります!暁さんのおかげで教材を取りに行けたんですから、そんなに自分を攻めないで下さい!」
こんな会話をしながら私と暁さんは別れた。暁さんと一緒にいると時間が長く感じる。この想いは何なのかしら?今の私には知るにはまだ早いのかもしれない。
「よく分からない。暁さんと顔向け出来るか心配だわ……」
いつかは知るのかもしれない。いや、知らなければいけない。私はそんな想いを抱えながら眠りに就いた。
忘れ物の秘密は一瞬な一時