四月が過ぎようとしている。俺はベランダに出て両腕を伸ばした。暖かい光が眩しい。この太陽によって花は成長する。まずは水をやらないと駄目だがな。
俺は起きたらすぐ水をやっている。毎日やっているから日課である。店の花だけじゃなくてベランダの花もある。これは俺がやっているガーデニング用の花だ。
今日も店番をやるが、近所のおばちゃんからまた美男子だって言われそうだな。俺が店番をやる度に美男子だって言われている。看板息子故に言われているのかもしれない。なお、レノンは普通に可愛いワンちゃんだって言われている。
「暁おはよう。今日も店番頼むわね」
「おはよう母さん。店番任されたよ、父さんはどうしてるんだ?」
「直樹さんならお店の花に水を与えているわ」
俺は放課後や休日の時に店番をやることがある。もちろん、やらないといけないことだからサボる訳にはいかない。サボったら怒られるし、色々と面倒だから言われたらやる。これは絶対だ。
店番をやって早二時間、早くも九時だ。シャルロッテの開店時間は朝の七時、他の花屋は八時とか九時に開店することが多いが、内は七時開店というのは昔から決まっている。
「今日はあまり人が来ないな。休みだからかもしれないな。つーかレノン普通に寝てるし……」
俺が店番をやるようになったのは高校一年からだ。それまではほとんど裏方の作業をやっていた。そういえば常連で翠色の髪をした女の子を見かける。あの子は誰なんだ?最近どっかで見たような気がするが、何処で見たっけ?
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今日は練習は午後からだ。私はギターケースを背負ってある場所へと歩を進めている。その場所とは花屋だ。名前はシャルロッテだ。中学三年の時から行っていて、今では常連だ。気分転換に行くことが多い。いつか日菜と一緒に行きたいわね。
家から距離はあるけれど、私は行く価値はあると思っている。あの花屋は私にとっては癒しの場所で、辛い時や練習で調子が出ない時に行く。
二年間行ってるけれど、たまに赤髪の男の人を見掛けることがある。見たところ私と同年代だけれど、今日も会えるかしら?もし会えれば話してみたいわ。
「いらっしゃいませ」
「おはようございます。あら、貴方は……」
「あれ、氷川さんじゃないか。どうしたんだこんな所で」
結城さんがここにいるなんて、どういうことなの?そういえば結城さんは学校では妖精と呼ばれている。あと、この花屋の店長の名前は結城……もしかして……。
「いらっしゃいませ。あら、紗夜ちゃん!また来てくれたのね!」
「ど、どうも……おはようございます」
「母さん、氷川さんのこと知ってるのか!?」
「そりゃあ知ってるわよ。紗夜ちゃんはここの常連よ?暁知らなかったの?」
確信した。赤髪の男の人は結城さんだ。どうして気づかなかったのだろう、これは偶然ではない。私と結城さんは直接ではないけど、二年前に会っていたんだ。こんなことってあるの?
私は遥さんに椅子を用意してもらい、結城さんと話をすることが出来た。結城さんもちょうど休憩に入る頃だったらしく、遥さんからも二人でごゆっくり、とからかわれる感じで言われた。
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氷川さんが常連だったなんて、しかも二年前って初めて知った。俺と氷川さんはもしかすると二年前に会っていたのかもしれない。直接ではないが……。聞いてみるか。
「なぁ、氷川さん。俺と氷川さんってどっかで会ってないか?」
「どこかでですか?」
「俺が店番をやるようになったのは去年からなんだ。それまでは裏方の作業をやっててさ、たまーに氷川さんと同じ髪の色をした女の子を見掛けるんだ」
これはダメ元だ。もし合っていれば驚くが、違っていたら違っていたでいい。どうなんだろう。十秒程経ち、氷川さんは口を開けた。
「ええ、私と結城さんは直接ではないですが、会っています。その女の子は私です」
「マジか……?」
「ええ、本当と書いてマジです」
氷川さんは微笑みながら言った。俺は衝撃を受けた。氷川さんが常連だったという衝撃よりも、見掛けていた女の子が氷川さんだった衝撃の方が大きかった。
俺と氷川さんがもし直接会っていたらどうなっていただろう。けど、わかってよかった。あの女の子は誰なんだろうって気になっていたんだ。知れてよかった。
「正に゙ゼラニウム゙だな」
「ゼラニウム?どういう事ですか?」
「ああごめん。ゼラニウムは花言葉で゙偶然の出会い゙って言うんだ。この言葉は黄色のゼラニウムの方なんだ」
こんなこと言っても伝わらないよな。俺って何やってんだろ。氷川さんにこんなこと言うなんて、嫌われたな。
「……ふふっ」
「氷川さん?何かおかしかったか?」
「すみません。やっぱり結城さんは変わってるなって思ったので、つい笑ってしまいました」
氷川さんは微笑みながら俺に謝った。こんなに笑う氷川さんは初めて見た。話してそんなに経ってないのに、氷川さんの意外な一面を見てしまった。氷川さんって可愛いところあるんだな。
「しかし意外ですね、結城さんがシャルロッテの看板息子だなんて」
「それはよく言われる。将来は継ぐ予定だからな」
「そうですか。そういえばレノンはどうしてますか?」
「レノンならのんびり寝てるよ。あいつ、あれでも看板犬なんだ」
俺と氷川さんは休憩が終わるまで話をした。氷川さんがバンドを組んでいることだったり、ギターを弾いているという話を聞いた。風紀委員がギターを弾くなんて意外だ。いつか聞いてみたいな。
休憩が終わり、氷川さんはこれから練習があると言ってシャルロッテを出ていった。氷川さんからは昼休みを一緒にしてもよろしいですかと聞かれた。
俺は構わない、と言った。氷川さんはありがとうございます、これからもよろしくお願いします、と丁寧にお礼と挨拶みたいなことを言われた。
――これからどうなるかわからないな。明日から俺の日常は変わってくるな。
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今日は練習が上手くいったわね。湊さんからも音の調子がいいと言われた。午前中にシャルロッテに行って正解だった。
結城さんから会ったことないかって聞かれた時はドキッとした。しかもゼラニウムの花言葉まで言われるなんて、結城さんは本当に妖精だ。本人が知ったらどんな顔をするのかしら。
日菜が地雷を踏んだら私は一方的に拒絶してしまう。これを早く直したい、いつか日菜と昔みたいに仲良くなって、一緒にシャルロッテに行ってみたい。日菜はどんな花が好きなのかしら?
今日は日菜に優しくしよう。毎日優しくしたいけれど、それはまだ先の話。ギターも勉強も部活も、そして姉妹仲も上手くいけるようにしたいわね。
明日から昼休みは結城さんと一緒になる。私があんなことを言うなんてらしくない。結城さんのことを見掛けていたことが知ることが出来たから、嬉しかったあまり、勢いで言ったのかもしれない。明日から結城さんにどういう顔をしたらいいのだろう。
ゼラニウムの花言葉、偶然の出会い。偶然ではなく必然なのかもしれない