虚圏の母神 作:キングゥ
死した魂は死後の世界へと渡り、何れ現世へと還る。
途切れる事なき輪廻の輪。しかしそこに歪みが生じる。
新たな魂の在り方が生まれたのだ。輪廻に乱れが生じて、完全なる輪は崩れ魂は肉体と魂をつなぐ鎖を持ってして現世にとどまる力を得た。
皆、何かしら未練を残すのだ。そうして生と死が乱れた世界が生まれた。
乱れは広がる。この世に留まらせている鎖が崩れる。少しずつ少しずつ、魂の心を浸食して。そうして心に穴があく。
嗚呼。乾く。
胸の奥にあいた穴が乾く。欲しい。失った何かが。嗚呼、心だ。心が欲しい。
喰らう。喰らう。心を求めて。心有る者を喰らう。喰えば喰うほど、力を得た。それでも、やはり穴は満たされぬ。
何時しか生と死を管理する者達が現れ始め、魂を喰らう者等を狩る者達が現れ始めた。彼等は隠れた。或いは戦った。初めての反撃に対処できぬ者ばかり。しかし勝つ者もいた。喰った分だけ強いのだから、最初の捕食者は当然のように生き残る。
彼らが隠れるのは、新たなる世界。そこには無数の同胞が集まっていた。嗚呼、嗚呼……なんて、美味そうな。多くの心を喰らったのだろう。そんな彼等を喰らえば、あるいはこの乾きは満たされるかもしれぬ。
そう思った同胞達が喰らいあった。喰って、喰って、喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って。
魂が、折り重なる。黒く巨大な同胞が何匹も生まれる。彼等はもはや何も考えることはない。しかし、例外が一匹。同胞を喰らう。進化する。
例外は、増えれば例外ではない。何時しか増えた同格も、喰って、再び喰って。喰った数だけ力が上がるなら、当然最初に進化した者に軍配が上がる。
──AAAAAAAAAAAA
咆哮が上がる。或いは産声。
黒いドロリとした湖。白い砂しかない世界を飲み込む。そこからズルリと仮面が這い出す。それは黒い身体を持って立ち上がる。
黒い湖は彼等が歩むための湖を広げる。次々生まれ出る群の中には
──AAAAAAAAAAAAAAAAA
しかし鳴り響く
───AAAAAAAAAaaaaaaaa
美しい
世界の半分を覆った黒い海は漸く侵蝕を止めた。海の女神は虚ろだった瞳に確かな焦点を当て、周囲を見回す。そして首を傾げた。
何処ここ?
気がつけば一面真っ黒な海だった。しかも私、その上にたってるんですけど。
………いや、違う。
いやでも本当に何処ですかここ。そして私は誰ですか? 思い出そうと記憶を探ると………お、これが記憶かな?
──乾ク乾ク乾ク乾ク乾ク乾ク乾ク乾ク乾ク乾ク乾ク乾ク乾ク乾ク乾ク食ベタイ食ベタイ食ベタイ食ベタイ食ベタイ食ベタイ食ベタイ食ベタイ食ベタイ食ベタイ食ベタイ食ベタイ食ベタイ食ベタイ食ベタイ食ベタイ
……………なんじゃい、今の。何、この動物的本能。もっと理性的な部分プリーズ!
───産ミタイ
お? 何だろ、今のが記憶かな。夫に先立たれて、夫の残した二人の愛の結晶をその手に抱くのを待ち続けてその日が来るまでもなく戦争に巻き込まれ殺された哀れな女の記憶が頭によぎったぞ。悲惨すぎだろ、私!
ん? でも、殺されたよね? その後の記憶あるけど。何か鎖があって、その鎖が削れる度に精神がぶっ壊れそうなほど痛みが走って、何時しか化け物になってた。で、殺した奴らに復讐した、と。でもその後とても乾いて、人間を喰えば満たされるような気がして食い続けた。
そして今に至る。うん、さっぱり解らんね!(断言)。取り敢えず、私ってばどんな姿をしてるのかな?
仮面を付けてた。うーん、邪魔!
「AAAAAAAaaaaaa!?」
「「「────ッ!?」」」
いったぁ! 顔の皮むけるかと思った! 何この仮面!? 顔に直接くっついてたの!? うえーん、痛いよ(;´д⊂)
オロオロと此方を見る私の子供達。あ、この百鬼夜行どうも私の子供らしい。子供でいいよね? 私から生まれたんだし。
「か、母さん……? どうしたんだい、急に仮面をはずして」
「ナン、デモ───ナイ」
あら、上手く発音できない。これはあれだね。遊ぶ友達のいない寂しいゴールデンウイークを引き込もって過ごして、久し振りに外に出て声を出そうとして出ないあれだ。記憶見る限り全然喋ってないもん私。
まあいいや。仮面はとれた! さあ、黒い水面よ私の顔を映せ!
…………あらやだすんごい美人。お肌真っ白。真っ白? 解像度悪いな水面。髪の色は自分でも解るけどさ。綺麗な青。まるで海のよう。ここの海は黒いけど。後、頭重いと思ったら角生えてた。
…………あれ、これってティアマトじゃない?
バラガンのしつこい追っ手から逃げるように拠点を移すハリベル。部下の三人を引き連れ当て所なくさまよう毎日。ここ最近
しかし、丁度良い。このまま濃くなり続けるなら、何時か食事も不要なほど霊子に満たされた場所に着くかもしれない。
「───む?」
と、不意に何かを見つける。砂を黒く染める───これは、何だ?
薄れつつある人としての知識を引っ張り出す。会話が行えるのだ、物の名前に関する知識も有しているはず。
「───河?」
河、そう。河だ。水の流れ道。しかし今まで見たことがない。それに、河とは黒いものだったか? 疑問に思い、触れる。
「────!?」
指先だけ触れた。なのにビックンと身体が震える。そのまま倒れそうになる身体をスンスンが支えてくれなくば河に上半身を沈めていただろう。
「は、ハリベル様!? どうなさいました───」
「あ、ああ──皆、その水に触れるなよ。かなり濃い霊子だ」
いっそ濃すぎると言っていい。それこそ浸かれば己が矮小な存在など根底から塗り替えられそうなほど。この河は、危険だ。と、その河が泡立つ。
「───!!」
慌てて距離をとる。三人も続く。泡立つ水面から現れたのは、女だ。美しい女。思わず見とれてしまいそうな女の白い肌を染めていた黒はしかしあっさりと流れ落ち赤い瞳がハリベル達を見据え、にっこりと微笑む。
「───アァ、アナタァ───ダアレェ?」
それがハリベルと『始まりの虚』ティアマトとの、最初の邂逅であった。