光が収まり、目を閉じていたハジメはゆっくりと開き出す。ざわざわとクラスメートが騒ぐ中、ハジメは広間の周囲を呆然と見渡す。一番初めに目に映ったのは巨大な壁画だ。壁画には後光を背負い長い金髪を靡かせうっすらと微笑む中性的な顔立ちの人物が描かれていた。ハジメはチラリと背後を振り返った。そこには、やはり呆然としてへたり込む香織の姿があった。怪我はないようで、ハジメはホッと胸を撫で下ろす。そこへ心配した光輝が駆け寄り声をかけ始める。
光輝「ハジメ、香織!大丈夫!?」
ハジメ「天之河君・・・」
香織「うん、平気・・・でも・・・ここ何処?」
龍太郎「こっちが聞きてぇよ・・・なんだってんだ・・・。」
雫「そもそもここは・・・日本・・・なの?」
それぞれ疑問に思う最中、おそらくこの状況を説明できるであろう周囲を取り囲む者達への観察に移った。そう、この広間にいるのはハジメ達だけではない。少なくとも三十人近い人々が、ハジメ達の乗っている台座の前にいたのだ。その内の一人、老人と表現するには纏う覇気を纏った老人が前に出てきて深みのある落ち着いた声音でハジメ達に話しかけた。
「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」
イシュタルと名乗った老人は、好々爺然とした微笑を見せ、ハジメ達を幾つもあるテーブルが並べられた大広間に通されていた。全員が着席すると、絶妙なタイミングでカートを押しながらメイドさん達が入ってきた。そう、生メイドである! 地球産の某聖地にいるようなエセメイドや外国にいるデップリしたおばさんメイドではない。正真正銘、男子の夢を具現化したような美女・美少女メイドである!
ハジメ「ボソ(凄いね・・・本物の美女メイドがわんさか・・・。)」
光輝「ボソ(あぁ・・・だがあまり凝視するな。)」
ハジメ「ボソ(どうして?)」
光輝「ボソ(鼻の下を伸ばしてデレデレしてる想い人を見て、嫉妬の炎を滾らせてる子が居るからだよ。)」
ハジメ「ボソ(え・・・誰?)」
光輝「ハァ・・・(これは強敵だな・・・果たして香織は落とせるのやら。)」
隣同士で座っていたハジメと光輝。傍に来て飲み物を給仕してくれたメイドさんを思わず凝視したハジメを注意した光輝。目の前で嫉妬し続ける香織の事を話すが、当の本人はよく分かっていなかったため光輝は若干溜息をつく。全員に飲み物が行き渡るのを確認するとイシュタルが話し始めた。
イシュタル「さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され。」
要約するとこうだった。まず、この世界はトータスと呼ばれている。そして、トータスには大きく分けて三つの種族がある。人間族・魔人族・亜人族・・・人間族は北一帯、魔人族は南一帯を支配しており、亜人族は東の巨大な樹海の中でひっそりと生きているらしい。この内、人間族と魔人族が何百年も戦争を続けている。魔人族は、数は人間に及ばないものの個人の持つ力が大きいらしく、その力の差に人間族は数で対抗していたそうだ。戦力は拮抗し大規模な戦争はここ数十年起きていないらしいが、最近異常事態が多発しているという。それが、魔人族による魔物の使役だ。魔物とは通常の野生動物が魔力を取り入れ変質した異形のことだと言われている。この世界の人々も正確な魔物の生体は分かっていないらしい。それぞれ強力な種族固有の魔法が使えるらしく強力で凶悪な害獣とのことだ。今まで本能のままに活動する彼等を使役できる者はほとんど居なかった。使役できてもせいぜい一、二匹程度だという。その常識が覆されたのである。これの意味するところは、人間族側の〝数〟というアドバンテージが崩れたということ。つまり人間族は滅びの危機を迎えているのだ。
イシュタル「あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。あなた方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っています。召喚が実行される少し前に、エヒト様から神託があったのですよ。あなた方という”救い”を送ると。あなた方には是非その力を発揮し、”エヒト様”の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい。」
イシュタルはどこか恍惚とした表情を浮かべている。おそらく神託を聞いた時のことでも思い出しているのだろう。イシュタルによれば人間族の九割以上が創世神エヒトを崇める聖教教会の信徒らしく、度々降りる神託を聞いた者は例外なく聖教教会の高位の地位につくらしい。光輝とハジメがその恍惚として態度から不気味さと世界の歪さを感じとり言い知れぬ危機感を覚えていると、突然立ち上がり猛然と抗議する人が現れた。愛子先生だ。
愛子「ふざけないで下さい!結局、この子達に戦争させようってことでしょ!そんなの許しません!ええ、先生は絶対に許しませんよ!私達を早く帰して下さい!きっと、ご家族も心配しているはずです!あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」
身勝手な要求に怒る愛子先生。彼女は今年二十五歳になる社会科の教師で非常に人気がある。百五十センチ程の低身長に童顔であるが、生徒のためにとあくせく走り回る姿はなんとも微笑ましく、直向きに一生懸命な姿と大抵空回ってしまう残念さのギャップに庇護欲を掻き立てられる生徒は少なくない。“愛ちゃん”と愛称で呼ばれ親しまれているのだが、本人はそう呼ばれると直ぐに怒る。なんでも威厳ある教師を目指しているのだとか。
イシュタル「お気持ちはお察しします。しかし・・・あなた方の帰還は現状では不可能です」
愛子「ふ、不可能って・・・ど、どういうことですか!?喚べたのなら帰せるでしょう!?」
イシュタル「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな」
愛子「そ、そんな・・・」
「うそだろ? 帰れないってなんだよ!」
「いやよ!なんでもいいから帰してよ!」
「戦争なんて冗談じゃねぇ!ふざけんなよ!」
「なんで、なんで、なんで・・・。」
ハジメも平気ではなかった。しかしオタクであるが故にこういう展開の創作物は何度も読んでいる為冷静に状況を把握していた。予想していた幾つかのパターンの内、最悪のパターンである召喚者を奴隷扱いするパターンでは無かっため比較的落ち着けた。誰もが狼狽える中、イシュタルは特に口を挟むでもなく静かにその様子を眺めていた。ハジメはなんとなくその目の奥に侮蔑が込められているような気がした。”エヒト様に選ばれておいてなぜ喜べないのか”とでも思っているのかもしれない。光輝もハジメ同様の考えを頭に巡らせながら突如立ち上がり、イシュタルに質問し始める。
光輝「一つ良いですか・・・俺達は人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。・・・イシュタルさん?そこはどうですか?」
イシュタル「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい。それに、召喚されたあなた方はこの世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」
光輝「・・・。」
イシュタル「・・・。」
光輝「・・・。・・・・・・・・・分かりました。どこまでやれるか分かりませんが・・・家に帰れるなら・・・・・俺は戦います。」
イシュタルの目を冷ややかな眼で凝視する光輝。しばしの熟考を経て答えを出した光輝はゆっくりと言葉に出すと同時に彼のカリスマは遺憾なく効果を発揮した。絶望の表情だった生徒達が活気と冷静さを取り戻し始めたのだ。女子生徒の半数以上は熱っぽい視線を送っている。・・・ただ、当の本人はそれをかなり煙たがっていた。
龍太郎「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな・・・俺もやるぜ?」
雫「今のところ、それしかないわよね。・・・気に食わないけど・・・私もやるわ。」
香織「え、えっと、雫ちゃんと光輝君がやるなら私も頑張るよ!」
いつものメンバーが光輝に賛同する。後は当然の流れというようにクラスメイト達が賛同していく。愛子先生はオロオロとしながら反対していたがそれは無力だった。結局、全員で戦争に参加することになってしまった。おそらく、クラスメイト達の殆どは本当の意味で戦争をするということがどういうことか理解してはいないだろう。むしろ一種の現実逃避とも言えるかもしれない。ハジメと光輝はそんなことを考えながらそれとなくイシュタルを観察した。彼は実に満足そうな笑みを浮かべている。
光輝「(思い通りに事が進んで笑いが止まらない・・・そんな所か・・・。雫達やハジメはともかく・・・クラスの連中は自分で考える力が無いから、誰かに縋ったって所かな・・・。)」
光輝はイシュタルと一回の質疑応答で気がついていた。イシュタルが事情説明をする間、それとなく自分を観察しどの言葉にどんな話に反応するのか確かめていたことを。光輝は心の中でイシュタルに対する疑心感を更に募らせていった。その様子を客観的に見ていたハジメも同じである。・・・その後、ハイリヒ王国の王都へ辿り着くと王宮へと案内された生徒達は晩餐会を開かれた。その後各自に一室ずつ個室が与えられ、生徒達は部屋の中へと入り寝静まり始める。ハジメも例外ではないが、誰かがノックを叩きハジメは寝ぼけ眼をこすりながら返事をする。
ハジメ「はい・・・。」
光輝「俺だ・・・ちょっと良いか?」
ハジメ「うん・・・。」
ガチャ・・・!!
香織「お邪魔しま~す・・・。」
雫「悪いわね、夜遅く。」
龍太郎「邪魔するぜ。」
ハジメ「ど・・・どうしたの!?」
光輝「今日の事でちょっと話がしたい。」
ハジメ「あ・・・。」
光輝は幼馴染のメンバーを引き連れてハジメの部屋へと押しかける。その目的は当然、今回自分達が戦争へと参加する事についてである。
光輝「皆に・・・ハッキリ言っておきたい事がある・・・。俺は・・・イシュタルと言う人を信用してない。あからさまに体よく俺達を利用しようとしてるだけだ。」
龍太郎「お・・・おい・・・。」
ハジメ「・・・。」
雫「ま、どう見ても胡散臭かったものね・・・。」
光輝「イシュタルだけじゃない。・・・クラスの皆もだ。・・・どうにも、誰かに便乗して行動するだけで、自分で考えて何かするって事を全然してない・・・。先生は置いといて・・・ここにいる人間しか俺は今の所信用できない。」
ハジメ「・・・。・・・そう・・・かもね・・・。」
龍太郎「あぁ?てめぇが言うかよ・・・。」
香織「南雲君は最初から冷静に状況把握してたよ。私、ずっと見てたもん。」
龍太郎「う・・・。」
ハジメ「・・・。・・・ありがとう・・・。」
香織「良いの良いの!」
光輝「ここにきて、俺達の趣味が生きたな。」
ハジメ「ハハ、そうだね。」
雫「それで・・・今後どうする気?」
光輝「・・・一応、表面上は従う。俺達に必要なのは情報と戦う力だ。この世界で本気で生きてく気なら、俺はそれを手に入れたい。向こうが利用してきたように、こっちも利用する物は利用する。・・・元の世界に帰る為にね。」
香織「じゃあ、この世界で生きている人たちの平和は?世界滅亡の危機は誰が救うの?」
光輝「・・・これもハッキリ言いたい。そんな奴らの運命とか俺は知らない。勝手に呼び出されて英雄扱いされて浮かれるほど、俺はのぼせ上ってるわけじゃない。自分が出来得る限りの事しか出来ないし、それ以上の事はやれない・・・俺達は漫画やアニメに出てくるスーパーヒーローじゃないんだ。」
香織「・・・。・・・うん、そうだね。」
光輝「一応これが俺の意見だけど・・・皆の意見を聞きたい。」
雫「全く持って・・・光輝と同じ意見よ・・・。こう言っちゃうと・・・何も考えてないって思うかもしれないけど・・・。」
龍太郎「ま・・・・・。・・・・光輝とは古い馴染みだ・・・・。・・・誰が一番信用できるかって言われたら・・・お前以外考えられねぇよ・・・。」
香織「・・・。・・・私も、知りたい。光輝君と同じように、この世界の事を良く知って・・・本当に何が正しくてどうしたらいいのか・・・それをハッキリさせたい。」
光輝「・・・ハジメは?」
ハジメ「・・・。・・・・僕は・・・まだ頭が混乱してるし、自分に何が出来るか分からないけど・・・。・・・僕も、天之河くんと同じで元の世界に帰りたい・・・その為にも、強くなりたい・・・。」
光輝「・・・そっか。ありがとう皆。今日はちょっとその話がしたかった・・・夜遅く悪かったなハジメ。」
ハジメ「ん~ん・・・話せて良かった。」
光輝「・・・じゃあ、お休み」
香織「おやすみ!南雲君!」
雫「おやすみなさい。」
龍太郎「じゃあな・・・。」
・・・バタン!
ハジメ「・・・。」
コンコン・・・ガチャ!
ハジメ「!・・・なに?」
光輝「絶対帰ろう・・・帰ったら、一緒にネオ・ジオング作ろう。」
ハジメ「!・・・うん!」
光輝「おやすみ。」
・・・バタン
親友の考えを聞き、自分と同じ考えを持っていたことをとても頼もしく思えたハジメ。その日の夜は、先ほどまで混乱していた頭の中が嘘のようにスッキリし、グッスリとハジメは寝静まるのであった。
次はいつ出来るかな・・・