響き渡り消えゆくベヒモスの断末魔。ガラガラと騒音を立てながら崩れ落ちてゆく石橋。そして、瓦礫と共に奈落へと吸い込まれるように消えてゆくハジメ。その光景を、まるでスローモーションのように緩やかになった時間の中で、ただ見ていることしかできない香織は自分に絶望する。
香織「離して!南雲くんの所に行かないと!約束したのに!私がぁ!!私が守るって!離してぇ!」
飛び出そうとする香織を雫が必死に羽交い締めにする。香織は、細い体のどこにそんな力があるのかと疑問に思うほど尋常ではない力で引き剥がそうとする。このままでは香織の体の方が壊れるかもしれない。しかし、だからといって、断じて離すわけにはいかない。今の香織を離せば、そのまま崖を飛び降りるだろう。
雫「香織っダメよ!香織!」
雫は香織の気持ちを重々分かっているからこそ、かけるべき言葉が見つからない。ただ必死に名前を呼ぶことしか出来ずにいた。
香織「ダメって何!?南雲くんは死んでない!行かないと、きっと助けを求めてる!」
誰がどう考えても南雲ハジメは助からない。奈落の底と思しき崖に落ちていったのだから。しかし、その現実を受け止められる心の余裕は、今の香織にはない。言ってしまえば反発して、更に無理を重ねるだけだ。後衛の生徒達もどうすればいいか分からず、オロオロとするばかりであった。・・・ただ一人を除いて。
光輝「香織。」
その時、橋に向かって親友の名前を叫び続けていた光輝がいつの間にか香織の後ろから手刀を振り降ろし香織を気絶させる。気絶させた香織をそのまま米俵を担ぐように抱えゆっくりと立ち上がる。
雫「光輝・・・!」
光輝「・・・。」
雫「ゾク!!」
光輝「メルド団長・・・脱出しましょう。」
メルド「あぁ・・・もう一人も死なせるわけにはいかない。全力で迷宮を離脱する。・・・彼女を頼む」
光輝「はい・・・雫、行くぞ。」
雫「え・・・えぇ。」
光輝「全員!!脱出するぞ!!!モタモタするな!!!」
なんとも言い難い光輝の顔を見て背筋を凍りつかせる雫。絶望、怒り、決意・・・どの感情か読めない冷ややかな目をしながら雫に対し静かに命令しその場を後にする。光輝の判断は正しい・・・本当だったら彼自身もハジメを助けに行きたいはずなのにそれを敢えて押し殺して冷静に行動する様を見て、雫は素直に従うのだった。中にはクラスメートが死んだ事に精神的なダメージを負い座り込んでしまう生徒もいたが、光輝は怒号を放ちながら座り込む生徒の片腕を乱暴に持ち無理にでも動かす。
光輝「さっさと動け!!ここで死にたいのか!?」
そして全員が階段への脱出を果たした。上階への階段は長かった。先が暗闇で見えない程ずっと上方へ続いており、感覚では既に三十階以上、上っているはずだ。魔法による身体強化をしていても、そろそろ疲労を感じる頃である。そろそろ小休止を挟むべきかとメルド団長が考え始めたとき、ついに上方に魔法陣が描かれた大きな壁が現れた。クラスメート達の顔に生気が戻り始める。メルド団長は扉に駆け寄り詳しく調べ始めた所、何かが書き記された一切れの紙が貼りつけられていた。内容を読んだ結果、先に脱出した龍太郎達を率いる騎士が既に確認した魔法陣であることが判明した。魔法陣に刻まれた式は、目の前の壁を動かすためのもののようだ。メルド団長は魔法陣に刻まれた式通りに一言の詠唱をして魔力を流し込む。するとまるで忍者屋敷の隠し扉のように扉がクルリと回転し奥の部屋へと道を開いた。扉を潜ると、そこは元の二十階層の部屋だった。
「帰ってきたの?」
「戻ったのか!」
「帰れた・・・帰れたよぉ・・・。」
クラスメート達が次々と安堵の吐息を漏らす。中には泣き出す子やへたり込む生徒もいた。光輝達ですら壁にもたれかかり今にも座り込んでしまいそうだ。しかし、ここはまだ迷宮の中。低レベルとは言え、いつどこから魔物が現れるかわからない。完全に緊張の糸が切れてしまう前に、迷宮からの脱出を果たさなければならない。メルド団長は休ませてやりたいという気持ちを抑え、心を鬼にして生徒達を立ち上がらせようとしたが光輝が先に声を荒げる。
光輝「ボケっとするな!!!ここはまだ魔物の巣窟だぞ!!戦闘はなるべく避けて最短距離で脱出するんだ!!俺が先陣を切る!!・・・早くしろ!!!」
光輝の怒号に渋々立ち上がる生徒達。光輝はその言葉通り、率先して先をゆき道中の敵を、彼と騎士団員達が中心となって最小限だけ倒しながら一気に地上へ向けて突き進んだ。そして遂に迷宮からの脱出を果たし、今度こそ本当に安堵の表情で外に出て行く生徒達。既に脱出を完了していた龍太郎が光輝と再会し大いに喜ぶ。
龍太郎「光輝!!無事だったか!!」
光輝「・・・。」
雫「・・・。」
龍太郎「何だよ・・・何で香織を背負ってる・・・っていうか・・・ハジメはどうした?」
龍太郎の質問に雫がゆっくりと答える。龍太郎が絶望したのは言う間でも無かった・・・その様子を見る恵里、鈴、そしてハジメが助けた女子生徒などは暗い表情だ。そんな生徒達を横目に気にしつつ、受付に報告に行くメルド団長。二十階層で発見した新たなトラップは危険すぎる。石橋が崩れてしまったので罠として未だ機能するかはわからないが報告は必要だ。そして、ハジメの死亡報告もしなければならない。憂鬱な気持ちを顔に出さないように苦労しながら、それでも溜息を吐かずにはいられないメルド団長だった。ホルアドの町に戻った一行は何かする元気もなく宿屋の部屋に入り眠りに落ちた。そんな中、檜山大介は一人、宿を出て町の一角にある目立たない場所で膝を抱えて座り込んでいた。顔を膝に埋め微動だにしない。もし、クラスメートが彼のこの姿を見れば激しく落ち込んでいるように見えただろうが・・・。
檜山「ヒ、ヒヒヒ。ア、アイツが悪いんだ。雑魚のくせに・・・ちょ、調子に乗るから・・・て、天罰だ。・・・俺は間違ってない・・・白崎のためだ・・・あんな雑魚に・・・もうかかわらなくていい・・・俺は間違ってない・・・ヒ、ヒヒ・・・。」
「やはり・・・わざと当てたのか・・・!」
「信じられない・・・!」
檜山「ヒギャ!?」
暗い笑みと濁った瞳で自己弁護している檜山の後ろに立っていたのは光輝と雫だった。そう、あの時軌道を逸れてまるで誘導されるようにハジメを襲った火球は檜山が放ったものだったのだ。雨あられの魔法をどさくさ紛れに打ったのだからバレはしないとタカをくくった安易な行動である。しかし迂闊な事にその様子を駆けつけた二人がたまたま目にしていたのだ。檜山は口をガタガタと言わせながら二人から遠ざかる。
檜山「よ・・・寄るな!!」
光輝「・・・。」
雫「・・・。」
檜山「お・・・俺は白崎の為にやったんだ!!俺は間違ってない!!」
光輝「もういい喋るな。」
この期に及んで自己弁護する檜山を殴り飛ばし気絶させる光輝。当然今回の件はメルド団長に報告し、檜山を厳重に拘束する様に雫は願い出る。続いて光輝は香織が目を覚ますまではこの事実を伏せるようにメルド団長に相談。生徒達全員が揃ってからこの事実を公表し、キチンとハジメの真相を全員に受け止めさせたいという希望から来るものであった。メルド団長は当然了承し、そして五日の日々が過ぎた・・・
雫「・・・。」
香織「・・・。」
ハイリヒ王国王宮内、召喚者達に与えられた部屋の一室で、八重樫雫は暗く沈んだ表情で未だに眠る親友を見つめていた。あの後、宿場町ホルアドで一泊し、早朝には高速馬車に乗って一行は王国へと戻り一行は休息を取っていた。帰還を果たしハジメの死亡が伝えられた時、王国側の人間は誰も彼もが愕然としたものの、それが無能のハジメと知ると安堵の吐息を漏らしたのだ。国王やイシュタルですら同じだった。強力な力を持った勇者一行が迷宮で死ぬこと等あってはならないこと。迷宮から生還できない者が魔人族に勝てるのかと不安が広がっては困る・・・神の使徒たる勇者一行は無敵でなければならない・・・その自分本位の態度に光輝は両手を震わせながら黙って聞く。当然だろう、所詮連中も能力やステータスだけで人を評価する無能集団なのだから・・・それがまして自分の親友に対して向けられたのであれば猶更だった。それに便乗する様にハジメを罵る者までいたのだ。もちろん、公の場で発言したのではなく、物陰でこそこそと貴族同士の世間話という感じではあるが、雫と光輝は憤激に駆られて何度も手が出そうになった。あの時、自分達を救ったのは紛れもなく、勇者も歯が立たなかった化け物をたった一人で食い止め続けたハジメだというのに・・・。そして腹が立ったのは王国側の人間だけでは無い・・・クラスメート達にも雫と光輝は腹を立てていた。ハジメを死に追いやったのはクラスメートの誰かが放った流れ弾だというのに・・・クラスメート達は図ったように、あの時の誤爆の話題を一切出さない。もしも万一自分の魔法でハジメを殺していたらと思うと、どうしても話題に出せないのだ。結局は自分の保身の為に現実逃避をしていたに過ぎなかった。あれはハジメのドジせいだと思うようにしているようだ。死人に口なし・・・無闇に犯人探しをするより、ハジメの自業自得にしておけば誰もが悩まなくて済む。唯一龍太郎がその話を切りだそうとすると、聞く耳持たずに全員が解散する。たった一人の力では同調圧力の前では意味を成さない。そんなクラスメート達の身勝手な意見は意思の疎通を図ることもなく一致していた。その事に雫と光輝は無性に腹を立てていた。
香織「・・・う。」
雫「香織!」
香織「・・・雫ちゃん?」
雫「体はどう?違和感はない?」
香織「う、うん。平気だよ。ちょっと怠いけど・・・」
雫「そうね、もう五日も眠っていたのだもの・・・怠くもなるわ。」
香織「五日?そんなに・・・どうして・・・そうだ・・・私、確か迷宮に行って・・・・・・・・南雲くんは!?」
雫「・・・それは・・・。・・・。」
香織「・・・嘘だよ、ね。そうでしょ?雫ちゃん。私が気絶した後、南雲くんも助かったんだよね?・・・・そうでしょ?ここ、お城の部屋だよね?皆で帰ってきたんだよね?南雲くんは・・・訓練かな?訓練所にいるよね? うん・・・私、ちょっと行ってくるね。南雲くんにお礼言わなきゃ・・・だから、離して?雫ちゃん・・・。」
現実逃避するように次から次へと言葉を紡ぎハジメを探しに行こうとする香織。そんな香織の腕を掴み離そうとしない雫。雫は悲痛な表情を浮かべながら、それでも決然と香織を見つめる。
雫「・・・香織。わかっているでしょう?・・・ここに彼はいないわ」
香織「やめて・・・」
雫「香織の覚えている通りよ・・・」
香織「やめてよ・・・」
雫「彼は、南雲君は・・・」
香織「いや、やめてよ・・・やめてったら!」
雫「香織・・・彼は奈落の底に落ちたの・・・だから・・・。」
香織「ちがう!死んでなんかない!絶対、そんなことない!どうして、そんな酷いこと言うの!いくら雫ちゃんでも許さないよ!」
雫「聞きなさい・・・。」
香織「いや、聞きたくない。」
雫「聞いて・・・。」
香織「いや・・・!」
イヤイヤと首を振りながら、どうにか雫の拘束から逃れようと暴れる香織。雫はそんな香織を一度突き放し、思い切り香織の頬を平手打ちでパァン!と殴り出した後で声を張り上げる。
雫「いい加減にしなさい!!!!自分だけが大切な者を失ったと思ってるの!!!私だって同じ気持ちよ!!私だけじゃない!!龍太郎、そして光輝!!特に光輝は南雲君を自分で助けられなかった事を今でも後悔してるわ!!!それでも彼は自分を奮い立たせて私達を率先して迷宮から脱出させてくれた!!!私達を助ける為に!!その時の光輝がどれだけ辛かったか・・・理解出来ないわけじゃないでしょ!?」
香織「・・・!!」
雫「直ぐに受け入れるとは言わない!!今は時間がかかってもいい!!・・・でもどこかで立ち上がって!!!南雲君が死んだことから逃げないで!!そうでなきゃ、南雲君がかわいそう!!」
香織「・・・。」
自分がどれだけ厳しく残酷なことを言っているのか分かっていながら敢えて口にする雫。そう、この先この世界で生きていくならこういう死の直面には何度も出くわさなければならない・・・その度に心を傷付けて立ち直るのに時間をかけて傷を舐めあってはいられない・・・そんな時間を与えてくれるほどこの世界は恐らく甘くないだろう・・・親友として乗り越える強さを今ここで香織に付けて欲しく彼女は厳しくしたのだ。
香織「・・・雫ちゃん・・・南雲くんは・・・落ちたんだね・・・ここにはいないんだね・・・」
雫「そうよ・・・」
香織「あの時、南雲くんは私達の魔法が当たりそうになってた・・・誰なの?」
雫「その事で・・・これから話があるわ。今から光輝に香織が起きたことを報告するから、着替えたら香織も来て。」
香織「え・・・うん。」
雫は香織が起きたことを光輝に伝える。安堵する光輝は、気持ちを切り替えてハジメの一件を明るみにするために全員を別室の大部屋へと集合させる。そして、光輝はメルド団長にお願いし、檜山を連れてこさせるのであった。檜山をクラスメートの中心に配置させ、公開処刑形式の場に仕立てる。
檜山「・・・。」
近藤「大介・・・?」
斎藤「なんで・・・居ないと思ったらお前どこに・・・。」
中野「え?所用でって・・・メルド団長が言ってたけど・・・。」
光輝「檜山・・・言いなよ。今回の事件の真相・・・なんでハジメが落ちたのか・・・言え。」
檜山「・・・。・・・・そうだよ。俺が南雲に魔法を当てて奈落の底に落としたんだよ!!文句あるか!!」
「!?」
香織「!?」
龍太郎「んだとぉ!?」
檜山「なんだよ皆して・・・お前等だって俺と同じ気持ちだろ!?無能のあいつが居なくなってせいせいしたのは!!俺は間違ってねぇ!!あんなクズが白崎と一緒になる事自体おかしいんだよ!!お前等もそう思うだろ!!だから一緒になって南雲を笑ってたじゃねぇか!!!」
檜山は開き直ったようにハジメに対する苛め・妬み全てを告白する。ハジメに対する行為は許される事では無い・・・しかし、クラスメートに対する訴えに関してはもっともな正論を吐いているのも事実であった。そう、下らない妬みでハジメを見下して疎んでいた事に関してはクラスメート全員が檜山と同じだからだ。檜山の告白を聞いた香織は下を俯いたまま檜山の前に駆け寄りながらゆっくり喋る。
香織「檜山君・・・。」
檜山「白崎ぃ!!お前なら分かってくれるよなぁ!!あんなキモオタなクズなんかよりももっと相応しい相手がいるってことをよぉ!!俺はお前の為にやったんだぁ!!感謝して俺と・・・!!」
香織「!!!!」
憧れの香織に対して自分を弁護する檜山の身勝手な意見を述べている間に、香織は思いきり檜山を殴り飛ばしてしまう。バキィ!!っと骨が軋む音を奏でながら檜山はその場を一回転しながら地べたに倒れ伏して顔を押さえる。その様を香織は殴った右拳を握りしめ憎しみの表情を浮かべながら檜山に言い放つ。
檜山「あぅう・・・!」
香織「檜山君こそが立派なクズだよ・・・!!!!!」
檜山「!」
光輝「メルド団長・・・檜山を再度拘束して下さい。ハジメを奈落に落とした真犯人だと王族の方々に報告をお願いします。」
メルド「あぁ・・・そのつもりだ。・・・厳重な処罰が下るだろう・・・檜山、そのつもりでいろ。先生も・・・良いですね。」
愛子「そうですね・・・お願い・・・します・・・。」
檜山「俺は・・・間違って・・・ない・・・!!」
愛子「さぁ、立って・・・檜山君。」
檜山を引き連れ、部屋を後にするメルドと愛子先生。真犯人が見つかって安堵の表情を見せながらホッとしたクラスメートを見た光輝達。それを切っ掛けにクラスメートに対して先に怒りの声をあげ始めたのは光輝だった。
光輝「なに安心してるの?・・・真犯人が見つかって一件落着とでも言いたいの?」
「・・・。」
光輝「俺が檜山の事を話すまでの間・・・皆あの時の事を一切話そうとしなかったよね・・・俺が真相を打ち明けなかったらずっとそうしてたつもりだったの?・・・勇者は生き延びて、無能が死んでいなくなって良かった・・・ハジメの事は事故で済まそう・・・あの王族連中と同じ気持ちなの?」
「・・・。」
光輝「どいつもこいつも・・・上辺のステータスだけで人を判断して・・・自分で考える力がないから人に縋って頼ろうとする・・・!!それでよくハジメを無能呼ばわり出来たね・・・・お前等全員無能だ!!!!!!」
「!」
光輝「俺も含めてな・・・。」
雫「光輝・・・!」
クラスメートに対して怒りを爆発させる光輝。完全に失望した光輝は部屋を出て行き、その後を龍太郎・香織・雫が追いかける。クラスメートは光輝達が居なくなった部屋でただただ黙りつづけていた。クラスメート同士の信頼は壊れ、この出来た溝をどうするか・・・それは神ですら分からない・・・いや・・・最初から人に頼り切っていた彼らに信頼なんてものは無かったかもしれない・・・。
さぁ、今後どうしよう・・・