それと合わせて偽札編も入ってます。二話くらいで終わるかと思います。(短い!!)
「――我儘言って困らせるなよ、お嬢ちゃん」
「今の状態じゃ半端すぎるのよ」
「確かに出来がいいに越したことはない。だがな、どんなものにもタイムリミットってもんがある。野球にもサッカーにもファックにもだ」
「分かってるわ。だけどこんなもの表になんか出せない」
「だとしても限度ってもんがあるだろ。あんたは最初に提示した予算を二十万ドルオーバーし、約束の日は二か月も前になる」
「だけど、これはあまりにも」
「何も造幣局を騙そうとしてるわけじゃない。それは、この部屋であんたら二人だけだ」
パソコンから出る光だけで照らされている薄暗い部屋。
その部屋の中でキーボードを打っている音をBGMに、二人の男女が言葉を交わす。
男は女の顔を見据えながら、煙草に火を点け再び口を開く。
「幹部の何人かは、あんたが俺らを虫以下の脳みその持ち主と思っていて、不出来な芝居でうまくカモろうとしているんじゃないかとよくない感想を抱いている。ああ、勿論俺はそんなこと微塵も思ってないんだが――もしそうなら、俺はアンタを粉微塵にしなくちゃならねえ」
男が淡々と告げると、周りにいる男達の一人が銃のスライドを引いた。
その行動に、女は拳を握り冷や汗を流す。
「おいおい、俺が女に手を上げるように見えるか? 見えないだろ」
その言葉が放たれた直後、銃声と共にキーボードの音が止む。
「なんてことしたの……! これじゃ」
「喚くな。きっちり仕事をこなしてくれれば文句はないんだ」
目を見開いている女に、男は煙を吹かしながら告げる。
「こうなりたくなきゃ、あと四十八時間以内にいい仕事をしてくれよ。お嬢ちゃん?」
――――――――――――――――――――――――――――
時計が午後一時を示す頃。
受けていた依頼を先程完成させ、届けるための準備をしている。
そんな私の作業を、部屋の端で椅子にじっと座り黙って見続けている少年が一人。
服の依頼と同時に私の仕事を見学したいと言ってきたルカである。
ルカが依頼に来てから、望み通り彼自身の服が完成するまでの間も見続けられていた。その間、彼はただ黙って椅子に座るだけで約束通り仕事の邪魔をすることはなかった。
そして彼の服が完成し渡した時、「また来ちゃダメかな」と引き続き私の仕事を見たいと言ってきた。
今までの行動を鑑みて、これからも邪魔することはないだろうと判断し、好きな時に来ればいいと了承した。
それからというもの、彼はほぼ毎日ここへ来ては私の作業ぶりを観察している。
依頼がない日でも、刺繍をしている手つきを見たいといってここに居座る。
――という訳で、ルカは今日も今日とて私の仕事ぶりを見に来ているのである。
そしてもうここですることはないので、こちらをじっと見てる彼へ言葉をかけようと口を開く。
「この後は依頼人に届けるだけだから、今日は帰りなさい」
「ええ、もう?」
「そんな不貞腐れた顔しないの」
子供らしく頬を膨らませる姿に思わず苦笑する。
ルカは背伸びをし、床についていない足を揺らし始めた。
「あーあ、もう少し見てたかったなあ。キキョウさんの仕事見てるとあっという間に終わるんだもん。家で真似しようにもできないや」
「え、ルカもしかして家で練習してるの?」
「基本的な裁縫ならやり方分かるからね。それに僕覚えるの早い方だから何とかなるかなって思ったんだけど……キキョウさん仕事早すぎて覚えようにも覚えられないよ」
少し不満そうに溢す彼に複雑な心境を抱きつつ、依頼品を丁寧に包んでいく。
その時、どこからかぐう、と音が鳴った。
それがルカのお腹から聞こえてきた音だと理解するのに数秒とかからなかった。
「……へへっ」
と、恥ずかしそうな笑みを見せる彼に釣られ、自然と口端が少し上がる。
「サンドウィッチしかないけど、食べてく?」
「いいの!?」
「いいよ。一人より二人の方が食事も楽しいしね」
「やった!」
急ぎの依頼ではないし、今日はまだ時間もある。
それにルカは食事を共にしても問題ないだろう。
依頼品を最後に紙袋へ入れ、昼食を食べようとルカを連れて自室へと入っていった。
――ルカと昼食を終え皿を片付けた後、彼は「また明日ね!」と元気に言い残して帰っていった。
そこからすぐさま気を取り直し、服を依頼人へ届けるため身支度を整える。
鍵、財布、ハンカチ。そして依頼品が入っている紙袋を手に持ち足を動かす。
ドアを開け外へ出ようとしたその時、驚きで動きが止まった。
一つ間を空け、目を見開きながら口を開く。
「レヴィ?」
「……よう」
ドアの前にはいつものホットパンツとタンクトップ。そして二挺の拳銃を下げているレヴィが立っていた。
彼女は今まさにドアをノックしようとしていた手を下ろし、どこか気まずそうな表情を浮かべている。
「どっか出かけんのか?」
「うん。今から依頼品を届けに行くところだよ」
「そうか」
「どうかした?」
「いや……」
どこか歯切れが悪い彼女の様子に首を傾げる。
レヴィは基本的に臆することなく言葉を発する性格なので、言いにくそうにしているのはとても珍しい。
そう思うのと同時に、彼女にとって見過ごせない“何かが”あってここへ来たのだろうと確信に近いものを感じた。
レヴィにはずっとよくしてもらっているので、無下に帰すわけにはいかないだろう。
「ここじゃなんだから、とりあえず中に」
「やっぱいい。仕事の邪魔して悪かったな」
「届けようと思ってたのは急ぎじゃないの。レヴィと話す時間はあるから大丈夫だよ」
「けどよ」
「それに私もレヴィと久々に話したいし。――付き合ってくれる?」
帰ろうとしたレヴィにそう声をかけると彼女は一瞬目を見開いた後、困ったように頭を掻きながら「はあ」とため息を吐いた。
「その言い方はずるいぜ。なんつうか……相変わらずって感じだな」
「そんな急には変われないよ」
「知ってるよ。お前は特に頑固者だからな」
そう言って、レヴィは少し口の端を上げた。自身もつられて自然と口の端が上がる。
どことなく柔らかな空気が流れた後、すぐさまドアを更に開き「どうぞ」と一言声をかける。
私の促しに抗うことなく彼女は「おう」と呟き部屋の中へ足を踏み入れた。
ドアを閉め、来客用の椅子を渡せばレヴィは何も言わずに腰を下ろす。
「コーヒーいる?」
「いや、すぐに済む。だからいらねえ」
「そっか」
短く言葉を交わし、自分用の椅子を取り出しレヴィと向かい合うように座る。
「それでどうしたの? レヴィが態々話をしに来るなんて珍しいよね」
「まあ、このまま何もしねえのはちとまずいと思ってよ」
煙草を取り出し、そのまま口に咥え火をつけようとする。が、ここが私の仕事場であることを思い出してくれたのか一瞬手を止め、そのままライターをポケットに戻した。
煙草を口に咥えたまま、少しの間を空けてから本題を口にする。
「その……悪かったな。うちの馬鹿がお前に余計な事言ったって」
彼女の口から出てきた言葉に思わず驚いた。
この口ぶりからして、十中八九岡島が私の過去を知って色々と言ってきたことだろう。
だが、何故レヴィがそのことを知っているのか。
「もしかして岡島から聞いたの」
「張の旦那がウチに仕事頼んだ時、アイツがお前と話をしたって聞いた。けど何を話したのかは知らねえ。ロックは殴られても口を割らなかったよ」
「……そう」
あの日、私は彼に“私の過去を話すな”と言った。
それをちゃんと守っているということが分かりほんの少し安堵する。
だが、それでも詮索された上に変な事を言ってきた行動を許すつもりはないが。
「確かに、岡島との話は気分悪くなったし許すつもりもないよ。だけど、これはあくまでも岡島の問題でレヴィは何一つ悪くない。謝る必要なんてどこにもないんだよ」
「……」
「だから」
「ならなんで殺さなかった」
途端、レヴィの声音が冷たいものへと変わる。
唐突の事で思わず言葉が止まった。
「お前がそう言うってなると相当だろ。そこまでされておきながらなんで生かした」
「……仲間を殺してもよかったの?」
「ここじゃ相手の逆鱗に触れたら一発で殺される。それが常識だ。そして、ロックは殺されても文句は言えねえとこまで来ちまった」
「……」
「どう考えても殺さない理由が見当たらねえ。分かんねえんだ。――だから教えてくれよ。殺さなかった訳を」
レヴィは幼い時から人を殺し、殺さなければ生きていけない世界にいた人間だ。
暴力が物を言うこの世界でずっと生きてきたレヴィにとって、私の行動は不可解なのだろう。
だからこうして話をしに来た、というところか。
彼女の言い分でやっとそれを理解する。
こちらを向いている光が入っていない昏い目を見据えながら、徐に口を開く。
「私が彼を殺さなかったのは、その気が無くなったから」
「は?」
「私はあの時彼を殺そうとした。レヴィの言う通り私に彼を殺さない理由がなかったし、殺した方が自分のためにもなるって思ってた。……でも、なんか呆れちゃってさ。殺す気も失せたの」
岡島から色々言われたにも関わらず、何故殺さなかったのか自分でも分からなかった。
あの後冷静に考え、彼の言い分が余りにも馬鹿馬鹿しすぎて殺す気を失わされたから殺さなかったのだと、そう結論付けた。
実の父親を殺せた私が彼を殺さなかった理由は、それ以外に思いつかない。
「だけど、もし彼がまた余計なことしたり、私との約束を破ったら今度こそ殺すつもりだよ。例え彼にどんな言い分があったとしてもね」
変わらず昏い瞳を向けるレヴィへ、はっきり告げる。
しばらく沈黙が落ちた後、やがて彼女は「はあ」とため息をついた。
「ほんとお前は甘いよな。殺ってくれりゃ、あいつの馬鹿な行動はそこで止まったってのに」
「殺してほしかったの?」
「別に。ただ、どっかのクソよりアンタに殺られた方がマシだと思ってるだけだ」
多分アイツもあの世で喜ぶだろうぜ、とレヴィは続けた。
レヴィの言っている言葉の意味が理解できず首を傾げる。
だがそう言う彼女の表情はさっきよりも幾分か柔らかいものになっていて、まあいいかと深く気にしないことにした。
「アンタの言い分は分かった。また何かあったらすぐに言えよ? その時はアタイが殺すのを手伝ってやる」
「ありがとう。でもいいの? 仲間なのに」
「仲間だからこそだよ」
「そういうものなの?」
「そういうもんだよ」
少し口の端を上げるレヴィに釣られ、自然と微笑みが浮かぶ。
お互い顔を少しだけ見つめた後、彼女は徐に腰を上げた。
「それ、届けに行くんだろ? 送ってやるよ」
「え……でも、レヴィも仕事とかあるんじゃ」
「今日はねえ。暇してたし丁度いいだろ」
どういう風の吹き回しなのか分からないが、ほんの少し機嫌がよさそうに放たれた提案を断る理由はない。
口端を上げたまま紙袋を手に取り、外へ出る準備をする。
「じゃあその後飲みに行こっか、久々に」
「おう」
レヴィはそう短く返し、颯爽と外へ出る。
彼女がドアを開いて待っている姿を見ながら、自身も軽い足取りでドアをくぐった。
――――――――――――――――――――――――――――
「――で、なんでよりにもよってここなんだ」
「おいおい二挺拳銃、そんな不機嫌なツラ見せんじゃねえよ。酒がまずくなる」
「誰のせいだと思ってんだこのアバズレ。帰って男の尻でも追っかけてろ」
「おお、コワ。キキョウ何とか言ってやってくれよ」
「まあまあ」
レヴィの付き添いの元、やって来たのはリップオフ教会。
依頼人は勿論シスターヨランダだが、彼女が着るためのものではない。
最近新しく神父見習いが入り、その人の為に新しい神父服――キャソックが今回の依頼品だ。
今日はその神父服を届けに来たのだが、肝心のシスターヨランダは“ちょっとした用事”でいないらしい。
なので一度服を着る本人に渡し、彼女が帰ってくるまで待つことになった。
その間、留守を任されているはずが酒を飲んでいるエダと話に花を咲かせている。
レヴィは何故かむす、と不貞腐れたような表情を浮かべグラスの中の酒を飲みほしている。
ちなみに、私はいつものように酒に手を付けていない。
「そういやよキキョウ、この間酔いつぶれてたんだって? 珍しいじゃねえか、アンタが酔っぱらうなんて」
「……あの時はちょっと気が抜けてただけ。というか、なんで知ってるの」
「この街でアンタが酔っぱらった姿なんざ今まで誰一人見たことなかったんだ。それもあのMr.張でさえもな。そりゃ嫌でも噂は広がるもんさ」
「女一人が酔っぱらっただけなのに?」
「アンタはこの街で目立つ方だからな、そういうもんだって割り切っとけ」
この街では私は地味な方だというのに、割り切れっていうのは少々無理があると思うのだが。
……いや、今回は彼があの場に現れたのも原因だろう。あと、彼が私の醜態を言いふらしていたのも。
ということは、私ではなく主な要因は彼にある。
うん、そうだ。そうとしか考えられない。
そう結論を出し自分の中で勝手に納得する。
少々無理矢理かもしれないが、別にいいだろう。
「いやあ、それにしても面白いくらい次から次へと湧き出るねえアンタの噂。やっぱモテる女は違うわあ」
「からかわないでよ」
「へへ。レヴィ、あんたキキョウの爪の垢ちょっとくらい分けてもらえよ。この謙虚さ少しは見習った方がいいぜえ?」
「それはテメエの方だろうがこのクソ尼ッ!」
エダがニヤニヤと言葉をかけると、レヴィは悪態をついて勢いよく酒を飲みほした。
よく飽きないな、と心の中で呟きながら静かに一つ息を吐く。
本当この二人は仲がいいのか悪いのか分からないな、と心の中で呟いた。
「――はあ、はあ……!」
「待ちやがれこのクソアマッ!」
「黙って……豚の餌になるなんてごめんよッ……!」
ロアナプラのとある大通り。
多くの人で賑わうその通りで、どこからか車のクラクションと共に女と男の声が響き渡っていた。
叫びながら必死に逃げる女を複数の車が追いかける。
そんな鬼ごっこに住民たちはなんだなんだと目線を向けるが、離れていくと何事もなかったかのように振舞う。
ただ見ているだけで気にかけてくれる様子もない住民達に、女は「Fuck!」と吐き捨てながら走り続ける。
車に対し人の足では逃げきれれないと理解している女は、車が通れないほどの小さな路地裏へと入った。
「あっ、てめえ待ちやがれ!」
「待てって言われて誰が待つのよ!」
そう言いながら女は路地裏の奥へと消えていく。
男たちは別の道を探そうと車を再び動かす。
はあ、はあと息切れを起こしながら、ふと視線を上に向ける。
金髪と褐色の肌を持った女の瞳に映るのは、小高い丘にある一つの白い建物。
眼鏡をくいっと直し、女は一縷の望みをかけながら再び走り出した。
「あっちい……ここクーラー効いてねえのかよ」
「今ぶっ壊れてんだよ。氷で我慢しろ」
「くそっ。なあキキョウ、金はまた今度でいいだろ。とっとと行こうぜ」
レヴィはそう言って立ち上がった。
確かにここは密閉された空間なので熱気が籠っている。
私は時折ハンカチで拭う程度で済んでいるが、レヴィは代謝が良いせいか私よりも汗を多く滴らせている。
ここから出て行きたい気持ちを察しつつ、苦笑しながら口を開く。
「そういう訳にはいかないよ。レヴィだって金のやり取りはちゃんと済ませたいでしょ?」
「けどよ、ここにいたら溶けちまいそうだ」
「だったらレヴィは先に行ってていいよ。私は後で合流するから」
「……ちっ」
私の言葉にレヴィは舌打ちし、渋々と座った。
てっきりそのまま出て行くと思ったので、戸惑いを隠すことなく声をかける。
「レヴィ、先に行ってても大丈夫だよ?」
「残る」
「え、でも」
「察してやんなキキョウ。こいつはアンタと一緒に居たくてたまらねえんだよ」
「別にそんなんじゃねえよ。顎叩き割んぞアバズレ」
「素直じゃねえなあ。そんなんじゃキキョウにも嫌われちまうぜえ?」
「うるせえこのクソアマッ!」
「まあまあ」
怒鳴られているにも関わらず豪快に笑うエダにため息が出そうになりつつ、今にも銃に手をかけそうになっているレヴィを宥める。
ちっ、と舌打ちした後、レヴィは勢いよく酒を飲みほしていく。
エダも傍らにあった団扇で仰ぎながらほぼ同じタイミングで酒に口をつけた。
――刹那、突然礼拝堂に大きな音と声が響き渡った。
「ハロー! ハロー! 誰かいませんか!?」
本当に唐突で、思わず汗を拭っていた手が止まる。
ふと彼女たちの顔を見やると、眉を顰め、“めんどくさい”と言わんばかりの表情を浮かべていた。
私も自分から面倒事に突っ込む気はないので、とりあえず何も言わないでおく。
「追われてるの! 助けてッ!!」
女性の切羽詰まった声が響こうと誰も応えない。
それでも尚扉を激しく叩かれ、助けを乞う声が止むことはない。
暑さで苛々が募っていたのもあるのか、レヴィがとうとう耐えかねて「……呼んでるぜ」とエダに声をかけた。
エダは団扇を激しく扇ぎながら大きく口を開く。
「営業時間外だよー」
やる気を一切感じない声音で発せられた言葉に、思わず顔も知らない女性に同情しそうになった。
当の本人は中に人がいるのを知ったからか、更に激しく扉を叩き声を張り上げる。
「早く早く早く! 開けて開けて開けて!!」
「めんどくせえ……アンタ出なよ」
「なんでアタシが。てめえが行け」
「あー、じゃあキキョウ。お前、ああいうの相手にすんの得意だろ。ちょっと出てくんね?」
「嫌だよ。エダがここの留守任されてるんだからエダが行って」
「そうだそうだ」
「この薄情者どもめ……はああああッ」
本当に行きたくないらしく、エダは私とレヴィに促すが首を縦に振る訳もない。
一瞬の間を空けず断った私達を行かせるのは無理だと諦めたのか、盛大なため息を吐いてエダは重い腰を上げた。
そのままスタスタと早足で扉の方へ向かっていく。
「お願いここを開け、ぐッ……!」
女性が叫んでいる最中でも構わず、エダは勢いよく扉を開けた。
「ヨハネ伝第五章でイエスが言ったの知ってるか? “厄介ごとを持ち込むな、このアマ”だよ」
とっととここから消えろ。
エダは開口一番にはっきり言った。
女性もその意味を理解したのか、すぐさま大声で反応する。
「ッ……だって、ここは教会でしょ?」
「だから? 神は留守だよ、休暇取ってベガス行ってる」
「信じられない、貴女それでもシスター!?」
「そういう街で、そういう教会だ」
女性のあの言い方からして、教会だから困ってる人を助けてくれるはずと思っているのだろう。
だが、ここは普通の教会ではない。
この街で唯一の武器屋である暴力教会。
そんな教会のシスターが、慈悲を持って助けてくれるはずがない。
女性はよほど切羽詰まっているのか、エダの突っぱねるような言い方にもめげず縋りつくように言葉を発する。
「お願いよ、追われてるの。でもこの街じゃ警察なんてあてにならないし、私はこの街の人間じゃないし! 教会ならなんとかしてくれるんじゃないかって……!」
「大変だなあ、聖職者ってのは」
小馬鹿にするようにレヴィが呟いた。そのままグラスを揺らし、酒に口をつける。
エダの方は女性の懇願を聞きいれる気は全くないようで、淡々と言葉を返す。
「審判の日に来るんだね。そうすりゃ神も――」
「いッ……!」
エダの言葉は途中で止まる。
そして、自然と己の口から呻き声が上がった。
――その原因は、唐突に鳴り響いた銃声。
銃声が聞こえてきた一瞬の間の後、右腕に痛みが走ったのだ。
すぐさま痛みがある部分を見やると、Tシャツの袖の部分は少し裂け、二の腕に銃弾が掠ったような火傷痕が出来ていた。
「キキョウ!」
呻いた直後、レヴィは勢いよく立ち上がった。そのまますぐ隣まで近寄り私の右腕を掴むと、上に動かし掠った部分を睨むように見つめた。
数秒にも満たない内に慣れた手つきで私が持っていたハンカチを取り、アイスペールの中にある氷が溶けて出来た水へ浸ける。
片手で軽く絞られた後、ひんやりとしたハンカチが二の腕に触れた。
「ッ……」
「動かせるか?」
「うん、大丈夫。掠っただけ」
「このまま抑えてろ――動くなよ」
「え、ちょっと……レヴィ!?」
そう言うと、レヴィは祭壇に置いてあったエダの銃を手に取り、勢いよく走り出した。
いきなりの事で思わずレヴィを呼び止めたが、もうこちらの声は聞こえてないようで「エダ!」と大声を出していた。
――そしてレヴィが銃をエダに渡した直後、多くの銃声が響き渡る。
私は銃を撃っている彼女たちの後姿を見ることしかできず、レヴィがくれた濡れたハンカチを呆然としながら抑えた。
それにしても、弾丸が掠ったのは初めての経験だ。
腕を貫かれなかっただけ幸運だが、それでも腕に伝わる痛みは相当なもの。
人を簡単に殺せる弾が掠っただけでも脅威になり得るのだと、普段聞き慣れているはずの音の元凶の威力を改めて思い知った。
それにしても、本当に痛い。
いや耐えられないほどではないのだが、右腕はまだ本調子で動かせない。
ほんの少し腕を動かそうとした瞬間、奥のドアから勢いよく一人の男性が出てきた。
その人は黒髪に褐色の肌の男性で、神父服に身を包んでいる。
服装だけならただの聖職者と分かるが、彼は少し違う。
その証拠に、大きな銃を担ぎ、数多くの弾を持っている。
彼は私に気が付いたのか、笑顔で声をかけてきた。
「あれキキョウさん! どうしたんすか、そんなとこで」
「リコさん、早速私が作った服着てくれてるようで。サイズとかどうですか?」
「いやあピッタリっすよ。着心地もいいし、流石一流って感じが……いやいやそんなことより、右腕どうしたんすか?」
「あー、ちょっと掠ってしまって。血は出てないし、少しは動かせるので大丈夫ですよ」
そう、彼こそ私が今日届けた依頼品を切る本人だ。
名前はリカルド。最近神父見習いとしてこの教会のメンバーに加わり、リコという愛称で呼ばれている。
まだそこまで親しい中ではないので、年下であっても敬語で話すようにしている。
「表の奴らにやれたんですよね? 俺もちょっとばかり姐さん達に加勢するんで、任せといてください!」
屈託のない笑顔で放たれた言葉にどう返せばいいのか分からず苦笑する。
「えっと……お願いします?」
「はい!」
疑問形になりながらなんとか短く返す。
この返答で合っているのかどうかは分からないが、今は深く考えないでおこう。
リコさんは笑顔のまま、颯爽と走り出し「姐さん!」と流れるように撃ち合いに加勢していった。
外では銃声はもちろん、何かが爆発した音や男たちの叫び声が響いている。
ここからではあまり様子を窺がえないが、きっととんでもない光景になっているのだろう。
遠慮なく銃を撃ちこむ三人の後ろ姿を、黙ったまま見つめる。
「おやおや、なんだいこれは」
すると、いきなりすぐ隣から聞き慣れた声が聞こえてきた。
驚いて視線を向けると、微笑を浮かべているシスターヨランダが飲みかけのグラスを持っていた。
「お前さんも一緒に飲んでたのかい、キキョウ」
「いえ、私は話をしてただけですよシスター」
「そうかい。全く、アイツにはいつもここで飲むなと言ってるんだがねえ。ちっとも聞きやしない」
「あはは……」
一つため息を吐いて、シスターはグラスを置いた。
「ところで、その右腕は表の連中にやられたのかい?」
「えっと……多分。でも掠っただけなので、特に心配はなさそうです」
「まあ、とりあえず後でちゃんと処置をしようかね。痕になったら大変だ」
「えっと……そこまでしなくても大丈夫ですよ?」
「自分の腕を蔑ろにするもんじゃないよ」
血は出てないし、今日中には痛みは取れると思う。なのでああいう返答をしたのだが、何故か叱られてしまった。
「さて、おいたしたクソガキにはきちんとお灸をすえなくちゃね」
そう呟き、あの何を考えているか分からない微笑みを携えながら、シスターは懐から自前の銃を取り出した。
スタスタと歩いていくシスターの後姿を、私は再び苦笑いを浮かべ見届ける。
ここまで大騒ぎになってしまっては、もう止めることはできないだろう。
――案の定、シスターが加勢した後は爆発音と銃声がより一層激しくなる。
四人が一心不乱に銃を放っている様を眺めながら、じんじんと痛む右腕を抑えた。