ロアナプラにてドレスコードを決めましょう   作:華原

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偽札編 二話目です。





57 職人の違い

 

「――連中はヌエヴォ・ラレド・カルテル。フロリダに縄張りを持つジェローラモ・ファミリアの下部組織。カルテルから私が依頼されたのは、旧ドルの偽造」

 

レヴィと教会メンバー達の総攻撃を前に相手は歯が立たなかったらしく、銃の撃ち合いは呆気なく終わった。

シスター達も少なからず被害が出たので放っておく訳にもいかず、今は騒動の原因である女性を礼拝堂へ入れ事情を聞いている最中だ。

 

ちなみに、私は隣でリコさんに右腕の手当てをしてもらいながら彼女の話に耳を傾けている。

 

「私の仕事はね、偽札のデザイン。チームは世界中に散ってるけど、ネットで連携をとってるから問題ないわ。私はチームの統括。ま、リーダーってところ」

 

「で? 何をしくって追っかけられる羽目になったんだ」

 

「誰もしくってなんかないわ。連中に堪え性がなかっただけよ」

 

褐色の肌に金髪。そして眼鏡をかけた女性――ジェーンさんはシスターの言葉に眉根を寄せた。

 

「いいかしら? 私がこの仕事を引き受けたのは“完璧な贋札を作れる”って話だったからよ。スーパーノートは実にショックだったわ。紙の仕上がりは全く完璧で、特にその配合率。コットン、リネン、パルプの比率ははっきり抑えてて。それにね、そこらにあるレーザー・プリンターで片付ける連中もいるけれど――」

 

さっきよりも張った声で、ジェーンさんは何やら語り始めた。

恐らく贋札の作り方についてなのだろうが、聞き慣れない言葉ばかりで何を言っているのかさっぱり分からない。

 

 

 

確かに、自分の腕を見込まれ依頼されたのなら力が入るのは当然。

自らが拘っている部分があるのなら尚更人に語りたくなるものだ。

 

物は違えど、私も何かを作り出すという点においては彼女と同じなので分かる。

 

だがここまで長々と、それも自分にしか分からない言葉で堂々と説明するということは自分の技術に相当な自信があるのだろう。

 

ほんの少し、その自信に満ち溢れてる様を羨ましく思う。

 

 

「終わりましたよキキョウさん。けどこれは応急処置なんで。後はちゃんとした医者に診てもらってください」

 

「ありがとうございますリコさん」

 

止まることのないジェーンさんの説明が流れる中、リコさんが声を潜めて話しかけてきた。銃弾が掠った部分には丁寧に包帯が巻かれている。

 

「紫外線硬化型のインクを使えばもっと自然な形でレッド・ブロー・インクの印刷ができるわけ。グリーンとブラックの二重印刷の部分は問題ないけどさっきのやり方だと――」

 

「それにしても長いっすねえ。何言ってんのかさっぱり分からねえ」

 

「まあ……こういう時大体喋ってるだけで満足するので、聞き流すのが吉ですよ」

 

「さっさと本題入ってくれねえかなあ……」

 

 

はあ、と彼はあからさまにため息を吐いた。

苦笑を浮かべながらジェーンさんの顔を見やると、どこか得意げな表情で未だ贋札の話を続けている。

 

ジェーンさんと向かい合うように座っているレヴィとエダは、彼女の終わらない説明に貧乏ゆすりをしながら煙草を吸っていた。

 

目の前にいる彼女たちの様子に気づいていないのか、それでもジェーンさんの口は止まらない。

それと呼応するかのように、二人の貧乏ゆすりは激しくなっていく。

 

 

そろそろ止めた方がいいのだろうかと、少しハラハラしながら声をかけようか悩む。

 

 

「――の作ったシリーズ一九九〇で肖像画の」

 

「ヘイヘイヘイ! 話の途中で悪いんだけどさ、質問」

 

「……何よ」

 

「この講演会、小休憩はあるのか? 尻が痛くなりそうだ」

 

「理由を聞いたのはあなた達じゃない。何、退屈なわけ?」

 

「エダ、思い出した。こいつの態度は福祉センターのクソババアだ。通りでイライラする訳だ」

 

レヴィがうんざりと言った表情をしながらジェーンさんを指さした。

福祉センターの人が皆同じとは思わないが、言いたいことは何となく分かってしまい計らずも苦笑が浮かぶ。

 

「まあいいわ、ともかくそういったリサーチにはお金と時間がかかるわけ。それは当然よね、だから」

 

「ヤヤヤヤヤ、だいたい分かったもう十分」

 

再び始まりかけたジェーンさんの説明をシスターヨランダが止めてくれた。

またあの長い話をされたらいつまで経っても本題に辿り着かない気がするので、内心安堵する。

 

「とにかくそういう触れ込みで連中をカモろうとしたってわけだね?」

 

「はあ……あのお馬鹿さん達と同じこと言うのね。いいわ、論より証拠」

 

エダの言葉にため息を吐く。

ジェーンさんは眉根を寄せながら、ポケットから二枚の紙幣を取り出した。

 

「ふん、品定めしろってか」

 

 

差し出された紙幣を手に取り、レヴィはつまらなさそうに呟く。

 

「こんなの一目見て分かるぜアホらしい。こっちが本物、こっちは贋札だ」

 

 

その言葉通り、レヴィは本当に一目見ただけでどちらが本物か分かったらしくはっきり告げた。

少し見えづらいが、私からすればどっちも同じ紙幣に見える。

 

 

どうして分かったのだろうかと、首を傾げる。

 

 

「こっちは半インチも印刷がずれてるし、財務省マークのグリーンがキツすぎる。大してこっちはラース・ワーク(木刷り)も細かく出てる」

 

あの一瞬でここまで見抜いていたのか。

常に贋札が潜り込む裏の世界いるからこそ身に着いた特技なのかもしれない。

得意げな顔で「ビンゴだろ」と言うレヴィに、ジェーンさんはニヤリと口端を上げた。

 

「ふうん。じゃあ貴女はそっちの札を持ってショッピングを楽しむつもりなのね。――ああ可哀想、貴女は監獄行きだわ」

 

「あ?」

 

「連邦準備銀行の印、よく見て御覧なさいな」

 

 

彼女の言葉にレヴィとエダは訝し気にしながら贋札の方である紙幣を覗き込む。

 

 

「七〇年代に印刷された紙幣には印刷のズレやムレは珍しくないわ。そして、造幣局にMのつくアルファベットは存在しない」

 

「はは、レヴィ嬢ちゃんの目ん玉はガラス玉だって事が証明されたねえ」

 

自慢げに語るジェーンさんとシスターヨランダの言葉にレヴィは「ちっ」と舌打ちした。

少し不機嫌そうな顔になったレヴィを見て、まるで不貞腐れた子供みたいで可愛いと思った。

 

 

こんなことを言ったらきっと彼女はさらに不機嫌になるので、心の中で留めておく。

 

「まあいい、信じるさ。じゃ、核心のところを聞かせてもらおうか」

 

 

 

ここまで来てようやく本題に入るようだ。

 

 

 

彼女がなぜカルテルから追われることとなったのか。

ここまでの技術があるなら、例え相手が犯罪組織でも多少の事は大目に見てくれそうなものだが。

だが追われていたということは、その技術であっても拭えない不利益をもたらしたからだろう。

 

 

 

少しの間沈黙が落ち、どこか言いづらそうにジェーンさんは話始めた。

 

 

 

 

 

 

「…………期限が大幅にオーバーしてたのよ」

 

 

 

 

 

 

 

――ああ、成程。

 

 

 

 

 

 

「でも私には目標がある以上譲れなかった。そしたら奴ら、一緒にドイツから来たオペレーターを撃ちやがったの。彼はネット上でメンバーが作ったデータを管理する役目だったのよ。ここまでの苦労が水の泡だってのに、連中は何も分かってないのよ!」

 

ジェーンさんは怒りをぶつけるように声を少し張り上げた。

彼女の嘆きにも似た言葉に色々と思うことはあるが、遮るわけにはいかないと黙って話に耳を傾ける。

 

「そんな訳で嫌気がさした私は野ゴリラの群れにサヨナラしたってわけ。これで全部」

 

「成程な、そりゃお前が悪い」

 

「まあそうだな」

 

「な!」

 

 

レヴィとエダは真顔で淡々と告げた。

 

 

「この手の話アタシは何度も聞いたことがある。同じ職人としてどう思うよキキョウ」

 

「……え、私?」

 

「今の話聞いて色々思ったことあるだろ? 言ってやんなよ」

 

レヴィは嘲笑するような笑みを浮かべ、私に話を振ってきた。

まさか振られるとは思わず、驚きで反応が遅れる。

 

全員に視線を向けられ、喋らなければならない雰囲気を嫌でも感じ取ってしまう。

言うつもりはなかったが、まあいいかと小さく息を吐き口を開く。

 

「何かを作るなら完璧なものを仕上げたい。その気持ちは分かります。――ただ、依頼人の希望を通せなかった上、自分のためだけに契約を反故にするのはよくないと思いますね」

 

「こ、こっちは殺されかけてるのよ! 逃げるのが普通じゃない!」

 

「……あの、相手がカルテルだって分かってて依頼を受けたんですよね? 期限過ぎればすぐ殺されるとは考えなかったんですか」

 

「まさか本気で人を撃ち殺すとは思わないじゃない! こっちはただ“贋札を作れ”って言われただけなんだから!」

 

「…………貴女、それでよく今も生きてますね」

 

「うるさい! どうせ理解なんてできないでしょう! 大したモノ作れない、こんなクソみたいな街でしかいきがれない平凡な職人にはね!」

 

 

てっきり相手を分かっていて逃げる行動を取ったのかと思っていたが、彼女はどうやら私が予想している以上にカルテルというものを分かってなかったらしい。

思わず呆れて一言余計な事を言ってしまった。

 

 

私の言葉を彼女が気に食わなかったようで、椅子から立ち上がり怒ったような形相を浮かべているジェーンさんから罵声を浴びせられる。

 

 

私はいきがったつもりはないが、平凡な職人というのは否定できないのでどう返せばいいのか困ってしまう。

 

 

 

「――ヘイ、ジェーン。それ以上つまんねえこと口走んじゃねえぞ。てめえのその軽いオツムを吹き飛ばされたくなけりゃあな」

 

 

 

返答に困っていると、レヴィが一つ間を空けて不機嫌そうな声音と表情を彼女へ向けた。

ついでに、いつの間にか手に取っていた銃も。

ジェーンさんも唐突のことで驚いた表情になっている。

 

 

何故レヴィがここまで不機嫌になっているのか分からず首を傾げる。

 

 

 

「レヴィよしな、アンタの気持ちは分かるがこれじゃ話が進まない。銃下ろしな」

 

「……」

 

「レヴィ」

 

「……ちっ」

 

エダの言葉にレヴィは舌打ちした後渋々と銃を下ろした。

そして苛々したようにポケットから煙草を出し、火を点け煙を肺に入れている。

 

「嬢ちゃん、神の御導きだ。実に運がいい。あんたに銃を突き付けたその娘は逃がし屋だ。――その原版で手を打ってやってもいいんだがねえ」

 

 

 

話がひと段落着いたところで、シスターヨランダが微笑を浮かべジェーンさんへ提案を投げかけた。

金に敏感な彼女の事だ。よくできた贋札の原版があれば稼げると踏んで取引しようとしているのだろう。

 

前に彼女から取引を持ち掛けられた時のことを思い出し、相変わらずだなと少し口端が上がった。

 

 

そんな私とは反対に、ジェーンさんは苦々しい表情を浮かべる。

 

 

 

「不完全なものは渡したくないわ。でも火急の時だし贅沢は言わないけど……逃走経費とは別に三万ドルで買い取ってよ」

 

どうやら、ジェーンさんもシスターに負けず劣らず金のことはきっちりしているタイプのようだ。

もし私が彼女の立場なら、逆に“自分の作品をタダで上げるだけで逃がしてくれるのか”と思うだろう。

 

同じ職人でもやはり彼女と私は真反対の気質だ。

 

 

 

「じゃあ仕方ない。別の神様にでも頼むんだね」

 

「なっ……! 神様に仕えてるんでしょ貴女たち!」

 

「ルカ曰く、『不誠実な金を使ってでも友人は作るべし』だ」

 

「構わねえよエダ。勝手におッ死にな、姉ちゃん」

 

原版渡さないなら手助けしない。

シスターはあっさりそう言ってのけた。

彼女に続いてエダやレヴィもそのスタンスを貫くつもりらしい。

 

分かってはいたが、金にならないことにはとことん興味がないのは相変わらずのようだ。

 

 

まあ、私も自分には彼女がどうなろうと関係ないので口出しはしないが。

 

「あんたの助けなんか借りないわよ。窮地を救ってくれたことにだけ感謝するわ。じゃあさようなら」

 

「へいちょい待ち! あんた、今夜のねぐらは決まってんのか?」

 

彼女たちの態度にジェーンさんは諦めたのか、一言告げてこの場を去ろうと扉の方へ向かおうとした。

そんな彼女にエダが待ったをかけるように質問する。

 

「適当に探すわよ」

 

「適当ね。そこらのモーテルじゃアンタ、靴下を脱ぐ間もなく体に新品の穴をこさえることになるよ」

 

エダは一体どういうつもりなのだろうか。

さっきまでジェーンさんの事なんかどうでもいいと言ったような態度だったのに、今はまるで忠告しているかのような言いぶりだ。

 

彼女の意図は気になるが、とりあえず黙って成行きを見守る。

 

「さてそこでだ。チャルクワンの市場を抜けたところに、ランサップ・インて安宿がある。“教会から来た”と言や、空き部屋に通してくれるはずさ。一息入れて、そっから身の振り方を考えんのも一つの手じゃねえか?」

 

「…………気持ち悪いわね」

 

本当どういうつもりなのか。

ここまで来ると何か裏があるとしか思えない。

ジェーンさんもそうなのか、エダの言葉に訝し気な表情を浮かべた。

 

「勿論、タダとは言わねえさ。そこの盆に三百ドル布施していきな。紹介料としちゃ納得の値段だろ?」

 

確かに、普通なら納得はできる。

だが、あのエダがたった三百ドルの為にここまでするとはどうしても思えず、一人思考を巡らす。

 

 

ジェーンさんの方は特に疑問を持つことなく、納得したような顔を見せた。

 

 

 

「……なるほど? 腐っても教会ね。それで手を打ちましょ」

 

 

 

一言そう呟くと、彼女はどこか軽い足取りでドアを潜っていった。

ジェーンさんの姿が完全に見えなくなり、早速エダへ声をかける。

 

「エダ、一体どういう風の吹き回し?」

 

「ん? 何がだ」

 

「何がって……」

 

「キキョウがこう言うのも分かるぜ。なんのつもりだエダ」

 

「なんだよ寄ってたかって」

 

レヴィも同じことを思っていたらしくエダへ問い詰める。

それでもエダは私達の疑問に答えようとしない。

 

 

すると、横からどこか機嫌のよさそうな声が飛んでくる。

 

「上々だシスター・エダ。金の成る木さ、見失わないよう気を配りな」

 

「イエス・サー・シスター。田舎者は扱いやすくていいわねえ――と」

 

シスターの言葉にエダは口端を上げ、ニヤリとした表情を浮かべるとポケットから携帯を取り出し誰にかに電話をかけ始めた。

一連の行動から彼女たちが何を考えているのか察しがついたらしく、レヴィは目を見開き「あッ!」と声を荒げる。

 

「よーお、リロイ。ひっさしぶりィ。いまチョロス(メキシコ人)どもが追っかけてる女いるだろ。そうインド系の。あいつの居場所な、相場はどれっくらいだ?」

 

「お前、汚えぞ!!」

 

 

 

 

エダの発言とレヴィの怒号に、思わず再び苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

「ん」

 

「なんだよ手なんか出して。生憎手相占いはしたことねえぞ?」

 

「とぼけんじゃねえ。汚ェ手で稼ぎやがって、半分寄こせ」

 

「だからアンタは馬鹿だってのよ。もっと頭使いな」

 

「ぶっ殺すぞこのアマ。結局こいつの服代もアタシに出させやがって」

 

「だから自分で出すって言ったのに。何なら今返すよ」

 

「いや、こいつから出させねえと気が済まねえ」

 

「あんた本当キキョウ大好きっ子だねえ。もういっそ運び屋なんかやめてキキョウの護衛についたらどうだ?」

 

「そういうんじゃねえ! 顎割るぞこのアバズレッ!」

 

「ま、まあまあ……」

 

エダが情報屋と電話した後、エダの提案でそのままイエローフラッグへ向かう事となった。

その道中、私の袖が少し破けているのと腕の包帯を見かねたレヴィが「替えの服を買った方がいい」と言った。

別にこのままでも大丈夫だと伝えたのだが、何を思ったのかエダもレヴィに賛同し適当に服が売っている店へ入った。

 

 

そこで、三人でサイズがぴったりな白いTシャツとシースルーという薄い生地で作られた上着を選んだ。

金は自分で出すつもりだったのだが、「エダが悪いからエダに出させろ」とレヴィが言ったことによってエダとレヴィがどっちが金を出すかの口論に発展してしまった。

 

 

その隙を狙ってこっそり自分で出そうとするとレヴィが気づき、颯爽と金を出してくれたのだ。

 

その後「てめえがさっさと払わねえからだ」とレヴィがエダに食ってかかっていたが、エダは何故か面白がって笑うだけだった。

 

 

 

とまあ色々ありながらもイエローフラッグに辿り着き、今はカウンターで酒を飲んでいる。

 

 

 

「で、今度は何を企んでやがるんだ」

 

「別にい? ただああいうのは寝かせてから食っちまった方がドバドバ銭を撒く。そういう寸法よ」

 

エダは酒に口をつけながら、ニヤリと口元を歪めた。その表情にレヴィも訝し気にエダへ視線を向ける。

 

「悪い顔になってるぜエダ。一体何を仕掛けたんだ」

 

「あたしゃ稀代のトリックスター、ガラリヤの湖上を歩く男に仕えてんだ。これくらい朝飯前ってな」

 

カラカラとグラスを揺らしながら、今度は得意げな表情でそう呟いた。

私とレヴィは彼女の言っている意味が分からず、思わず顔を見合わせる。

 

「ま、後でわかることだ。――さて、そろそろロックが車廻してくるんだろ? 行こうぜ」

 

「おい、どういう仕掛けか教えろって!」

 

「だから後でわかるって。キキョウ、アンタも来るか?」

 

「……遠慮しとく。何か嫌な予感がするから」

 

「別にそんな大したことにはなりゃしねえって。ま、ちと血は出るかもしれねえが」

 

「じゃあ尚更行かないかな」

 

 

 

ジェーンさん絡みならきっと何とかカルテルやらも関わってくる気がする。

それに、岡島とはあまり顔を会わせたくないのでここは遠慮させてもらう。

 

 

これから“金を稼ぎに行く”であろう彼女に、少し口の端を上げて言葉をかける。

 

「よく分かんないけど、二人とも頑張って」

 

「おうよ。金が入ったら今度はアタシが酒奢ってやるよ」

 

「楽しみにしとく」

 

「へへ。レヴィ、行くよ」

 

「あ、おい! ……たく。キキョウ、その腕一応リンとかに診せとけよ。――おいエダ! エダってばおい!」

 

レヴィは最後にそう呟くと、颯爽と歩いていくエダに早足でついて行った。

出入り口付近でエダがこちらに手を振ったので、反射的に振り返す。

 

二人の姿が見えなくなり、一人になったカウンターでグラスに口をつける。

 

 

「それにしても、今日はいつもより客が多いですね。テーブル席全部埋まってるなんて」

 

「俺としちゃただ酒を飲んで帰ってくれりゃ何でもいい」

 

「確かに、何事もなければそれが一番ですもんね」

 

普段も大体の席は埋まってるが、ここまで満員の状態は久々に見た。

だが彼らはあまり酒を注文していないようで、バオさんは暇そうに新聞を読んでいる。

 

 

店内を一度見渡し、私が気にすることでもないかと再び酒を喉に通す。

 

 

 

「お前も羽目外すなよ。この前みたいに酔いつぶられんのは御免だからな」

 

「もう二度とあんな姿は晒さないと誓ったのでご心配なく。もしまたなりそうだったら殴ってでも止めてくださると嬉しいです」

 

「お前さんを殴ったら倍で返ってきそうだ。主に張の旦那から」

 

「そんなことは万が一にもないでしょうから大丈夫ですよ」

 

「どうだかねえ」

 

いつものように他愛ない会話をし、機嫌よく空いたグラスにジャック・ダニエルを注いでいく。

グラスを揺らし、氷の冷たさが酒全体に広がった後口をつける。

 

 

好きな酒の味を堪能すれば、自然と口の端がほんの少し上がる。

 

瞬間、後ろで大きな音と共にざわめきが広がった。

驚いて後ろを振り向くと、テーブル席にいる人たちが騒いでいるようで各々何かを言っている。

 

 

すぐさま誰かの「じゃあ行くとしようか」という掛け声をきっかけに、その場にいた全員が席を立ち、次々と店を出て行った。

 

 

一人残されたカウボーイのような格好をしている男性が「くそっ」と吐き捨てながら、こちらへ向かってくる。

 

「あいつらの代金は後でロボスって野郎が払いに来る。そいつに貰え」

 

「話は聞いてるよ。酒飲まねえならとっとと帰れ」

 

「言われなくても出て行ってやるよ」

 

どこか苛立った声音で言い残すと、足早に出入り口の方へ向かっていった。

先程まで満員だったテーブル席はガラ空きになり、静けさが落ちる。

 

「たく、うちの店は殺し屋共の集会場じゃねえってのによ」

 

「……もしかして、さっきの人たち殺し屋だったんですか?」

 

「お前、気づいてなかったのか」

 

「お世話になることないですし……」

 

「まあ、お前さんはそうだろうが……もうちっと周りに目を配れ。じゃねえと足元掬われるぞ」

 

「――そうですね、分かりました。御忠告ありがとうございます」

 

「やけに素直じゃねえか」

 

「優しい店主の言うことは聞いた方が吉でしょうから」

 

「お前、からかってんだろ」

 

「いえいえ、そんなことは」

 

 

 

眉根を寄せカリカリと頭を掻くバオさんに、くす、と笑みを溢す。

 

そのまま酒に口をつけようとした時、ふとすぐ側で電話が鳴り響く。

何回か呼び出し音が響いた後、バオさんは徐に受話器を手に取った。

 

 

誰かと話している様を目の端で捉えながら、残っている酒を飲み干していく。

グラスの中が空になり、新しく酒を注ごうと瓶の蓋を開ける。

 

 

 

酒瓶を手に取ったのと同時に、電話していたはずのバオさんから「おい」と声がかかる。

 

 

 

「なんですか?」

 

「お前さんにだとよ」

 

「私に?」

 

何故イエローフラッグで私に電話がかかってくるのか。

というか、態々この店にかけてまで私に用事がある人物は一体誰なのだろうか。

 

 

「ちなみにお相手は?」

 

 

そうバオさんに問いかけると、間を空けず相手の名前を聞かされる。

その人物の名前を聞いた瞬間、驚きで目を見開いた。

 

冗談であの人の名前をバオさんが出す訳がないと瞬時に判断し、バオさんから受話器を受け取る。

 

 

 

「代わりました、キキョウです――」

 

 

 

 




二話で終わらなかった……。
まあ、ジェーンさんの登場はここで終わりです。

次話は、“あの人”がキキョウさんの怪我を知るお話です。
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