チャイナドレスとは中国の代表的な衣服の一つ。
ほとんどが思い浮かべるのはスリットが入っており、女性の上半身のラインに沿った形だろう。
そんな特徴的な衣服ではあるが、他の衣服と同様たった一つの何かを加えたり変えたりすることで、周りに与える印象は一気に変わる。
端から端まで派手な模様があれば絢爛さを、スカート部分を短くすれば活発さを。白一色ならば清純さを。
――そして、目の前にある異様に深いスリットが入ったものであればセクシーさが際立つものとなる。
数時間前までトップの部分に二つ穴が空いていたが、今は私の手によって修繕され塞がっている。
この赤いサテン生地で仕立てられた深いスリットのチャイナドレスの持ち主は、妖艶さを纏っている中国美人。そのためか、着るのを憚りそうな服を違和感なく着こなしていた。
そんな美人さんがここへ来るまでに、いつでも手渡せるよう丁寧に畳み、透明のビニールで包んでおく。作業台の上に紙袋を置き、準備完了だ。
後は、彼女を待つのみ。
約束の時間まで少しあるので、暇つぶしもかねて刺繍道具を手にしようとした途端、表で何やら喋り声が聞こえてくる。
「――なんでアンタら着いてきたネ? ヒマ人カ?」
「たま、タま……シごと……なかっタ、だけ……」
「僕もたまたま用事がなかっただけだ」
「つまり二人ともヒマね。言っとくますけど、来ても何もないですだよ」
「別ニ……何も、キタイ……シてなイ、わ」
一人はカタコトの英語。一人は女性か男性か判別できない機械的な音声。一人は普通の男性。という、声だけで異色な三人組ということが分かる。
連れがいるとは聞いてなかったが、忘れることない特徴がある喋り方と声は明らかに彼女なので、深くは考えずドアへと向かう。
「何もないなら来なくてよかたよ。うっとーし」
「いらっしゃいシェンホア」
「――アイヤ、キキョウ。
「
ドアを開け、後ろの二人と話していた中国人――シェンホアへ声をかければ中国語で挨拶が返ってきた。
腰まである艶やかな黒髪に、青くスリットが深いチャイナドレスに身を包んだ彼女が、今回の依頼人。
三週間ほど前に受け持った仕事で“やらかして”しまい、その時に気に入りの服に穴を空けてしまったらしい。リンさんに治療を受けた時に私を紹介され、修繕してほしいと依頼してきたのだ。
シェンホアとはその時初めて会ったのだが「貴女とお話したかった」と中国語で色々話したおかげで、気軽に話せるくらいの仲にはなった。特に、彼女も三合会とよく関わってる人間なので何かと気が合うのだ。
「あなたも相変わらず元気そうね」
「まあね。そっちは怪我の具合どう?」
「少し痛むけど、別に何ともないわ。後は貴女から服を受け取れば仕事に復帰よ」
「痛むならもう少し休んだほうがいいんじゃ……」
「十分休んだし、そろそろ戻らないと。大哥から仕事貰えなくなっちゃうかもだし」
「そんなことないと思うけど……まあ、ほどほどに頑張ってね」
「ありがと」
彼女が話しやすいように中国語で言葉を交わす。
一通り挨拶も済ませたので部屋に案内しようとしたが、ふと後ろのゴスロリの服に身を包んだ女性と目が合った。
「シェンホア、後ろの二人は友達?」
「ああ忘れてた。――お二人さん、こっちはキキョウ。洋裁屋ね。この色男はロットンで、この街に来たばっかよ。こっちのゴスロリはソーヤー、掃除屋やってるますよ」
「キキョウです、初めまして」
「ロットン・ザ・ウィザードだ」
「……よろシク」
シェンホアの簡単な紹介を受け、一言挨拶を投げれば二人も返してくれた。
色々聞きたいことはあるのだが、初対面で根掘り葉掘り質問するのはよくないので、今はここで留まっておく。
「チャイナドレス、修繕出来てるよ。とりあえず、狭いけど三人とも中に入って」
そう促すと、異色な三人組は私の作業場へと足を踏み入れた。
「――じゃあ、そのチョーカーみたいなのが人口声帯なんですね」
「そう。リンに、ちょうタツ……してモラッタ、の」
「今はこういうのもあるんですね。ゴスロリなのでパッと見アクセサリーに見えて違和感ないですし」
「……」
「……あ、別に嫌味とかではなくて……」
「分か、テル……そんな、コトで……おこら、ナイ……ワ」
三人を部屋に招き入れ、シェンホアへ修繕したチャイナドレスを手渡した。
依頼料を受け取った後、彼女から「ここで着替えていきたい」と言われたので、奥の自室へ入ってもらった。
シェンホアの着替えが終わるまでの時間つぶしとして、ソーヤーさんロットンさんと話に花を咲かせている。
「ロットンさんはこの街に来てまだ日が浅いんですよね」
「ああ」
「慣れました?」
「いや、まだ……」
「そうですよね。まあでも、住めば都と言いますし」
「そうなるまで色々苦労しそうだ」
「否定はできませんね」
さっき、シェンホアからロットンさんはこの街に来てまだ一か月程しか経っていないと聞いた。
この街に来た人は何かしらの理由ですぐいなくなる印象だったが、彼は優男の見かけによらず意外とタフらしい。
「君こそ大変だっただろう。見たところ銃も持ってなさそうだ」
「持ってはいるんですが、有難いことに全然使う機会なかったんですよね」
「そうなのか? 君は一体どれくらいこの街に?」
「七年程です」
「……随分経ってるんだな」
「私もすぐ死ぬかと思ってたんですが、何故か運よく生き延びてるんです」
「じゃあ、意外と平和なのかもしれないな」
「ロットン、キキョウの言うこと真に受けるのよくないね。ロアナプラで武器もてない女が生きてるのは、誰かに守られてるからヨ」
ロットンさんと話していると、着替え終わったシェンホアが自室から戻ってくるなり話に割って入ってきた。
いつものようにチャイナドレスを見事に着こなしている彼女へ声をかける。
「どうシェンホア。穴空いてたところ以外特に弄ってないけど、違和感とかない?」
「無いわ。いつも通りよ」
「それならよかった」
「じゃ、用も済んだし帰るわ。張大哥によろしくね」
「私よりもシェンホアの方が会うと思うけどね。まあ、気をつけて帰って」
「ええ――ほら二人とも、帰るですだよ」
シェンホアは着ていた服を作業台の上にあった紙袋へ手早く入れると、二人へ声をかける。
彼女の声掛けに二人もドアの方へと向かっていく。
「邪魔したな」
「マた、会えタら……あいま、ショう」
「お二人も気をつけて」
最後に一言そう挨拶を交わし、三人を外まで見送る。
シェンホアが軽く手を振ったのを見て、振り返してから中へと戻ろうとした。
だが、その足はとある声で止まった。
「あ、キキョウさん!」
声の方を向くと、笑顔で手を振りながらルカが駆け寄ってきていた。
「――ルカ、仕事してるって言ってなかった? 最近よく来るけど大丈夫なの?」
「軽く仕事終わらせてから来てるんだ。日雇いだし、そこまで心配しなくていいよ」
この子も生活のために仕事をこなしていたと聞いていたが、ほぼ毎日ここへ来ているので少し心配になった。
なので今日も今日とて私の仕事ぶりを見に来たルカへ聞いてみたが、当の本人は心配ないよと言いたげに満面の笑みを浮かべている。
折角来てくれ少なからず嬉しいのだが、生憎こなすべき依頼はない。
そう伝えたものの「じゃあ刺繍してる姿見てる」と素直に引き下がらない様子だったので、部屋に招き入れている。
「それに、キキョウさんがたまにご飯食べさせてくれるから食い物には困ってないしね」
「……もしかして、それが本当の狙いなんじゃ」
「ち、違うよ! でも恵んでくれる人なんていないから、それはそれで嬉しいけど……キキョウさんの技術見たいのはほんとだもん!」
「分かってるよ。ちょっとからかっただけ」
「むう……」
「ごめんごめん」
一生懸命否定する姿が可愛くて、思わず口端が上がった。
それを見てルカはむくれてしまったが、それも可愛くて余計に口角が上がりそうだ。
「じゃあいつも通りそこに座ってて。飲み物いる?」
「うん!」
「はいはい」
ルカが来るときはほんの少しだがもてなしている。折角私の腕を見込んで来てくれているのだ。
これくらいはいいだろう。
ルカの屈託のない笑みと返事に釣られ再び口端が上がるのを感じながら台所へ足を動かす。
グラスに牛乳で溶かしたココアと氷を手早く入る。
カラカラと氷がぶつかる音を響かせながら作業部屋で待っているルカへと持っていく。
「どうぞ」
「ありがとう!」
元気なお礼に笑みをこぼし、ルカへアイスココアを手渡した後作業台へ向かう。
「じゃあ、今から刺繍するけど、飽きたら帰っていいからね」
「うん。……ねえキキョウさん」
「なに?」
「えっと……」
「どうしたの?」
「……あのね」
アイスココアを両手で持ちながら、こちらと目を合わせることなく何やらもじもじし始めた。
今までルカから作業前に話があると持ち掛けられたことはなく少し驚いたが、別に急ぎの用もないので急かすことなく彼の話を待つ。
中々言い出せない様子だと、話しにくい内容なのだろうか。
首を傾げしばらく待っていると、やがて意を決したように目を合わせ口を開く。
「僕――キキョウさんに服作り教えてほしいんだ」
グラスを握りながら、真っすぐ真剣な顔で放たれた言葉に思わず目を見開いた。
ルカの顔を見据え、どうしたものかと考えを巡らす。
少しの沈黙の後、未だこちらをじっと見ているルカへ言葉をかける。
「折角の申し出だけど、私弟子取ってないの」
「どうして?」
「教えられるほどの腕じゃないから」
「じゃあなんで見ることは許したの?」
「ただ見せるのと教えるのとじゃ全然違うと思う。私教えたことなんてないし。基本的な洋裁だったら別のところでも、なんだったら本でも学べるよ」
「僕文字読めないし、この街で子どもにわざわざ教えてくれる人なんて絶対いない。それに、キキョウさん以上の洋裁屋なんていないからキキョウさんに教わりたい」
「……ねえ、ルカ。どうしてそこまで洋裁に拘るの。器用な君ならもっと別の職だって」
「この街で真っ当な職なんてない。確かに色んな職はあるけど、僕みたいな子どもがここで大人になるまで生きるには、金を盗みながら人を殺すか麻薬を売るか……。生きるのに必死で、手に職をつける余裕なんてない。どっちにしろ、生きるためには大人に利用され続けるしかないんだ」
「…………」
ルカの子供らしからぬ発言に黙って耳を傾ける。
確かに、この街で子どもが真っ当に生きるのはとてつもなく難しい事だ。
アウトロー達が蔓延る悪徳の都で育った子どもだからこそ、それを強く実感しているのだろう。
きっと、この子も相当苦労してきたはずだ。
「大人なんて嫌いだ。僕たちを道具にしか思ってなくて、用がなくなったら捨てる。そうやって皆死んでった……アイツらはゲロみたいな匂いを漂わせてて、会うたびに吐き気がする。――でもね、キキョウさんだけは違うんだ」
「……」
「僕の我儘聞いてくれて、いつももてなしてくれて。何か裏があると思ったけどそんなこともなくて……とても嬉しかったんだ。こんなこと、生まれて初めてだから」
「…………」
「嘘だと思うかもしれないけど、本当にそう思ってるんだ」
ルカの言葉を聞いていると、ふとどこかで聞いたような感覚になる。
これはどこで聞いたんだったか。
『キキョウは娼婦だからってバカにすることもしなかった。それに私に騙されたと知ってもいつもどおり迎えてくれた。――そんなこと、本当に初めてだったの』
――ああ、そうだ。
これは、あの子が酔っぱらいながら言ってきた言葉。
大人を信用できず、背伸びして生きていた。
この街で育ち、私が想像できない程苦労を味わっていた。
そんなあの子が、人前で滅多に見せない酔った姿で寂しそうな笑顔で言っていた。
目の前の少年も、あの友人と同じように寂しさを漂わせている。
「あのハンカチを作った人が信用できる大人なんだって分かって……そんな人の傍で手に職をつけたいって本気で思ったんだ」
そう言うと、ルカは立ち上がりグラスを作業台に置いた。
すぐさま私の目の前に立ち、勢いよく頭を下げた。
「あなたの傍で学ばせてください。お願いします……!」
心なしか、彼の肩が震えている気がする。
そんな様子を見ながら、再び考えを巡らす。
本当に私は誰かに教えられるほどの技術は持っていない。
春さんのように素晴らしい洋裁屋だったなら弟子の一人とってもいいのだろうが、私のような未熟者が弟子なんておこがましいことだ。
誰かに教えたこともないので、師としても未熟もいいところ。
……そう思っても、この子を無下に帰せない自分がいる。
きっと私が子供に甘いせいもあるだろうが、ここまで私の作業風景を見せたのはルカが初めてだ。
そして何より、今まで“作業を邪魔しない”という約束を守ったことが大きい。
だが、心の中でまだ踏ん切りがつかない。
どうしたものかと考え、やがて一つ思いつき口を開く。
「頭上げて、ルカ」
そう声をかけると、ルカはゆっくりと頭を上げ不安げな表情でこちらを見つめる。
「そこまで言ってくれて本当に嬉しい。ありがとう」
「じゃあ」
「でも、ダメなの」
「……僕が、子どもだから?」
「違うよ。そんなことで断ったりしない」
「じゃあなんで」
「これは私の問題なの。――いい? ルカ。弟子をとるってことは、その人を責任もって面倒見るってことでもある。だけど今の私にはそこまでの器量も、覚悟もない」
弟子を取ったのなら何が何でも自分の技術を落とし込む。
そして、落とし込むための環境を整えなければならない。
ルカは家族がいない孤児。なら尚更、弟子である間、彼の生活も責任もって面倒見なくてはならない。
だが、人に教える事も子どもの面倒を見たこともない私がいきなり弟子をとるのは、私にとってもこの子にとってもマイナスでしかない。
それに、この子が心の底から私に学びたいと思っているか分からない。
そこまでの信用は、まだない。
「だからこれは提案なんだけど」
なら、どうするか。
どうするべきか。
「しばらくはお試し期間みたいな感じで軽く君に教える。それで、どちらかでもやっぱり駄目だと思ったらそれで終わり。――でももし、最後まで君が本気で弟子になりたくて、私にも覚悟ができたらその時は正式な弟子としてとる。っていうのはどうかな?」
やってみなければ分からないのであれば、一度試してみればいい。
心から信用できない相手を仮でも弟子に向かえるのは少々不安だが、後悔はしない。
私の提案を聞いたルカは一瞬喜びの表情を浮かべたが、すぐさま不安そうな顔になる。
「お試し期間って……いつまで?」
「それは教えられない。教えられない理由もね」
正直いつまでとか明確な時期は決めていない。
決めてもいいが、そうなると彼はその時まで演技するかもしれない。
ルカには悪いが、念には念を入れさせてもらう。
私の答えに何か言いかけたが、ルカは不安げな表情を残したまま静かに頷いた。
「……分かった」
「ありがとう」
「仮でも教えてくれるんだもん。文句なんてないよ」
そう言うと、ルカは不安を払拭するかのように少し笑みを浮かべる。
「じゃあ改めてよろしくね、ルカ」
「こちらこそ、キキョウ先生!」
早速、私の事を先生と呼ぶルカに、思わず苦笑を洩らした。
長らく更新しておらずすみません……。プライベートでバタバタしており中々手が付けられておらず……。
これからも無理しない程度に更新していこうと思ってますので、気長に待っていただけると嬉しいです。
=質問コーナー=
Q.キキョウの飲み仲間でスピリタスで飲み比べしたらどうなる?
A.キキョウが基本勝ちます。だけど無事ではないです。
翌日は二日酔いで潰れるかと……。
ただ、キキョウはあまりにも度数が高い酒は飲めるけど好きじゃないので、スピリタスでの飲み比べはあまり気が進まなさそうですね。
(ロックになんやかんや言われたときは、「忘れるには強い酒」という安直な考えからバオに強い酒を頼んでた、って感じです)