ロアナプラにてドレスコードを決めましょう   作:華原

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今回からロベルタ再来編です。









62 お仕着せと一瞬の春

――バリナス州。

 

ベネズエラの州都であるその場所では、一年を通して様々な催し物が行われている。

 

雨季も終わりかけ、太陽が清々しく輝くある日、中心街ではいつも以上の人で賑わっていた。

今日という日を祝うかのように、大きな広場に設置された壇上を中心に、多くの露店が立ち並び、華やかな装飾で彩られている。

 

 

やがて大きな歓声が上がった後、男性の演説がマイク越しに広場中に響き渡った。

 

 

 

 

次の瞬間、その声は唐突の爆発音ととともに消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

夥しい叫び声。

 

 

 

逃げ惑う人々。

 

 

 

 

先ほどまでの明かる気な雰囲気は跡形もない。

 

 

そんな中、爆発の後の立ち煙を一人の女性が呆然と見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――遍く者の創造主、且つ贖い主に召します天主

 

 

 

降りしきる雨の中、粛々と牧師が一つの墓石へ言葉を並べる。

 

 

 

――主の僕、ディエゴ・ホセ・サン・フェルナンド・ラブレスの御霊に、すべての罪の赦しを与え給え

 

 

 

 

放たれた名前が刻まれた墓石を大勢の人が囲み、その場は悲しみに包まれている。

 

 

 

――願わくば、彼が絶えず望み奉りし赦しをばわれらの切なる祈りによってこうむらしめ給え

 

 

 

墓石の真ん前には、一人の少年が虚ろな表情で立っている。

 

 

 

――主よ、永遠の安息を彼に与え給え。絶えざる光を彼の上に照らし給え

 

 

 

その少年を、後ろから見守る一人のメイドの姿があった。

 

 

 

――安らかに憩わんことを。神の御名に(エイメン)

 

 

 

 

 

 

最後の祈りの言葉を終え、悲しみに暮れながらそれぞれの家へと帰る。

 

 

 

人気がなくなり、その場に残された少年――ディエゴの息子はメイドの胸へと顔を埋め、やがて堰を切ったように涙を流す。

 

 

「父さんは……悪いことなんてしてないよ……そう、だろう?」

 

 

少年は震えた声音でメイドへ問いかける。

 

 

「……御当主様は、とても立派な方に在らせられました」

 

 

メイドは少年の頭に手を置き、ただ冷静に口を開く。

 

 

 

「天を仰ぎ、地に臥して、我らが主の御前において――何一つ、恥じることのないお方にございました」

 

 

 

大粒の涙を流しながら、少年は再び問いかける。

 

 

 

「……それなら、どうして……神様は……父さんを天へ、お召しになられたんだろう?」

 

 

 

その問いに、メイドの声音はさらに固くなる。

 

 

 

「主ではありません、若様。人を殺めるのはいつだって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――人間です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メイドは知っている。

 

 

 

「――Una vandicion por los vivos,(生者のために施しを、)Una una rama de flor por los muertos.(死者のためには花束を)

 

 

 

人が人を殺める理由も。

 

 

 

Con una espada por la justicia,(正義の為に剣を持ち)

 

 

 

金、欲、大儀――それらの引き換えとともに、その者が過ごしてきた日々の全てを否定し、いとも簡単に消し去られてしまうことも。

 

 

 

un castigo de muerte para los malvados. (悪漢共には死の制裁を)

 

 

 

 

 

そこに感情も感想もなく、冷徹である必要もないことも、メイドはすべて知っている。

 

 

 

 

なぜなら、彼女がそうやって過ごしてきたのだから。

 

 

だが、この事実を少年に告げることはメイドにはできなかった。

 

 

 

 

 

 

――代わりに誓うは、恩人を殺し、己の大事な者を悲しませた者への復讐。

 

 

 

Así llegamos――en el altar de los santos.(しかして我ら――生者の列に加わらん)

 

 

 

 

 

 

 

眼鏡の奥には、猟犬の如く鋭い瞳が光る。

 

 

 

猟犬に狙われた狐は、無傷では済まされない。

 

 

 

 

「<ruby><rb>En el nombre de Santa María juro castigar toda la maldad!サンタ・マリアの名に誓い、全ての不義に鉄槌を!</rt><rp>)</rp></ruby>」

 

 

 

 

 

 

――ラブレス家の当主の死に、フローレンシアの猟犬が再び牙を剥きだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「――ねえ先生」

 

「なに?」

 

「先生と張さんはコイビト同士なの?」

 

「違うよ」

 

「じゃあアイジンだ」

 

「違う。どうしたの急に」

 

「だってこの前挨拶行った時、張さん“今度はいつ二人で飲めるんだ”って先生にすごい言い寄ってたし。それにバオのとこのおばさんも“あの二人はとっても熱い関係なのよぉ”って」

 

「張さんはただ私をからかってただけ。マダムはその手の話題に飢えてるからそう言ってるだけ。真に受けちゃダメ」

 

「ええー」

 

ルカを正式な弟子として迎えてから張さんはもちろん、バラライカさんやイエローフラッグなど、普段世話になっている方々への挨拶も済ませているうち、あっという間に一週間が過ぎた。

 

ルカは私が挨拶用に仕立てたシャツと半ズボンに喜々として身を包み、緊張した面持ちで方々への挨拶に回っていた。

流石ロアナプラで生まれ育った子供だからか肝が据わっており、張さんやバラライカさんを前にしても怖気づくことなくしっかり自己紹介していた。

 

 

そんなルカを弟子に取ることを二人はすんなり受け入れ、「好きにやれ」と言ってくれた。

 

 

張さんには最後にまた「弟子にばかり構いすぎるなよ」と言われ、バラライカさんには「それにしても、貴女が弟子ねえ」とニヤニヤされたが、なんとかマフィアの方々への挨拶という一大目標は達成した。

 

 

そのあとにリンさんやレヴィ、バオさん、マダム・フローラにも挨拶を終え、やっと落ち着いた日々に戻りつつある。

今日も依頼はないため、前と変わらずルカに文字の読み書きをさせながら、自身は刺繍に手を付けていた。

そんな中集中力が切れたルカがいきなりさっきの質問をしてきたことに驚きつつも冷静に返答したが、どうやら彼は私の答えでは納得いかないらしい。

 

 

 

頬杖を突きながらニコニコ……いや、ニヤニヤしながら言葉を続ける。

 

 

 

「僕お似合いだと思うけどなあ」

 

「冗談でも怒るよ」

 

「別にいいじゃん」

 

「ルカ」

 

「う……なんでそんなに怒るのさ。もしかして張さんのこと嫌いなの?」

 

「そうじゃない。ただ彼の隣に立てるのは私じゃない、だから“お似合い”じゃない」

 

「難しいこと考えてるんだね、先生。ま、“ダンジョのカンケー”に口出しするのはよくないらしいからもう何も言わないけど」

 

「…………一体どこでそんなこと覚えたの」

 

「娼婦のお姉さんに教えてもらった」

 

 

本当に意味を理解して使っているんだろうかこの子は……。

 

 

 

小さく息を吐き言葉をかけようとしたが、これ以上話を引っ張るつもりはないらしくルカは読み書きの練習を再開していた。

この切り替えの早さにはいつも驚かされている。

 

 

そんなルカの邪魔をするわけにはいかないので、自身も止まっていた針を動かす。

 

 

 

 

今日の刺繍はいくつかのガーベラ。

ピンクや赤、オレンジなど色鮮やかでかわいらしいポピュラーな花だ。

形は複雑ではない上様々な色を使うことができるので、これまで何度も布に咲かせるほど個人的には気に入っている。

 

 

 

赤のガーベラが見事に咲いたところで、早速オレンジの糸を針に通していく。

慣れた手つきで手を動かしていると、「あ、そうだ」とルカが声を発する。

 

「先生、今日ちょっと外行ってきていい?」

 

「いいけど、どこに行くの」

 

「たまには気分転換もしないとなって。最近外出てないから」

 

「そっか。じゃあ夜になる前には帰ってくるんだよ。帰れなさそうだったら公衆電話で連絡して」

 

「はーい」

 

ルカはこの街で育ったので、一人で外に出すことは別に心配はしていない。というか心配する必要がないだろう。

だが子供であることに変わりはないので、こういう時はいつも念のため暗くなる前には戻るよう伝えている。

 

この言いつけも、この子はまだ破ったことはない。

 

「じゃあこれ終わったら行くね」

 

「分かった」

 

短く言葉を交わし、お互い再び手を動かしていく。

 

いつも通りの日常に、「今日は平和な一日で終わりそうだ」と心の中で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

太陽が真上に来る昼間の時間。

職業柄喧噪の日々を送るラグーン商会のオフィスでは、平和な時間を表すかのようにラジオからミュージカル映画の曲が静かに流れている。

 

 

 

悪徳の都で未だホワイトカラーを貫いているロックは、窓際でぼんやりと外を眺めながら煙草に火をつけた。

 

 

 

優雅に煙草を吹かす同僚にソファに寝転がっているベニーはアダルト雑誌に目を向けたまま声をかける。

 

 

 

「ロック、夕食は? チャルクワンの市場に新顔の屋台が出てるんだ。なかなか旨いぞ」

 

「……」

 

「帰りに一杯引っかけていかないか?」

 

途端、オフィス内に受話器の音が鳴り響く。

ベニーはいつも通りロックが取るだろうと待っていたが、普段は電話にいち早く応じるはずのロックが動く素振り一つも見せない。

 

 

その様子を見兼ね、雑誌から顔を上げ先ほどよりも声量を上げ呼びかける。

 

「ロック? ……ヘイ、ロオオオオック!」

 

 

すると、外を見ていた顔が動く。

自身の呼びかけにやっと気づいた様子のロックへ呆れながら言葉を続ける。

 

「電話、さっきから鳴ってるよ。それに、僕の話聞いてなかったろ」

 

「あー……悪かったベニー。ぼんやりしてただけさ、たまに暇だとつい持て余すな」

 

煙草(それ)のせいかと思った。中身は大麻かなんかかい?」

 

「そういうのには興味が湧かなくてね。これは普通の煙草だよ」

 

 

ベニーとロックが会話している中、奥から出てきたダッチが代わりに受話器を手にする。

 

 

「ラグーン商会だ。――お前の方からかけてくるとは珍しいな。一体何の用だ」

 

 

器用に片手で煙草を取り出し、ジッポライターで火をつける。

電話の向こうから聞こえる話に耳を傾けていると、僅かにダッチの眉根が寄った。

 

 

 

「――ご愁傷さまだな。ともかく商売上の機密に関することにゃ答えられねえ。ワトサップにはそう伝えとけ」

 

 

淡々とした口調で言い放ち、やがて受話器を戻し煙を吐く。

 

 

「ダッチ、ビジネスかい。それとも……トラブルか?」

 

訝しむような表情を浮かべている上司へベニーもまた単調に問いかける。

 

「“変わった客を扱ってないか”、そう聞かれた」

 

「またかい? 気持ち悪いな、いったいなんだ」

 

「“また”?」

 

まるで何度か聞いているような口ぶりに、ロックは思わず聞き返す。

 

「一昨日、全く同じ内容の電話を受けたのさ。その時は情報屋からだったけど」

 

「一字一句違わない質問だ」

 

「ああ、判で押したみたいにね」

 

「ロック、お前は何か聞いてないのか?」

 

 

 

その問いに思考を巡らす。

やがて一つのある情報に行きつき、ロックは少しの沈黙を破る。

 

 

 

「――覚えがないわけじゃない。イエロー・フラッグで聞いた時は何かの冗談かと思ってた」

 

「冗談? どんな内容」

 

「おいロック! 聞いたかよ驚きだぜ!」

 

ダッチがさらに質問しようとしたその時、荒々しい足音とともに現れたレヴィによって遮られる。

 

「この間のバオの与太……――なんだよ、皆揃ってその顔は」

 

「今まさにその話をしてたのさ、レヴィ。続きを聞かせてくれ」

 

 

 

 

三人の視線を一気に集めたレヴィは怪訝な顔を浮かべる。

片手に大量の荷物を抱えドアに突っ立っている彼女の言葉に、ロックと同じ情報を持っていると判断しダッチは話の続きを促した。

気味が悪いと思いつつ、レヴィは荷物を机に置きながら促されるまま自身の話を続ける。

 

 

 

「東欧人の売人のコワルスキーってのがいるだろ」

 

「確かホテル・モスクワの三下だな」

 

「そいつが見たって言ってんだ。サータナム・ストリート、サンカン・パレス・ホテルの廊下でよ。あいつがそのあと売り物でラリッてなけりゃ面白くねえ冗談なるンだが」

 

「見た? 一体何をだ」

 

勿体ぶるかのような語り口調に、ダッチは本命を聞き出そうと問いかける。

やがて話を知っているもう一人が、その問いに答えようと思い口を開く。

 

 

 

「メイドだよ、ダッチ」

 

 

 

放たれたその単語に、一瞬にしてオフィス内の空気が固いものへと変わる。

 

 

「――あのキリング・マシーンを、再びこの街で見た者がいるって話なのさ」

 

 

ロックの言葉に、ベニーとダッチは思わず耳を疑った。

 

二人の脳裏には、かつて映画さながらの殺戮と己の主人を何が何でも取り戻さんとする執念を纏った一人のメイド。

まさに殺戮機械のようなメイドによって街は一時混乱に陥った。

 

 

 

 

そんな彼女がこの街に舞い戻ったという話は、ラグーンにとって忌むべき内容だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

ロアナプラは湾岸に位置する港町。

小さな街といえど海外からの観光客も多く、人々の往来は凄まじい。

整備された大通りの裏では、貧しい地元民たちが何も知らない観光客の荷物を奪い取るため、目を光らせている。

 

 

そんな裏通りをルカは、小学生が通学路を通るかのように平然と歩いていた。

 

「よおルカ! 久々じゃねえかあ、とっくに死んだと思ったぜ!」

 

「おかげさまでこの通りピンピンしてるよー」

 

「おいルカ、また仕事手伝ってくれよ! お前ならいつでも歓迎するぜ!」

 

「ありがとー。暇があったらね」

 

「ルカ、今度ウチにオメエのお師匠様と来いよ! 一緒に天国連れてってやるぜ」

 

「遠慮しとくー。あと先生に手出したら殺されるからやめときなよ」

 

多くの大人たちに声を掛けられながら、軽く言葉を返す。

ルカにとってはいつもの日常であるため下品な誘いにも表情一つ変えず、時折ごみの腐敗臭が漂う道をひたすら歩く。

 

 

 

やがて、一つの小さな扉の前で足を止める。

無言で鍵の掛かっていない扉を開け、薄暗い廊下を進む。

 

 

奥から小さな足音と笑い声がいくつか響く。

音の中心であろう部屋の前で止まり、少しの間を空けた後ドアノブに手をかける。

 

ドアを開けるとその部屋には、ルカよりも一回り小さい子供たち数人が年老いた女性に見守られるように遊んでいる風景が広がる。

突如現れたルカに、子供たちは一斉に駆け寄っていく。

 

「ルカ、久しぶり! 元気にしてた?」

 

「うん、元気だよ」

 

「ルカにい! あたしやっと三つ編みできるようになったの!」

 

「お、上手にできてんじゃん。頑張ったなあ」

 

「ルカ! 俺一人で仕事できるようになった! めっちゃ金になってばあちゃんも喜んでさ!」

 

「そっか、えらいえらい」

 

次々に飛んでくる報告に苦笑いしながらも一つ一つちゃんと受け答えると同時に、小さな頭を撫でていく。

部屋の端で椅子に腰かけている老婆が、やがて徐に口を開いた。

 

「ルカ、いらっしゃい。元気そうだね」

 

「ばっちゃんもね」

 

柔和な笑みを浮かべる老婆は、周りの子供やルカとは血の繋がりはない。

だが、この危うい街で必死に生きるため支えあった仲間でもある。

そんなかつての仲間の言葉に、ルカも微笑みを浮かべて答えた。

 

 

 

「最近どうだい、修行の方は」

 

「それが意外と厳しくてさ。字覚えられなかったら裁縫教えてくれないし、作業の邪魔したらめっちゃ注意されるし……もっと甘いかと思ったんだけどなあ」

 

「あんたのその考えが甘いんだよ」

 

「うっ……まあでも、ちゃんと面倒見てくれてるし、一応教えてはくれるからありがたいんだけどね」

 

「その師匠さんは本当に面倒見がいいんだねえ。恵まれたじゃないかルカ」

 

「――うん。僕も、そう思うよ」

 

 

照れくさそうな表情を浮かべるルカに、老婆はどこか安心したようにまた口に弧を描いた。

 

 

「じゃ、僕そろそろ行くね。ばっちゃん、僕が稼げるようになるまでくたばんないでよ。いつかこいつらと一緒に腹いっぱい食わせてあげるから。ちゃんと“自分の金”でね」

 

「そりゃくたばるわけにはいかないね。楽しみにしてるよ」

 

「えー、ルカもう行くのー」

 

「遊ぼうよー」

 

「ごめん、また今度な」

 

帰りを惜しむ声に、ルカは再び苦笑いを浮かべる。

ひとしきり、子供たちの頭を撫でた後背中を向けた。

 

 

「じゃ、また」

 

 

軽く手を振り、静かに部屋を後にする。

薄暗い廊下を抜け、夕日が照らす道へ戻る。

 

 

 

 

自身の用事は済ませたので、早速師の家へ戻ろうと踵を返そうとした。

 

 

 

「――おやめください。あなた方と遊んでる暇はないのですが」

 

「おいおい水臭いこというなよ嬢ちゃん。そんなカッコでぶらついてちゃ“構ってください”って言ってるようなもんだぜ」

 

「生憎そのつもりは毛頭ございませんので。どうかお構いなく」

 

「おいおい、ちったあノッてくれてもいいんじゃないの」

 

 

二人の男がちょっかいかけているのが、自身と同じ年代であろう女の子であることを声だけで判断する。

少し引っかかるのは、妙に丁寧な口調だった。

この街で大の男に面と向かって歯向かえるのは慣れてる人間でなければ無理だろう。

 

 

なら自身と同じこの街で育った子供かもしれない。

 

いつもなら気にも止めないところだが、その時はちょっとした好奇心が働いた。

 

 

声のする方へ目を向けると、そこには男二人が褐色に黒髪の一人の少女の前に立ちはだかっていた。

 

 

ただ一つだけ異質なのは――

 

 

 

「主人の用を済まさなければなりませんので私はこれで」

 

「別に後でもいいだろそんなもん」

 

「そういうわけにもまいりません」

 

 

彼女がメイド服に身を包んでいるということだ。

 

 

見たこともない格好に目を見開き、やっぱり関わるべきじゃないと即判断し帰ろうとしたその時――男の影に隠れていた少女の顔が露になる。

 

 

 

 

瞬間、一気に頬の熱が上がり、動悸が早まる。

 

 

 

 

雷に打たれたかのような衝撃に、ルカは少女から目を離すことができなかった。

 

 

そんなルカの視線に気づいたのか、男たちは一瞬眉根を寄せてすぐ下卑た笑みへと切り替える。

 

「よおルカ。お前も混ざりたいのか? ならケツ貸せ、金は払ってやるからよ」

 

「……あーっと……今日は気分じゃないんだよねえ」

 

「んだよツレねえなあ。なんだ、ビビってんのか?」

 

「僕が? まさか。……って、ああああああ!」

 

 

男と会話をしている中、突然ルカは驚いた表情で大声を発した。

ルカの大声に男たちとメイドの少女は目を丸くする。

そんな三人に構うことなく、駆け足で男たちの間をすり抜け少女の顔を覗き込む。

 

 

若干緑がかった少女の瞳にさらに鼓動が早まるのを感じながら、ルカは興奮したような口ぶりで話し始める。

 

「やっぱりそうだ! 久しぶりだねえ、元気してた?」

 

「え……?」

 

「つれないなあ、戻ってるんだったら教えてくれたっていいのに」

 

「えっと……」

 

「おいルカ、こいつ知り合いか」

 

「うん! 前一緒に仕事してたんだけど、その後どっかのおじさんに買われて街出てっちゃった。名前は……そう、レイラ! レイラだよ! 僕の親友!」

 

もちろん、全くのデタラメである。

だが、ルカには今この場でデタラメを吐く理由があった。

 

ちら、と少女に目を向けると、意図を察した彼女は一つ間を空けて口を開く。

 

「……久しぶり。ごめんね、伝える余裕がなくて」

 

「こうして会えただけで嬉しいよ」

 

ルカは満面の笑みを。少女は少し戸惑いながら微笑を浮かべ言葉を交わす。

 

「そういうわけで、僕たちこれからいっぱいお話したいことあるから別の相手みつけてよ。じゃ!」

 

「あ、おい!」

 

「待てやコラ!」

 

男たちが見せた一瞬の隙をついて、ルカは少女の手を引っ張り全速力で走りだす。

迷路のように入り組んでいる裏路地をうまく使い何分か走り続け、やがて追っていた男たちは完全に二人を見失った。

 

 

建物の間でようやく立ち止まり、少女の手を放し二人は呼吸を整える。

 

「はあ……はあっ……大丈夫?」

 

「ええ……」

 

「あいつら子供好きだから絶対逃げられないと思って……ごめんね、いきなり走らせて」

 

「お気になさらず、体力には自信ありますので」

 

「はは、すごいねえ……」

 

軽く会話を交わし、やがてルカは顔を上げ再び少女の顔を見やる。

 

「あんな路地裏に僕たち子供は一人で歩かない方がいいよ。この街の人間じゃないなら尚更」

 

「……やはり、先ほどのはデタラメだったんですね」

 

「ああでもしないと隙作れなかったし。もしかして嫌だった?」

 

「いいえ、おかげで助かりました。ありがとうございます」

 

「どういたしまして」

 

 

少女のお礼の言葉に、再び満面の笑みを浮かべる。

口端を下げることなく、目の前の異質な少女に声をかけようと口を開く。

 

「で、なんであんな所にいたの? もしかして道案内探してた? まさかね、あんな奴らに」

 

「その通りです。何分この街は初めてなので、道を聞いてたらあの気色悪い男たちに絡まれまして」

 

「ええ……」

 

 

呆れたような声音を出すルカに、少女は不機嫌な顔で「何か?」と発する。

 

 

「ううん、何でもない」

 

 

怒らせるのはまずいと咄嗟に首を横に振る。

そうして少しの沈黙の後、ルカは恐る恐る一つの提案を投げかける。

 

「じゃあさ、僕道案内しようか?」

 

「え?」

 

「ここで会ったのも何かの縁だしさ。それに」

 

「それに?」

 

 

 

もっと一緒にいたいな。

 

とは恥ずかしさが勝り口が裂けても言えない。

 

 

 

 

「そんな恰好じゃまたさっきみたいなこと起きそうだし?」

 

「……そんなにおかしいですか。特注で作ってもらったんですが」

 

「その服自体がおかしいんじゃなくて、“この街で着る”っていうのがよくない。この街の人間は頭イかれてるのが多いから余計にね」

 

「……」

 

「どうする?」

 

ルカの提案に、少女はしばらく思案したあと、意を決したかのように口を開く。

 

「では、道案内よろしくお願いします。えっと」

 

「ルカ。君は?」

 

「ファビオラ・イグレシアスと申します」

 

「ファビちゃんね。よろしく」

 

「ファビちゃっ……よろしくお願いします、ルカさん」

 

「呼び捨てでいいよ」

 

お互いの名前を知り、二人は再び歩き始める。

ルカの人生において、生まれて初めての恋が始まろうとしていた。

 

 

――が、そんな初恋の相手である“ファビちゃん”が今街を騒がせている張本人などとは夢にも思わないルカであった。

 










ルカは体を売って生計を立ててた時期もありその名残でたまに今も声がかかります。
だけどキキョウの弟子になったことで冗談で声はかけられますが本気で致すような人間はめっきり減った感じかも……?
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