ロアナプラにてドレスコードを決めましょう   作:華原

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63 お仕着せと一瞬の春Ⅱ

「──78年に仲間とこの店を立ち上げてから半壊15回、ほぼ全壊が6回。記録更新はここらで打ち止めにしたいんだよ。厄介ごとはごめんだ」

 

「ご愁傷さまだなあ、同情するぜバオ」

 

「主にお前に言ってんだこの野郎」

 

悪党たちの憩いの場であるイエロー・フラッグはいつものように開店早々賑わっていた。

カウンターではレヴィとロックが酒を片手に、バオのぼやきを聞いている。

 

「特に酷い有様にしてくれたのが例のメイドなんだぞ? これ以上ウチを巻き込むなってんだ」

 

「店壊されるのが嫌なら“武器持ち込み厳禁”の張り紙すれば?」

 

「んなもんとっくに試したよ。そのおまけが丸腰の客狙った押し込み強盗だ」

 

「どうしようもねえなこの街は」

 

「全くだ」

 

最早嘆きに近いバオの言葉にレヴィとロックは首を縦に振る。

三人が何気ない会話を繰り広げていると、奥の二階に続く階段から黒いスーツに身を包んだマフィアたち──三合会の組員が現れる。

先頭に立っている彪はバオへと顔を向け、口を開く。

 

「娼館の連中にも当たってみたが手掛かりなしだ。何かあったら知らせてくれ」

 

「ああ。Mr.張によろしく言っといてくれ」

 

たった一言告げると、彪は残りの組員を連れて颯爽とその場を後にする。

その背中を横目にレヴィは訝し気な表情を浮かべ、小声で話す。

 

「バオ、連中もメイド絡みか?」

 

「連中だけじゃねえ。この街の奴らは多かれ少なかれ走り回って情報を漁ってる最中だ」

 

「けっ、たかがメイドごときに何をそこまで躍起になってやがるんだ。張の旦那もヤキが回ったのか?」

 

「……いや、多分違うよレヴィ。彼らが気にしてるのはメイドの存在じゃない」

 

「あ?」

 

グラスにお気に入りの酒であるバカルディを注ぎながら、ロックの話に片眉を上げる。

 

「彼女は異端だ。だからこそ、皆彼女の目的を見定めようとしてる。前の時は目的が明確だったが、今回はそうじゃない。──“一体何の目的でこの街に来たのか”、その答え次第で皆の動向が決まる」

 

ロックは無表情で淡々と己の考えを述べた。

グラスを揺らし、カラカラと氷がぶつかる音を奏で、冷たい酒を喉に通す。

 

「面白くねえぜ、まったく。どうにも嫌な予感がするぜ」

 

「よく言うぜバオ。──っと、噂をすればだ」

 

バオがぼやいた瞬間、入り口から大勢の男たちがぞろぞろと現れた。

その顔ぶれを見たレヴィは、口端を上げてカウンターに近づく一人の男に声をかける。

 

「よおグスターボ」

 

「よおラグーンのお二人さん」

 

マニサラレラ・カルテル、タイ支部のボス。アブレーゴの側近であるグスターボはレヴィと軽い挨拶を交わす。

やがてレヴィの隣に立ち、カウンターに肘をついた。

 

「セニョール・アブレーゴは?」

 

「ボスなら事務所だよ。今ウチは大騒ぎさ。なんせ本部から直々に兵隊を送るってんだからよ。ったく受け入れ態勢も整ってねえってのに」

 

レヴィとロックは、グスターボの話にただ耳を傾けた。

内部の者しか知らない情報を漏らしてる状態に気づくことなく、グスターボは笑みを浮かべ話を続ける。

 

「まったく気が滅入る、煩わしいことだらけだよ。でもまあいい、愚痴はここらで終わりだ。なんたって今日の俺は聖母マリアに好かれてる。ちょいとあんたらに聞きたいことがあるんだが」

 

「メイド、だろ? グスターボ」

 

 

 

話を遮り、本題を当ててやる。

 

コト、とグラスを置き、レヴィはニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

「その話の前にこっちの話を済ませてくれ。今あんた、“本部から直々に兵隊が”、そう言ったなア。──そりゃ一体何の話だ?」

 

レヴィの問いに、グスターボは口端を一気に下げると同時に鋭い視線を向けた。

そんな彼の様子に怯むことなく、レヴィは淡々と話を続ける。

 

「おっかない顔すんなよ。煮え切らねえのはこっちも一緒、情報交換すれば互いにハッピーだ。聞かせてくれりゃ、こっちもあんたの質問に答えるぜ」

 

「……なんにもねえよ。ただ単にメイド絡みの用心だ」

 

「そりゃ答えを言ってるようなもんだ。時間の無駄だぜ、まどろっこしいのはやめようや」

 

「……」

 

用心しているのか、それでもグスターボは答えようとしなかった。

彼の様子を見兼ねたロックは、レヴィに続いて口を開く。

 

「グスターボ、俺たちはただ余計な地雷を踏みたくないだけ。“話は他所へ流さない”、それでどうだ?」

 

ロックの言葉に再び少しの沈黙が落ちる。それほど他所に流すべきではない話であることは容易に感じ取れた。

やがて、グスターボは諦めたかのように重い口を開いた。

 

「……くそ、わかった。ただし、絶対に他言無用だ。お友達のバラライカや三合会にもな、わかったか?」

 

「もちろん」

 

「よし、まずてめらから先に聞かせろ」

 

「オーライ、何が知りたい?」

 

交渉の末、ようやく話が進み出した。

レヴィは前のめりにグスターボと情報交換を始める。

 

「まず奴の風体、人種、人相、目立つ特徴だ」

 

「髪は黒、ヒスパニック系だが肌は白い」

 

 

二人が順調に話を進めている中、入り口から子供の声が段々近づいてくる。

 

 

「──ねえ、本当にここなの? さっきの路地裏より治安悪いと思うけど」

 

「なら私一人で参りますのでおかまいなく」

 

「いや、女の子一人で行かせるわけにいかないし……ならせめてその服着替えてから入った方が」

 

「これで大丈夫です。むしろこちらの方が都合がいいので」

 

男の子の止める言葉には気にも止めず、女の子は淡々と返しイエロー・フラッグの扉を開ける。

一瞬の戸惑いも見せることなく堂々と中へ入っていく“異質な子供”に、通りすがる周りの客たちは目を見開いた。

 

そんな光景に男の子は「やっぱり目立っちゃってるよ……」と小声でぼやきながら、彼女の後ろを慌てて付いていく。

 

 

 

やがて珍妙な客たちに気づいた店主は、これでもかというほどに目を見開いた。

少しの間の後、目の前にいるレヴィへ慌てて声をかける。

 

 

「おい……おいおいおいレヴィ! おいってレヴィ!!」

 

 

 

バオの呼びかけに店内の異様な空気に気づいたレヴィとグスターボは、同じタイミングで後ろを振り向いた。

 

 

 

──二人の視線の先には、小さなメイドが一人堂々と店の真ん中で立っていた。

 

 

 

「事務所の方に電話を入れたのですが、いずれもご不在でございました。皆様がこちらに立ち寄ることは若様がご存じでしたので、出向かせていただきました」

 

 

 

酒場とは思えないほどの緊張感が張り詰めている中、丁寧な口調で淡々と告げる。

 

 

 

 

「サンカン・パレス・ホテルにて若様がお待ちです。ご足労を願えますでしょうか」

 

「……こりゃ、一体何の冗談だ」

 

グスターボは驚きで口を開いたまま、思ったままの言葉を呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────

 

 

三合会のアジトである熱河電影公司ビルの最上階。

夕日に照らされる街を眼下に望み、張は優雅に高級ソファへ腰かけている。

 

嗜好品である煙草を取り出し、紫煙を燻らせながらつい先ほど部屋に入ってきた腹心の部下の報告に耳を傾けていた。

 

「──大哥、コロンビアの連中が動いたようです。連中の戦闘車両が3台ばかりシッタラードの中央線道路を港湾方面へ向かったと」

 

「あそこにあるのはごつい荷揚げ場に倉庫街、そしてイエロー・フラッグだけだ。イエロー・フラッグの様子は?」

 

「俺たちは結局空振りでした。“メイドを見たら知らせろ”とバオに言付けだけを」

 

「行き違いになったわけか」

 

淡々とした報告を聞きながら、自身のライターで煙草に火をつける。

肺から煙を深い息とともに吐きだし、テーブルの上で足を組み、しばらくの間の後口を開く。

 

「──さて、俺たちはどうするべき、か。今更イエロー・フラッグに馳せ参じたところで得がない。女中の素性が火傷顔(フライ・フェイス)の言う通りなら尚更だ」

 

 

灰皿に灰を落とし、自身の考えをまとめるように淡々と話を続ける。

 

 

「前回は攫われた坊ちゃんの奪還が火種の発端だった。だから静観を決め込んでいた──が、今回に限っちゃ話は別だ。彪、奴の敵討ちは当の主が爆弾テロに巻き込まれたのが原因だったな?」

 

「はい、大哥」

 

「それはいい、少し探れば簡単にたどり着く。──だがな、肝心の敵の姿がまるで見えてこない」

 

途端、張は眉間に皺をよせ、僅かに声音を固くする。

 

「女中は舞台をこの街に移し、狐狩りをやるつもりでいる。それはここに敵がいるからだ。獲物の匂いを嗅ぎつけやってきた。俺はな彪、頭のいかれた女中のことなんざどうでもいい。こちらに累の及ばん限りは敵討ちだろうが殺し合いだろうが好きにやって構わない。──俺がどうしようもなく気になって仕方ないのは、俺でも把握できない誰かがこの街に潜んでやがることだ。テロの現場で壇上にいる奴らのケツのみを正確に蹴り上げれるほどの技術を持った野郎が、目的も分からんまま潜んでいる。それが実に気に喰わねえ」

 

張の話を一通り聞き、再び煙を吐いている上司へ彪は素直に自身の疑問を投げかける。

 

「ですが大哥。最近来た奴も含め、この街にいる奴の素性は概ね掴んでいます。それだけの腕を持ってりゃ嫌でも耳に入るはずです」

 

「……彪、名前を売る必要がない連中なら? 欲もなく金も必要としてない連中だとしたら? キキョウのように武力と無縁な奴ならともかく、力と技術を持ってる連中が何を求めてこの街に?」

 

張からの問いかけに、彪は口を閉ざした。

正体不明の得体が知れない連中の考えが分かるわけもない。

 

「推測の域は出ないがな。今後は街の利益に関与しない者も含めて情報を漁っておいた方がいい」

 

短く告げ、灰皿に煙草を押し付ける。

張が肺に残った最後の煙を吐き切った途端、奥のドアからノック音が響いた。

 

「大哥、郭です」

 

「入れ」

 

もう一人の腹心の部下の声に間髪入れず部屋へ入る許可を下す。

颯爽と郭は中へ入り、彪の隣へ立つとすぐさま口を開く。

 

「先ほど、メイド絡みの情報がまた一つ入りました」

 

「仔細を」

 

「は。……端的に申し上げますと、キキョウのとこのガキがメイドとともに行動していたと」

 

「あ?」

 

 

まさかここでキキョウの名前が出るとは思わず、張は片眉を上げ郭へ顔を向けた。

 

 

 

「キキョウと直接関わりがあるとは思えませんが、前回のこともありますので念のため大哥の耳に入れておくべきと判断しました」

 

「…………あいつの巻き込まれ体質が弟子に移ったか? ったく、あいつはなんでこうも……」

 

こめかみを抑え、小さな声で何やらぶつぶつと呟く上司の姿に、郭と彪はお互い目を合わせた。

マジで盗聴器しかけてやるか、と少々物騒な言葉が聞こえた後、彪が恐る恐る声をかける。

 

「あの大哥……それで、どうされますか?」

 

「……ひとまず、ガキのことは後でキキョウに問いただすとして、真実に一番近いコロンビアの連中に聞きに行きたいところだが……ちと口実が足りねえ。悪戯に事を荒立てるのも得策じゃない──とすれば、関わってる奴に直接聞きに行くのが最上の手か」

 

自身の考えを述べた後、傍らに脱ぎ捨てていたロングコートを手に取り、立ち上がる。

颯爽と袖に腕を通し、腹心の部下たちへ声をかける。

 

「お前ら、ちょいと出かけよう。ここらで挨拶を済ませておくのも悪くはない」

 

張は短くそう告げると、ロングコートの裾を翻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────

 

 

「──師弟揃ってメイドを引き込みやがって! お前の師匠はとうとう疫病神になっちまったのか!?」

 

「そんな怒んないでよ!」

 

「ガキでもメイドの話くらい知ってるだろ! なんでウチに連れてきた!」

 

「案内するだけなら大丈夫って思ったんだよ! あんな武器隠してたのわかんなかったし!」

 

小さきメイド──ファビオラがラグーン商会とともに主人の元へ向かい、店にいた客全員が去った後、イエロー・フラッグの前でルカとバオが大声で言い合っていた。

事の発端は、ファビオラがマニサレラ・カルテルと撃ち合いに発展したことにあった。

 

何が何でも情報を手に入れたがったカルテルは、ファビオラに無理やり主人の元へ案内させようとしたが、仇敵でもある組織の要望に応えるわけはなく、隠し持っていたグレネードを店内にも関わらずカルテルへ発したのだ。

 

当然店が無事であるはずもなく、窓ガラスはすべて砕け、表のドアは吹っ飛び、大きな風穴がいくつも空いている──全壊と言える状態と化していた。

 

そんな店の有様に、バオの怒りの矛先はファビオラを連れてきたルカへと向けられているのである。

 

「何が大丈夫だ! 見ろ! 俺の店がどこでも誰でも入り放題のオープンカフェになっちまった!」

 

「そんなのいつもの事じゃん!」

 

「んだとッ!」

 

「まあまあバオ。この子も悪気があってやったわけじゃないんだし、キキョウに免じて大目に見てあげたら?」

 

次第にヒートアップしそうな二人を諫めたのは、これもまた思わぬ爆風に巻き込まれ営業を強制終了させられたスローピー・スウィングのオーナー、マダム・フローラだった。

 

「これで二回目だぞ! 今回はホテル・モスクワの保険もねえ! こんな有様にしやがったチビは早々に退散しやがったしよ!」

 

「僕のせいじゃないんだから当たんないでよ……」

 

「半分はお前のせいだぞこのクソガキ」

 

「はあ!?」

 

「んー……まあ、ひとまずキキョウに連絡したらどう?」

 

「えっ」 

 

「一応この子の保護者なんだし。幸い携帯は生きてたから貸してあげるワ」

 

はい、とフローラはバオに自身の携帯を差し出す。

ルカはキキョウの名前が出た途端不安そうな表情を露にする。

そんなルカに構うことなく、眉根を寄せ無言で受け取るとすぐさまキキョウの携帯番号へかけ始めた。

しばらくすると向こうが電話に出たらしく、バオは先程よりは落ち着いた声音を出す。

 

「ようキキョウ、バオだ。忙しいとこ悪いんだが、おめえんとこのガキがよ──」

 

これまでの経緯を簡単に説明する様を眺めながら、ルカは一層不安げな表情を浮かべた。

ルカの様子を見兼ねたスローピー・スウィングの娼婦たちが、「大丈夫よ。Ms.キキョウは優しいから」「ちゃんと責任とってくれるわよ」と励ますように声をかける。

 

「……はあ、分かったよ。そこまで言うならそれで手打ちにしてやる。それならフローラも機嫌悪くしねえだろうからな。だが今回だけだぞ」

 

キキョウと話がついたらしく、バオは一つ息をつき、納得したような声音を出した。

心なしかどこか満足げな表情を浮かべている。

 

「──ああ、そこにいるぜ……おいルカ」

 

「なに?」

 

「お前に代われってよ」

 

目の前に携帯が差し出されると、ルカの顔がさらに強張る。

唾を飲み込み、緊迫した表情で恐る恐る携帯を手に取った。

 

 

小さく息を吐き、しばらくの間の後重い口を開く。

 

 

「……先生」

 

『全部聞いたよ。怪我はない?』

 

「うん」

 

『よかった』

 

「…………先生、僕」

 

『ルカ、今回悪気があったわけじゃないんでしょ?』

 

言葉を遮られ飛んできた問いに、すぐさま返す。

 

「うん。カルテルも狙ってたなんて、本当に知らなかったんだ……この街の女の子じゃないって分かってたから、一人じゃ危ないと思って道案内しただけで……」

 

『だけどメイドさんの話は前したよね?』

 

「でも、放っておけなくて……」

 

『どうしても?』

 

「うん」

 

ルカの返答に、キキョウは考えているのか無言の状態が続く。

やがて、ため息らしき音が聞こえた後、再びキキョウの声が飛んでくる。

 

『分かった。バオさんも許してくれたし、そこまで責めるつもりはないよ。……だけどねルカ、今回は三合会も関わってるの』

 

「え……」

 

『さっき張さんから電話があってね。ルカとメイドさんが一緒にいたっていうのを彼も聞いたみたいで、何か知ってるかって。……カルテルだけじゃなく張さんも気にしてるってことは、今街で何か“よくないこと”が起きてる。──君なら、この意味わかるよね?』

 

子供であってもこの街で育ってきたルカは、キキョウの言葉の意味を簡単に理解できた。

街の支配者たちが気に掛ける存在と関わってしまうのは、余計な争いごとに巻き込まれるのと同義である。

キキョウに世話になっている身として、自分の軽率な行動に後悔せざるを得なかった。

 

「……その、僕……」

 

『張さんには私から説明する。ルカのせいで張さんたちに影響が出たとかじゃないから、彼もそこまで責めないだろうし。だからそんな不安そうにしないで』

 

「……怒らないの?」

 

『君は怒られるようなことはしてない、そうでしょ? まあ、悪意があったなら別だけど』

 

「それは絶対ない!」

 

『ならいいの』

 

ルカの間髪入れない否定の言葉に納得したような声音が聞こえ、緊張した表情から一変、安堵した表情になっていた。

 

『それでねルカ。話は変わるんだけど、ちょっとお願いがあって』

 

「え?」

 

『私の弟子として、一つ仕事を頼まれてほしいの』

 

唐突な話に驚くルカに、キキョウは間を空けることなく話を続ける。

 

『マダムに娼館の衣装を何着かプレゼントしようと思ってるの。全部だめになってるだろうし、どんなものがいいか聞いといてほしい』

 

その言葉に、きっとバオに手打ちにしてもらうためキキョウから言い出した条件なのだろうと察する。

申し訳なさそうな表情を浮かべつつ、師から与えられた仕事を立派にこなすため、詳細を聞きだそうとすぐさま口を開く。

 

「プレゼントってことはタダなんだよね? 何着までとかある?」

 

『できれば娼婦一人につき一着。納得しないようなら二着。あと、基本オーダーメイドじゃなく、在庫のものに手を加えるだけになる。どうしてもオーダーメイドがいいなら一か月以上かかることを伝えて』

 

「分かった」

 

『お願いね』

 

「うん。……先生、ありがとう」

 

『気にしなくていいんだよ。……じゃ、気を付けて帰りなさい』

 

最後にそう告げた後、向こうから電話が切れた。

 

息を吐き、ふとファビオラの顔が頭によぎる。

最早恋心など無いに等しく、今後絶対関わらないようにしようと決意する。

あんな台風の目に関わるのは、己だけではなく尊敬する師までも巻き込んでしまうのだから。

 

ものの数時間で砕け散った初恋に思い馳せることなく、自身の仕事をこなすべくフローラへと声をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「──仕事の合間だけにとどめるさ、猫探しと一緒だ」

 

「猫というよりは、シベリアトラってところかな」

 

「そうかも」

 

イエロー・フラッグが全壊した後、ラグーン商会はファビオラと共にラブレス家当主、ガルシアがいるサンカン・パレス・ホテルへと赴いた。

そこには、ガルシアだけでなく三合会の張もおり、紆余曲折あったもののガルシアとファビオラの話を共に聞くこととなった。

 

二人の口から、前当主の死因である爆破テロはアメリカ合衆国の将校が関わっていたこと。

テロの実行犯もまたアメリカ合衆国の非正規部隊であること。

そして、その部隊は何らかの目的で今ロアナプラに潜んでいること。

ロベルタはその情報をかぎつけ、ロアナプラに舞い戻ったこと。

 

これらの話が張とラグーン商会にもたらされた。

 

一通り話を終えた後、ガルシア達はロベルタを取り戻すためロックへと協力を仰いだ。

アメリカの部隊とロベルタがロアナプラで戦争を起こすことをよしとしない張も、背中を押すようにロックへ様々な言葉で煽る。

 

ダッチとレヴィの静止の言葉がかかったとことろで、答えを出す時間が必要と判断し、ひとまずその場は解散となった。

 

──そして今、ホテルを出たラグーン商会の車中ではどこか重々しい空気が流れている中、ロックは依頼を受けようかと話を切り出している。

事の重大さを分かっていないロックへ、レヴィは真剣な表情で話し始めた。

 

「ロック、この話で問題なのは猫を探して首を突っ込んだその先だ。クローゼットを開けた途端、お前の上半身はきれいさっぱりかじり取られることもあり得る。合衆国の兵隊が絡んでるなら尚更だ」

 

レヴィの言葉にロックの顔から笑みが消える。

しばらくの沈黙の後、やがてダッチが無表情で徐に低い声音で話し始めた。

 

「一つだけ言っておこう、ロック。──もし、お前より向こうの方が追いつくのが早ければ、絶対に手を引け」

 

「ダッチ、でも……」

 

「俺がボスである以上、議論はナシだ。こいつはとてつもなく繊細で、俺たち全員にかかわる事柄だ」

 

「……だけど、俺は……」

 

ダッチの言葉に、尚納得していない顔を浮かべるロックへ追い打ちをかけるように言葉をかける。

 

「お前がムキになってるのはあの張の煽りのせいだ。そうだろ」

 

「ちが……」

 

「違わねえ。明らかにあれはわざとお前に火をつけるための挑発だ。あの男は人の扱い方ってものをよく分かってる」

 

 

ダッチの言う煽りとは、ガルシアから依頼を持ち掛けられた時の張の言葉である。

 

 

『──男ならデカいヤマこなして、気になるオンナを振り向かせるくらいの気概を見せてみろ』

 

 

 

耳元で囁かれたこの言葉をロックは一瞬で理解した。それはすぐそばで聞いていたダッチも同様であった。

思うことは各々違えど、二人は張の言葉に不快さを感じざるを得なかった。

 

 

 

ロックにとってこの手の話はある意味地雷であることを張は見抜き、それを見事うまいように引き出してきたのだ。明らかな挑発だが、効果は覿面である。

 

 

煙草を取り出し、ダッチは苛立つように乱暴に火をつけた。

 

 

「ロック、分水嶺の見極めを間違えれば予想もつかない流れが、俺たち全員の身に降りかかる。──結果、若様やあのちびメイドがどんなことになろうと、俺たちは俺たちのためにそれを避けなきゃならん」

 

 

 

 

煙を吐き出し、低い声音で告げる。

 

 

 

 

 

「そのへんが理解できないなら、金輪際俺の船から降りてもらう。──言うべきことはこれですべて、あとはお前次第だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──日が沈み、すっかり辺りが暗くなった頃。

人気の全くない全壊したイエロー・フラッグでは、バオが懐中電灯の光だけを頼りに店の金庫を探していた。

 

店に被害が及ぶ度に使う金がその金庫に入っているのである。

いつものようにカウンターだった場所をしばらく探っていると、瓦礫の下に埋もれていた小さな金庫を見つける。

 

「はあ~……こいつが壊れてなかったのが不幸中の幸いってやつだな……」

 

店を修繕するために使える金は今ここにある分だけ。

今回はキキョウに少し修繕費を出してもらうことになっているが、気前のいい常連客に全額出させるのはさすがのバオも気が引けたらしい。

 

被った埃を払いながら、ふう……と一つ息を吐く。

 

早速中身を確認しようと鍵に手をかけた瞬間、まるでガラスの破片の上を歩いているかのような音が近づいてくる。

 

一体こんな時にどんな迷惑な客だ、と心の中でバオは悪態をついた。

 

「おいあんた、今この店の有様が目に入らねえんだったら眼科に診てもらえ。なんだったら腕のいい医者紹介してやろうか?」

 

遠回しに出ていけと伝えるも、その客は一行に去る気配はない。

苛立ちを隠すことなく、背を向けたまま再び声をかける。

 

「分かんねえか? とっとと出ていけって言ってん」

 

「医者の他にも、色々と紹介いただきたい店があるのですが」

 

バオの言葉を遮った女性の言葉に、思わず体が固まる。

勢いよく後ろを振り向くと、夜の闇でトランク片手に悠然と立つ一人の女性──メイド服に身を包んだラブレス家が婦長、ロベルタの姿があった。

 

あまりにも唐突の出来事に、バオは一瞬言葉を忘れた。

少しの沈黙を破るように、ロベルタは更にバオへと近づく。

 

 

 

思わず後ずさりし、バオは苦虫を潰したような表情を浮かべる。

 

 

 

「それと、あの洋裁屋さんがご健在ならそちらも紹介いただけると助かります」

 

 

 

そう言葉を発したロベルタの顔は、何か腹をくくったような表情。

眼鏡の奥からの鋭い視線も相まって、バオは背筋が凍るような感覚が走り固唾を飲むことしかできなかった。

 

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