ロアナプラにてドレスコードを決めましょう   作:華原

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65 オレンジジュースで乾杯を

私に来る依頼の内容は限られている。

 

 

娼婦や娼館や風俗バーからは煌びやかなドレスや衣装。

気にかけてもらっているマフィアの方々は主に仕事着のようなものであるスーツ。

その他にはプライベート用として頼まれることがほとんどだ。

 

今まで誰からも「捨てられるのが前提」で頼まれたことは一度たりともない。

 

昨日、リロイさんから頼まれたのは女性用の服。

それだけであれば普通の依頼として済ませられる。

 

 

 

――だが、彼が頼んできたのは“一度だけ着る”ものであり、使い捨て用の服。

 

 

 

詳細を言えば、色味は地味で処分しやすく、かつ動きやすい。だが破れにくいもの。

しかも、明日……今日までに欲しいという内容だった。

 

使い捨て用なら態々オーダーメイドする必要もないだろうと、別のところで買うことを勧めたのだが「着る本人がアンタに依頼したいんだと」とのこと。

その“着る本人”というのが誰なのかは教えてくれなかった。

 

破れにくく動きやすい服。

急ぎということなのでオーダーメイドは無理だが、ちょうど収納部屋に当てはまるセットの服がある。

 

それは、ナイロンの生地で作った首から脇の下まで袖をカットしたアメリカン・スリーブの白シャツ。

上がこれだけだと露出が高いのでポリエステル生地の黒いショート丈のジレ。

下は細い筒状だが肌に密着しない形のシガレット・パンツ。

 

リロイさんから渡された注文を満たしているのはこのセットだと判断し、すぐさま収納部屋へ服を一式取りに行き、彼へと見せた。

リロイさん自身は服に対してそこまでこだわりはないようで、「一流のあんたのおススメならいいだろ」といともあっさり納得した。

 

 

――そうして依頼料1,000ドルを前払いで受け取った。

 

 

予め聞いていた着る本人のサイズに調整が必要のため、今日改めて取りに来てもらうことになっている。

既に作業は終えており、いつものように丁寧に服を包装し、傍らで刺繍をしているルカを時折気にしつつ、リロイさんが来るのを今か今かと待っている。

 

 

彼に連絡してから三十分は経っているので、じきに来るだろう。

 

 

「ねえ先生」

 

「ん?」

 

「お昼ご飯何食べたい?」

 

黙々と刺繍していたルカが、手を休めることなく尋ねてきた。

そういえば、まだお昼は食べていなかった。

 

「私は何でもいいよ。ルカは何が食べたい?」

 

「またそれ。先生、食に興味なさすぎだよ」

 

「ルカが作るものは何でも美味しいから」

 

「……もう……じゃあリロイさん来た後に適当に作るね」

 

「うん。ありがと」

 

少し照れた表情を見せた後、呆れたような声音を出す。

照れた表情のまま再び黙って刺繍するその姿がどこか微笑ましく、思わず口端が上がる。

 

穏やかな時間が流れている中、途端にドアから来客を告げる音が響く。

すぐさまドアの向こうから「リロイだ」と声が聞こえる。

その声に腰を上げ、依頼品を手にし迷うことなく足を動かす。

 

ドアを開ければ、昨日と色違いのアロハシャツを着たリロイさんが白いビニール袋を手に立っていた。

 

「お待ちしてました。サイズの調整は終わってます。中身確認されますか?」

 

「いや、ちと急ぎなんでな。このまま貰ってくよ」

 

「分かりました。もし不備がありましたら持ってきてくだされば対応しますので」

 

「分かった」

 

淡々と言葉を交わし、依頼品が入っている紙袋を手渡す。

 

「ああ、そうだ。これあんたにだとよ」

 

リロイさんは思い出したかのような声を出すと、自身が持っていたビニール袋をこちらに差し出してきた。

戸惑いつつ受け取り中身を見ると、その中には一本の瓶――オレンジジュースが入っていた。

 

「この服を着るご本人からだ」

 

「……なぜオレンジジュースを?」

 

「“前に奢ってもらったお返し”だとよ。詳しくは知らねえ」

 

前に奢ってもらった……?

一体何のことか分からず首を傾げる。

 

「細工されてないかは確認済だ。毒入ってねえから安心しろ」

 

「……そうですか」

 

「じゃ、俺はこれで。あんたも何かあれば気軽に依頼してくれや」

 

そう一言最後に言い残すと、リロイさんは颯爽と去っていった。

しばらく見送ってからドアを閉め、ビニール袋からオレンジジュースを取り出す。

ずっしりと重い瓶のラベルには「orange juice」とデカデカと書いてある。

 

毒は入っていないと言っていたが、なんのお返しか分からないものをそう気安く口にできそうにない。

 

「変なの、ジュースがお礼なんて。子供じゃないのにさ」

 

「まあ、そうだね」

 

ルカの言葉を否定はできず、訝し気にオレンジジュースを見やる。

 

「先生ってジュースも好きなんだっけ?」

 

「好きだよ」

 

「じゃあ今飲んじゃおうよ。毒も入ってないって言ってたし」

 

「え、でも」

 

「よほどの馬鹿じゃない限り、張さんお気に入りの先生に毒盛ることないでしょ。それにあの人、凄腕の情報屋で色んなところから仕事受けてたはずだよ。そんな人が三合会のシンライってやつ落とすことしないと思う」

 

「……詳しいんだね」

 

「先生が無頓着すぎるんだよ。ここら辺の子供でも名前くらいは聞くよ。警察も世話になってるって噂もあるし」

 

そんなに有名な人だったのか。

この街の情勢に対して未だに知らないことが多いのは職業柄仕方ない……はずだ。

そもそも情報屋を使うことなんて今までなかったのだから知るはずもない。

 

「どうしても不安なら僕が先に飲もうか?」

 

「……いや、一緒に飲むよ。ついでにちょっと休憩しようか」

 

私よりもこの街に詳しいルカがここまで言うのであれば、恐らく大丈夫だろう。

折角いただいたものを捨てるのはもったいない。

 

私の言葉にルカは笑顔を浮かべ「じゃあ僕コップ用意するね!」と意気揚々とキッチンへと向かった。

その後ろ姿に着いて行こうと足を動かそうとした途端――再びドアからノック音が響く。

 

リロイさんが戻ってきたのだろうか。それも別の誰かか。

いつも通り向こうから声がかかるのを待っていると、すぐさま疑問は解消された。

 

 

「キキョウいるか、レヴィだ」

 

 

そのたった一言の声に少しばかりの警戒心も解かれ、手に持っていたオレンジジュースをキッチンで健気に待っているルカへ渡す。「先に飲んでていいよ」とだけ伝え、足早に玄関へと向かう。

 

ドアノブに手をかけ開ければ、レヴィ以外は昨日と同じメンバーがそこにいた。

 

 

「いらっしゃいレヴィ……と岡島」

 

「よお」

 

「……どうも」

 

ラグーンの二人に声をかけ、後ろにいる子供二人と一瞬目を合わせた後話を切り出す。

 

「もしかして、今日も例の件で聞き込み?」

 

「アンタにしちゃ察しがいいな。早速だが話を聞かせてもらいてえ」

 

 

 

昨日の岡島の様子から私のあの程度の言葉で止まることはないとは思っていたが、やはりまだ諦めていないようだ。

昨日そこまで上手く事が運ばなかったのか知らないが、レヴィと一緒なら少しは行動しやすいと考え連れてきたのだろう。

 

前のレヴィならこういう面倒そうな事には関わらなかっただろうに。

岡島には妙に心を許している節がある彼女は何かと面倒見もいいので、放っておけず付き合っているのかもしれない。

 

 

「分かった。何から話せば?」

 

「昨日今日であたしら以外に来客あったか? メイドじゃない誰かでもいい」

 

 

 

いつもなら依頼人の事は話さないようにしているが、張さんにも話してやれと言われている。なら今回ばかりは話さない訳にはいかない。

 

 

 

「昨日、岡島たちと入れ替わりで依頼が来てね。さっきその依頼人が受け取りに来たよ」

 

「名前は」

 

「リッチー・リロイ。凄腕の情報屋さんらしいけど」

 

「やっぱりか」

 

「ここにも来てるってことは、確実に関わってるな」

 

私の言葉にレヴィと岡島はお互い顔を見合わせ何やら話をしている。

思わず首を傾げると、すぐさまレヴィが再び口を開く。

 

「何頼まれた。やっぱ服か」

 

「うん。丈夫で動きやすくて使い捨て用の服だって。急ぎだっていうから在庫のものを渡しただけだけど」

 

「なんでそれをキキョウさんに……使い捨ての服を買うには高すぎるな」

 

「ああ。リロイは他に何か言ってたか?」

 

「着るのは別の誰かで、その本人が私にどうしても頼みたくて代理で依頼に……っていうのは聞いた。着る本人については何も聞いてない」

 

「……そうか。ちなみによ、あんたメイドを前イエロー・フラッグに道案内してたよな。それ以外で何か関りは?」

 

「ないよ。そんなに長い時間一緒にいたわけじゃないし」

 

私は本当に彼女を道案内しただけだ。

その時に何か特別なことを話した訳でもない。

 

ただの顔見知り。いやそれ以下といっても過言ではない。その程度の関係だ。

イエロー・フラッグでほんの少し酒に付き合ってもらったのはあるが、それ以外なにも……。

 

 

 

ふと、メイドさんと過ごした短い時間の記憶を振り返っていると、一つのことに気が付いた。

 

 

 

 

確か、あの時メイドさんは酒が飲めないというので、私がオレンジジュースを奢った。

オレンジジュース、そしてリロイさんの「前に奢ってもらったお返し」という言葉。

 

 

 

 

 

まさか、リロイさんの依頼主は…………。

 

 

 

 

 

「行こうレヴィ。恐らくこれ以上情報は出てこない」

 

「そうだな。――邪魔したなキキョウ、また今度一杯やろうぜ」

 

「あ……」

 

 

 

私の考えを伝えようか迷っている間に、レヴィ達は足早にその場を去り、すぐそばに置いていた車に乗り込んだ瞬間走って行ってしまう。

 

伝えそびれたことに少しの罪悪感を抱きながら、彼らが乗っている車の後ろ姿をしばらく見つめていた。

 

ラグーン商会に電話するべきか。だがあの様子だとしばらく事務所に帰らないかもしれないし……。

しばらく思考を巡らせ、この話を一番に伝えるべき人物が誰なのかを自分なりに判断し、即座に作業台の上にある携帯に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

「――キキョウのとこにも来てたってことは、アイツは確実にくそメガネと繋がってる」

 

「ああ。だけど、戦争の準備ならキキョウさんのとこに来るのはやっぱり妙だ。なぜ彼女の元へ」

 

「大事なメイド服を汚した時の替えの服とかじゃねえか? 何にせよ、アイツは米軍とドンパチやる気なのは確実だ」

 

「四軒とももうすでに依頼品を渡している。なら、もう戦争に必要なものはすべて揃ってると考えていい。急がないと俺らよりも早く米軍に追いついてしまう」

 

キキョウの家を後にし、車でリッチー・リロイへの事務所へ向かっている道中、レヴィとロックは各々の考えを口にしていた。

 

「医者の話じゃ大量の精神安定剤注文してたな。おいチビッ子、奴はいつから()()なんだ?」

 

後部座席で話を聞いていたファビオラへ問いかける。

その問いに彼女は眉間に皺を寄せ、隣のガルシアへ一瞬目を向けるがすぐさま目線を戻す。

 

「……それは、その……お屋敷にいた頃から服用なさっておられたのですが……」

 

「なんだって!?」

 

ファビオラから告げられた知らなかった事実に、ガルシアは目を見開き驚きの声を出す。

 

「申し訳ございません、婦長様から固く口止めされており……ただ、あんな量ではなかったんです。まさかあそこまで量が増えているとは」

 

「あのままだとスピード(覚醒剤)に手を出す一歩手前……いや、もう入っちまってるだろうな。薬が効かなくなりゃさらに強い薬を使うしかねえからな」

 

レヴィの言葉を、ガルシアは眉根を寄せ、指の爪を噛みながら聞いていた。

 

「このままいけば、アイツは幻覚と現実の区別がつかなくなるどころか、強迫観念と被害妄想でストッパーが外れちまう。――いつ自害してもおかしくねえかもな」

 

「――どうして……どうして、追いつけないんだ……!」

 

 

 

レヴィの言葉にガルシアはたかが外れたかのように指先を思い切り噛み、血を滴らせた。

 

 

 

いくら薬に疎い少年であっても、ロベルタの身が少しずつ蝕まれていることも、手遅れになる一歩手前かもしれない状態であることはなんとなく理解していた。

だからこそ、一向に彼女へ追いつけない現状が彼をさらに焦らせていた。

 

 

 

「もう時間がない! 彼女が自分を支えられる時間は、もうわずかしかないんだぞ!」

 

「若様!」

 

涙目になりながら、焦りからくるどうしようもない苛立ちをぶつけるように声を荒げる。

一家の当主といえど、まだ幼さが抜ききらない少年。

大切な“家族”の身が危ない状況で常に冷静でいることなどできるはずもなかった。

 

堰を切ったように心が乱れている主人を、ファビオラは落ち着かせようと必死に宥める。

 

「大丈夫ですから、どうか落ち着いて下さ」

 

「君は……! ロベルタの家族じゃないからだ! だから!」

 

苛立ちの矛先がファビオラへと向けられそうになった瞬間――運転していたロックが、ブレーキを踏んだ。

唐突のことにガルシアも口を閉ざし、全員の視線はロックへと注がれる。

 

 

 

 

 

「たった一日で、俺たちは誰よりも早く彼女の襟首を掴めるところまで来た」

 

 

 

 

 

淡々と、なんの感情も乗せていない声音が発せられた。

 

 

 

 

 

 

「王手まであと少し。――その王手を決められる肝心の君がすることは、使用人の隣で泣き喚くことじゃない」

 

 

 

ここで初めて、ロックはガルシアへと目線を向ける。

 

 

 

「彼女を捕まえるための切り札は君だ。俺でもレヴィでもない。この舞台を終わらせるカギは君なんだ。君だけはしくじるわけにはいかない――分かるね」

 

「……僕だけは、しくじるわけにはいかない」

 

ロックの言葉に拳を握り、自分に言い聞かせるように繰り返す。

そこからガルシアは泣き喚くことはなかった。

 

少し落ち着いたガルシアの様子を見やり、ロックは再びアクセルを踏んだ。

 

 

 

 

 

――そんなロックの横顔を、レヴィは静かに見据えていた。

 

 

 

 

先程の、まるでガルシアを鼓舞するかのような言葉。

傍から聞けばガルシアのために言ったかのように聞こえるだろう。

 

 

だが、レヴィには少し違う意味に聞こえていた。

 

 

 

 

“例え何が起きようと進んでもらう。止まることは許さない”と。

 

 

 

ふと、レヴィの脳裏にある言葉がよぎる。

 

 

 

 

 

 

『――この街でどう行動するべきか。ロックとしてどう生きるべきか、それを見極めたい』

 

 

 

 

 

 

今朝、協力してほしいと自身に頼みに来た時、「なぜそこまでこだわるのか」と問いかけた。

その問いに対する答えがあの言葉。

 

以前まで子供に困難を押し付けるようなことはしない。自身がガルシアに銃を向けた時、いの一番に止めに来た。

そんな男が今、自分の生き方を見極めるため、便利な道具として子供を利用しようとしている。

 

今まででは考えられない彼の在り様に、どこか複雑な思いを抱きながら煙草に火をつける。

 

 

 

 

 

 

――ここまで変わっちまったのは、きっとアイツのせいだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

心の中でそう呟きながら、煙を吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

夕日に照らされ黄金色に染まった海。幻想的ともいえるほどの絶景を一望できる波止場――路南浦停泊所の桟橋。

波の音とカモメの鳴き声のみが時折響く人気のないその桟橋に、張とバラライカが静かに佇んでいた。

 

かつてこの桟橋で一騎打ちを行った当の本人達が、今は武器も持たずただ顔を合わせている。

バラライカは張から聞かされた話に怪訝な表情を浮かべ、葉巻に火をつけた。

 

 

 

「――解せんな」

 

 

紫煙を燻らせ、ブルーグレーの瞳を張へと向ける。

 

 

 

「我々の行動はお前の望むものではないはずだ。なぜ情報を伝える」

 

バラライカの言う行動は、ロアナプラで何かを為そうとしている米軍を自身の手で殲滅させること。

アメリカ合衆国の兵隊に手を出すことは、アメリカそのものを敵に回すことと同義。

 

この街の存続が危うくなるような行動を取ろうとしているバラライカへ、張はある伝手で手に入れた情報を話していた。

その情報は、米軍の真の目的やどこに潜んでいるのかなど有益すぎるもの。

今回の件で開かれた黄金夜会で「米軍に手を出すべきではない」と進言していた男が、自身に情報を与えたその行動の真意を測りかねていた。

 

「メイドは早晩、米軍(獲物)にたどり着く。あのメイドはこの街で片を付けようとするだろう」

 

バラライカの視線を浴びながら、張はただサングラス越しに海を眺めている。

 

「それはこの街で致命的な疑念を与えられる結果となる。この街が砂の楼閣と化す前に俺たちがすべきことはただ一つ――この街の争乱を阻止し、美国人(アメリカンズ)を生かして脱出させることだ」

 

そこでようやく張はバラライカへと顔を向けた。

 

「そのあとメイドに後始末を任せれば、この街の誰の手も汚れず懐も痛まない。至極平和に事が終わる」

 

二人のロングコートの裾が海風で靡く。

バラライカは葉巻の煙を肺に入れ、徐に吐いた。

 

 

「…………何かと思えばそんな与太話とは。我々は予定通り所定を完結する。これは揺るがない結論だ」

 

 

 

放たれた凛とした声音が静かにその場に落ちる。

張は表情を一切変えず、再び海へと目線を向けた。

 

 

 

「――それがお前らの生き方か。そんなに軍人として死にたいか」

 

 

 

バラライカは葉巻を下に落とし、海に背を向け桟橋の手すりに肘を置く。

 

 

「張、根っからヤクザ稼業の貴様には分かるまい。己が身を捧げてまで戦い抜いた我々を、祖国は虫けらのように捨て、裏切った。……すべてを失い、ただの無頼者となり果てた。そんな我々にも譲れない矜持がある」

 

冷淡に告げるその様は、重苦しい雰囲気を漂わせている。

 

「軍旗の名の下で戦い、生と死を味わってきた生き様が、矜持こそが我々に残された唯一のものだ。――黴が生えたようなものだとしても、しがみつかない訳にはいかないんだよ」

 

そこまで話すと葉巻を海へ捨てる。

空を見上げ、肺に残った煙をすべて吐き出した。

 

 

 

「くだらねえな」

 

 

 

張はただ、バラライカが発した拘りを一蹴するかのように吐き捨てた。

 

 

 

「生き様なんぞくだらない思い込みに過ぎない。時と場合によってどうとでも変節しちまうもんさ。逆にこだわっちまうとそれ以外何もできなくなる。不器用なあの女のようにな」

 

「…………」

 

「なあバラライカ。俺たちはこの場所で最上級の服に身を包み、銃弾舞踊(バレット・バレエ)を披露した。あの日、白銀のいい月夜にどちらかが大地とキスしてこの世とおさらばするはずだった」

 

何が言いたいのか、とバラライカは張へ怪訝な表情を向ける。

そんなことを意にも介さず、張は当時の殺し合いを思い返しながら言葉を紡ぐ。

 

 

 

「――だが、俺もお前もまだ生きている。女神のご加護か、それともただの偶然か。どちらにせよ、まだ俺たちはお互いの“借り”を返してない」

 

 

 

この桟橋で行われた一騎打ちで、お互いの体に弾痕を刻まれた。

 

 

 

 

数年経った今でも、その決着はついていない。

 

 

 

 

 

 

踊る相手を変える(パートナーチェンジ)には、まだ早いんじゃないか」

 

 

 

 

 

 

踊るなら最後まで。

途中で切り上げるのは許さない。

 

 

 

 

 

張の言葉にバラライカはしばらく沈黙した後、うっすらと笑みを滲ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

――レヴィ達が去ってからすぐさま我がパトロンへとリロイさんのことを話した。

だが彼はすでにリロイさんが関わっていることを知っていたようで、「依頼受けた時に怪しいと思わなかったのか」と言われてしまった。

 

 

素直に謝罪すれば、こちらを責めるようなことは言ってこなかった。

 

 

 

「今夜は大人しくしろ。弟子も外に出すな」と告げられたため、今もルカと一緒に刺繍している。

彼から言われるまでもなく、こんな物騒な時に外に出ようとは思わない。

 

 

 

現に、さっきどこかで爆発音が響いていた。

音の大きさからして近くはないが、外に出ないに越したことはないだろう。

 

 

「物騒だねえ。ファビちゃんがまた暴れてるのかな」

 

「ずっと気になってたけど、ファビちゃんって?」

 

「あの小さいメイドさん。道案内した時ほんのちょっと仲良くなったんだ」

 

「え、ルカ会うの嫌がってた気がするんだけど」

 

「それはそれ、これはこれってやつだよ先生」

 

そういうものなのだろうか。

子供の言う“仲良し”というのはよく分からない。

 

「まあ流石にまた暴れることはないだろうけどね。あの世間知らずなボンボンのお坊ちゃんも一緒だろうし」

 

ふと、ルカのその言い方に少し棘があることが気になった。

彼の顔を見れば、どこかつまらなさそうな表情を浮かべている。

 

「ルカどうしたの」

 

「別に。ただ、あのお坊ちゃん全部欲しがってるなと思ってさ」

 

「え?」

 

「金も地位もあって、身の回りの世話をしてくれるメイドもいるくせに勝手に出ていったもう一人のメイドを取り戻しに来たんでしょ? 贅沢だよね」

 

「……」

 

「僕と歳少ししか違わないくせに全部持ってる。そういうやつ見るのが一番イライラする」

 

 

 

珍しい。

 

 

 

ルカがここまでいら立ったような様子を見せたことは、少なくても私の前ではなかった。

少し驚いた後、彼の顔を見据える。

 

私の視線にルカははっとしたような表情を浮かべた。

 

 

「ごめん先生。ちょっとむかついちゃって……」

 

「いいよ。私もその気持ち分かるから」

 

「え?」

 

「自分が欲しいものを持ってる人を見ると、なんで自分は持ってないんだろうって思ったり、無意識で相手に嫉妬とかしちゃうよね」

 

 

持ってる人間を見ると羨ましいという気持ちが膨れ上がり、それが妬みに変わる。

 

 

これまで何度も経験してきたことだ。

 

 

 

「ルカがどう生きてきたのか詳しくは知らないけど、恵まれてる人見るとイライラするのはしょうがない。――だから、そういう時は忘れるために夢中になれることをするの」

 

「……夢中になれること?」

 

「そう、私だったら刺繍かな。ルカは何だったら夢中になれる?」

 

だから、自分と他人を比べて自分は不幸だと思って生きるのがとても疲れてしまうことも知っている。

なら、もっと他のことに時間を使った方がいいに決まってる。

 

「…………わかんない」

 

「そっか、じゃあそれはこれから探そうね。ひとまず今は刺繍して忘れよ」

 

「……てっきり怒られるかと思った。そういうこと言うなって」

 

「言わないよ」

 

「…………先生も意外と大変な人生送って来たんだね」

 

「まあ、多分?」

 

「多分って……ははっ、ほんとおかしいよね先生って」

 

一通り言葉を交わしていけば、ルカの表情は段々柔らかくなっていった。

ようやく笑みを浮かべた我が弟子の頭に手を置き数回撫でれば「頭撫でるの好きだよね先生」と照れつつも受け入れてくれた。

 






ロベルタ再来編もここらで折り返しかも、です。
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