ロアナプラにてドレスコードを決めましょう   作:華原

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今回はほのぼの(?)な日常のお話です。


68 ジンジャーエールのおかわり

 燦々と輝く太陽がもたらすこの身を焼き尽くさんばかりの熱。

 猛暑と呼ぶにふさわしい気候の中、俺はある人物を訪ねるため道を進んでいた。

 

 どこで喰らったのか、時折吹雪く風に煽られている俺のロングコートの裾にいつの間にやら小さな穴が空いている。

 

 縁あって生活を共にしているシェンホアから紹介されたその人物は、洋裁に関してはこの街で右に出るものはいないとか。

 彼女に頼めば、完璧に修繕してくれるだろうと考えての事だった。

 

 自身を包む漆黒のロングコートは、俺の存在を主張するための重要なアイテム。

 傷ついた衣服では、人前でクールに登場するには少々不格好だ。

 それに、長らく着用しているアイテムにはそれなりに愛着が湧くというもの。

 新調するには些か早いだろう。

 

 茹だるような暑さの中、以前通った道を行けば見覚えのある家が見えてきた。

 

 看板も立っていないあの小さな家こそが、今回俺が尋ねる人物の根城だ。

 

 俺のコートの傷を完璧に癒してくれるといいのだが。

 そう期待を込めて一流の洋裁屋の戸を叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ロットンさんって女性にすっごいモテるでしょ。それも、夢見がちな女性限定で」

 

「なぜそう思うんだ」

 

「だって恋愛に夢いっぱいの女の子は、顔イケメンでクサいセリフが似合う男が大好物なんだよ。まさにそのまんまだよね。逆に現実を見る女の子にはウケないとみた」

 

「俺はクサいセリフを言ったことはない。それに、恋や愛に夢を持つ女性だからこそ輝くものがある」

 

「ほらそれ。よく平然と言え……いッ」

 

「ルカ、お客さんに失礼なこと言わないの。……すみませんロットンさん」

 

「構わない。俺と彼の仲だ。逆にかしこまられた方が困る」

 

「ひゃなしてよしぇんしぇ~……」

 

 一つ息を吐き、ルカの頬から手を放す。

 

──いつの間に交流していたのか、初めから随分打ち解けた様子でルカはロットンさんと話していた。

 

 だが、彼はあくまでも客人だ。

 それに、客人でなくても普段よくしてもらっているであろう人に対し失礼なことを言うのを私は良しとしない。

 

 抓られた頬を痛そうに撫でるルカに視線をやると、気まずそうに顔を逸らされた。

 思わず苦笑を漏らした後、すぐさま気を取り直しロットンさんへ声を掛ける。

 

「もうすぐ終わるので。もうしばらく待っててください」

 

「ゆっくりで構わない」

 

「コーヒー、おかわりする?」

 

「いただこう」

 

 ルカもそこまで気にすることはなかったようで、いつもの調子を取り戻していた。

 空になったロットンさんのカップを手に、奥の自室へと向かっていく。

 

 ちゃんと接待している姿勢に感心し、依頼された品へと手を伸ばす。

 

 

 

──今回依頼されたのは、コートの裾に空いた穴を塞いでほしいとのことだった。

 

 弾丸で打ち抜かれたものより更に一回り小さい穴。

 一見どこも空いてないように見えるが、どうやらそれでも気になるようで「一流の貴女に頼みたい」と私のところへ来たという。

 

 この程度の穴ならばすぐに終わるのと、ルカも知人が来た喜びでもっと話したかったようなので、ロットンさんには終わるまで待ってもらうこととなり、コーヒーを飲みながら寛いでいる。

 

「はい、どーぞ」

 

「ありがとう」

 

「ねえねえロットンさん、今度一緒に街観光しようよ。まだ回ってないとこいっぱいあるでしょ。僕案内したげるよ」

 

「まあそうだな。じゃあ、お願いしようか」

 

「お任せあれ」

 

「ルカ、ロットンさんを娼館に連れてって売り込む気じゃないでしょうね」

 

「そ、そんなことしないよ! ただ、連れてったら色々ご褒美もらえるかもだし……あ」

 

「そんなことしたら、しばらく外出禁止だからね」

 

「う……」

 

 手を休めることなくルカに釘を刺せば、困ったように頭を掻いた。

 ロットンさんは長い足を組み替える。

 

「随分仲がいいな、君たちは」

 

「まあね。初、そして唯一の弟子だしッ」

 

 へへ、と邪気のない笑みを浮かべながらルカが間髪入れずに答える。

 

「弟子になったきっかけはなんだったんだ?」

 

「僕が押しかけたんだ。そしたら先生が根負けして……って感じ」

 

「ルカ以外に弟子はいなかったのか? 君の腕なら門を叩く者もいただろうに」

 

「いなかったですよ。この街じゃ洋裁を身に着けようとする子の方が珍しいんです。どちらかと言えば、銃や薬の売人の手伝いとか、盗みを生業にする子が多いと聞きます。洋裁よりそれらの方がよっぽど身近でしょうから、当然と言えば当然ですね」

 

「……なるほど」

 

 納得したように呟きコーヒーを口につけた後、サングラスをくい、と上げる。

 

「そんな街で洋裁屋を営んでる貴女は、誰かの世話になっているのか?」

 

「そうだよ。なんたって、あの三合会の大幹部、Mr.張がパトロンだよ。あとそのパトロンの恋人でもあるし」

 

「なんと」

 

「違います。断じて恋人じゃないです。ルカ、変なこと言うのはやめなさい」

 

 作業している手は休ませず最後の仕上げをしながら、諫める様に間を空けず訂正する。

 

「え、先生まだそんなこと言ってるの? 張さんに呼ばれた日は必ず朝帰りするのに」

 

「なっ……!」

 

「ほう……」

 

「この前だって、張さんから花もらってたじゃん。先生それ押し花にして大事に持って」

 

「る、ルカ……! それ以上言ったら怒るよ!」

 

「むごっ」

 

 これ以上暴露される前に、慌てて席を立ちすぐさまルカの口を抑える。

 

 人前で何てこと言うんだこの子は。

 後で説教しなくてはならない。

 

 

勢いよくロットンさんへ視線を向ければ、ビクと肩を上げた。

 

 

「今の話は聞かなかったことにしてください……ッ」

 

「あ、ああ……」

 

 相手がロットンさんでよかった。

 これがレヴィやエダとか他の人だったら間違いなく笑われる上に噂になる。

 

「んー、んー!」

 

 

 

ルカがバシバシと抑えている私の手を叩く。

 

 

このままだと息がしづらそうなので、手をどかす。

 

「ぷはっ……そんな恥ずかしがることないじゃんか……」

 

「それ以上何か言ったら本当に怒るからね」

 

「……はあい」

 

 私に本気で怒られると察したのか、今度は素直に引き下がってくれた。

 心の底から安堵し、「ごほん」とわざとらしく咳ばらいする。

 

「失礼しました……えと、こちら無事修繕終わったのでご確認ください」

 

 なんとか平然を装い、修繕が終わったコートを手に取りロットンさんへと差し出し彼が持っていたカップを受け取る。

 彼は何も言わずコートへ手を伸ばし、今では塞がっている穴が空いていた箇所を見つめた後、満足そうに微笑んだ。

 

「ありがとう。料金は……」

 

「ドルなら三ドル。バーツなら百三〇で」

 

「安いな」

 

「今回はちょっとした修繕だけでしたから、これくらいで」

 

 ロットンさんはそうか、と納得したように呟くと椅子から腰を上げる。

 すぐさまポケットから財布を出し、差し出された三ドルを受け取った。

 

「ご依頼ありがとうございました。またいつでも来てください」

 

「ああ。……そういえば、イエロー・フラッグが営業再開したそうだ。この後シェンホアと合流する予定なんだが……その……ルカと一緒に来ないか」

 

「え?」

 

「行く!」

 

 少しの間も空けずに返答するルカとは反対に、唐突のお誘いに一瞬戸惑ってしまう。

 なぜ急に酒の席の誘いをしてきたのか分からず、首を傾げる。

 

「シェンホアから君はあの店の常連だと聞いた。それに、彼女も君のことを最近気にかけていたから丁度いいかと思ったんだが……迷惑だっただろうか」

 

「いえいえ、シェンホアとは私も久々に会いたいので。なら、お言葉に甘えてご一緒させていただきますね」

 

「よかった」

 

「やった!」

 

「──と、その前に私はルカとお話があるので、少しだけ外で待っててもらっていいですか?」

 

「分かった」

 

 微笑みを浮かべお願いすると、ルカは「え」と顔を引き攣らせていた。

 ロットンさんは一言返すと、ロングコートを羽織り颯爽と外へと歩みを進めた。

 

 空になったマグカップを作業机の上に置き、ルカへと顔を向ける。

 

「ルカ、こっちにおいで」

 

 

 

口端を上げる私とは反対に、ルカの顔は相変わらず引き攣っていた。

 

 

 

──後で聞いた話だと、その時の私は怒っているオーラが漂っていたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 ──ルカとの『お話』を終えた後、外で待っていたロットンさんと共にイエロー・フラッグへと向かった。

 ルカの方はどことなく疲弊した顔を浮かべていたが、一緒に行きたい気持ちは変わらなかったようだ。

 

 最早ドアが意味を為していない入り口を通れば、所々に穴が空いているが最低限の店の形を取り戻している店内が目に入る。

 多くの人の憩いの場である店が営業再開したという噂はすぐに広まったようで、テーブル席はほとんど埋まっており、以前と同じ賑やかな雰囲気に包まれている。

 

 奥にあるボロボロなカウンターへ歩みを進めると、優雅に新聞を読んでいたバオさんが顔を上げた。

 

「よおキキョウ、久々じゃねえか」

 

「お久しぶりですバオさん」

 

「弟子取ってから来るのめっきり減ったな。やっぱガキの世話は忙しいか」

 

「常連が減ったからってイライラしないでよ、もっと老けるよ。あ、僕オレンジジュース」

 

「うるせえクソガキ。おいキキョウ、こいつの躾一体どうなってんだ」

 

「はは……すみません」

 

 彼の言葉に思わず苦笑を漏らしながらカウンターに座る。

 ふと、バオさんは私の後ろを着いてきたロットンさんへと目を向けた。

 

「珍しい組み合わせだな。お前さん、いつからこんな色男を連れ回すようになったんだ?」

 

「誤解を招く言い方しないでください。偶々ですよ」

 

 バオさんは軽い冗談を言いつつ、私のお気に入りであるウイスキー(Jack Daniel’s)のボトルと氷が入ったグラスを目の前に置いた。

 

「お前ェは何飲むんだ?」

 

「……ジンジャー・エールで」

 

「あー、そういやお前下戸だったっけか。たく、ここは酒場だってのに」

 

 

 

 ブツブツと何やら呟きながらも、バオさんはすぐさまジンジャー・エールの瓶とグラスをロットンさんへと渡す。

 

 

 

「ロットンさん、下戸だったんですね。なのにここで飲みの約束を?」

 

「彼女も飲みたくなる時があるんだろう。もしもの時、彼女を背負って帰るのが僕の役目だ」

 

「なるほど」

 

 シェンホアはそこまで酒癖が悪い印象はないのだが、念のために付き添うということなのだろう。

 彼は女性や子供に対しどことなく優しい面がある。

 

 

 

「乾杯」

 

 

 ロットンさんと軽くグラスをぶつけ、久々のJack Daniel’sに口をつける。

 冷えた酒が喉を通り、体に染み渡るのを感じながらグラスをカラカラと振る。

 

 

 やっぱりこのお酒は美味しい。

 

 

 

 

「──この前の傷、まだ治ってないですだヨ。アンタといるといつもケガするネ」

 

「しょうがねえだろ。終わったことをいつまでもネチネチ言うんじゃねえ」

 

「ほんとアンタといるとロクなことないネ、このアバズレ」

 

「ま、まあまあ……」

 

 

 

 ウイスキーのほろ苦さを堪能していると、後ろから聞き覚えのある声が耳に入る。

 振り返ると、ロックを挟みいがみ合っているシェンホアとレヴィがいた。

 

 すぐさまレヴィがこちらに気づく。

 

「よお、キキョウ。今日はガキと色男連れてんのか、珍しいな」

 

「あ、レヴィ姉さん」

 

「ロットンさんに誘われたの。折角だからルカも一緒にと思って」

 

「アイヤ、ロットン。キキョウ誘ったなら連絡寄越すネ。そしたら店変えたヨ」

 

 はあ、とため息を吐いた後、シェンホアはすぐさま表情を微笑へ変える。

 

唔好意思。這很煩對吧(ごめんね。迷惑だったでしょ)

 

唔緊要(大丈夫だよ)

 

 

 

 切り替えの早さに苦笑を漏らしつつ、広東語で軽く言葉を交わす。

 

 ふと、隣にいるロックと目が合った。口端を上げたまま、今度は彼へ言葉をかける。

 

 

 

「最近よく会うね、ロック」

 

「ええ、そうですね」

 

 

 そう言ってロックもまた微笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 実は、つい数日前張さんに酒の席に誘われたのだが、その時ロックも一緒にいたのだ。

 

 

 この二人が酒の席を共にしているとは思っておらず驚いた。

 

 

 

 なぜその席に私が呼ばれたのかを問えば「野郎二人じゃ華がなくてな」と、いつもの軽口で返された。

 今回も彼の気まぐれだろうと、その時はあまり気にしていなかった。

 

 

 その後は二人のグラスに酒を注いだり、話を振られたら返すなど軽い接待をしていたのだが、時折ほんの少しだが不穏な雰囲気になることがあった。

 

 

 「早くいい女見つけたらどうだ」と張さんが言えば「もう間に合ってるんで」とロックが返し、「俺は全部手に入らなくても満足できるんで」とロックが言えば「そんなのはただの虚勢だろ」と張さんが返し……というやり取りを二人は薄ら笑いを浮かべながらしていた。

 

 

 

 間に挟まれている私はただ酒に口をつけるしかできなかった。

 

 

 本当になぜ私があの場に呼ばれたのか、今でも謎だ。

 

 

 

 ──そんなこんなで、前とは違いロックとは良好な関係を築けている。

 

 

 

「ロックとレヴィも飲みに来たの?」

 

「ああ、仕事もひと段落したからな。景気づけに一杯やろうと思ってよ。そしたら、ですだよと鉢合わせしたんだ」

 

「そうだったんだ。じゃあダッチさんとベニーは?」

 

「ダッチは船、ベニーは機材のメンテで」

 

「そっか。なら、二人の飲みの席には邪魔しない方がいいかな?」

 

「いや、ぜひご一緒させてください。いいよなレヴィ?」

 

「どうせそのつもりだったんだろうが。顔に書いてるぜ、“キキョウと飲みたくて仕方ねえ”ってな」

 

「べ、別にそんなこと……」

 

「アンタら、アタシたちのことは無視カ?」

 

 

 

 三人のやり取りに再び苦笑を漏らす。

 

 隣でルカが「へえ」と何やら気づいた声を出し、ずず、とオレンジジュースを飲み干す。

 

 

 

「なあ、この人数なら席移動しようぜ。テーブル席丁度空いたしよ」

 

「そうだね」

 

 レヴィの提案に腰を上げ、グラスとボトルを持って空いたテーブル席へと向かう。

 バオさんがロットンさんに氷が入ったアイスペールを渡し、ルカは「オレンジジュースおかわり!」と元気よく注文した後パタパタと着いてくる。

 

 

 空いている席に腰かけると、次にロックとルカが私の隣に座ろうとする。

 

 

 それを見兼ねたレヴィが「おいおい」と呆れたような声音を出す。

 

 

 

「お前な……ちとあからさまじゃねえか?」

 

「え?」

 

 

 

レヴィの言葉にロックと私は同時に反応し声が重なった。

 

 

 

「何が?」

 

「はあ……」

 

「アンタも苦労してるですだね、アバズレ。アンタ、よく張大哥に始末されないネ」

 

「な、何のことだよ」

 

「無意識かよ」

 

「どうしたのレヴィ?」

 

「いや……なんでもない……」

 

 

 

 再びため息を吐くと、レヴィはロックの隣へ腰かける。

 

 シェンホアもどことなく呆れたような表情を浮かべている。

 

 

 

「僕は先生の態度も問題だと思うけどね。思わせぶりというか、隙がありすぎるっていうかさ」

 

「おおルカ、お前もそう思うか」

 

「え、何の話?」

 

「うん。だってこの前来たお客さんも、先生のことちょっとそういう目で見てたし。──美人さんだし人を忖度しないし、なんたって見るからに弱そうだからしょうがないけど」

 

 

 

 全員が席に座ったと同時に、ルカが突然私の事を話し始めた。

 

 何故かレヴィも前のめりで乗ってくる。

 

 私の問いは無視され、二人は意気投合したようにひたすら言葉を交わす。

 

 

 

「そうそう。何年か前もこいつの甘さに付け入った馬鹿がいてよ。あの時は旦那が後始末してくれたからよかったものの」

 

「僕もその甘さに付け入った一人だからあんまり言えないけど……あ、あれだ。先生は無防備ってやつだ」

 

 

 

 恐らく話の中心である私は置いてけぼりで、思わず首を傾げる。

 

 

 バオさんが黙って全員分のグラスとボトルを数本、オレンジジュースをテーブルに置き、すぐさまカウンターへ戻っていく。

 

 

 

「だから何の話……て、ルカそれ私の酒!」

 

 

 

 再び問いかけようとした時、ルカは手元をよく見ていなかったのかオレンジジュースではなく私の酒を手に取り、勢いよく口をつける。

 

 

 

 止めようと動いた時には遅く、既に飲み干していた。

 

 

 

 乱暴にグラスを置いた途端、更に饒舌に話し始める。

 

 

 

「そもそも! 僕が弟子になる前はここに一人で来てたって、よく生きてたなあって思うよ」

 

「だよなあ。子供でも分かるってのに、こいつときたら銃の一つも持ち歩かねえ。アタイが教えてやるって言っても、“あまり銃は使いたくない”って断りやがったしよ。日本人ってのは皆そうなのか?」

 

「あれ、俺にも飛び火が来てるこれ?」

 

 

 

 何だろう。

 何故か分からないが友人と弟子からの唐突な説教じみた話に思わず黙ってしまう。

 

 

 

 私の戸惑いには目もくれず、二人の勢いは止まらない。

 

 

 

「それに街の情勢にはすんごい疎い」

 

「騙されても死んでないから別にいいとか言いやがる」

 

「僕みたいな子供にはより甘い」

 

「街のやつに嫌味言われても言い返さねえ」

 

「本当に甘すぎる」

 

 

 

 

 テンポよく交互に言った後、最後は二人の声が重なった。

 シェンホアとロットンさんの視線も相まって、どこか居た堪れない気持ちになる。

 

 

 ……酒を飲みに来ただけなのに、何故こんなことに。

 

 

 

「で、でも、なんだかんだ言ったって君たちもキキョウさんが好きなんだろ?」

 

 

 

 ロックがフォローのつもりか、とんでもないことを言い出した。

 

 取り繕うような笑顔で言い放つ彼を思わず凝視する。

 

 

 

「べ、別に好きとかじゃねえ! ダチならそれなりに気にするだろ! この馬鹿クソロック!」

 

「当たり前じゃん! 好きだから心配なの! レヴィ姉さんだってそうだよねえ!?」

 

「だから違うって言ってんだろ!」

 

 

 ロックの言葉に、二人は間髪入れずに同じタイミングでそれぞれ違うことを発した。

 レヴィは眉根を寄せ、怒ったような表情を浮かべているが、心なしか頬が赤いように見えた。

 まあ、恐らく酒のせいなのだろうが。

 

 レヴィは手早くグラスに酒を入れ、そのまま一気に飲み干した。

 

 

「……ただ、恩を返す前に死なれちゃ困るってだけだ」

 

 

 

 少し落ち着いたのか、静かに一言呟いた。

 

 

 恩を返されるようなことしたかな、とこれまでの出来事をできるだけ振り返ろうと思考を巡らす。

 

 

 

「じゃあレヴィ姉さんからももっと言ってやってよ。ちゃんと用心しろって」

 

「旦那が言っても聞かねえのに、アタシが言ってもしょうがねえだろ。……それにしても、ガキにしちゃ話ができる奴だな。もっと荒んでるもんかと思ったよ」

 

「大人には明るい子供の方が受けが良かったんだよ。そっちの方が稼ぎよくなったし。ま、いつのまにかこの性格が定着しちゃって抜けなくなったんだけど」

 

「へえ」

 

 

 

 どこか感心したような声音を出し、レヴィは徐にグラスを持って席を立つ。

 流れる様にこちらへ来たと思えば、ルカの頭に腕を乗せにんまりと笑う。

 

 

 

「そんなお前に、このレベッカ姐さんがもっと有意義な話を聞かせてやろうか?」

 

「え、なにそれ。すごく聞きたい!」

 

「よおし」

 

 

 ルカの機嫌がよい返事に、レヴィはガシガシと少し乱暴に頭を撫でた。

 空気を読んでか、ルカの隣に座っていたロットンさんが席を立ち、早々にレヴィが元いたシェンホアの隣の席へと移動する。

 

 

 ルカが空けたグラスをこっそり回収し、氷を二つ入れ酒を注ぐ。

 

 

 

「人気者ですね、キキョウさん」

 

「今の話からだと全然そうは思えないけどね」

 

 

 はあ、と一つ息を吐き酒に口をつける。

 隣で話が盛り上がっている二人をちら、と一瞥し、カラカラとグラスを揺らす。

 

 

 この調子なら、これからは二人とも仲良くやれるだろう。

 

 

 数少ない友人と唯一の弟子には良い関係を築いてほしいと思っていたので、一安心だ。

 

 

 

「それにしてもキキョウ。アンタ本当に不用心すぎるですだよ。銃が嫌なら小ナイフの一本くらい持っとくいいね。ロットンだって出歩くときは防弾チョッキ着てるだよ」

 

「いや、彼女にはスタンガンとかの方がいいんじゃないか?」

 

「ははは……まあ、長く生きようとは思ってないので」

 

 

 

 苦笑いを零しながら答える。

 

 

 こういう小言は何回も言われているが、武器を持つのは自分の手に合ってないので遠慮したいのはずっと変わっていない。

 

 なので今も私が持っている武器は張さんからもらった小銃のみだ。

 ちなみにその小銃の引き金を引いたことは一度もない。

 

 

「俺が言うのもなんだが、もっと用心した方がいい。この街は特に君みたいな女性が着け狙われるだろうから」

 

「張大哥や莫欺料大飯店(ホテル・モスクワ)だって完全に守れるわけないネ。──まあ、大哥の太太(嫁さん)なるなら話は別と思うヨ」

 

「え?」

 

「ぶっ」

 

 

 

 シェンホアの言葉にロックは酒を吹き出した。

 私は驚きのあまり一瞬言葉を失ったが、怪訝な表情を隠すことなくやっとのことで声を出す。

 

 

 

「何言ってるのシェンホア」

 

「香港いた時、女に対してもっとドライだったヨ。ちぎって投げるって感じネ」

 

 話の真意が分からず、言葉の続きを待つ。

 

「アタシこの街来てまだ少ないけド、大哥がキキョウの事すごく気に入ってるのよく分かるネ」

 

「……」

 

「だから太太(嫁さん)じゃなくても、せめて恋人として隣にいたら今よりもっと安心ネ。キキョウが言えば、大哥はすぐにでも傍に置くと思うですだよ」

 

「…………」

 

 

 彼女はもう酔っているのだろうか。

 なんでここであの人の傍にいるいないの話になるのかが理解できない。

 彼にとって面倒であろう関係に発展することはきっとないのに。

 

「Mr.張はなぜ彼女を傍に置かないんだ?」

 

「さあ? あの人は分気分屋ね。何考えてるか分からないですだよ」

 

 

 

 ……そう、何考えてるか分からない。

 

 

 気まぐれで、いつも飄々としていて、私の何歩先も前を行くあの人が考えていることは私なんかじゃ予想もつかない。

 

 

 だから、望むことはできない。

 

 

「ふふっ」

 

「……キキョウさん、もしかしてそのつもりがあるんですか?」

 

「まさか。ちょっとおかしいと思ってね」

 

「え?」

 

 

 

 思わず笑ってしまった。

 

 

 ロックがどこか遠慮がちに聞いてきた問いに、微笑みを浮かべたまま返す。

 

 

 

「彼の隣に立つのは、私じゃ無理かな」

 

 

 途端、私以外の皆。談笑していたレヴィとルカも含め、その場の空気が止まった。

 

 

 

「……どうして?」

 

「だってそうでしょ? マフィアの大幹部とただの洋裁屋の女。とても釣り合うとは」

 

「でも抱かれたんだろ?」

 

「ぶっ……!」

 

 

 レヴィの言葉に再びロックが酒を吹き出した。

 

 

 唐突に彼女の口から自身の事をこの場でカミングアウトされてしまい、計らずも全身の動きが止まってしまう。

 

 

 

 ──彼の呼び出しがある度に一夜を共に過ごしていれば、嫌でも街の人たちには“そういうことだ”と周知の事実となっていく。

 

 

 今更隠しても意味はないことは分かっているのだが、やはり自分の口から公言するのは憚られるので言ってこなかった。

 

 なので否定できる訳もなく、黙って酒を飲むことしかできない。

 

 

「旦那はただの女をここまで気にかけねえよ。何回も言ってんだろ」

 

「……どうかな、あの人は気分屋だから」

 

 

 苦笑しつつシェンホアと同じ言葉を返すと、彼女は眉根を下げた。

 

 

「それに、彼はそこまで馬鹿じゃないよ」

 

「あ?」

 

「彼はマフィアの大幹部で、しかもこの街の支配者の一人でもあるんだよ。そんな人が自分の傍に置く女性に、洋裁しか取り柄のない女を選ぶわけない」

 

「じゃあなんでお前は抱かれてんだよ」

 

「少なくとも、傍に置くためじゃないと思うよ」

 

「……」

 

 

 どこか気持ちが落ち着かないので、再び酒に口をつける。

 

 

 私の話を聞いたシェンホア、レヴィ、ルカが盛大に「はあああ」とため息を吐いた。

 

 

 

 

「ここまで来たら張の旦那に同情するぜ、マジで」

 

「おう、気が合いますねアバズレ」

 

「なんでここまで拗れてんだろ……」

 

 

 

 三人は呆れたような表情を浮かべ、それぞれ何やら呟いている。

 

 

 やがて同じタイミングで表情を変えずにこちらへ視線を向ける。

 

 

 

 なんとも言えない空気に、戸惑いながら口を開く。

 

 

 

「えっと……どうしたの三人とも」

 

「まあまあ、そこまで気にしなくていいんじゃないですか。張さんの隣に立つなんて色々大変でしょうし」

 

「その笑顔、旦那が見たら間違いなく引き金引くだろうぜ」

 

「むしろあたしが今ここで刺した方がよいないか?」

 

「ロックさん、もう隠す気ないでしょ。先生が鈍くてよかったね」

 

「え」

 

 

 

 ルカの言葉にロックと同時に反応する。

 

 

 何の話か分からずルカに聞き返そうとしたが、どこか焦った様子のロック対ルカとレヴィで言い争いに発展してしまい叶わなかった。

 

 

 

 

 三人の言い争いを前に私とシェンホアは酒を飲み、ロットンさんはジンジャー・エールのお代わりをもらいに行った。

 

 

 

 

 




ロックさんも吹っ切れたのでもう怖いものなしですね←



次はあの人との甘いお話を予定してます。


キキョウさんが押し花にしてる薔薇をもらった話は以下から……。

「純粋なあなたへ」
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19330223
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