窓の外では強い日差しが降り注いでいる。
そんないつものような晴天さとは真逆に、街では嵐のような出来事が起こり始めているらしい。
私の内心も街と同じように穏やかではない。
原因は、いそいそと外へ出る準備をしているルカの姿。
──昨日、例の亡霊の話をルカに伝えたのだが、どうやら話を聞いている内に時折様子を見に行っているお婆さんや子供たちのことが気になったらしい。
電話がない家のため直接会うしかなく、「生きているかどうかだけでも知っておきたい」、「そんなイカれた人間なんだったら、アイツらに言っておかないと」と、外へ出ることを懇願された。
心配なのは痛いほど分かる。だが、私も唯一の弟子を危険に晒すようなことはなるべく避けたい。
今にも出て行きそうな勢いだったルカをなんとか引き止め、せめて一人で行くのはやめてほしいと伝えると「じゃあロットンさんに付き合ってもらう。この前街を案内する約束したし丁度いいでしょ」と、提案された。
今の状況で街の案内というのもどうなのかと思ったが、口実としては使えるのでそれならと了承し、彼の居候先であるシェンホアの家へ電話をかけロットンさんに事情を話すと快く引き受けてくれた。
……とはいえ、やはり心配ではある。
大人と一緒であっても、何も起きないという保証はない。
「ねえルカ、やっぱり今は外でない方がいいんじゃない?」
「すぐ帰って来るよ。それに、この前シェンホアさんからもらったナイフも持っていくし」
そう言って、ポケットから小さいナイフを出しこちらに見せる。
張さんから貰った小銃を持たせようとしたのだが、「それは先生の護身用でしょ」と頑として受け取らなかった。
「……ルカ、何度も言ってるけど」
「外では何も食べない飲まない。チビ達の様子見たらすぐに帰る。で、帰る時には必ず電話する、でしょ。分かってるよ」
外へ出ると決まった時から何度も伝えている言葉を、めんどくさがる様を見せることなく口にしてくれた。
表情に出さないだけで多少うんざりしていたかもしれないが。
「早く来ないかなー」と椅子に座り足をパタパタするルカを見ていると、作業台の上でコール音が鳴り響く。
震える携帯を手に取り、すぐさま通話ボタンを押し耳に当てる。
「はい、キキョウです」
『彪だ。急にすまない』
聞こえてきた広東語に思わず驚く。
彪さんから連絡が来るのは初めてだ。
珍しい通話相手に戸惑いながらも、いつも会う時のような口調で話しかける。
「どうされましたか」
『お前、今日予定は?』
「え? ……この後知人にルカを預けて、その間に依頼品をお客さんに渡そうかと」
唐突の質問に首を傾げながら、一つ間を空けて答える。
『預ける?』
「ルカがどうしても外に出たいと言いまして。一人では不安なので知人に護衛を頼んだんです」
『いつ帰って来るんだ』
「できるだけ早く帰るように言ってますが、何時になるかは」
『そうか……』
一体どうしたのだろうか。
街が大変な状況であれば、張さんの腹心である彼も暇ではないはず。
ただ私の予定を知りたいがために電話をかけてくるとは思えない。
そんな私の疑問に答えるかのように、一つ間を空けて彪さんが言葉を続ける。
『一昨日起きたイエロー・フラッグでの騒動、お前知ってるか?』
「もちろん」
『なら話が早い。──もし奴が舞い戻って来たのであれば、前回同様お前が巻き込まれる可能性がある。そうならないよう、お前を保護しろと大哥からのお達しだ』
「え……」
『“お前達には事が収まるまで
有無を言わさない伝言の言葉に当惑する。
前回は囮に使われたというのに、なぜ今回は保護する判断になったのか。
いや、よく考えてみれば私をただ安全な場所に置いたところで彼に一つもメリットはない。
今回の騒動の犯人が私が目的とは確定していないが、何かあった時の保険として手元に置いておきたい。ということかもしれない。
「……それは、急な話ですね」
『今回は事が事だからな。それに、お前だって弟子を安全な場所に置きたいんじゃないか?』
更に拒否しづらいことを言われ、思わず苦笑する。
『今から俺がそっちに行く。ガキには悪いが、今日の外出は中止するよう言ってくれ』
「……ですが、ルカは世話になった人が無事かどうか見たいと言ってます。せめて、保護下に入る前に少しだけ会わせてあげてくれませんか」
『だが』
「お願いします」
いつ騒動が収まるか分からない。
今も心配と不安が入り混じった表情でこちらを見ている子が、一目見れないまま長くなるかもしれない保護下での生活を平静に過ごすのは無理だろう。
彼も早く張さんの命令をこなしたいだろうが、少しでも弟子の懸念を無くしてあげたい。
彪さんは一つため息をついた後、諦めたような声音を出す。
『なら、俺がガキを目的地まで連れてってやる。その後は
「ええ、ありがとうございます」
『詳しいことは後で説明する。最低限の荷物だけ用意してろ』
「はい」
『じゃ、また後で』
彼は最後に告げると、すぐさま通話を切った。
携帯を耳から離し、こちらを見つめているルカに声を掛ける
「ルカ、急だけどこの後彪さんが迎えに来る。三合会が私たちを保護してくれるって。だから安全な場所でしばらく過ごすことになったから」
「本当に急だね。それは別にいいんだけど……ばあちゃん達には会えるの?」
「隠れ家に行く前に連れてってくれるって。だからそんな不安そうな顔しないで」
微笑みながら告げれば、ルカは安堵の表情を浮かべた。
「じゃあロットンさんには悪いけど、来たら帰ってもらうしかないね。多分もうこっち向かってるだろうし」
「そうだね」
隠れ家ってどんなとこだろうねー、とルカは呑気な声音で呟いた。
ふと、時計を見やると十三時二十分を指していた。
早いところ今日の残りの予定である依頼品の受け渡しを済ませようと、再び携帯を手に取りラウルさんの番号へとかける。
だが、何回かけても一向に出る気配がない。
十回ほどコール音が鳴った後、諦めて通話終了ボタンを押し作業台の上に置く。
そのまま荷物をまとめようと、自室へと足を進める。
何かあった時のため、少しの現金と何年か前にもらった偽の身分証を入れている袋をベッドの下から取り出す。
他に何か入れるものがないか考え、部屋を見渡す。
そこでふと思い出し、クローゼットまで歩みを進め奥にしまっている箱を取り出す。
少し埃被っている蓋を開け、中に入っている小銃を手に取る。
……ついに、この銃の引き金を引く時が来るのだろうか。
それは少し嫌だな、と苦笑する。
袋に入れるかどうか悩み銃を眺めていると、表からドアをノックする音が飛んでくる。
「ラウルです。依頼してたものを受け取りに来ました」
すぐさま聞こえてきたのは、昨日依頼に来ていたラウルさんの声。
だが、唐突な彼の来訪に疑問が浮かんでくる。
連絡してから受け取ると言っていたのに、なぜ連絡が来る前にここへ来たのか。
そもそも連絡しても出なかったというのに。
何回か依頼してくれているお客さんだが、街がこんな状況だと疑り深くなってしまう。
……何だろうか。妙に胸騒ぎがする。
胸の内に生まれた小さな不安から動けずにいると、ルカが「はーい」と軽快な声音で返事をした。
その声にハッとし、一瞬遅れて口を開く。
「ルカ待って!」
すぐさま立ち上がり、焦りを声音に乗せ呼びかけながら、小銃を片手に作業部屋へ走る。
作業部屋に着いた瞬間と同時にバタン、とドアが乱暴に開かれた音が響いた。
──次の瞬間、目に入ったのは開きっぱなしのドアと、入り口を塞ぐように立っている黒いハットとロングコートを身に着けている高身長の男。
そして──床に倒れていくルカの姿。
あまりにも予想外の光景に動きが止まる。
手に持っていた小銃を構えることも忘れ、ピクリとも動かないルカから視線が外せなかった。
「やあ、久しぶりだねMs.キキョウ」
男の声に我に返る。
黒一色のコーデに身を包んでいる声の主へ、慣れてないながらも小銃を構えた。
「まさか弟子を取ってたなんてね。君の腕が引き継がれていくのは、とても喜ばしいことだ」
「……誰だ、お前」
男の軽快な口調に眉間に皺が寄る。
ハットのせいで顔は見えない。
──だが、この光景はとても覚えがある。
五年前、真夜中に現れた頭の上から足のつま先まで真っ黒な格好のあの男に、同じように銃を突きつけた。
今、目の前にいるのはあの男と同じ格好、同じ口調の男。
死んだはずだと頭では理解していても、嫌でも重なってしまう。
「はは、忘れるなんて酷いな。俺は今まで、君の事を一日たりとも忘れたことはなかったというのに」
気色悪い言葉と共に、男はハットに手を伸ばした。
──次の瞬間、露になったその顔は忘れたくても忘れられないあの男のもので。
目を見開いたまま体が硬直し、息が詰まる。
しばらく沈黙が流れた後、ニヤニヤとした顔を再び眉間に皺を寄せながら見据え、やっとのことで声を絞り出す。
「──ヴェスティ?」
今、街で“蘇った”と噂されている亡霊の名を口にする。
なぜ生きているのか。
どうしてこの街に戻って来たのか。
そもそも本当にあの男なのか。
疑問ばかりが頭に浮かんでは消えていく。
「なんだ、やっぱり覚えててくれたのか。嬉しい……ねッ!」
ヴェスティは言い終えるのと同時に一気に距離を詰めてきた。
反応する間もなく、右手を掴まれ引き寄せられる。
次の瞬間、腹にとてつもない衝撃が来たのと同時に銃から手を離してしまう。
胃の中のものがせり上がって来る勢いに耐えられず、口から思い切り吐瀉物をまき散らす。
掴まれていた右手が離され、思わず床に膝を突き腹を押さえる。
「げえっ……かは……!」
「汚いなあ。美人が台無しだぞ」
ヴェスティはえずく私の姿を見下ろしながら、愉快だと言わんばかりの口調と声音を発した。
拳を強く握り、床に顔を向けたまま視線だけを銃の方へ向ける。
……立ち上がらなければ手に届かない距離。
取に行くにしても、ヴェスティの隣を通らなければならない。
私とこの男とではあまりにも力の差がありすぎる。
銃を手にすることは不可能に近いだろう。
「久々の再会だ、ゆっくり話でも……といきたかったんだがな。あの童顔野郎が勘づくかもしれないから、手っ取り早く済ませよう」
人をイラつかせるような口調は本当あの時から変わってない。
爪が食い込むほど、拳を握る力が段々強まっていく。
胃液独特の匂いが口の中に充満している中、呼吸をなんとか落ち着かせ顔を上げる。
「一体、何しに来た……」
「何しに来たと思う?」
「ふざけるな」
「ふざけてないさ。前と同じだよ」
ニヤニヤとした気色悪い笑みを浮かべたまま告げられる。
前と同じ……。
今回も私の腕が目的だと言いたいのだろうか。
「お前も懲りないな。あの時、張さんに敵わなかったくせに……ッ」
瞬間、言い終えるより前に顔に蹴りを入れられ、衝撃と痛みが走る。
勢いよく床に体を打ち付け倒れてしまう。
「う……」
すぐさま髪を掴まれ、無理やり顔を上げさせられた。
痛みで顔が歪む中、揺れる視点をなんとか目の前の男に定める。
「あまり俺を苛立たせるなよ」
目に入ったヴェスティの顔は先程とはまるで違う──酷く冷めた目と表情だった。
「何もできない愚図が……舐めた口を叩くなッ」
紳士とはかけ離れた荒っぽい口調とともに髪を引っ張られ、そのまま床に顔面を叩きつけられる。
三回ほど叩きつけられた後、ようやくヴェスティの動きが止まった。
鼻から血が流れ、視界は歪み、立ち上がる気力を失う。
遠のく意識の中、今の自分と同じように倒れたままのルカを瞳で捉える。
「にげ、なさ……ルカ……おねが……」
言葉が絶え絶えになりがならも、必死に声を絞り出す。
本当なら今すぐに駆け寄ってあの子だけでも逃がしたいのに、体は微塵も動かせない。
──無情にも声はルカに届くことはなく、重くなっていく瞼に抗えずそのまま意識を手放した。
「──気絶したか。ったく、手間かけさせやがって」
倒れているキキョウを見下ろし、男はチッと苛立たしそうに舌打ちした。
落ちていたハットを拾い、汚れを払う仕草をする。
「さて……どう処分しようかね、このガキ」
同じように倒れている洋裁屋の弟子を見つめ呟く。
顎に手を添え少しの間考えた後、男はニヤリと口端を吊り上げる。
ルカの傍まで歩みを進めると、徐に顔を踏みつけた。
「気が変わった。折角だ、お前にもチャンスをやるよ」
ぐっ、と踏みつける力を強めながら言葉を続ける。
「お前も可哀そうだなあ。あんなクソッタレな売女のせいでこんな目にあって。同じ巻き込まれた者として、これはせめてもの慈悲だ」
ぐりぐりとルカの顔を踏みにじった後、静かに足をどかす。
そのままコートのポケットからスキットルを取り出した。
キキョウの自室である奥の部屋へ足を動かし、スキットルの蓋を開け、中の液体を部屋全体にまき散らしていく。
中身が無くなったスキットルを投げ捨て、ガソリンの匂いが充満している部屋から再び二人が倒れている場所へと戻る。
優雅に
「運が良けりゃ生き延びられるかもな。俺のように、な」
くくっと喉の奥で笑い、煙を吐き出す。
もう一度煙を吸った後、奥の部屋へ煙草を投げ入れた。
男はすぐさまキキョウの髪を掴み、足を動かす。
「あー、重てえな……くそっ」
ぶつぶつと呟きながら、キキョウを引きずってその場から去っていく。
──男とキキョウが消えたすぐ後、部屋からは黒い煙が立ち上っていた。
連絡会が開かれる少し前──ロックとレヴィはラグーンの事務所を出て、車を走らせていた。
例の亡霊の件と関わっている可能性があるキキョウの様子を見るためである。
助手席に座っている
吸い終えると新しい煙草を取り出し、再び火を点す。
車を走らせてから十数分しか経過していないにも関わらず、灰皿に追加された吸い殻は十を超えようとしていた。
一本……また一本と、明らかに尋常ではないスピードで煙草を消費していく相棒に、ロックは少し躊躇いながらも言葉をかける。
「やっぱりレヴィも心配か? 彼女のこと」
「してねえよ。少し気になってるだけだ」
「……にしては、煙草の数がいつもより多いよね」
「うるせ」
どこか不機嫌そうな表情を浮かべぷい、とそっぽを向かれてしまう。
この行動が照れ隠しであることは考えずとも分かってしまい、ロックは思わず苦笑する。
「そういえば、レヴィはキキョウさんに何か恩があるんだよな。一体どういう」
「てめえ、誰から聞いた」
「この前飲んだ時自分で言ってたじゃないか。“恩を返す前に死なれたら困る”って」
「あー……そうだったか? ったく、とんだヘマだ」
レヴィは眉根を寄せ、チッと苛立たしそうに舌打ちをする。
「昔の話だよ」
「一体何やらかしたんだ?」
「言いたかねえ。……黙って運転しろ、クソロック」
不機嫌な声音で呟き、灰皿に煙草を押し付けた。
そうこうしている間に、目的地付近に到着する。
路地に車を停め、二人は黙って車を降りた。
キキョウの家へと歩みを進めていると、向かい側から一つの人影が近づいてくる。
その人影が見覚えのある人物であることを二人は同時に気づいた。
「よう優男、こんなとこで何してんだ」
「やあロットン」
銀髪にいつものサングラスとロングコートという出で立ちのロットンに、ロックとレヴィは気さくに声を掛ける。
ロットンも二人に気づき、片手を上げ軽い挨拶を交わす。
「俺はMs.キキョウのところに少しばかり用事がな。二人は?」
「奇遇だね、俺達も彼女のとこに向かってるんだ」
「そうか」
立ち止まり言葉を交わした後、三人は路地を曲がり足並みを揃えて歩き出した。
「おめぇがキキョウに何の用があるんだ」
「実は彼女じゃなくルカにな。彼と出かける約束をしてる」
「こんな時にか? 今外に出るのはちと不用心じゃねえか」
「Ms.キキョウにルカの護衛を頼まれたんだ。彼女も弟子が心配なんだろう」
「ガキの護衛? お前そんなことしてんのか」
「ちょうど暇だったからな」
雑談を交えながら歩みを進めていけば、あっという間にキキョウの家へと辿り着く。
ロックが一歩前に進み、玄関のドアをノックした。
「キキョウさん、ロックです。今お時間いいでしょうか?」
中にいるであろう家の主へドア越しに声を掛ける。
いつもならすぐ出てくれるのだが、しばらく経ってもドアが開かれる気配はない。
「留守なのかな?」
「今回はアイツも噂を知ってるからこいつに護衛頼んだんだろ。外に出るわけねえ」
「じゃあなんで」
「おい優男。キキョウにはこの時間に来るって伝えたのか」
「ああ」
ロットンの返答にレヴィは眉間に皺を寄せ、やや乱暴にドアを叩く。
「キキョウ、いるなら返事しろ」
声を掛けるもやはり反応がない。
レヴィの眉間の皺が更に深くなっていく。
ふと、ロットンが静かに呟く。
「…………なんか、焦げ臭くないか?」
「……確かに」
「誰か近くで焚火でもしてんのかぁ?」
三人は周りを見渡すが、それらしい光景は見つからない。
こうしている間にも、次第に焦げ臭さが強くなっていく。
──途端、ロックの中で妙な胸騒ぎが現れる。
律儀な彼女が約束の時間に家にいないこと。
それどころか、護衛の対象であるルカさえ出ないこと。
焦げ臭さと共に胸騒ぎも段々と増していく。
まさか、とロックは自身の脳裏によぎった一つの可能性に、嫌な汗が背中を伝う。
「──レヴィ」
「分かってる」
同じく現状の異様さに気づいていたレヴィは、ロックの固い声音での呼びかけに
一気に張り詰めた空気に包まれる。
ロックは緊張した面持ちで手を伸ばす。
鍵がかかっているはずが、ドアノブはすんなりと回る。
異常な何かが起きていることをはっきりと理解し、勢いよくドアを開けた。
ロックの瞳に映ったのは──部屋の中は黒煙が充満し、奥から火が上がっている様。
更にはすぐ近くでルカが倒れている。
異様な光景に目を見開いた後、ロックはすぐさま足を動かした。
「げほッ……キキョウさん!」
「くそっ……!」
煙を吸い込まないようハンカチを口に当て、キキョウの名を呼ぶ。
ロックのすぐ後ろをレヴィが着いて行くが、あまりの煙たさに思わず足が止まってしまう。
ロットンも続くように腕で口を覆い部屋に足を踏み入れ、倒れているルカの傍へ近寄る。
「君は早くMs.キキョウを」
「キキョウさん……!」
ロットンはロングコートを脱ぎ、ルカの小さな体を包み抱きかかえると足早に外へ出た。
火が上がっているキキョウの自室へ駆け足で進むロック。
何とかレヴィも片腕で口を抑え足を動かすが、火の手が近づいていることに気づきすぐさま声を掛ける。
「ロック、一旦外に出るぞ! 火がこっちに回る!」
「でも……!」
「早くしろッ!」
今にも火の中へ飛び出しそうなロックの腕に自身の腕を回し、レヴィは強引に外へ連れ出そうとする。
このままでは己も無事では済まないと肌に当たる熱に直観で感じ取り、「くそっ」と苦虫を潰したような表情で吐き捨て、レヴィと共に外へ戻る。
そうして黒煙を脱した二人は、咳き込みながら空気を肺に取り入れていく。
「Ms.キキョウはどうした?」
「……いなかった……くそっ!」
「げほッ……ロック、落ち着け。まだ死んだと決まったわけじゃねえ」
レヴィは苛立っているロックを諫めるように、静かに言葉をかけた。
「おいロットン、ルカは」
「息はある。だが苦しそうだ」
コートに包まれ目を閉じているルカの呼吸音はヒュー、ヒューと異常なもの。
苦し気に呼吸する姿を見やり、レヴィはチッと舌打ちする。
「──おいおい……なんだこれは」
途端、少し離れた距離で声が聞こえてきた。
三人が目を向けた先には、張の命令でキキョウを迎えに来た彪が立っていた。
サングラスで瞳は隠れているものの、現状を理解できず困惑している表情であることは一目瞭然であった。
呆然とした後、すぐさま彪は三人の元へ駆け寄った。
「おい、どういう状況だこれは」
「俺達が来た時には既に火が……キキョウさんの姿はなかった」
「彪、なんでアンタがここに」
「亡霊の件があるからな、キキョウを保護するよう命令されてたんだ。……一足遅かったみたいだが」
彪は黒煙が上がっている家へ目を向け、静かに呟いた。
次にルカへ視線を動かし、ロットンへ淡々と声を掛ける。
「ガキは」
「辛うじて生きてる。すぐ医者に見せた方がいい」
異様な呼吸音を繰り返している姿を眼に映し、少し間を空けた後再び口を開く。
「
「おう」
「彪さん、張さんには」
「今連絡会だ。大哥には俺から報告する」
行け、と短く言い残し、彪は足早に去っていく。
「アタイらも行くぞ。こいつに死なれるのはまずい」
「ああ」
「着いてこいロットン!」
彪が去り少しの間を置き、レヴィは口早に二人に告げた。
ソード・カトラスをホルスターに収めると、駆け足で車への道を戻る。
ロックとロットンは慌ててレヴィの後ろを着いて行く。
──キキョウの家からは、黒煙の中で更に激しく火が上がっていた。
ここからどんどん不穏になります。
がんばれキキョウさん。