ロアナプラにてドレスコードを決めましょう   作:華原

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お待たせしました。
最終章、5話目です。


5 枯れない瞳

 医薬品の臭いが充満し、機械音と呼吸音が静かに響く部屋。

 三合会タイ支部のお抱え医師であるアタシ、通称『闇医者ビアン』こと林 翠蘭(リン スイラン)の治療室のベッドには、キキョウちゃんの弟子が静かに横たわっている。

 ──二日前、珍しく暇を持て余していたアタシの元にラグーンの二人とシェンホアの家の居候である妙に顔が整った優男が連れてきた急患だ。

 

 喉と肺が若干やられていたからか喘息の発作のような呼吸音を出していたが、命に関わるようなことではなかった。

 それよりも、首筋にあった小さな切り傷から入り込んだであろう“何か”の方が問題だった。

 

 恐らく強制的に気絶させる劇薬に近いものなのだろうが、たった数ミリの切り傷から察するに、注入されたのはごく少量のはず。

 いくら子供とはいえ、まさかひと一人をたったそれだけの量で一日以上眠らせるほどの薬物とは。

 

 調べようにも少量すぎて血液からも採取できず、どんな対処が適切か分からなかった。

 

 頭を抱えながらも、昨日我が上司から告げられた「何としてでも起こせ」という命令を遂行するため、ひとまず気づけ薬に似た効果を持つ薬を投与している。

 

 

 だが、正常な呼吸音になり安らかな表情となったその顔は、一向に目覚める気配はない。

 

 

 どうしたものかと頭を悩ませ、ベッドの横にある椅子に座る。

 すやすやと眠る寝顔を見据えた。

 

 

 

「ねえアンタ、とっとと起きてくれないと色々困るんだけど。アタシ子供いたぶる趣味ないのよね」

 

 

 

 薬で起きないなら痛みならどうかと、何回か頬をひっぱたいたのだが身じろぎ一つしなかった。

 

 このまま目覚めなかったら、最悪刺してしまおうか。

 人体は把握しているので、急所を外せば死にはしないだろう。

 

 人を治すのが仕事であるアタシがそう考えるほど、割とお手上げな状態だった。

 

 

 

「アンタだってキキョウちゃんがいなくなったままなのは嫌でしょ。……自分を可愛がってくれてる師匠を思うなら、少しは起きる努力してみたら?」

 

 

 

 こんな声掛けは無駄だと分かっているが、何か言わなきゃ気が済まなかった。

 

 アタシの嫌味も含んだ言葉は無情にも届かず、やはり微塵も動く気配がない。

 盛大なため息を吐き、気分転換にコーヒーを飲もうと腰を上げる。

 

 

 

 

 

 

「…………ん……」

 

 

 

 

 

 部屋のドアまで足を進めた時、後ろから何か音が聞こえたのを感じとる。

 

 まさか、とほんの少しの期待を抱き、ゆっくりと振り向く。

 

 

 

 

 

「うーん……んぅ……」

 

 

 

 

 

 ──ベッドの上で微動だにしなかった患者が声の主だと気づくのに、少し時間がかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──やあルカ君、気分はどう?」

 

「……まあまあ」

 

「そうか。何はともあれ、起きてくれて安心したよ」

 

 ルカが二日間の眠りから覚め、ここがリンの診療所だと説明されたタイミングで訪れたのは、張からキキョウ捜索の依頼を受けたレヴィとロック。

 そして──

 

「無事でよかった。目覚めないと聞いた時はどうなるかと思ったが」

 

「案外しぶといネ、このコ」

 

ルカをリンの元へ届けたロットンと、彼の付き添いで来たシェンホアも同じタイミングでやって来た。

 

 まだぼんやりとした頭で、ルカは眠る前の記憶を辿っていた。

 

 自分の護衛を引き受けてくれたロットンを待っていたこと。

急遽、三合会に自分と師が保護されることになったこと。

 その三合会の迎えとして彪が来てくれることになったこと。

 

 そして、依頼品を受け取りに来たラウルを迎えた時にいきなり目の前が真っ暗になったこと。

 

 これらを全て思い出し、はっ、と周りの大人たちを見やる。

 

 

 

「……先生は?」

 

 

 

 小さく呟いた声に、その場の時間がぴた、と止まったように静まり返る。

 ロック達はお互い顔を見合わせ、どこか気まずそうな表情を浮かべている。

 

 異様な雰囲気に、ルカの中の不安は段々と大きくなっていく。

 

 

「ねえ、先生は? 先生はどうしたの。ねえ……?」

 

 

 声を微かに震わせながら、再び周りへ問いかける。

 誰もが言葉を詰まらせる中、やがてルカの前へ出てきたのはレヴィだった。

 

 自分を見下ろしている顔には何の感情もなく、ただ淡々とした声音が発せられる。

 

「お前が眠りこけてる間、キキョウがどっかの馬鹿に連れ去られた」

 

「え……」

 

「今はどこにいるか分かんねえが、死んじゃいねえことは確かだ」

 

 レヴィの一言にルカの顔に安堵の表情が滲み出る。

 

「だが、そんな悠長なことは言ってられねえ。早く見つけねえと手遅れになる。アタシとロックはアイツの行方を追ってる」

 

「…………」

 

 安堵したのも束の間、放たれた言葉の意味を理解する。

 

『今生きていてもいつ殺されるか分からない』

 

師が危険な状態であることを認識し、ルカの表情が再び曇っていく。

 

「彼女を追うには情報が足りない。君の協力が必要だ」

 

「僕の……?」

 

「どんな些細なことでもいい。こうなる前のことを話してくれるかい?」

 

 レヴィの隣にある椅子に腰かけ、ロックはルカと目線を合わせ話を促す。

 拳を握り、不安げな表情のままルカはこくりと頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──じゃあ、そのイタリア人が君を?」

 

「うん。そっから先は覚えてない」

 

「そのイタリア人の特徴は?」

 

「茶髪に茶色い瞳。あとすごく背が高い。でも来た時は全身真っ黒で、帽子も被ってたから顔は見てない」

 

「背はどれくらいか分かるかい」

 

「アイツがラウルさんなら一九〇センチのはず」

 

 ルカから出てくる情報をメモに取りながら、ロックは淡々と質問をし続けた。

 一つも間を空けることなく、ルカも枯れた声で答えていく。

 

「他に何か覚えてることは?」

 

「うーん……」

 

 一通り自身が体験した出来事を話し終えてしまったがために、ここで初めて言葉に詰まる。

 頭を傾げ、唸りながら考える様にロックは「なんでもいいんだ」と声を掛けた。

 

 

 

「…………あ、そういえば」

 

 

 

 しばらく唸った後、何か思い出したかのような声音を発し、ロックを見据え言葉を続ける。

 

 

 

「顔踏みつぶされながらなんか言われた……ような気がする」

 

「具体的には覚えてるかい」

 

「ちゃんとは覚えてない……でも、なんか先生の事をバイタとか、“同じ巻き込まれた者”がとか言ってたような……ごめん、一瞬の事だったから気のせいかも」

 

「いや、いいよ。攫った男の人物像がなんとなく掴めた」

 

「売女、ねえ」

 

 ルカの話を黙って聞いていたレヴィは意味深に呟いた。

 その静かな呟きを聞き逃すことなく、ロックは後ろに立っている彼女へ目線を向ける。

 

「何か気にかかるのか、レヴィ」

 

「いや、もしキキョウを攫ったのがあの着飾り野郎ってんなら、奴にしちゃ随分陳腐で乱暴な言葉だと思ってよ」

 

「確かにそうね。あのクズはどんな時も言葉だけは丁寧だったわ。例え女に手を上げる時でさえも」

 

 レヴィは面白くないとでも言わんばかりに、つまらなさそうな表情を浮かべる。

 もう一人、当時の亡霊の事を知っているリンも続けて同調する。

 

「アイツの女に対する姿勢は少し異常だったわ。レヴィに対してもシニョリーナって呼びかけてたものね」

 

「たく、今思い出しても鳥肌がたつぜ。あのクソ気味悪い振る舞いはよ」

 

 ちっ、とレヴィは腹立たしそうに舌打ちをする。

 

「まあ、それは昔の話だ。一回死んで人格が変わったって線もあるぜ」

 

「それはないだろう」

 

「死人は蘇らないですだよアバズレ」

 

「ただの冗談だ。そう真面目にとんな」

 

 レヴィの言葉にロットンとシェンホアがすぐさま反応する。

 ロックは聞き取った情報を全て書き終えると、ズボンのポケットにメモを入れながら腰を上げた。

 

「起きたばっかりなのにありがとう。後はゆっくり休んで」

 

「……ロックさん」

 

 病室を出て行こうとするロックの背中に、ルカが遠慮がちに声を掛けた。

 振り向いたロックの顔をじっと見据える。

 

 

 

「先生のこと、絶対見つけてね」

 

 

 

 シーツを強く握りしめ言い放たれた言葉に一瞬目を見開いた後、少しだけ口端を上げた。

 

「ああ、そのつもりだよ」

 

 たった一言短く告げ、ロックとレヴィは病室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルカの元へ訪れた四人もいなくなり、静けさを取り戻した病室の隣の部屋でリンは固定電話を手にしていた。

 

「──ええ。なので、着飾り野郎本人である可能性は限りなく低いかと。まあ、もしキキョウちゃんを攫ったのがアイツなら、の話ですが」

 

『そうであってほしいね。あの野郎が本当に蘇ったのなら夜も眠れん』

 

「苛立ちでですか?」

 

『はは、それもあるかもな』

 

 広東語で話している相手は彼女の雇い主でもある張。

 軽い冗談を交わし、真剣な表情へ変え話の続きを口にする。

 

「──アタシ、変装が得意で高身長で薬物を扱ってる。その上一人では何の行動もできず、キキョウちゃんに固執している。そんな男に心当たりがあるのですが」

 

『奇遇だな、俺もだよ』

 

「……大哥、まさか」

 

『その()()()の可能性は十分考えられるが、今はそれよりも目の前の事に集中しなきゃならん』

 

 電話越しでも伝わる緊張感に、リンは口を噤む。

 

『すべては亡霊を捕まえりゃ分かること。お前はお前の仕事をこなしていればいい』

 

遵命(かしこまりました)

 

 張からの有無を言わせない口調に、ただ従う事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

「──結局、攫った奴の正体は分からず終いだ」

 

「犯人の背格好が分かっただけでも十分な収穫だ。人種まで把握できたのは運が良い」

 

 リンの診療所を出、車を走らせロックとレヴィは言葉を交わしていた。

 眉間に皺を寄せ、苛立ったような声音で話すレヴィと対極にロックは冷静な態度を見せる。

 一つ間を空け、やがて怪訝な表情で言葉を続ける。

 

「……ただ、なぜ目撃者であるルカ君を生かしたのか気になるな」

 

「もしかすると、大した意味はねえかもな。奴の気まぐれで生かされたってのも考えられる」

 

「そんな自分の首を絞める真似するかな」

 

「ヴェスティの真似事してるってんなら十分あり得る。奴もそうだったみたいだからな」

 

 目を見開いているロックの表情を横目に煙草に火を点ける。

 

「大分前に張の旦那から聞いたんだが、アイツはゲームを盛り上げるためにわざと仲間を差し出したんだと」

 

「なんだよ、それ」

 

 ロックは困惑した表情をレヴィへ向けながら車を走らせ続ける。

 

「ほんとイカれてやがる。──そんな奴の真似をしてる人間も当然狂ってるだろうな」

 

「……そんな奴のとこにキキョウさんは」

 

 ハンドルを握る手に力が入る。

 その瞬間を見逃さず、レヴィは少しの間迷った後、意を決し口を開く。

 

 

 

 

「──ロック、このままアイツを捜すなら最悪の事も覚悟しておけ」

 

「……」

 

「今までは旦那や姐御がいたってのと、アイツの運の良さもあって五体満足で生きてこれた。だが今、アイツは一人だ」

 

 煙をため息とともに吐き出し、固い声音で続ける。

 

ジョン・ドウ(亡霊)が寄越した写真から察するに、今も手枷に嵌められていいようにされてるはずだ。……アタイらが見つける頃にはもしかしたら、もう」

 

 レヴィの言葉はロックが急停止したことで止まる。

 唐突の行動に、運転席の男に訝し気な目線を向けた。

 

 

 

 

「彼女はバラライカさんと似て、死に方に拘ってる」

 

 

 

 

 ハンドルを強く握り、強張った声と表情で語る。

 

 

「後悔して死ぬくらいなら、後悔する前に死ぬ。そういう生き方をこの街で貫いてきた。──そんな自分の意志で死にたいとしてきた彼女が唯一、命を預けた他人が張さんだ」

 

「……」

 

「俺はそれが理解できなくて、彼女を張さんから……この街から離すべきだと。それが俺のすべきことだって考えてた」

 

「……馬鹿な考えだ」

 

 何の話だと思いながらもレヴィは淡々と言い放つ。その反応にロックは「全くだ」と苦笑し、続ける。

 

「でも、理解はできなくても意思を汲むことはできる。──張さんに殺されたい。彼に殺されるなら後悔しない。それは、張さん以外に殺されたくないってことだ。彼女にとって、張さんは生きる理由の一つなんだ。彼から切り離すことは、彼女から生きる糧を奪ったも同然だ」

 

「……」

 

「俺が彼女にできるのは、彼女がそう望む限り張さんの元へ届けることだけだ。……例えどんな状態であっても」

 

 真剣な表情で聞いているレヴィへゆっくりと顔を向け、口端を上げる。

 

「だけど最悪は避けるに越したことはない。だから一刻も早く探し出そう、レヴィ」

 

 目を見開き、しばらくロックの顔を眺めた後、ため息とともに煙を吐き出す。

 徐に懐からラッキー・ストライク(煙草)の箱を軽く振り、飛び出した一本をロックへ差し出す。

 

 しばらく煙草を見つめ、手を伸ばす。

口に咥えたのを見計らい、レヴィが手早くライターで火を点ける。

 無言でやり取りを終えると、煙草を窓の外へ捨てながら「次はどこだ」と問いかける。

 

「イタリア人ならイタリア人に聞くのが一番」

 

 一言告げると、ロックは相棒から貰った煙草を咥えたまま車を発進させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──単刀直入に言う。今話題の亡霊について、貴方が知ってることを教えてほしい」

 

「なんでお前達が首を突っ込んでくる」

 

「俺たちは張さんからの依頼でキキョウさんを探してる。少しでも情報が欲しい」

 

「張からの依頼ってだけでたった一人の女のために動いてんのか? は、どうもラグーンは不景気らしい。この際だ、運び屋から足を洗ったらどうだ。俺がいい仕事を斡旋してやる」

 

「そりゃありがたいね。アタイらだけじゃなく、亡霊野郎が暴れてるせいで今じゃどこもかしこも不景気だ。どうせなら街中にその気前の良さを振るってやんなよ。アンタは一躍ヒーローになれるぜ、ロニー」

 

 二人が向かった先は、チャルクワン・ストリートより少し離れた場所に位置するコーサ・ノストラ事務所。

 唐突の来訪者を出迎えたのは、高級椅子に腰かけているロニーと、ボスを囲むように立っている部下たちの鋭い視線。

 

 刺さる視線に怖気づくことなく、二人はロニーの軽口に乗りながら言葉を交わす。

 

「張からの依頼だとしても、俺がお前らにわざわざお話しなきゃならん理由は?」

 

「キキョウさんは亡霊、もしくは亡霊に近しい人間に攫われた。彼女を追っていくうちに、今回の騒動の首謀者に繋がる可能性が高い。──それに、貴方も今回の件は緊急で片を付けたいはずだ。かつての身内だった人間の名前を持った亡霊が暴れてるとなれば、静観する訳にもいかない。放っておくことは、マフィアの面子に関わってくる」

 

 肯定も否定もしないロニーを見据え、間を空けずロックは続ける。

 

「俺たちはただ少しでも情報が欲しいだけだ。こっちが知ってる情報も惜しみなく提供する」

 

 最後に放たれた言葉を聞き、ロニーはデスクに肘を置き顎に手を添える。

 しばし考えたそぶりを見せた後、やがて笑みを浮かべた

 

「よし、いいだろう日本人。お前のよく回る口に付き合ってやる。ただし、俺の機嫌が悪くない間だけだ」

 

「感謝するよ、Mr.ロナルド」

 

 口から覗く矯正器具が光る。

 ロックは小さく息を吸い、強張った声を発する。

 

「今回の騒動の原因である亡霊──ヴェスティはアンタ達コーサ・ノストラがきちんと始末した。そうだな」

 

「ああ」

 

「なら分かってると思うが、今この街を騒がしてるのは別の誰か。ただの模倣犯でしかない。死人は蘇らない」

 

「俺らをんな当たり前の事言われないと分からない間抜けだと思ってんのか? 舐められたもんだ」

 

 背もたれにのしかかり、嘲笑するような笑みをロックへと向けた。

 そんなロニーと反対に、一切の表情を変えず押しかかる威圧感に負けじと矯正器具が覗く顔を見据え続ける。

 

 ここでビビっては相手に飲まれてしまう。

 今この場で、それは決して許されない。

 

「だが、彼を目撃した人間の内、彼を知っている人は皆口を揃えてヴェスティだと言っている。いくら数年前に死んだとはいえ、強烈な出来事を起こした男をそうそう見間違うはずはない」

 

「……」

 

「その上、今起きているのは全て以前の騒動と酷似している。無差別な殺人も、三合会の縄張りで一番被害が出ていることも、死に方の派手さも全てだ」

 

 ロックは当時の事を知らない。だが、レヴィや周りの話を聞けば聞くほど一連の騒動が前回をなぞって起こっていることだと確信できた。

 ロニーも自身と同じく当時の現場を知らない。

 ならば自分と同じ考えを持っているはず。

 

だが敢えてはっきりとその考えを口にする。

 

「今回はヴェスティをよく知っている人間が模倣犯の可能性が高い。それも、この街で起きたことも、ヤクの精製法も、キキョウさんに固執していたということも全て知ってるほど近しい人物だ。──それは当時のヴェロッキオ・ファミリー。もしくは現コーサ・ノストラ内。それか彼個人に心酔していた外部の人間のどれか。でなければ、ここまでの真似事はできない」

 

 そこで初めてロニーの愉快そうに歪んでいた口元が段々と下がっていく。

 長い足を組み、流暢に話す目の前の日本人を鋭い視線で射貫く。

 

 

 

 

「Mr.ロナルド。貴方は亡霊の正体、目星ついてるんじゃないですか」

 

 

 

 

 ロニーはロアナプラでのコーサ・ノストラのボス。

 そんな男がヴェスティの名前が出てから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 例え亡霊の正体を掴んでいなくとも、コーサ・ノストラでしか得られない情報を持っているかもしれない。

 その情報を引き出すには、一歩踏み込む必要があった。

 

 はっきりと告げられた一言を最後に沈黙が落ちる。

 ロックは重圧的な空気の中で、じんわりと冷や汗を滲ませた。

 

 しばらくの間の後、ロニーは「はっ」と鼻で笑い、再び軽く口端を上げる。

 

 

コーサ・ノストラ(うち)の人間が犯人の可能性もあるって言うんなら、この俺が裏で糸を引いてるって考えなかったのか」

 

「数か月でこの街でのコーサ・ノストラの地位を確立した手腕を持つ貴方が、大勢を敵に回すような愚かなことするはずない。()()()()()()()()()()()()()()()を知ってるなら尚更」

 

「ありがたいねえ。俺の事を高く買ってくれてるわけだ」

 

 愉快気に口端を上げたまま、懐から煙草を取り出す。

 すかさず部下がライターで火を点け咥える。

 盛大に煙を吐き出し、悠々とした態度で口を開く。

 

「お前の言う通り、大方目星をつけてる。が、実際本当にそいつかどうかは確信できちゃいない」

 

「それでも構わない。貴方が目星をつけてるその人物は」

 

 ロックの問いかけに再び煙を吐き、笑みを消して静かに話し始めた。

 

「アイツがまだイタリアにいた頃、コーサ・ノストラじゃない人間とちょくちょく会っててな。アイツと会ってた人間がChiaro di luna(キャロディ・ルーナ)の仲間だったらしいが、今じゃ全員地獄で晩餐会中だ。──たった一人を除いてな」

 

「……その残った一人については」

 

「茶髪に茶色の瞳を持った高身長の男だ。最近まで行方知らずだったんだがな。──そいつがここ三か月以内にロアナプラに身を寄せ、ぶらついていたことが分かった。今はぱったり姿を見せなくなったが」

 

「姿が見えなくなったのは、騒動が起きてからでは?」

 

「ご名答」

 

 短くなった煙草を灰皿に押し付け、長い足を組み替える。

 

「なぜそれを連絡会で言わなかったんです? 張さんは知らない様子だった」

 

「これは俺もついさっき知ったことでな。タイミングが悪かった」

 

 肩を竦める仕草を見せるロニーの言葉に、これ以上深堀する必要もないとロックは「そうですか」と一言だけ返す。

 

「情報提供ありがとうございました、Mr.ロナルド。じゃ俺達はこれで」

 

「待て」

 

 去ろうとする二人を呼び止め、ロニーは背もたれから身体を離し、デスクに肘を置く。

 

「もし見つけたら俺にも連絡を寄越せ。裏切り者とはいえ、かつての仲間の名を利用されるのは些か不愉快なんでな。一回くらい顔を拝みてえ。勝手に殺されるのは困る」

 

「アタシらが襲われても撃つなってか」

 

「そういう時は手足でも撃っとけ。お前ならできるだろ、二挺拳銃」

 

 言いたいことだけ伝えると、「行け」と告げラグーンの二人は今度こそ部屋から出て行った。

 ロニーは再び背もたれに寄りかかり、はあ、と一つため息を吐く。

 

「ボス、よろしかったんで? あいつらに喋って」

 

「一刻も早く事態を収めたいのは張も同じさ。それに奴らはただの運び屋だ。喋ったところで、俺達がどうにかなるわけでもねえ。使える駒は使わねえとな」

 

「しかし……」

 

「俺の行動が気に入らねえか? カミッロ」

 

 ギロリと睨みつけると、部下は「いえ」とすぐさま口を閉ざす。

 

「それより、問題はあのロシアの女狐だ。張と違ってアイツはどうも人間とお話が得意じゃねえみたいだからな」

 

 はあ、と再びため息を吐きながら、デスクの上に足を乗せる。

 少しの間何かを考えた後、やがて徐に固定電話へと手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 ロックとレヴィがコーサ・ノストラの事務所へ赴いたのと同時刻。

 ホテル・モスクワ事務所内──バラライカ専用の個室では、彼女が全幅の信頼を寄せている遊撃隊(ヴィソトニキ)の面々が銃を片手に並んでいた。

 彼らの目の前には、両手を後ろに縛られ、頭を床につけている東洋人が一人。

 

「──なるほどね。ただ、こっちにも通さないといけない筋があるのよ。アナタだってそうでしょ? ……まあ、そうね。アナタと私の仲だからなるべく考慮はするけど、保証はできないわ。相手の出方次第ではこっちも行動を考える必要がある。……それは後で詳しく話しましょう。今から今朝出てきた害虫の相手をしなくちゃならないの。……死体の近くをうろついてたからちょっと声を掛けたら大当たりだった、運が良いわ。……ええ、ではまた」

 

 バラライカは手にしていた固定電話の受話器を戻すと、高級椅子に腰かけたまま冷徹な瞳で縛られている男を見下ろす。

 

「お前が所属している組織。飛龍(フェイ・ロン)衆とか言ったか。以前はいくらか名を上げていたらしいが、ここ数年は他のマフィアに押されまともに動きが取れなくなっていると聞いた。──そんな落ちぶれた上海マフィアがここまで上手く事を運べるとは思えん。協力者は誰だ」

 

「……」

 

 バラライカの問いに言葉ではなく無言が返って来る。

 一つの間を空けずに、部下の一人が勢いよく顔を殴りつけた。

 

 直後、銃声が鳴り響く。

 足に風穴を空けられた男は堪らず呻き声を上げ、苦痛の表情を浮かべる。

 

「速やかにこちらの質問に答えろ。無駄な手間を取らせるな」

 

 底冷えしそうなほどの声音で淡々と告げると、遊撃隊の一人が男の頭を無理やり上げた。

 

「い、イタリア人だ! 背が高ぇ、いつも黒いコート着てる男だ!」

 

「そいつの名前は」

 

「ヴェ、ヴェスティって名乗ってた!」

 

「お前たちがそいつと手を組み、この街で暴れまわってる理由は」

 

「元々、三合会の縄張りだけ、手に入れる予定だった……けど、他のマフィアも邪魔だから、そいつ、が持ってる麻薬をばら撒いて……ッ、荒らせば、街を支配してるマフィアどもが弱まって……付け入る隙ができるはずだって……! ……この街を乗っ取れば……ウチの組織も名が上がるって、ボスが……ッ」

 

 途切れ途切れに紡がれた言葉を聞き、バラライカは男を見据えたまま思案する。

 やがて徐にデスクの上に置かれた一枚の写真を手に取った。

 

「その動機は理解できる。──が、女を攫った理由には少し足りないな。たかが女一人で街が揺らぐなど、いくら落ちぶれていようとそこまで愚かな考えは起きないだろう。他に何が目的だ」

 

 バラライカが手に持っている一枚の写真。

 そこに映っているのは、自身の友人が囚われている姿。

 

 両手足は縛られ、胸の谷間には根性焼きの跡がいくつも並び、口端や鼻から血を流している。

 

 写真が入っていた封筒には、「Dear Mr.Chang,(親愛なる張氏へ)」と綺麗な字で綴られていた。

 

「その女、は……ボスが用がある、から……攫っただけだ!」

 

「お前たちのボスが彼女に何の用がある」

 

「日本の……! フジサキってヤクザと関わりがあるから……何か使えるかもしれねえって……それ以上は知らねえッ!」

 

 出てきた名前にバラライカは思わず目を見開く。

 すぐさま眉根を寄せ、再び男へ投げかける。

 

「わざわざこんな写真を寄越す理由は」

 

「アイツは、張への挑発にも使える、って……! 少しでも、隙を生みやすくするためって言ってた……ッ」

 

「ヴェスティの居場所は?」

 

「し、知らねえッ! 一部の人間しか知らされてねえんだ……!」

 

「──そうか」

 

 男からこれ以上情報は搾り取れないと踏み、バラライカは顔と目線を逸らし、指で軽く耳を塞ぐ。

 途端、ボリスの指示により遊撃隊は一斉に銃を構える。

 次の瞬間には多くの銃声が鳴り響き、敷かれている絨毯には血が染み込んでいく。

 

 

 

「諸君、ご苦労。引き続き任務を続行せよ」

 

 

 

 バラライカの一言に遊撃隊は死体を数人で持ち、全員部屋から去っていく。

 唯一残ったボリスは、バラライカが葉巻を咥えたのを見計らいライターで火を点けた。

 

「フジサキ、か。ここで彼の名が出てくるとはな」

 

「ええ。それも、キキョウと関りがあるとは」

 

 煙を吐き出し、凛とした声音でボリスへ告げる。

 

「──軍曹、飛龍衆と藤崎仁の関係性を迅速に調べろ。この街の騒動と関係ないかもしれんが、何も知らないよりいくらかマシだろう」

 

「了解」

 

「必要となれば、私が彼とコンタクトを取る」

 

「は」

 

 上官からの指示を全うするべく、ボリスは颯爽と部屋を去っていく。

 ただ一人残されたバラライカは、再び写真へ目を映す。

 

 

 

 

 

「相変わらずいい瞳をしている。──それでこそ、私の友人よ」

 

 

 

 

 写真の中でこちらを見据える黒い瞳には光がある。

 今まで何度も見せつけられた、末恐ろしいほどの真っすぐさがまだ帯びている。

 

 

 

 ──彼女は()()()()()()()()

 

 

 自分を害する者に決して負けまいと、彼女に残った唯一の矜持が故の瞳。

 ここまで傷ついても尚変わらないことの喜びにも似た感情と、友人が痛めつけられている姿の不快感が混ざり合い、バラライカは複雑な笑みを浮かべる。

 

 

 

「……まあ、あの男は不快さの方が勝るかしらね」

 

 

 

 ()()()()()()()()の宛先である男がこれを見たらどんな顔を見せるのか、少しばかり興味をそそられた。

 

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