ロアナプラにてドレスコードを決めましょう   作:華原

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最終章、8話目です。


8  切実な願い

 ロックと亡霊が地下へ繋がるドアを潜った後も、レヴィは一人敵と対峙していた。

 相手は二人。張が言う、亡霊が連れてきた上海マフィアだろう。

 

 悪徳の都で二挺拳銃として名を馳せた彼女にとって、敵が複数いる場合の鉄火場など珍しくもない。

 男達はそれぞれ反対方向へ走りながら、レヴィへと銃口を向ける。

 彼女も軽やかな身のこなしで弾を避け、引き金を引く。

 

 まずは一人に的を絞り、神経を研ぎ澄ませる。

 こちらへ向かってくる一人の片足へ銃弾が命中すると同時に倒れ、手から銃を離した。

 

 今度は少し遠くで銃を構え発砲しようとしているもう一人へ二つの銃口を構え、集中を研ぎらせることなく弾を放つ。

 

 二つの銃声が鳴り響いた少しの間の後、眉間に風穴が空き、ゆっくりと後ろへ倒れた。

 

「チッ……」

 

 舌打ちし、空になった弾倉を入れ替える。

 一つ息を吐き、相棒の元へ急ごうと足を動かす。

 

 途端、外から近づいてくる雑音が耳に入り、レヴィの足が止まる。

 

 反射的に入口へと走り出し、外の音を拾うべく耳を澄ます。

 ──車のドアが閉まる音と同時に、何十人もの足音が聞こえてくる。

「旦那か」と、少しの期待に胸を膨らませる。

 

 

 だが、その期待はすぐさま砕かれた。

 

 

「たく、何手間取ってるんだかな。あの詐欺師は」

 

「最後にまた楽しんでるんじゃねえか。独り占めしてたって話だしよ」

 

「いいご身分だな、腹立つぜ」

 

 中国語とも広東語とも違う言語に、味方ではないことを悟る。

 足音からして十人やそこらの数ではない。

 

 流石のレヴィも、大人数相手では冷や汗をかかざるを得なかった。

 

「ちくしょう……あの亡霊野郎、ビビりやがって」

 

 亡霊は万全な準備を整え、街を騒がせた。

 こうなることも予想し動いていた用意周到さに悪態をつくしかなかった。

 

 夜なら奇襲がかけやすいが、生憎今は真昼間。

 身を隠す場所など無いに等しく、最早正面から迎えるしか選択肢が残されていない状況に、再び舌打ちする。

 

 この場をどう切り抜けるか。

 張が来るまで持ち堪えられるか。

 そもそも彼がここに現れるまでどれくらいなのか。

 

 ロックが東洋の神秘的な何かで亡霊を倒し、自分の元に戻って来ることは神のご加護がない限り絶対にない。

 味方が一人もいないレヴィにとって、この後来るであろう応援だけが頼みの綱だった。

 

 はあ、とため息を吐き、倉庫内を見渡す。

 目に映ったドアの近くのビニールシート。

 ひとまず隠れてぎりぎりまでやり過ごそうと考え、勢いよく駆け出す。

 

 雑にビニールシートを被り、うつ伏せになり、敵が現れるのを待つ。

 

 やがてギィ、と錆びた鉄が擦られる音が響き、何十人もの足音が近づく。

 

「誰もいねえじゃねえか。こんな人数割く必要あったか?」

 

「“ボスへの土産を確実に調達したいなら指示に従え”ってよ。あの野郎、この件が終わったら絶対殺してやる」

 

「やめとけ、ありゃボスのお気に入りだ。手出したら俺らが杭州湾の藻屑にされる」

 

「……チッ」

 

 舌打ちした男は、苛立ちを押さえることなく近くにあった木材を蹴る。

 蹴った木材が飛んだ先はレヴィのいるビニールシート。

 

 見事に真上へ飛んできた衝撃に、呻き声こそ上げなかったものの「絶対ェコロス」と心の中で殺意を高めていた。

 

 やがて段々と近づいてくる足音に、レヴィは更に息を潜め、ソード・カトラスを握り直す。

 

 せめて旦那が来るまで一人でも片付けねえと。

 小さく息を吐き、覚悟を決める。

 

 

「おい、やべえぞ! 表に奴らが──ッ」

 

 

 

 途端、後方──入り口から戸惑ったような言葉が飛んでくる。

 何事かと、その場にいた全員が視線を動かす中一つの銃声が鳴り、言葉を発した男は最後まで続けることなく床へ倒れていく。

 

 静けさが場に落ちる。一つ間を空けて、高らかな革靴の音が響く。

 それは、黒いロングコートを颯爽と翻し、カスタムされたベレッタM76二挺を手に現れた。

 

 

 

 

「これはこれは、盛大なパーティの途中だったようだな」

 

 

 

 

 三合会は金義潘の白紙扇──雅兄闊歩こと張 維新が凛然と発する。

 

 

 

「残念だが、この街じゃ諸君は招かれざる客だ。ここいらでお引き取り願おうか」

 

 

 彼の一言を聞き大勢が驚く中、レヴィは荒々しくビニールシートを払いのけ勢いよく飛び出すと、間髪入れず近くにいる敵へ発砲する。

 

「遅かったな旦那! 待ちくたびれたぜ!」

 

「よく堪えたな二挺拳銃」

 

 不敵な笑みを浮かべる二人が言葉を交わし、敵の二人がほぼ同時に倒れると同時に入り口が大きく開かれる。

 瞬時に、黒スーツに身を包んだ男たちが倉庫内へなだれ込む。

 

 踊るように次々と敵をなぎ倒していく張を筆頭に、彼の部下達も敵を屠っていく。

 飛龍衆も負けじと応戦し、倉庫内はたちまち怒号と喧噪で満ちる。

 

 レヴィも意気揚々と引き金を引く。

 やがて倉庫の中央まで来ていた張の元へ駆け寄り、即座に背中合わせとなる。

 

「旦那、キキョウはあのドアの先にいる。ロックと亡霊もそこに」

 

「ロック一人で行かせたのか。亡霊に魂をかすめ取られなきゃいいが」

 

「アイツだって鉄火場を何度か潜り抜けたんだ。そう早く死にゃしねえ」

 

「だといいがな」

 

 背中越しに言葉を交わしながら、眼前の敵へそれぞれ弾を的確に打ち込んでいく。

 

 四、五人ほど葬った後、張はサングラスに隠れた瞳で飛龍衆の一人が奥のドアへと駆け込む姿を捕らえる。

 二人は息を合わせ、同じ方向へと足早に向かっていく。

 

二挺拳銃(トゥーハンド)、こいつらはここにいる分だけじゃない。倉庫の周りだけじゃなく、近くの港にもうじゃうじゃいる。外はバラライカとロニーに任せちゃいるが、キキョウを外に出させたら連れ戻すのはちと厄介になる」

 

「姐御とロニーも来てんのか。連絡会がほぼ勢ぞろいなんて、随分手厚いお出迎えだな旦那」

 

「どいつも神経尖らせてたからな、当然っちゃ当然だ」

 

 歩みを進めながら、二人は向かってくる敵を難なく倒していく。

 やがて開かれている隠し通路の前まで来ると、レヴィは振り返り張の背中を守るように立ち塞がる。

 

「旦那は二人を。アタシはここを守る」

 

「ああ」

 

 短く言葉を交わし、張は躊躇うことなく暗闇へ足を踏み入れた。

 一挺を腰のホルスターへ戻しながら、暗い階段を降りていく。

 下へと行くにつれ、何やら響いている物音が近づく。

 

 程なくして、開かれたままのドアと同時に部屋の光景が目に入る。

 

 まず、先程自身より早く部屋へ入った男の眉間を撃ち抜いた。

 硝煙が漂う中、すぐさまもう一人の男へと銃口を向け、静かに告げる。

 

 

 

「相変わらず、女を口説くのは下手くそらしいな」

 

 

 

 サングラスの奥で、ちら、と鎖に繋がれている女へ視線を向けた。

 彼女の姿に、張はかつてある男と対峙した時の光景を思い起こしていた。

 

 あの時の彼女も酷い有様だったが、今はそれ以上に無残な姿となっている。

 最早生きているのかも怪しい。

 

 張はグリップを握る力を強めつつも、極めて冷静な態度を貫く。

 

 

 

「よう着飾り野郎」

 

 

 その一言を聞いた瞬間、ヴェスティはロックを押さえつけたまま銃口を張へと向ける。

 驚いた表情から一変、ニヤリと口元を歪める。

 

「……ちゃ……さ……」

 

「よう童顔野郎」

 

 張の登場にキキョウは僅かに顔を上げ、途切れ途切れに名を口にするもそれを遮るようにヴェスティが言葉を発する。

 すぐさま「はっ」と鼻で笑い、続いて口を開く。

 

「まさか、張 維新自らこんなとこにお出ましとはな。いくらお前でも、タダでヤれる女は手放したくないってか」

 

「……」

 

「この際だ、女を選び直したらどうだ。こいつのせいで街は荒らされて、お前たちマフィアが手を煩う羽目になった。こんな面倒な女、傍に置くのは損しかないぜ?」

 

「……」

 

「お前の事だ、こいつの過去も全部洗ったんだろ。なら、どれだけ厄介な女か理解したはずだ。そんな女のために命張る必要なんざどこにもない。俺が連れ出してやるから、銃下ろして仲間と一緒に家に──」

 

「よく喋るな。Out of the mouth comes evil.(口は禍の元)って言葉知らねえのか。馬鹿は死んでも治らないらしい」

 

「ほざくなよクソ野郎が」

 

「それはお互い様だ」

 

 お互い姿勢と表情を崩さず、ただ淡々と言葉を交わす。

 殺気と緊張感が包む中、張は一つため息を吐き、呆れたような表情を浮かべる。

 

「まったく、アイツの皮を被ってるってのによくあんなに陳腐な言葉を並べたもんだ。お前、本当にヴェスティの事知ってるのか?」

 

「あ?」

 

「あれはこの俺に対してでも紳士ぶった口調を変えなかった。そこだけは感心していたもんでな、よく覚えてるよ」

 

「……」

 

「仮にも最期まで紳士らしさを貫いた男の名を背負うには、些か感情のコントールができてなさすぎる。こんなガキに名前を使われるとは、ヴェスティもあの世で泣いてるだろうさ」

 

 

 ヴェスティの名前が出た瞬間、亡霊の顔から笑顔が消える。

 次第に眉根を寄せ、鋭い視線を張へと注ぐ。

 

 

「俺としちゃ白いベールを早く脱いでもらいたいんだが……まだその気になれないかな?」

 

「よく喋るのはどっちだよ。お前はお話に来たのか? 違うだ──ろッ!」

 

 言い終えるのと同時に、亡霊は足を掴んでる手をものともせず、ロックの顔を思いきり蹴り上げる。

 刹那、一瞬の隙も無く態勢を整え、勢いよく張の元へと走り出す。

 張も素早く引き金(トリガー)を引くも、あっという間に距離を詰められる。

 

 亡霊は張の銃を持っている手を掴み、強引に銃口を上へと逸らす。

 すぐさまもう片方の手で銃口を向けようとするも、張も亡霊と同じ行動を取り、お互い至近距離で睨み合う。

 

「間近で見るとより童顔が際立つなあ。サングラス似合ってねえぞベイブ」

 

「本当によく吠える野郎だ。そんなんじゃ、背格好は同じでもどんどん大好きなヴェスティからかけ離れていくぞ」

 

「お前がヴェスティの何を知ってるってんだ。知ったような口叩くんじゃねえ」

 

「少なくともお前より幾分かマシだった、てことだけは分かるな」

 

 両者とも笑みを浮かべながら罵り合い、掴む手は強い力が入っているからか震えている。

 そんな二人を、ロックは痛む顎をさすりながら起き上がり、眺めていた。

 

 何の武力もない自身が助けに入ったところで、張にとって邪魔でしかないだろう。

 文字通り眺めることしかできなかった。

 

 しばらく拮抗状態が続く中、先に動いたのは張だった。

 勢いよく亡霊の腹を蹴り、「ぐっ」と呻く声と共に二人の距離は離れる。

 

 蹴られた衝撃で亡霊の態勢が崩れると、ポケットからリモコンと小瓶が飛び出し床に落ちる。

 カラン、と音が響き、片膝をつき腹を押さえている亡霊とロックはほぼ同時に音の方へと視線を向けた。

 

 刹那、二人は同じタイミングで同じ方向へと駆け出す。

 その一瞬の隙を見て、張は銃口を亡霊へと向けた。

 

 小瓶とリモコンへ手を伸ばそうとしているロックへ亡霊が銃を向けた途端、一つの銃声がその場に鳴り響く。

 

 

 

 ──次の瞬間には、ロックへ向けられていた銃は床へと落ち、亡霊の手は血塗れとなっていた。

 

 

 

 唐突の衝撃に亡霊が目を見開いたそばから、再び銃声が轟く。

 ロックは亡霊に目もくれず、リモコンと小瓶を奪い取り瞬時にその場から離れた。

 

 右膝を撃ち抜かれ、床に手をついている亡霊に張は足早に近寄る。

 すぐ傍で立ち止まり、見下ろしたままもう片方の無傷な腕に二発撃ちこむ。

 

 肘に穴が空き、支える腕を失った体が床にゆっくりと打ち付けられる。

 やがて顔だけを動かし、自身を見下ろし銃を向けている張を睨む。

 

 

「まさか……こんな……こんなとこで……!」

 

「詰めが甘いんだ。お前も、ヴェスティも」

 

 

 苦虫を潰したような表情を浮かべる男へ、張は冷たい声音で淡々と呟いた。

 ロックは床に伏している亡霊の姿を眼に映し、一つ息を吐くと徐に張へと近づく。

 

「張さん」

 

「それは?」

 

「瓶は動きを鈍らせる薬物。これが倉庫中に眠ってるようです。こっちはそれを散布させるためのスイッチだと、こいつが」

 

「詐欺師の言う言葉だ、信用していいか分からんが……まあ、一応預かっておこうか」

 

 差し出した手に小瓶とリモコンが渡されると、流れるようにコートのポケットへと入れる。

 そして、ロックはすぐさま未だ鎖に繋がれているキキョウの元へと駆け出す。

 既に死体となっている男が手にしている鍵を取り、足の枷へ差し込む。

 

 がちゃん、という音と共に枷が外れる。

 次々に鍵を差し込んでいき、遂に最後の枷が外れる音が鳴る。

 

 ──最早、自力で立てる体力もないキキョウは、自身を支える枷が無くなり前へ倒れる。

 流れるようにロックが受け止め、態勢を整えるため床に膝をつき、キキョウを抱きかかえた。

 

 ボタンなどお構いなしにワイシャツを荒々しく脱ぎ、酷い根性焼きの跡が広がる胸元を隠すように体へかけた。

 浅い呼吸を繰り返すキキョウに、眉間に皺を寄せる。

 

「生きてるか」

 

「ええ。でもこのままじゃ……」

 

「裏に車を回してる。そこにダッチとリンがいるはずだ。レヴィと一緒に向かえ」

 

「はい」

 

 張からの指示を聞き、ロックは自身の腕の中にいる彼女の膝裏に腕を入れ、横抱きで抱える。

 すぐさま部屋を出ようと早足に、たが慎重にドアへと向かう。

 

 

 張の横を通ろうとした瞬間、ふとロックの足が止まる。

 

 

 

 

「──キキョウさん?」

 

 

 

 

 動けないはずのキキョウが張のストールへ手を伸ばし、握ったのだ。

 唐突の出来事に、ロック同様、張も驚いた表情を見せる。

 

 

「……ちゃ、さ……」

 

 

 か細い声で張の名を呼ぶ。

 僅かに開かれた瞼から覗く黒い瞳は焦点が合っていない。

 

「ちゃん……さ……」

 

「無理に喋るな。お前の事はロックが面倒みる」

 

 顔と銃口を亡霊へ向けたまま静かに言い放つ。

 それでも尚、キキョウの手は離れない。

 

「こ……どは……ちゃ……と……」

 

 何かを伝えようとするキキョウに、今度は口を挟むことはなかった。

 途切れ途切れに放たれる言葉の続きを、二人は静かに待つ。

 

 

「ちゃ……と、あい……を……こ……て、くだ……」

 

 

 彼女が言わんとしている言葉を理解し、一瞬片眉を上げる。

 顔の向きはそのままに視線を動かし、空いた手でキキョウの頬へと手を伸ばす。

 

 

 

 

「ちゃんと殺してやるから安心しろ。今は何も考えるな」

 

 

 

 

 ほんの少し柔らかい声音で放ち、いつもの傷一つなく、滑らかなものとは程遠いざらついた肌を撫でた。

 その言葉を聞き、キキョウは微かに口端を上げる。

 やがて力尽きたかのように瞼を閉じ、ストールから手が離れた。

 

 

「後は頼むぞ」

 

「はい」

 

「まて……くそッ……! その女だけは俺が……!」

 

 部屋を立ち去ろうとするロックの背中に、亡霊は床に這いつくばりながら苦し紛れに言葉を発する。

 だが、ロックは立ち止まることなくそのままドアを潜り階段を上っていく。

 

 キキョウとロックの姿が見えなくなっても尚、張は亡霊から銃口を向け続けていた。

 

「俺が……! どれだけの時間をかけて、ここまで来たと……思ってる!」

 

「んなもん知るか」

 

「クソ……クソッ……!」

 

 亡霊は痛みと怒りから表情を歪ませ、張を睨む。

 少しの間の後、床についている顔は段々と不気味な笑みへ変わる。

 

「お前……あの女を救ったところで、何かあると思ってんのか?」

 

「……」

 

「あの腕の有様見たろ。ありゃ……もう使い物にならねえぞ」

 

 ニヤニヤと下劣な笑みを浮かべる亡霊に、張は酷く冷めた表情と視線を向ける。

 

「体中に一生残る痕もつけてやった……あのロシア女みたいな、醜い体にしてやった」

 

「……」

 

「女としても、職人としても……最早何の価値もねえ。その上、日本政府の厄介ごとに巻き込まれたクソ面倒な人間だ。お前はアイツを、少し特別扱いしてたみたいだが……その特別待遇するには、アイツにゃ何も残ってなさすぎる」

 

「……」

 

「お前らマフィアは……利益がない人間を好まない」

 

「……」

 

「そんなお前が、あんな生きてるだけ損しかない女を今後どう扱うか……見ものだな」

 

 最後の悪あがきなのか、亡霊はわざと挑発するような言葉を吐く。

 特に言い返すわけでもなく、張は一切表情を変えずただ黙って聞いていた。

 

 やがて静かに一つ息を吐き、ゆっくりと口を開く。

 

「生きてるだけ損、か。確かに、傍から見りゃそうかもな」

 

 落ち着いた声で、淡々と話す。

 

「だが、それはこの街の人間皆そうさ。生きてるだけで世界のどっかの誰かにとって迷惑に思われる。お前も、この俺も」

 

「……」

 

「ここはそういう場所だ。世界のどっかで爪弾きにされた奴らの巣窟だ。何の価値もない奴らのな」

 

「……」

 

「だが、そんな人間でも何かしらの使い道はあってな。だから心配されなくても、アイツなりの使い道を探してやるさ」

 

 微かに口端を上げ、堂々と告げる。

 勝ち誇ったような笑みに、亡霊は口端を下げた。

 

「……いくら、あの女を気に入ってるからって……現実逃避してんじゃ」

 

「それが事実だ。それに──」

 

 グリップを握り直す。

 口端を上げたまま、言葉を続ける。

 

 

 

「現実逃避してんのは、死んだ人間をいつまでも追いかけてるお前の方だろう。何とも哀れだ」

 

 

 

 嘲笑するかのように発せられた一言に、亡霊は一瞬目を見開いた後すぐさま怒りの表情を浮かべる。

 

黙れ……黙れ黙れ黙れ! この腐れマフィアがッ! 殺してやる……! 殺してやる!

 

 怒声で発せられるイタリア語が部屋中に響く。

 辟易したような表情で、張は片耳に指を入れる仕草を取った。

 

 亡霊の声が轟く中、階段から複数の足音が聞こえてくる。

 やがて彪を筆頭に、黒いスーツに身を包んだ三合会の組員たちが姿を現した。

 

「大哥、倉庫内はあらかた片付けました。余った人員は外の増援へ回してます」

 

「そうか。バラライカとロニーに片がついたらこっちに来るよう伝えろ。こいつの処遇を決めなきゃならん」

 

「は」

 

 彪へ指示をしている間、他の組員たちが亡霊を取り囲む。

 身を捩っての抵抗も虚しく、使い物にならなくなった両手に難なく手錠をかけられる。

 

 その様子に張はようやく銃を下ろし、ホルスターへと戻す。

 ポケットから煙草を取り出し咥えると、彪がすぐさま火を点ける。

 

「キキョウはリンの元へ運ばれました。ガードは郭に任せてます。後は診療所まで無事につけばいいですが」

 

「加えてレヴィがいるならひとまず安心ってところだが……念のためリンの家に何人か向かわせろ。何が起こるか分からんからな」

 

 ライターをしまい、彪はすぐさま部屋を出て階段を上っていく。

 

「上に運べ。あの中央のヤツにぶら下げとけ」

 

 淡々と指示すると、男たちは無言で亡霊を抱え部屋を出て行く。

 

 一人となった空間で静かに煙を吐く。

 

 サングラスの奥で、キキョウが囚われていた部屋の奥を見据える。

 床には血が飛散った跡がいくつもあった。

 

 冷めた表情で血痕を見た後、先の灰が長くなった煙草を床に落とす。

 足に強い力を込め煙草を踏み潰すと、踵を返しその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

「──随分余裕ね」

 

「吸わなきゃやってられん時もあるさ。特に、こんな場所で待ちぼうけを喰らってる時は」

 

「……それ、ヤクじゃないわよね」

 

「俺は仕事にそんな野暮なもん持ち込まない主義さ」

 

 三合会と飛龍衆が争っている大型倉庫から少し離れた路地。

 喧騒と銃声が届いてはいるが、銃弾が飛ぶことはない安全な位置に停まっている一台の大型バン。その傍で、リンとダッチが言葉を交わしていた。

 運転席にはつまらなさそうな表情を浮かべているベニーが座っている。

 

 リンはキキョウの治療のため。ラグーン商会は張から受けた依頼をこなすため。

 それぞれの役目を果たすべく、これから来るであろう人物たちをただ待っている。

 

「本当に来るのかしら。あのホワイトカラーが足手まといにならないといいけど」

 

「アイツはそれなりに上手くやる男さ。レヴィも分かってるから着いて行ったんだろ」

 

「……」

 

「焦ったっていいことはねえぜリン先生よ。短気は損気だぜ」

 

「言われなくても分かってるわよ。偉そうに指図しないで」

 

 ギロ、と切れ長の眼でダッチを睨む。

 男嫌いで有名な彼女の態度にダッチは怒ることもなく、煙を吐いて頭を掻く。

 

「でもダッチ、本当にいいのかい? 加勢に行かなくて」

 

 運転席の窓から顔を覗かせているベニーからの問いを聞きながら、ダッチは煙草の灰を地面に落としす。

 

「これはマフィアの沽券に関わる事柄なんだぜベニーボーイ。俺達が出る幕じゃない」

 

「そりゃそうかもだけど……」

 

「今はただ時を待つのさ。待っときゃ来る」

 

 ダッチの返答に、ベニーは怪訝な表情を浮かべながらも口を噤む。

 

 ──この場所に着いてから、かれこれ三十分は待ちぼうけを喰らっている。

 ベニーやリンが焦り始めるのも無理はなかった。

 

 咥えている煙草が短くなり、最後の煙を吐きながら地面へ落とす。

 踏み潰し、新たな一本を口にしようとポケットへ手を動かした瞬間、その時は唐突にやって来た。

 

 路地の曲がり角から複数の足音と共に銃声が近づいてくる。

 途端、三人の視線は段々と大きくなる喧噪の方向へ注がれた。

 ダッチはポケットではなくホルスターへと手を伸ばし、S&W M29 6インチの大口径リボルバーを握る。

 

 

 

「──ダッチ!」

 

 

 

 自身の名前を呼んだのは、一つの銃声と共に現れたロックだった。

 何かを抱きかかえている彼の背後には、追っているであろう敵に対しレヴィが発砲している。

 そして、凄まじい飛び蹴りを敵へと見舞っている三合会組員の郭。

 ロックを先頭に車へと走る彼女たちの姿に、ダッチは即座にホルスターから銃を抜く。

 

「ベニー! エンジンかけろ!」

 

 ダッチがそう指示すると、すぐさま車のエンジン音が響く。

 バンのスライドドアを勢いよく開け、ロック達が乗り込むのを待つ。

 

「ちょっと! なんでアンタもいるのよ!」

 

「今はどうでもいいだろ! 状況見ろクソ女!」

 

 心底嫌そうなリンに、郭は飛び蹴りした相手の顔を思いきり蹴り上げながら言葉を返す。

 更に嫌味を返そうとしたリンだったが、息を切らしたロックがバンの目の前まで来たのが目に入り、口を噤む。

 

「リンさん、キキョウさんが……!」

 

「分かってる! 早く中に!」

 

 ロックが抱えているものが意識を失ったキキョウであることを瞬時に理解し、座席が取っ払われ、広々とした車へ乗り込む。

 ロックも後に続き、中へ入るとリンから「そこに置いて」と、既に敷かれている白いシーツを指される。

 指示通り、シーツの上にキキョウを慎重にリンと共に下ろす。

 車の外ではダッチとレヴィ、敵による銃声が鳴り響いている。

 

 喧騒が響く一方で、リンはキキョウに被せられているワイシャツを取り、真剣な表情で状態を診ていた。

 

 

「これは……」

 

 

 途端、眉根を寄せ呟くと、スライドドアから顔を出す。

 

「アンタ達! のんびりしてる時間ないわよ! 早く!」

 

 大声で叫ぶと「分かってる!」とレヴィから一瞬の間もなく返って来る。

 銃声を響かせながら、レヴィは勢いよく車へと駆け出す。

 

 バンの目の前で立ち止まり、もう一発弾丸を敵に見舞うとすぐさま中へ乗り込んだ。

 郭も乗ったのを見計らいダッチも助手席に座ると、リンがドアを勢いよく閉める。

 

 同時にベニーがアクセルを踏み、車が動き出す。

 敵の団体がいる方へと突っ込むみ、二人ほど轢いたが停まることなく敵の姿が遠くなっていく。

 

 喧騒が遠のいていく中、郭は懐のホルスターから一丁のダブルイーグルを取り出した。

 

「珍しいな、アンタが銃持ってるなんて」

 

「不本意だがな。流石に俺でも車の中から拳を見舞うなんて芸当はできねえ」

 

「銃の腕前は信用していいのか?」

 

「それなりに扱える。だが銃に関しちゃお前が確実に上だ。頼んだぞ、二挺拳銃」

 

「オーライ」

 

 

 

 郭とレヴィがそんな会話を繰り広げている間、リンはただひたすらキキョウの状態を診ていた。

 眉根を寄せ、緊張感を孕んでいる彼女の様子にロックは不安そうな表情を浮かべる。

 

 

直至肱橈肌(腕橈骨筋まで)……然後、前臂嘅神經(となると、前腕の神経が)……」

 

 

 唇に指をあて、考えながら広東語でぶつぶつと呟く。

 やがて「チッ」と舌打ちすると、勢いよくロックへ顔を向けた。

 

 

「アンタ!」

 

「え……あ、はいッ!」

 

 

 

 唐突に呼ばれ、反射的に返事する。

 

 

「ドクの番号分かる!?」

 

「ドクって、ハートランドの……?」

 

「さっさと答えて!」

 

「え、ええ……知ってますけど」

 

 理不尽なリンの言葉に戸惑いつつ返答した。

 リンはすぐさまポケットから携帯を取り出し、ロックへと投げる。

 乱暴に手渡され、なんとか落とさずにキャッチした。

 

「今すぐアイツに繋いで。アタシの家に来るよう伝えなさい」

 

「え、えっと……」

 

「早く!」

 

 鬼気迫る表情で催促され、ロックは疑問を口にすることもなく携帯の番号を押す。

 

「どうした、リン」

 

 切羽詰まった様子のリンにレヴィが怪訝そうに尋ねる。

 リンは自前の医療バッグから道具を取り出しながら、口を開く。

 

「これはアタシ一人じゃ手に負えない。人手がいるわ。一刻も早く手を打たないとまずいことになる。最悪死ぬわよ」

 

「……」

 

「時間がない、とっとと飛ばして!」

 

「だとよ、ベニーボーイ」

 

「安全運転は期待しないでくれよ」

 

 

 更にエンジンを吹かした車が猛スピードで道を駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





まだ色々問題は残ってるので、いざ後始末。
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