ロアナプラにてドレスコードを決めましょう   作:華原

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大変お待たせしました……。


11 振り払う痛み

 張と彪がキキョウの元へと応接室を出た後、ロックとレヴィはリンからの指示に従いその場に留まっていた。

 病室から聞こえてくるキキョウの声に不安げな表情を浮かべるルカへ「張さんがいるから大丈夫だよ」と安心させるように、ロックが声を掛ける。

 ──やがてリンから呼び出されルカもいなくなった後、ロックが重々しく口を開く。

 

「……キキョウさん、これからどうするのかな」

 

「さあな。まあ、腕がないなら店じまいするしかねえだろ」

 

「でも、そうなったら彼女はこの街で生きてく術がない。張さんのサポートはあるだろうけど、どこまでしてくれるのか……」

 

「んなことうだうだ考えんなロック。リンもアタイらも出来ることはやった、今はそれで十分だろ」

 

「でも」

 

「しつこいぞ」

 

 煙草を咥え、火を点けると勢いよく煙を吸う。

 眉間に皺を寄せているロックを見ながら、「はあ」とため息と共に煙を吐く。

 

「お前、日本から帰って来た時の勢いはどうしたよ。アイツを街から出すつもりじゃなかったか?」

 

「今はそんなつもりないって言ったろ。……だけど腕を失った彼女にとって、この街も他の場所も変わらないんじゃないかって思ってさ」

 

「……」

 

「彼女は自分を洋裁屋としてしか価値がないと思ってる。なら、この街にいる意味がないって考えるはずだ。もしかしたら、街を出て行くことだってあり得る」

 

「運よく生き残った弟子を置いてか?」

 

「彼女の事だ、腕一本失った自分っていう荷物を背負わせたくないんじゃないかな。生き残ったなら尚更、不慣れな土地に連れて行くことはしないと思う」

 

 語られる推測に肩を竦め、テーブルに置いてある灰皿へ煙草を押し付ける。

 キキョウがいる部屋から声がしなくなったのに気づき、レヴィはドアへと歩みを進めた。

 

「ま、アイツが街を出て行くならそれでもいいさ。こっちは恩も返せたことだしよ」

 

「……」

 

「そん時はアタイらが請け負おうぜ。最後の手向けによ」

 

「……ああ」

 

 振り向きもせず放たれる言葉に、少し遅れて返事をする。

 そしてすぐさま、スタスタと歩くレヴィの背中をロックは慌てて追いかけた。

 

 ドアを出ると、キキョウがいる部屋の前には張とリンがそれぞれ壁に凭れて立っているのがすぐ目に入る。

 

 張が二人に気づき顔を向け、レヴィが声を掛けようと口を開く。

 

 

 

「──先生のバカ!」

 

 

 

 部屋の向こうからルカの大声が響き、すぐさま全員がドアへと視線を注ぐ。

 瞬間バタン、と乱暴に開かれたドアから勢いよくルカが飛び出てきた。

 

 目に涙をため、鼻をすすりながら走るルカの表情を一瞬で目に留めたレヴィは、即座に張へ告げる。

 

「旦那、あいつはアタシらが」

 

「ああ」

 

「いくぞロック」

 

 キキョウと何かがあったのは明白だった。

 この中で彼女の相手にふさわしいのが張であるならば、自分たちがルカの後を追いかけるのは当然の判断だ。

 

 ラグーンの二人は足早にルカの元へ向かい、張はこめかみを掻きながら壁から背中を離した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 泣かせてしまった。

 先程まで自身の腕の中にいた弟子が涙ながらに叫び、部屋を出て行ってもその背中へ目を向けることができず、床にへたり込んだまま小さな足音が遠くなるのを聞いていた。

 

 これでよかったのだと、目を瞑り自分に言い聞かせる。そうでもしないと、胸に広がる罪悪感に押しつぶされそうになるから。

 拳を握り動かずにいると、後ろから革靴の音が聞こえてくる。一瞬止まったかと思うと、足音の主がドアを閉めたのが音だけで分かった。

 

「立てるか?」

 

 この場にいるのが誰かなんて、顔を見るまでもなかった。

 すぐ隣にしゃがんで手を差し伸べてくれる彼から漂う、嗅ぎなれた煙草の匂いが鼻を掠める。

 

「……ええ」

 

 目の前にある武骨な手からすぐさま目を逸らす。

 

 今の私に、この手を取っていい権利があるはずない。

 彼がもたらしてくれるこの甘さにもう浸ってはいけないのだと、使い物にならない右腕が思わせる。

 

 大丈夫です、と一言告げ足に力を入れようと踏ん張ってみる。

 だが、思ったように体が言うことを聞かず、何度力んでも上手く動けない。

 

 もしや、腕だけでなく足まで使い物にならなくなったのだろうか。

 そんな考えが頭によぎり、眉根を寄せる。

 段々と滲む焦燥感から拳を強く握る。

 何かに摑まれば立てるはず。そう思い、ベッドへ近づこうとした。

 

 が、武骨な手に左腕を掴まれたかと思いきや、今度は驚く間もなく引っ張られ固い何かにぶつかる。

 煙草とムスクが混ざった匂いが濃くなり、瞬時に彼の胸板であることを理解した。

 

 思わず上へ顔を向けると無表情の彼の顔が目に入り、心なしか息が詰まったのを感じた。

 

 流れるように背中と膝裏に手が回ると、すぐさま浮遊感が襲う。

 

「ちゃ、張さ」

 

「無理するな」

 

 思いがけず抱きかかえられている状態に困惑し呼びかけるが、淡々と返される。

 

 ──ああ、なんでこの人はこんなに甘いのだろうか。

 

 周りからは冷酷無比だと言われているが、仲間や気心知れている相手には決してその限りではない。

 時折こういった優しさを見せてくる。

 そんな彼だから、今まで関係を続けられたのだ。

 

 

 だが今は……その優しさが、とても辛い。

 

 

 いっそ突き放してくれればと。利益のない女だからと放っといてくれれば。そう思わずにはいられない。

 

 眉根を寄せたまま揺られていると、やがてベッドへ下ろされた。

 彼の手つきもまた優しいもので、それがより胸を締め付ける。

 

 お礼を言うことができず、彼から目を逸らす。

 倒れていた椅子を手に取り腰かけると、長い足を組みこちらを見据え、いつもの飄々とした口調で話し始める。

 

「気分はどうだ? まあ、よくはないだろうが」

 

 こちらを気遣うような言葉に、再び拳を握る。

 

「起きたばっかだってのに、弟子に馬鹿呼ばわりされるとは。アイツのあの様子だと、相当なこと言ったんだろ」

 

 彼もルカが泣いて走り去っていくのを見たのだろう。

 あの子の言葉が部屋の外まで響いていたとは思わなかったが。

 

 胸に残っている罪悪感から、思わず俯く。

 

「何を話してたんだ」

 

 淡々とした声音でされる質問に、どう答えようか迷ってしまう。

 無言が続いても苛立つ態度を見せることなく、張さんは急かすことなくただ待ってくれている。

 

 ……このまま黙っているのはあまりにも彼に失礼だろう。

 パトロンとして支えてくれた彼にはちゃんと言うべきだ。

 

 小さく息を吐き、意を決し顔を上げる。

 いつの間にかサングラスを外し露になっている彼の素顔を見据えた。

 

「弟子をやめるよう、伝えました」

 

「だと思ったよ。お前はそういう奴だ」

 

 表情を一切変えることなく、分かっていたかのような口ぶりに目を逸らす。

 

「……泣かせて、しまいました」

 

「お互い無事に会えた矢先に弟子をやめろって言われたんだ。そりゃ泣きたくもなる。お前を慕ってるなら尚更な」

 

 彼の言葉に思わず拳を握る。

 

『君はもう弟子じゃない』、『これからは面倒見れない』と告げた時、あの子は首を縦に振らなかった。

 腕が無くなってもまだ傍に居たいと。私の弟子でいたいと言ってくれた。

 

 同じ屋根の下で暮らしていたのだ。自分を慕ってくれているのは分かっていた。

 

 それが歯痒くも嬉しくて。

 だからつい甘やかしてしまうし、期待もしていた。

 

 そんな愛弟子を突き放すことに、何も思わない訳がない。

 

 今まで一度も見たことないあの子の泣き顔が脳裏に浮かび、胸が締め付けられそうになる。

 

 ──だが、それでも自分で決めたことを曲げるつもりはない。

 

「張さん、貴方にも話したいことが」

 

 握った拳はそのままに、彼の瞳を真っすぐ見つめる。

 黙ってこちらを見据える彼の視線から目を逸らさず、一つ間を空けた後はっきり告げる。

 

 

 

 

「私、この街を出ます」

 

 

 

 

 短い一言に、一瞬だけ張さんが目を見開いた気がした。

 すぐさま困ったように眉尻を下げる。

 

「やっぱりそう来るか。だが、ちと性急過ぎやしないか」

 

「そうでしょうか」

 

「さっき起きたばっかだってのに。もう少し考えてもいいと思うぞ」

 

「ちゃんと考えた上での結論です。それに、こういうのは早いに越したことはありません」

 

 間を空けずに言葉を返せば、彼はため息を吐いた。

 それは諦めからか、呆れからなのかは分からない。だが、納得していないのは明らかだった。

 

「一応聞いておくが理由は?」

 

「貴方ならお分かりでしょう」

 

「はっきり言え」

 

 有無を言わせない声音に、彼を見据えたまま素直に答える。

 

「この腕では洋裁屋は愚か、普通に暮らしていくのでさえ精一杯になるでしょう。この街なら尚更」

 

「他の場所でも大して変わらねえだろ」

 

「そうかもしれませんね。ですが、洋裁屋としての私は死にました。この街に拘る理由はありません。なら、出て行っても同じ事」

 

 利き腕も家も失った今、自身が洋裁屋として生きていくのは無理だろう。

 義手で裁縫をしている人もいると昔聞いたことはあるが、店を出せるほどの腕前になるまで一体どれほどの時間を要するのか。

 その間、何の利益も生み出せない人間を誰が支えてくれるのか。

 こんな何もないただの荷物をあの子に背負わせるわけにもいかないだろう。

 

 ──何より、あの男が過去にしでかしたくだらない行いのせいで、張さんやバラライカさん。その他にも大勢の人を巻き込んだ。

 殺したはずの男の影がどこへ逃げても纏わりついてくるのだと、今回の事で実感した。

 

 この街に残りたいなどと言えるわけがない。

 一番お世話になった目の前の彼には尚更。

 

「この街を出てどこ行くってんだ。当てでもあるのか」

 

「全く。でも、なんとかなるでしょう」

 

「目の前に頼れるパトロンがいるんだ。そのナリでただ一人見知らぬ土地に行くよりも、慣れ親しんだこの街に残った方が利口だと思うがな」

 

「……貴方はまだ、パトロンでいるつもりなんですか?」

 

 思わず眉を寄せる。

 怪訝な顔を浮かべる私とは反対に、彼は飄々とした態度。

 

「洋裁屋キキョウがこれまで街にもたらした利益は大きい。お前の服を手に入れたいがために、街の外から足を運んでくる人間もいるほどだ。一流である洋裁屋の腕を失ったのは、この街にとって痛い損失と言える」

 

「……」

 

「その上、近頃街が忙しないおかげで全体的に客足も少しだが遠のきつつある」

 

 ……一体何が言いたいのだろうか。

 表情を変えず、淡々と語られる話に怪訝ながらも黙って耳を傾ける。

 

「そんな状況で、利益を生み出す可能性がまだ残ってる奴をみすみす逃したくはない」

 

「……は?」

 

 つい声に出してしまった。

 本当に意味が分からない。

 これじゃまるで、私にまだ利益があると思っているように聞こえる。

 貴方の目の前にいるのは、片腕を失った元洋裁屋だというのに。

 

 張さんは足を崩し前のめりになると、余裕のある笑みを見せる。

 

「簡単な話だ。腕を失ったのなら、次の腕を育てりゃいい。一流の技術をつぎ込んだ弟子さえいれば、損失をいくらか減らせる」

 

 放たれた一言に目を見開く。

 私が口を開く前に、彼は言葉を続ける。

 

「お前があいつを育てる間、パトロンとして最大のサポートをするつもりだ。何年かかっても構わん。あいつにお前の全てを叩き込め。洋裁屋キキョウの腕はそんくらいの価値がある」

 

「……」

 

「ルカには俺からも話をする。ガキだが利口な奴だ。一度破門にされたことを気にせず、再びお前の弟子になるはずだ」

 

 拳を握る力が無意識に強まっていく。

 

「こんないい話、蹴るにはもったいないだろ? Ms.キキョウ」

 

 そう、彼はこういう人なのだ。

 

 この悪徳の都で何年も支配者の一人として君臨してきた彼は、いつも私の一歩先を行く。

 現に、私が懸念するであろうことを口にし、拒否できないよう話を持ち掛けた。

 

 本当、この人には敵わない。

 彼にここまで言われて、嬉しくない訳がない。

 

 どんな表情をしていいか分からず、目を逸らし苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「とても、心躍るお話ですね」

 

「だろ。お前なら喜ぶと──」

 

「貴方はいつもそうやって、私を甘やかす」

 

 彼の言葉を遮って呟いた。

 握っていた拳を開き、右腕の肘に触れる。包帯が巻かれている切断部分をさすり、一つ息を吐く。

 

「口にしてもいないのに、手に取るように私の気持ちを汲み取ってくれる。私の望みを、何度も叶えてくれた。本当、甘すぎる。……貴方の甘さに、かまけてしまいたくなる」

 

「……キキョウ?」

 

 張さんが戸惑いを滲ませた声音を出す。

 さする手を止め、ぎゅっと腕を掴む。

 

「確かに、貴方がいてくれれば弟子を育てることはできるでしょう。でも、もうそんな気はありません」

 

「……何故」

 

「こんな片腕の大人の世話をさせるわけにはいきませんよ」

 

「義手つけりゃ必要最低限の生活はできるはずだ」

 

「だとしても、世話をかけることに変わりはない。……それに、もう私と貴方は対等な関係じゃない。今の私は洋裁屋じゃありません」

 

 洋裁屋ではないのは揺るぎようのない事実なのに、言葉にした途端胸の中に重りができたような感覚になる。

 

「洋裁屋は廃業します。自分で服を作れないくせに弟子を取るなんて、あまりにも滑稽すぎる」

 

「……」

 

「職人とパトロンという関係じゃなくなった今、貴方が私の世話を焼く必要もありません。私が貴方に甘えていい理由もない。私の洋裁屋の腕がなくても、貴方なら街の損失を取り戻すくらいできるはずです」

 

「……」

 

「私はこの街に……貴方に必要ない」

 

 ゆっくりと彼の方へ顔を向けた。笑みを崩し、眉根を寄せている顔が目に映る。

 

「ハルタ・シゲトミから受け継いだもんを捨てるのか」

 

 痛いところを突かれてしまった。本当に彼は私の事をよく分かっている。

 はっきり告げられた一言に、腕を掴む力が強まる。

 

「……仕方ありません。あの人も、そう言ってくれると思います」

 

 こんなことを言う自分に心底嫌気が差す。

 だが、こうでも言わないと彼は引いてくれないだろう。

 

「はあ……やれやれ」

 

 私の言葉に、張さんは困ったようにこめかみを掻いて肩を竦めた。

 

「必要ない、か。ここまでくると、最早わざととしか思えん」

 

「……」

 

「俺にお前が必要ないと、本気で言っているのか」

 

「貴方は私が居なくても困らない。そうでしょう?」

 

 間髪入れず答えると、張さんは不機嫌そうに眉間の皺を深くする。

 彼が、片腕となった私を必要とする理由はない。あったとしても街の利益になるかどうかでしかないだろう。

 弟子を取らないと告げた以上、彼の利益になることはない。

 

「お前はどうなんだ」

 

「え?」

 

「お前には俺が必要ないのか」

 

 その問いに思わず目を見開く。まさか、こんなことを彼が聞いてくるとは思わなかった。

 なんて答えればいいか分からず、黙ってしまう。

 

 息が詰まったような感覚になり、つい目を逸らす。

 

 沈黙が流れる中、ふと視界の端で何かが近づいてくるのが見えた。

 それが頬に触れた時に彼の手だということが分かった。

 

 とっくに慣れた彼の癖。

 

 だが今は──とても受け入れられる気分ではなかった。

 

 すぐさま頬に触れている手を静かに振り払う。

 

 

「何を言われようと、出て行きます。もう決めたことです」

 

 

 

 ──初めて、彼の手を拒んだ。 

 

 

 

 自分で振り払ったはずなのに、胸の中の重みが更に増した気がした。

 顔を背けたまま告げると、そのまま彼の手が遠のいていく。

 

 少しの沈黙が落ちた後、張さんは半ば諦めたような声音で「そうか」と発した。

 

「留まるも出て行くもお前の自由だ。そこまで言うなら止めはしない」

 

「……」

 

「せめて包帯が取れるまではここに居ろ。お前に挨拶したい奴もいるだろうからな」

 

「……しかし」

 

「リンもそこまでしないと気が済まないだろう。最後まで世話をさせてやれ」

 

 本当は一刻も早く街を出たい。

 だが、出て行く前に挨拶を済ませたい人がいるのは確かだ。

 

 彼に甘えるのもこれが最後だと心の中で呟き、こんな時まで甘い彼の言葉に頷いた。

 

 

「分かりました。……お気遣い、ありがとうございます」

 

 

 顔を合わせることなく一言告げると、張さんは椅子から腰を上げ、ドアへ歩みを進めていく。

 そのまま何か言う訳でもなく、黙って部屋を去っていった。

 

 段々遠ざかっていく足音が無性に虚しく感じてしまい、腕を掴む力を痛みが滲むほどに強めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 ──張とキキョウが話している一方、レヴィとロックはルカの後を追っていた。

 玄関で一人立っていた彪にルカの行方を尋ねれば、ドアの方に顔を向け「そこにいる」と答えが返って来る。

 耳をすませば、グスッと鼻をすする音が聞こえた。

 

 レヴィは一つ息を吐き、足早にドアを開ける。

 周りを見渡すと、ドアのすぐそばで体育座りでうずくまっているルカが目に入り声を掛ける。

 

「よお、んなとこで何してんだ。腹でも下したか?」

 

「……」

 

 冗談を交えた声掛けに反応はない。

 少しの間の沈黙が流れた後、ガシガシと頭を掻きながら粗暴なガンマンはルカの隣にしゃがむ。

 

 煙草を咥え火を点ける。

 煙を吐き、沈黙を破るようにルカに目を向けることなくレヴィが口を開く。

 

「まあ、何を言われたのかは想像つくぜ。大方、弟子をやめさせられたんだろ」

 

「……」

 

「沈黙は肯定だぜ」

 

 淡々と話しかけるレヴィをロックはハラハラした表情で見守っている。

 

「それで、いじけてべそべそ泣いてる訳だ。──へえ、いつもは大人の顔色窺ってませた行動とってんのに、ガキらしいとこもあんじゃねえか」

 

「……」

 

「アタシはてっきり、すぐ吹っ切れるもんだと思ってたよ。お前みたいな利口なガキなら尚更」

 

「……僕も、そう思ってたよ」

 

 口端を上げ語るレヴィの言葉に、ルカが顔を下に向けたまま反応する。

 

「いつか先生に捨てられても……平気だって。前みたいな生活に、すぐ戻れるって……思ってたんだ」

 

 震えた声音で、時折鼻をすすりながら呟く。

 

「でも、あんなに優しい人なんだって、知っちゃった……」

 

 腕を掴む力を強め、声だけでなく体も震えている。

 

 レヴィはそんなルカへ同情の目を向ける。

 

 自身も酷い幼少期を過ごしたからこそ、ルカの言葉の意味が嫌でも分かってしまう。

 

 触れたこともない優しさを一度知ってしまえば、自ら手放すのは難しい。

 特に年端も行かない子供なら尚の事。

 

「だから、かな……腕切られたから、仕方ないって分かってても……弟子じゃないって言われて、ショックだったんだ……」

 

 涙声で、途切れ途切れになりながら自身の思いを吐露していく。

 

「先生も、僕を捨てるんだって……母さんと、同じなんだなって……」

 

 その言葉に、レヴィはわざとらしく「はああ」と盛大にため息を吐く。

 呆れたような目線と表情をルカへ向ける。

 

「てめえのママがどういう人間だったか知らねえし興味もねえ。けど、キキョウが何も考えずにてめえを突き放した訳じゃねえってことくらい分かんだろ」

 

「……」

 

 フォローすんのはガラじゃねえんだけどな。と内心呟きながら、言葉を続ける。

 

「考えてもみろ。あれは洋裁屋として最低限の誇りしか持ってない自己嫌悪の塊だ。それでも弟子を迎えて、アイツなりに腕を叩き込もうとしてた。──アイツがどれだけお前に期待して、可愛がってたかは誰よりもお前が知ってるはずだ」

 

「……」

 

「そんな弟子を自分のせいで巻き込んだと思ってるはずだ。キキョウはアタイらが思ってるより臆病で不器用だからな。その上、亡霊の遊び気ままに商売道具もがれたとなりゃ、尚更弟子を抱えようとは思わねえわな。今のアイツは手放す選択肢以外見えてねえだろうぜ」

 

 俯いているルカを一瞥し、煙草を吹かす。長くなった灰が地面へ落ちる。

 

「お前はどうなんだ。アイツは何もしてねえとはいえ、要因ではある。片腕しか残ってねえ、自分の身も守れねえ奴にこれからも着いて行くのか」

 

「ちょ、レヴィ」

 

「黙ってろロック」

 

 言いさす相棒へぴしゃりと放つ。

 

 これから先、彼女に着いて行くのであれば今までの様に甘えることは許されない。ならば、彼も相応の覚悟が必要になる。

 これはルカが遅かれ早かれ必ず直面する問題であり、彼自身が答えを出さなければならない。

 

「……」

 

「……」

 

 しばし沈黙が落ちる中、心配そうな表情を浮かべるロックと無表情で煙草を咥えるレヴィ、二つの視線がルカへと注がれる。

 

 レヴィは短くなった煙草をゆっくり吸い、地面へ押し付けた。

 新しい一本を取り出すのと同時に、ルカが僅かに顔を上げる。

 

「僕は……」

 

 まだ少しばかり涙が溜まっている目をレヴィへ向けた。

 

「やっと、弟子になれたんだ……諦めたくない」

 

「腕無くなってんのにか?」

 

「生きていけない訳じゃないし。それに、他人(ひと)の世話をするのは慣れてる」

 

 そこまで言うと、ルカは顔を勢いよく上へ向ける。

 固く組まれていた腕を解き、すーっ、と溜まった息を吐き出すと上を向いたまま真剣な表情を浮かべる。

 

 

 

「──腕一本分くらい支えてやる。いつか絶対、先生を超える洋裁屋になってやる。あんなクソ野郎なんかのせいで、諦めてたまるか」

 

 

 

 若干怒りが滲んでいるものの、真摯な表情と声音で言い放たれた覚悟にレヴィは満足げに「そうかい」と口端を上げた。

 

 

「よく言った。いい男になるぜ、お前は」

 

 笑みを浮かべたままルカの頭へと手を伸ばし、ガシガシと乱暴に撫でる。

 抵抗することもなく、ルカは黙って受け入れた。

 

 やがてレヴィの手が離れると、さっきまでとは打って変わりルカは再び不安な表情を浮かべる。

 

「とは言ってもなあ、先生頑固だし……どうしよう」

 

「まあ、とにかく押すしかねえだろうな。問題は時間だが……アイツは街を出て行くつもりなのか?」

 

「言われてないけど、あの感じはそうだと思う」

 

「旦那が引き止めに成功すりゃ万事解決だが、今回は流石に難しいかもな」

 

「うん。先生相当参ってたし、張さんの話でも聞き入れる余裕なさそう」

 

「だとしたら時間はそこまで残ってねえか。ま、すぐには出て行かねえはずだ。短いが、ないわけじゃねえ」

 

 眉を下げるルカへ、レヴィは余裕の笑みを向ける。

 

「アタシらはアイツを引き止めも追い出しもしねえ。が、お前の相談くらいは乗ってやるさ」

 

 再びルカの頭へ手を伸ばし、今度は優しく撫でていく。

 姐御肌を見せるレヴィの態度に、ルカは思わず「ありがと、レヴィ姉さん」と照れくさそうに言った。

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