ロアナプラにてドレスコードを決めましょう   作:華原

133 / 134
あけましておめでとうございます()

久々の更新です。


12 死人の戯言

 

「──どう? どこか痛むところない?」

 

「大丈夫です」

 

「……ごめんなさい。アタシの腕が足りないばかりに」

 

「謝らないでください。リンさんは何も悪くないんですから」

 

 目が覚めてから早三週間。

 右腕に巻かれていた包帯が取られ、塞がった切断部分が露になる。

 

 半分失った腕を見ながら、リンさんは眉間に皺を寄せ謝罪の言葉を口にした。

 すぐさま言葉を返すも、彼女の顔にかかっている曇りは晴れない。

 

「胸の痕は……」

 

「こっちもなんともないです。違和感もありません。──大丈夫ですから、そんなに気にしないでください」

 

「無理ね。女の子には痕を残さないようにするのがアタシのポリシーなのに。可愛い友人なら尚更気にするわ」

 

「……今回ばっかりは私の運が悪かったんです。生かしてくれただけでもすごい事ですよ」

 

「…………キキョウちゃんてホント甘いわね。こんな様になっても責めないなんて」

 

「責める理由なんてないですよ」

 

 苦笑気味に放たれた呟きに少し口端を上げる。

 必死に生かそうとしてくれた人を責めるなんて、とてもできない。

 

「──ルカはどこに?」

 

「庭の草むしりさせてるわ」

 

 ふと、いつも周りにいたあの子の姿がさっきから見えないことに気づき問いかける。

 出て行ったわけではないのかと、返って来た言葉に思わず眉根を寄せる。

 

 弟子をやめるよう告げた後も、困ったことにルカは私から離れようとしなかった。

 

 

 ──張さんに街を出ると伝えた後、目を腫らしたあの子が勢いよく部屋に入ったと思えば、唐突に私の身の回りの世話をすると言い放った。

 

 

 

 当然、許せる訳がない。

 

 

 

 お婆さんの所へ帰りなさいと言ったのだが、「張さんから言われたし。リンさんも許してくれたから」と言って聞かなかった。

 

 そこから毎日、片手の私を甲斐甲斐しく手伝おうとしてくる。

 加えて、ベッドで本を読んでいる私の傍であの子は刺繍をするのだ。

 

 

 まるで「自分はまだ弟子である」という意志を示すかのように。

 

 

 ──危なっかしい手つきで針を通すものだから、つい癖で口を出してしまいたくなった。

 染みついた習慣はすぐには消えてくれないらしい。

 

 これ以上一緒にいても互いに良いことはない。だから部屋から閉め出そうとしたのだが、その度に口論になりリンさんに止められる、ということを何度も繰り返した。

 

 だが、それも今日まで。

 あの子にこれ以上負担をかけずに済む。

 

「ねえ、キキョウちゃん。本当に街を出て行くの?」

 

「ええ」

 

「じゃああの子は? 連れて行かないの」

 

「勿論。連れて行ったところで、まともに育てられるとは思えません」

 

「……考えは変わらないのね」

 

「はい」

 

「そう。……相変わらず頑固なんだから」

 

 リンさんはため息を吐いた後、仕方ないと言ったように苦笑いを浮かべた。

 

 ふと、花瓶に生けられた白い花──ジャスミンを目に映す。

 思えば、目覚めてからずっと花瓶から花が無くなることはなかった。

 

 聞いた話によれば、私が眠っている間も彼はよく花を持って見舞いに来てくれていたらしい。

 その名残からか、今も彪さんと郭さんが彼の使いとして数日空けて花を持ってくる。

 

 街を出て行くと話をしても尚、彼が気にかけてくれている事を知った時どうしようもない気持ちが駆け巡った。

 それが嫌で、二人が一番初めに持ってきた時には「受け取りたくない」「迷惑だ」と伝えたのだが、兄貴分の命令には逆らえないようでつい三日前にも持ってきた。

 リンさんも彼に世話になっている身として勝手に捨てるわけにもいかない。

 

 

 

 ……自分で捨てることも考えたが、何故か花に触れようとすると手が止まってしまい、どうしてもできなかった。

 

 

 そのせいで、彼からの花を毎日目にする羽目になっていた。

 

 唯一よかったのは、彼が自ら一度も持ってこなかったことか。

 

 愛想が尽きたか、または彼の手を跳ねのけた女に割く時間がなかったのか。

 何にせよ、彼の姿を目にしなくてよかったと安堵した。

 彼と会えば、決意が揺らぐような気がしたから。

 

 

 

 ──彼の手を跳ねのけたくせに何を今更言っているのか。

 

 自嘲にも似た笑みを浮かべ、恨めしいほど綺麗なジャスミンの花から目を逸らす。

 

「いつ出るの?」

 

「この後ラグーン商会に連絡して、方々に挨拶へ。そのまま街を出ようかと」

 

「今日? 随分急ね」

 

「早いに越したことはないですから」

 

 もしもの時に隠していたお金と個人口座の通帳はレヴィとロックに預けてある上に、ラグーンには事前に街を出る手段として依頼済。

 幸い残っていた在庫部屋の服は、スローピー・スウィングに譲るとリンさんを通じて張さんとマダムに伝えた。

 リンさんの世話になる必要もなくなり、準備も済ませてある以上、街に留まる理由もない。

 

「分かった。大哥にはアタシから伝えとく」

 

「……ありがとうございます」

 

 電話取って来るわ、とリンさんは部屋を出て行った。

 

 ──気が進まないとはいえ、今まで一番世話になった彼には必ず挨拶に行かなければならない。

 しっかり世話になった礼を伝えられるよう、気持ちの整理はつけたつもりだ。

 彼を前にしても動じず、取り乱すことはないはず。

 

 他に挨拶しなければいけないのは、三合会の人たちとルカ、スローピー・スウィングの人たちとバオさんと……。

 そして何より、彼女は絶対外せないだろう。

 

 考えていると、来客を告げるチャイムが少し遠くで鳴り響いた。

 

 今日来客の予定があるとは言っていなかったし、唐突の対応でリンさんが戻って来るまでに時間かかるだろう。

 

 その間に自分の身なりと部屋を整理しようとベッドから腰を上げ、シーツを片手でなんとか折りたたむ。

 ベッドのすぐ傍に置いてある、リンさんが用意してくれたバッグの中身を確認する。

 最低限の着替えと、レヴィ達に渡した金とは別にとっていた少しのドル札。

 

 今の私に必要なのはこれだけだ。

 

 ……本当は春さんから貰ったハンカチとアイツを刺したときに使った鋏を持っていきたかったのだが、すべて焼けてしまい残っていないようだ。

 鋏はいいとしても、あのハンカチは手放したくなかったな。

 

 考えても仕方ない、と頭を振りバッグからTシャツとズボンを取り出す。

 着ている病衣の結ばれた紐を解こうと手を伸ばす。

 

 途端、複数の足音が部屋に近づいてくるのが聞こえてきた。

 

 内一人はリンさんなのだろうが、他は一体誰なのだろうか。

 怪訝に思っていると、すぐさまノックと共にリンさんの声が飛んでくる。

 

「キキョウちゃん、アナタにお客様よ」

 

「……どうぞ」

 

 私に尋ねてくる人と言えば、基本的に郭さんか彪さん。もしくはレヴィとロック。

 だが、その四人だとしたらリンさんはお客様なんて丁寧な言い方はしない。

 

 その他に考えられる来訪者が思いつかないまま、現れるのを待つ。

 

 

 

 ドアが開かれ、すぐさま目に入ったのは──

 

 

 

「久しぶりね。少し瘦せたかしら?」

 

「……バラライカさん」

 

 

 

 

 顔半分が火傷痕で覆われても尚、美しさを携えている微笑みだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさいね、お見舞いに行けなくて」

 

「いえ、こちらこそご挨拶に行けずすみません。……お忙しかったのではないですか」

 

「ここ最近は落ち着いてるわ。貴女とゆっくり話せる時間ができたくらいには」

 

 椅子に座り優雅に長い足を組んでいるバラライカさんは、いつも紅茶を飲んでいる時と同じような穏やかな笑みを浮かべている。

 彼女とこうして話すのは、なんだか久しぶりな気がする。

 

 

 

「災難だったわね」

 

 

 

 世間話もそこそこに、一つ間を空け彼女は些か固い声音を発した。

 彼女の視線が右腕へと注がれているのがはっきり分かる。

 返す言葉に悩んでしまい、苦笑を漏らす。

 

「まさか、害虫一匹にしてやられるとはね。全く、香港で奴を仕留めておけばあんな騒ぎにはならなかったのに。三合会も詰めが甘い」

 

「……それほど、相手は狡猾だったということでしょう」

 

「── 一体何度目かしらね。貴女がこうなるのは」

 

 ため息を吐き、バラライカさんの顔から微笑みが消える。

 ブルーグレーの瞳に見据えられ、思わず顔を逸らす。

 自然と右腕に手を伸ばし、ゆっくりさする。

 

「仕方ないですよ。女一人をずっと監視するほど彼らは暇じゃありませんし。生きてただけでも幸運でした」

 

「嘘おっしゃい。洋裁しか取り柄がないと思ってた貴女が、腕を失ってそんなこと思う訳ないわ」

 

「嘘じゃありませんよ」

 

 右腕をさする手が止まる。

 

 確かに、腕が無くなった事で生きる糧を失った。

 だが、「腕がないなら死んでしまおう」とまでは思わない。

 

 自害することは、何人もの人が繋げてくれたこの命を無駄にするのと同義。

 何より、彼ではなくあの亡霊のせいで死ぬのは嫌だった。

 だから死ぬ選択肢はない。なら、生きてるだけ幸運だと思うしかない。

 

「私は洋裁しか取り柄がありませんでした。でも、商売道具を失ったからと言って彼を恨むのはお門違いでしょう」

 

「……」

 

「彼には感謝しかありません。もちろん、貴女にも」

 

 街の騒動を収めるためとは言え、彼女も動いてくれたおかげで助かったのだ。

 素直に伝えれば、バラライカさんは一瞬目を見開いた後、ため息を吐いた。

 

 

「相変わらずね。──なら何故、この街を出ようと?」

 

 

 放たれた言葉に、今度はこっちが目を見開く番になる。

 

「……ご存じでしたか」

 

 僅かに口端を上げ、観念するように肯定にも似た言葉を出す。

 

「さっきあの女医に聞いたわ。まあ、貴女ならそうするんじゃないかって予想はしてたけど」

 

「……」

 

「貴女の口ぶりからして、あの男に愛想が尽きたわけでもない。それに、彼から弟子の世話も続けるって言われたんじゃなくて?」

 

「……そうですね」

 

「なのに何故?」

 

 その問いに思わず言葉が詰まり、視線を外す。

 沈黙が落ちる中考えを巡らし、やがてゆっくりと彼女を見据える。

 

「彼の世話を受けるのが最良の選択なんでしょう。……でも、それは今の私には許されない」

 

「……」

 

「洋裁屋として死んだ私が、これ以上彼に甘えるなんてできるはずがない」

 

「……」

 

「一人では洋裁は愚か、ただ生きていくのですら苦労する今の私は、この街に……彼にとって何の価値もない。だから出て行くんです」

 

 彼女の瞳を見据えたまま、感情を殺した声音で告げる。

 自分でも驚くほど冷淡な声に、バラライカさんは動じることなく長い足を組み替えた。

 

 

 

「その言い訳が私に通用するとでも思ってるのなら、とんだ誤算よ」

 

 

 

 冷たさの中にどこかまだ温かさが感じられる声がすっと耳に入って来る。

 彼女は呆れたような表情を浮かべ深くため息を吐いた。

 

「価値がないだのなんだの言ってるけど、そんな難しい事考えたっていい方向に向かう訳でもないでしょう。折角目の前に差し出された手を、どうしてそんな頑なに突っぱねるのかしら」

 

「……」

 

「確かに、貴女の腕を失ったことは本当に残念。この街一番の洋裁屋の腕が奪われたのだから、悲しむべきことだわ。──でもね、ただの洋裁屋にここまで気に掛けるほど私たちは暇じゃない」

 

 凛と発せられる言葉で、左手に無意識に力が入る。

 

「じゃあなぜ気に掛けるか。答えは単純。アナタが私たちと信用を築いてきたから。それは力もない、とりわけ賢い訳でもないアナタ自身が勝ち取ったもの。銃を突きつけられようと、殴られようと、脅されようと折れなかったアナタなら、片腕が無くなろうとこれまでと変わらず、信用を失うことなく立派に弟子を育て上げるはず。それが分かっているから、あの男も世話を申し出た」

 

「……」

 

「ここまで言われないと分からないほど、アナタは馬鹿じゃないはずよ」

 

「…………」

 

「その信用を裏切るくらいの理由が、まだ貴女にはあるんじゃない?」

 

 

 

 ──ああ、なぜ。

 

 

 

 

 どうして貴女と彼は、こんなにも私の心を見抜いて来るのだろうか。

 

 やはり、私が分かりやすすぎるのだろうか。

 だとしても、ああも一切迷いなく言い切ったのは、きっと彼女の言う通り信用を築いたからだろう。

 

 ……その信用に応えるには、言葉が足りないか。

 

 

 彼女の凛とした心根を表したかのように綺麗な色をした瞳を見据え、少しの沈黙の後、意を決し重い口を開く。

 

 

 

「──分かってるんです。私に、まだやるべきことがあるのは」

 

「……」

 

「病気に臥せようと、足をもがれようと腕がなくなろうと……教え導くのが師の務め。一度育てると決めたからには、本人にその気がある限り面倒をみる。それが、私に……今の洋裁屋キキョウにとって残された、貴女や彼の信用に応えられる唯一の行い。それは、分かってるんです」

 

「……」

 

「でも、もうそんなことは言ってられない」

 

 

 

 左手の力が強まり、指が右腕に食い込んでいく。

 息が詰まりそうになりながらも、目を逸らすことなく言葉を続ける。

 

 

 

「バラライカさん、私の経歴はもうご存じでしょう。──私が何故この街に来たのか」

 

「……」

 

 バラライカさんから返って来たのは無言と真っすぐな視線。

 それは肯定と受け取らざるを得ない態度。

 

「念のため耳に入れておいたほうがいい」と、ロックから彼女と彼が私の過去を知っていると教えてもらった。

 あの時の状況を考えれば必然なことだ。

 それに今更過去を知られたところで、もうどうでもいい。

 

「少しでも自由を得ようとこの街に来たのに……あの男の存在が、ここまでついてきた」

 

「……」

 

「過去に取り払ったはずの影が、まだ残ってた。……私にだけ牙を剥くならよかった。でも、ルカや貴女達までも巻き込んでしまった」

 

「アナタの父親と関わってた飛龍衆はつぶれた。あの鼠もろともね。もう何も起きるはずが」

 

「私もそう思ってたんですよ。でも、()()()()()

 

 アイツを殺して終わりだと思っていた。

 日本から出て行けば、もう二度と苛まれずに済むはずだと信じて生きてきた。

 

 だが、どうだ。

 殺しても、日本を出てもあの男の影は離れてくれない。

 何年も経ったというのに、遠く離れたこの街でまたアイツ絡みの件に巻き込まれるとは思ってもみなかった。

 

 今回のことで、アイツの存在を忘れることも離れることも一生できないのだと、理解した。

 

 

 

「もし、またあの男絡みで何かが起きたら? その時、もし貴女達に何かあったら? ──そうなれば、貴女達は後悔する。私を殺さなかったことも、こうして留めようとしてくれたことも」

 

 

 

 私だけならいい。

 だけど、あんなくだらない男の何かにこの人たちを──あの人を巻き込みたくない。

 

 

 

「貴女達が頼りになることは十分理解しています。でも」

 

 

 

 一つ間を空け、少し息苦しさを感じながら言葉を続ける。

 

 

 

 

「洋裁屋キキョウとしてではなく、如月 李緒として貴女達を巻き込むのだけは……もう嫌なんです」

 

 

 

 

 

 自分の意志で悪徳の都で自由に生きた“キキョウ”ではなく、常に他人に怯え自由を掴むことのなかった愚かな如月李緒(死人)の存在が彼らを脅かす可能性があるのなら、望んだ日常を手放した方がマシだ。

 

 自然と自嘲の笑みが浮かぶ。きっと酷い顔をしているのだろう。

 私の顔を見たバラライカさんは何かを言いかけてやめた。

 

 彼女にしては珍しく、どこか迷いのある表情を一瞬見せる。

 

「なるほどね。アナタ、よっぽど父お……あの男の事が嫌いなのね」

 

 “父親”という言葉をわざわざ訂正してくれる優しさがじんわりと刺すように胸に沁み、苦笑が漏れる。

 

 

「残念だわ。仮に、そのもしが来た時にアナタを守らせてももらえないのね。私だけでなく、張にさえ」

 

 

 思わぬ言葉が放たれてしまい、どういう反応を返すべきか分からず彼女の視線から顔を逸らす。

 

 

「私も彼も気にしないというのに。……死んだ人間絡みの事なんて大抵くだらないものよ。くだらない事に巻き込まれるのは、もう慣れっこなのよ私たちは」

 

「……」

 

「まあでも、アナタが気になるなら仕方ないわ。無理に引き止めたっていいことはないから」

 

 落胆の中に柔らかさのある声音に再び息が詰まる。

 私を友人と称してくれた彼女に、こんな形で別れを告げたくなかった。

 

 ……後悔しても、もう遅いのだが。

 

 胸に重りがのしかかるかのような感覚に襲われる中、バラライカさんが椅子から腰を上げた。

 

「街を出る時は連絡して。遊撃隊総出で盛大にお見送りするわ」

 

「……そんなこと、しなくても」

 

「我が友人へせめてもの手向けよ。それくらいはしないとね」

 

 そんなことされる謂れはないのに。

 彼女の信用に応えられない私への意趣返しなのだろうか。

 

 ──いや、そんなくだらないことで彼女が遊撃隊を動かすわけがないか。

 

 本気かどうか分からない発言にどう反応するか迷っている内に、ヒールの音がドアへ向かっていくのが聞こえる。

 彼女と話すのもこれが最後。

 

 せめてちゃんとお礼を告げようと顔を上げ、口を開いたのと同時に「ああ、でも」と声が飛んでくる。

 

 

 

「もし、気が変わって街に残ることになったら祝い酒しましょう。その時は、アナタから酒の誘いを頂戴な」

 

 

 

 思ってもみなかった一言に驚きで言葉を忘れた。

 そんな私に綺麗な微笑みを見せ、颯爽とブロンドの髪を靡かせ部屋を出て行った。

 

 静寂が部屋を包む中、眉根を寄せ息を吐く。

 

「気が変わるわけ、ないのに」

 

 街に残る選択肢はない。

 何と言われようと出て行くと決めた。

 

 意志が揺らがないように胸の内で呟きながら、残っている右腕を思いきり掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キキョウのいる部屋を去り、カツカツとヒールの高い音を鳴らしながら、バラライカは玄関と向かっていく。

 やがてドアを潜り外へ出ると、その足は立ち止まる。

 懐からパーラメント(たばこ)を取り出し、口に咥え火を点す。

 

 ゆらゆらと煙を漂わせ、家の入口に見える人影へと歩みを進めていく。

 

 

「首尾はどうだ」

 

 

 壁に寄りかかっている男の問いに足を止め、灰を地面へ落とす。

 

「ダメね、私じゃどうにもならないわ。大分参ってるわよ」

 

 この男のためにキキョウの元へ訪れたわけではないが、自身より彼女を気にかけていたであろう彼にせめてもの情けをかけるように、バラライカは素直に問いに答えた。

 肩を竦める彼女の回答に「そうか」と男は一言返す。

 

「全部分かってる上で街を出て行くと言い張った。あの子なりの考えがあるのよ」

 

「……」

 

「期待に沿えずごめんなさいね」

 

「まあ構わんさ。あと僅かだが時間はある」

 

「──張」

 

 横目でティアドロップのサングラスをかけている男の顔を見やり、凛とした声音を向ける。

 

 

 

「いつまでも余裕ぶってると取り逃がすわよ。そろそろ本腰入れなさいな」

 

 

 

 本当は遅すぎるくらいだけど。

 心の中で続けた言葉は口にしなかった。

 普段は飄々とした笑みを浮かべるこの男が、自身の感情を悟られまいと無表情を張り付けている。

 それがバラライカに余計な一言を発することを許さなかった。

 

 

 張は壁から背を離し、バラライカの横を通り過ぎる。

 

 

 

「言われなくてもそのつもりだよ」

 

 

 

 低く硬い声音で発せられた言葉に、深紅に塗られた唇が弧を描いた。

 

 

 

 

 

 

 

 




次がすごい山場かな、と……。

残すところあと数話となりました。
時がたつのは早いですね
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。