ロアナプラにてドレスコードを決めましょう   作:華原

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15 最高の服を貴方に<張維新side>

「──待たせたな彪。出してくれ」

 

「はい。このまま向かわれますか?」

 

「ああ」

 

 キキョウに仕立ててもらった新しい服に身を包み、待たせていた車に乗る。

 

 ──正直、あいつは逃げるつもりなのかと思っていた。

 服一つに一か月以上かかっているともなれば嫌でも勘ぐってしまう。

 なにしろ、何を作るのかあいつは言わなかった。

 

 だが、こちらから連絡した時も何一つ声の調子を変えることなく『もう少しでできる』と言ってきた。

 

 もし、それが逃げるための時間稼ぎであったなら殺すつもりだった。

 取引を蔑にする奴は嫌いだしな。

 

 もうそろそろ様子を見に行くべきかと思ったときに向こうから『完成した』と連絡が来た。

 

 本当に服を作っていたのか、それともおびき出して俺を殺すつもりなのか。

 どちらにしても俺にとっては愉快なことだ。

 

 家に着いていつものようにドアをノックすれば、さっきまで作業をしていたからなのか、少し髪が乱れているキキョウが出迎えた。

 ちゃんと仕事をこなしていたことが分かり思わず口角が上がった。

 

 そのまま作業場の様子を見渡せば、作業場の端にある白い布を被った人の背丈ほどある“何か”が目に入る。

 服作りについては一級の腕を持ってる人間がここまで当時間をかけて作った服が気にならないはずはなかった。

 俺が素直にそれはなんなのかと尋ねれば、あいつは少し自信がなさげな顔をしながら布を外した。

 

 布が外され現れたのは、スーツ一式と俺が着ているほぼ同じ形のロングコートがあった。

 だが、全然違う代物だと一瞬で理解した。

 

 

 そう、“なにもかもが違う”。

 

 

 一体何が違うのかははっきりとは分からない。

 だが今着ているものとは明らかに何かが違う。

 

 見た瞬間、心の底から『着てみたい』と思った。

 

 着てみてもいいかと問うとキキョウは服をそれぞれ個別に分けてから自室であろう奥の部屋に戻った。

 

 

 個別にハンガーにかけられたものを一通り目をやる。

 コート、ジャケット、ベスト、Yシャツ、ズボン。

 

 これらすべてを一人で作ったとなると時間がかかるもの無理はない。

 寧ろ仕事が早い方だろう。

 

 服を脱ぎ、仕立ててくれたものに袖を通す。

 ──着ようとした時に気付いたが、Yシャツの首のタグ、コートとジャケットの内ポケット、ズボンのベルトを通すと隠れる場所にあいつが残すというあの花のマークが刺繍されていたのが見えた。

 

 着てみると着心地が全然違う。肌触りも軽さも。

 服を見せたとき、あいつはなにか説明していた。

 ……そうだ。『着心地は軽いが重厚感のある見た目』に仕上げたとか。しかも俺の雰囲気に合わせて、とも。

 

 やはり、あいつは洋裁屋として一流なんだと実感させられた。

 あのドレスをもらったという孤児が惹かれた理由も今なら分かる。

 

 あの孤児は女だった。

 女なら尚更『女を引き立てる服』に魅入られるのは間違いないだろう。

 

 そして、今着ている服は俺のために作られた──つまり、『俺を引き立てる服』だ。

 

 あくまでも主役は着る者。

 服はそれを引き立たせる役割であるということをよく分かっている

 

 着ていた服とどっちを取るかと聞かれれば、キキョウの服を迷わず選ぶだろう。

 

 全てに袖を通し、ストールを首にかけ奥の部屋に声をかける。

 奥から出てきたキキョウは、想像以上に似合っていると言ってくれた。

 

 不安そうに気に入ったかと聞くそいつに俺は完璧だと告げれば、安堵したような顔を浮かべお礼を言われた。

 

 そこから少し他愛のない話をしてから報酬を渡そうとしたが、あいつは素直に受け取ろうとしなかった。

『今までのお礼のつもりだから金は要らない』と。

 

 確かに二度銃を下ろし、収納場所を確保し与えたのは俺だ。

 だが、自分から出した条件を自分が破るわけにはいかない。

 以前言われた言葉をそのまま返せば、困ったような笑みを浮かべ『敵わない』と呟いた。

 その後も素直には受け取らなかったが、俺が引かない意思を感じたのか渋々受け取った。

 

 他に用もないので、俺は新しい服に身を包んだままその場を去った。

 

 ──俺は、俺の手の上にあいつを置けていること。

 そして、この街で最初の客が俺ということにどうしようもない優越感を覚えた。

 

 これからあいつの元には必ず人が寄ってくる。

 それほどあいつの作る服にはここでは存在感がある。

 

 それは今対立している“あの女”でさえ引き付けるだろう。

 

 だが、俺には何も問題はない。

 あいつはあのまま服を作り、ただ俺との約束を守ってくれればいい。

 

「ご機嫌ですね大哥」

 

「まあな」

 

「……あの女が気に入りましたか?」

 

「ああ、俺の想像を超えてきやがった」

 

「なら、生かしておくと」

 

「今はな。だが、もし何かしでかしたら他の誰でもなくこの俺が殺す」

 

「……本当に、随分な気に入りようだ。あんまり深くのめりこんじまうと後が面倒ですよ大哥」

 

「それもそれで愉快なことだ。のめり込んじまったら、そのままあいつも引きずり込んでやるだけだ」

 

 あいつの腕も、命も、居場所も、すべてが俺の手の中。

 キキョウが服を作らなくなった時。それは俺が殺した時だけだ。

 

 

 

 

 ──これが、俺とキキョウの間に確かな信頼ができ始めた一九九二年の出来事だった。

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