──張さんに服を渡してから翌日。
いつものように暇なので、今日は服作りではなく刺繍をすることにした。
手を休めることなく布に糸を通していく。
ふと時計を見ると昼食の時間となっていることに気づき、手を止める。
途端、ドアからノックの音が聞こえた後、「ごめんください」と子供の声が。
何故子供がこんなところにくるのか。
そう疑問に感じたとき、すぐさまドアの向こうから『服をもらえるって本当ですか?』という言葉が飛んできた。
驚きつつも、このままじゃどうしようもないと思いドアを開けると、そこには一人の男の子が立っていた。
「……」
「……」
ドアを開けてからしばらくお互い無言だったが、私から子供の目の前にしゃがみ目線を合わせて話しかけた。
「……服をもらえるって誰から聞いたの?」
「……よく遊んでる女の子から。その子、3か月くらい前にすごく高そうな服を持ってたんだ。それで僕が聞いたら『もらったの』って。どこで貰ったのか教えてもらって、それで」
この子が行っているのは十中八九あの孤児の女の子だ。
やっぱり言いふらしてたか。
「それで? 君は何しにここに来たの?」
「僕も、服が欲しいんだ。あの子だけもらえるなんてずるい。僕だって……」
「……」
とても素直な子供だ。
ま、子供はこれくらいが丁度いいのだろうが。
「ごめんね。もうタダでなにかをあげるのはできないんだ」
「なんで!?」
「そう約束したからだよ。ある人とね」
そう、約束だ。
約束は守らなくてはならないのだ。
例え相手が子供であっても。
「……なんであの子にはタダであげたの?」
「あの子は約束を守ったからだよ。だから、服はあげたんだ」
「じゃあ、あの刺繍は!?」
子供は矢継ぎ早に質問してくる。
なぜ、ここまで必死なのかが分からない。
「あれは私が練習として作ったもの。だから何の価値もないと思っていたから渡したの」
「でも、あれもものすごく高そうだった!」
「それは君の価値観でしょ? 私は『価値がないと思っていた』から渡した。でもね、今は私がそう思っても見返りなく渡しちゃいけないの」
「なんで!?」
「さっきも言った。ある人と約束したの。『自分が作ったものをタダで渡すな』ってね」
「……話が違うじゃないか」
「じゃあさ、もし仮に服が貰えるとして君は何をくれるの?」
「金ならすぐに」
「あ、人から盗むのは無し。『今』の君は何をくれる?」
「……」
男の子は俯いたまま黙ってしまう。
「あの子は、君みたいにしつこかったよ。けどね、その後あの子は『約束を守った』っていう信頼を私にくれた。だから服をあげた。──もう一回聞くよ。君は私に何をくれる?」
言いがかりだこんなのは。
これじゃタダであげたと言っているようなものだ。
「どうしても、欲しいんです」
私の質問には答えず、というより答えられなかったのか男の子は震えた声で言ってきた。
「あのサングラス掛けた黒い人の服が、とてもかっこよかったんだ。僕も、あんな服が欲しい……」
──サングラス掛けた黒い人。
その言葉を聞いてある人物が頭に浮かんだが、問題はそれじゃない。
「じゃあその黒い人が着てたスーツみたいな服を手に入れるために、君は何をするの?」
「……お金を」
「人から盗むの? 却下。他は?」
「じ、じゃあ自分の体の一部を」
「体の一部を売って金を作る? そんな金は嫌だ」
きっとこの子供は金で解決することしか考えられないのだろう。
こんな押し問答を続けても埒が明かない。
なら、
「やっぱりちょっと難しいか。じゃあ一緒に考えよう」
「え?」
この子ととことんまで相談すればいい。
「言ったでしょ、タダで渡さないって。だから、金じゃなくていいんだよ。君の何かを取り換えっこする。そうすればタダじゃないでしょ?」
「うん」
「でも、私は君のこと何もわからないから、君が何を出せるのか考えよう」
「……どうして」
「さっき言ってたサングラスの黒い人。黒くて長い上着を着てて白いストールしてなかった?」
「し、してた」
……やっぱり。
翌日でこれとは、流石というかなんというか。
「その人が着てた服。私が作ったんだ」
「え」
「さっき褒めてくれてうれしかった。だから、なにかお礼がしたい。でも、タダで渡すわけにもいかないから、何がいいのか一緒に考えよう」
「……はい!」
男の子は満面の笑みで返事をした。
やっぱり私は子供に甘い。