ロアナプラにてドレスコードを決めましょう   作:華原

16 / 128
16 洋裁屋の甘さ

 ──張さんに服を渡してから翌日。

 いつものように暇なので、今日は服作りではなく刺繍をすることにした。

 

 手を休めることなく布に糸を通していく。

 

 ふと時計を見ると昼食の時間となっていることに気づき、手を止める。

 

 途端、ドアからノックの音が聞こえた後、「ごめんください」と子供の声が。

 

 何故子供がこんなところにくるのか。

 そう疑問に感じたとき、すぐさまドアの向こうから『服をもらえるって本当ですか?』という言葉が飛んできた。

 

 驚きつつも、このままじゃどうしようもないと思いドアを開けると、そこには一人の男の子が立っていた。

 

「……」

 

「……」

 

 ドアを開けてからしばらくお互い無言だったが、私から子供の目の前にしゃがみ目線を合わせて話しかけた。

 

「……服をもらえるって誰から聞いたの?」

 

「……よく遊んでる女の子から。その子、3か月くらい前にすごく高そうな服を持ってたんだ。それで僕が聞いたら『もらったの』って。どこで貰ったのか教えてもらって、それで」

 

 この子が行っているのは十中八九あの孤児の女の子だ。

 やっぱり言いふらしてたか。

 

「それで? 君は何しにここに来たの?」

 

「僕も、服が欲しいんだ。あの子だけもらえるなんてずるい。僕だって……」

 

「……」

 

 とても素直な子供だ。

 ま、子供はこれくらいが丁度いいのだろうが。

 

「ごめんね。もうタダでなにかをあげるのはできないんだ」

 

「なんで!?」

 

「そう約束したからだよ。ある人とね」

 

 そう、約束だ。

 

 約束は守らなくてはならないのだ。

 

 例え相手が子供であっても。

 

「……なんであの子にはタダであげたの?」

 

「あの子は約束を守ったからだよ。だから、服はあげたんだ」

 

「じゃあ、あの刺繍は!?」

 

 子供は矢継ぎ早に質問してくる。

 なぜ、ここまで必死なのかが分からない。

 

「あれは私が練習として作ったもの。だから何の価値もないと思っていたから渡したの」

 

「でも、あれもものすごく高そうだった!」

 

「それは君の価値観でしょ? 私は『価値がないと思っていた』から渡した。でもね、今は私がそう思っても見返りなく渡しちゃいけないの」

 

「なんで!?」

 

「さっきも言った。ある人と約束したの。『自分が作ったものをタダで渡すな』ってね」

 

「……話が違うじゃないか」

 

「じゃあさ、もし仮に服が貰えるとして君は何をくれるの?」

 

「金ならすぐに」

 

「あ、人から盗むのは無し。『今』の君は何をくれる?」

 

「……」

 

 男の子は俯いたまま黙ってしまう。

 

「あの子は、君みたいにしつこかったよ。けどね、その後あの子は『約束を守った』っていう信頼を私にくれた。だから服をあげた。──もう一回聞くよ。君は私に何をくれる?」

 

 言いがかりだこんなのは。

 これじゃタダであげたと言っているようなものだ。

 

「どうしても、欲しいんです」

 

 私の質問には答えず、というより答えられなかったのか男の子は震えた声で言ってきた。

 

「あのサングラス掛けた黒い人の服が、とてもかっこよかったんだ。僕も、あんな服が欲しい……」

 

 ──サングラス掛けた黒い人。

 その言葉を聞いてある人物が頭に浮かんだが、問題はそれじゃない。

 

「じゃあその黒い人が着てたスーツみたいな服を手に入れるために、君は何をするの?」

 

「……お金を」

 

「人から盗むの? 却下。他は?」

 

「じ、じゃあ自分の体の一部を」

 

「体の一部を売って金を作る? そんな金は嫌だ」

 

 きっとこの子供は金で解決することしか考えられないのだろう。

 こんな押し問答を続けても埒が明かない。

 

 なら、

 

「やっぱりちょっと難しいか。じゃあ一緒に考えよう」

 

「え?」

 

 

 この子ととことんまで相談すればいい。

 

 

「言ったでしょ、タダで渡さないって。だから、金じゃなくていいんだよ。君の何かを取り換えっこする。そうすればタダじゃないでしょ?」

 

「うん」

 

「でも、私は君のこと何もわからないから、君が何を出せるのか考えよう」

 

「……どうして」

 

「さっき言ってたサングラスの黒い人。黒くて長い上着を着てて白いストールしてなかった?」

 

「し、してた」

 

 ……やっぱり。

 翌日でこれとは、流石というかなんというか。

 

「その人が着てた服。私が作ったんだ」

 

「え」

 

「さっき褒めてくれてうれしかった。だから、なにかお礼がしたい。でも、タダで渡すわけにもいかないから、何がいいのか一緒に考えよう」

 

「……はい!」

 

 男の子は満面の笑みで返事をした。

 やっぱり私は子供に甘い。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。