ロアナプラにてドレスコードを決めましょう   作:華原

19 / 128
19 珍客

 約束の納期まであと一か月と半月。

 他の依頼をこなしながら少しずつ手を付けていたので、残りの時間集中してやればなんとかなる。

 

 今日はタキシードに必要な小物を買いに行くため、市場に来ていた。

 いつもなら寄り道するところだが、早く作業を進めるため目当て物以外には目もくれず足早に帰路に就いた。

 

 そうして家の近くまで来たのだが、いつもと違う光景が目に入る。

 

 

 ──なんと、家の前に銃を持った一人の女性がドアに寄りかかり下を向いて座っていた。

 

 

 その女性は赤味かがった茶髪で、恐らく二十歳前後だろう。

 全身汚れていて、疲れているのか目を開けていない。

 

 ……これはこのままそっとしといたほうがいいんだろうか。

 触らぬ神に祟りなし、とも言うし。

 

 …………よし、裏口から家に入ろう。

 意を決し、静かに裏口へ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 ──と、家に戻ってから三時間。

 ドアの前にいた女性を放置し、タキシード製作に打ち込んでいた。 

 

 やはり時間がないというのは嫌でも焦りが出てくる。

 だが、焦れば尚更失敗することは目に見えているので、ここで休息を取ろうと手を止めた。

 

 ……ふと、先ほどの女性が気になった。

 あれから時間も経っている。流石にいないだろう。

 一応そのままドアを開けるのも不安なので、裏口から出て様子を見ることにした。

 

 ──結果、女性はまだそこにいた。

 

 もしかして、死んでいるのではないか。

 女性に近づいて生きているか確認する。

 

 間近でみれば、微かだが息をしている。

 ひとまず死んでいないことに安堵する。

 

 問題は、この女性をどうやってここからどかすかだ。

 

 私では人ひとり満足に運べないので、仕方なく声をかけてみる。

 

「あの、大丈夫ですか? 立てますか?」

 

「……」

 

 女性は何も答えない。

 女性の肩を揺らし、声をかけ続ける。

 

「生きてますか? 生きてるなら返事してください」

 

「……」

 

「ここで死なれたら困ります、起きてください」

 

「……」

 

「生きてるのは分かってるんですよ。起きてください」

 

「……あ?」

 

 ここでやっと反応を示した。

 女性はゆっくりと顔をあげ、こちらを見た。

 そして、か細い声で言葉を発する。

 

「……お前、誰だ。さては、私を殺しにきたのか」

 

「あなたこそ誰ですか。勝手に人の家の前で長時間座り込んで。もし私が殺そうとしてたならあなたは今頃天国ですよ」

 

「……このあたしが、天国に行けるかよ。行くとしたら、地獄だろうぜ」

 

 女性は疲れていて気力もないのか、言葉が途切れ途切れになっている。

 

「大丈夫ですか? 立てます?」

 

「……これが、大丈夫に見えたら、あんたの目ん玉は飾りもんだ」

 

「そういう口がきけるってことはまだ余裕ですね。……はあ」

 

 面倒事は避けたいところだが、このまま放っておくわけにもいかないだろう。

 何しろ、このままだと私が集中できない。

 

 

「しっかりしてください。ほら、肩貸しますから」

 

「なに、すんだ」

 

「ここにいられても困るんです。自分で歩けるようになるまで休憩場所を提供しますよ。回復したら出て行ってくださいね」

 

「あんたの、世話になんか」

 

「言っときますけど、これは私のためにやってるので。このままだと気が散るので、早めに立ち去ってもらいたいだけです。他には何もないですよ」

 

「……はあ? 意味が、分かんね」

 

「分からなくていいですよ。あなたはとにかく、回復したら黙ってここから立ち去ってくれればいいんです」

 

 そう言いながら女性の手を自分の肩に回し、引きずるように家の中に入れた。

 引きずるようにベッドへ運び、ボウルに水を溜め濡らしたタオルで女性の顔を拭う。

 

「っ……」

 

「冷たいですか? 少しだけ我慢してください」

 

「なんで、こんなこと」

 

「さっきも言いましたよ。あなたには回復してもらって、一刻も早くここから立ち去ってもらいたいんですよ。そうしないと、私の気が散りますので」

 

「だから、意味わかんね、って」

 

「それ以外何もないんですよ。……今、私は大事な仕事を抱えてるんです。それはとても集中力が伴うものなので、気が散ると手が付けられない。──これは私のためにやっていることで貴女のためじゃない。分かりましたか?」

 

「……偽善は、身を滅ぼすぜ」

 

「じゃあ今すぐここから立ち去って別の場所で野垂れ死んでください。それなら私も集中して仕事できるので」

 

 こうして喋っている間も汚れているところを丁寧に拭く。

 力が入っていないため、首や腕などがとても拭きやすい。

 

「できないなら、黙って休んでてください。いいですね」

 

「……あたしを助けても、なんもでねえぞ」

 

 この人はどうにも疑り深いらしい。

 だが、この街で生き残るためには必要なスキルなのだろう。

 

 それとも、生きてきたから身についたことなのか。

 

 疑り深いなら、ちゃんと質問に答えるだけだ。

 

「何回言わせるんですか。いなくなってくれれば他には何もいらないんですよ。というか、立ち去ってくれることが私の望みなのでそれが報酬? みたいなものです。他に何か質問ありますか」

 

「ほんと、に、意味が、わかん……ね」

 

 気力を使い果たしたのか、女性は目を閉じて寝息を立て始めた。

 起こさないように、他にも汚れているところをタオルで拭う。

 身体が綺麗になったところで、彼女が握っていた銃をそっと手に取りテーブルに置いた後、起こさないようにベッドカバーを掛けた。

 

 寝ている彼女の顔立ちは中国系。

 可愛いらしい顔立ちをしているのに、あの口の悪さはもったいない。

 

 女性の寝顔を見ながらそう思った。

 

 この調子なら今日は起きないだろう。

 私はタオルとボウルを片し、手を洗った。

 

 

 

 

 

 

 ──作業を開始してから更に時間が経ち、外はすっかり暗くなっていた。

 

 今日はここで切り上げ、裁縫道具や布を片付け自室に戻る。

 

 ベッドに横たわる彼女は目を覚ます気配がなく、静かに寝息を立てている。

 よほど疲れていたのか、本当に一回も起きてこなかった。

 “何か”があってあんなところに座り込んでいたのだろうが、気にしたところで仕方がない。

 

 早く起きて、ここからいなくなってくれればそれでいいのだから。

 

 寝ている彼女を横目に夕食を終えた後シャワーを浴び、床にシーツを敷き目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 ──翌日。いつも通り六時に起床し朝食を摂る。

 その間も彼女は目を開けなかった。

 起こしてもよかったのだが、寝ているところを邪魔して機嫌が悪くなられたら面倒だと思いそのままにしている。

 寝起きが悪い人間は、他の誰かに睡眠を邪魔されることを非常に嫌っているために不機嫌になる。

 こういう時は、自然と起きてくれるのを待つしかない。

 

 さて、今日もタキシードの制作だ。

 雑な仕事をすると礼服とは呼べないものになってしまうので、集中して取り掛かる。

 

 ──そこから一度も手を休めることなく作業を進めれば、お昼の時間を過ぎていた。

 時間を意識するとお腹が空いていたことにも気付く。

 昼食を食べようと自室に戻った時、ベッドに横たわっている彼女が眠りから覚めようとしていた。

 

「ん……」

 

「起きましたか」

 

「んあ……」

 

「寝る前の事覚えてますか?」

 

「……ああ」

 

 彼女は意識がはっきりしてきたのか、ちゃんと返事をしてくれた。

 ずっと眠っていたからか、声が掠れてしまっている。

 

 そんな彼女に水が入ったコップを差し出す。

 

「貴女、あれからずっと寝てたんですよ。よほどお疲れだったんですね」

 

「……てめえには関係ねえ」

 

「人の家の前で座り込んでおいてよく言いますよ。ま、確かに関係ないんですが。……水、いらないんですか?」

 

 

促しの言葉に彼女は黙ったままコップを受け取り、乾いているであろう喉に水を一気に流し込んだ。

 

 

「はぁッ」

 

「いい飲みっぷりです。見てて気持ちいいですよ」

 

「……うるせ」

 

「おかわりいります?」

 

「…………ん」

 

 もう一杯と言わんばかりに空になったコップを差し出してきた。

 そのコップを受けとり、水を入れて彼女に渡した。

 

 今度は一気ではなく少しずつ飲み始めた。

 

「なあ、あんた」

 

「はい?」

 

「なんであたしを」

 

「仕事に集中できないから、と何回か言いましたよ。お忘れですか?」

 

「気にしなきゃよかっただろ」

 

「家の前に死にかけてそうな雰囲気の女性が座り込んでいたらここの住民でも気にしますよ。“家の前で死なれたら邪魔だなあ”って。だからこれは偽善でもなんでもない。私の仕事のためです」

 

「……そうかい」

 

 女性は納得はしていないだろうが、口では理解したような返事をした。

 

「それほど喋れるってことは大分回復したようですね。立てるようなら、ここから去ってもらえるとありがたいです」

 

「ああ」

 

 コップの水を飲み干し、ベッドから降りるとそばに置いていた銃を持った。

 その銃をこちらに向けることなく、今度はしっかりと自分の足で裏口のドアへ歩いていく。

 

「世話になったな」

 

「ほんとですよ。もしまた会える時があれば、次はもっと元気な姿で会いたいですね」

 

「お互い生きていればな。……次、会った時は名前くらいは聞いといてやるよ」

 

「じゃあ、その時貴女の名前教えてくださいね。とりあえず、今はお互いのことを何も知らないままで」

 

「ああ」

 

短く返事をすると赤味かがった茶髪の女性は、裏口のドアからこの家から去っていった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。