午後一時。
いつもなら昼ご飯のサンドウィッチを食している時間。
──なのだが、この街に来てから一度も来たことがない客人が来ているのでそういう訳にもいかなくなった。
そして、その
「いや驚いた、こんなところに洋裁屋がいるとは。全く気づかなかった」
「……」
「看板でも出した方がいいと思うぞ」
「……出す予定はないですね」
「なぜ?」
「……まだ修行中の身ですから」
「ほう」
この作業テーブルを挟んだ私の向かい側にいる客人。
サングラスをかけ、この暑いのに黒スーツとロングコート。
白いストールを首にかけている中国系の男性が根掘り葉掘りと聞いてくる。
……そう、私はこの街に来てから商売はしていない。
ここで洋裁を『仕事』と称しているのは、私にとって洋裁は趣味ではなく「義務」であったころからの名残だ。
以前は洋裁師として稼いでいたのだが、ここではどうにも看板を掲げる気にはならなかった。
だが、服を作ることもやめることができなかった。
増えていく服を収める場所がないため、完成した服は売らずいつも写真に撮ってから燃やしている。
──だがある時、一人の孤児が私の作った服を見て「欲しい」と言ってきた。
断ったのだが、どうしてもと何日もしつこく強請られた。こちらも負けじと断り続けたのだが、なんとその孤児はどこからか金を盗み、私のもとへやって来た。
その子が「これで足りるかな」と満面の笑みで言ってきたので、思わず「その金を盗んだ場所に戻したらこの服をあげよう」と言ってしまった。
盗んだ場所に戻すなんて、自殺行為に等しい。
そんなことは子供でも分かっているというのに、提案した自分に嫌気が差した。
この街が子供に優しいなどと、どこかで思っていたのかもしれない。
後日、その子は傷だらけの体でやってきて、「戻してきた」と告げてきた。
傷を負っている姿に、とても嘘とは思えなかった。
約束してしまった以上、その子が金を戻してしまえば服を渡さなければいけない。
例え相手が子供であろうとも約束は約束。
──そして、私はロアナプラで初めて人に服を渡した。
恐らくその子が「タダで服をくれる店がある」などと言ったのだろう。
数日は家の周りに人がいたが、看板を掲げているわけではないのでしばらくは服を作らず、家から出ずに過ごしていれば自然と人の気配がなくなった。
……落ち着いたと思った時に客人だなんて何の冗談かと思う。
「少し前に、ちょっとした噂話が広まってね」
「はあ……」
「
「……たかが、噂でしょう」
「ところが、だ。そのタダでもらった服がどうにもおかしい。この街じゃめったに見れない代物だ。
なんなんだこの男は。
明らかにスーツ着てればかっこよく見えるだろうとか思ってそうなのに服についてべらべらと。
……とてつもない偏見だったな。
とにかく、この男にあの服を作ったのが私だとばれないようにしなくてはならない。
この男は、なにか「ヤバイ気」がしてならない。