──本当にただの偶然だった。
ニューヨークからこの街にきて半年が経ち、やっと慣れてきた。
ここはスラム街にいた時よりもクソみたいな匂いがする。
だが、どんな場所だろうとあたしの銃が的を外すことはねえ。
そう思い込んでいた。
数日前、酒場で一人で飲んでいた時、酔っぱらった男が絡んできた。
めんどくさいから殺してやった。
更にめんどくさいことに、その男はこの街のチンピラたちの仲間の一人で、その仲間たちは男を殺されたことに腹を立てあたしに銃を向けてきた。
だから、あたしもそいつらに何発かお見舞いしてやった。
その場はそれで済んだ。
だが、それ以外にも仲間がいて、そいつらはしつこくあたしを追ってきた。
この街の構図は相手の方がよく知っている。
逃げても必ず追いつかれて、その度に相手を撃って……。
仲間の死体が多く積み上がった頃、あいつらはあたしに敵わないと思ったのか、追っては来なくなった。
だが、その頃には流石に体力の限界がきていて、視界が歪み、立つことさえままならなかった。
……こんな状態で襲われたら、きっと死ぬだろうな。
そんなことを思いながら、人が来なさそうな通りでしばらく休もうと座り込んだ。
座り込んでから、いつの間にか寝ていたらしい。
誰かがあたしの肩を揺らしながら声をかけてきていた。
「生きてるのは分かってるんですよ。起きてください」
女の声だった。
一瞬、自分は死んでいるのかとも思ったがそうではないらしい。
あたしが反応を示すと、女は少し安堵していた。
こいつは一体誰だ。まさかあいつらの仲間か。
「私を殺しに来たのか」
そう尋ねると、「そのつもりなら、今頃あなたは天国ですよ」なんて言いやがった。
あたしが天国にいけるかよ。行くとしたら地獄だ。
そうこうしている内に女はあたしの手を肩に回してきた。
何をしているのかと聞けば、「邪魔だから回復するまでここに置いといてやる。だからさっさと出て行ってほしい」なんてぬかしやがった。
あたしは誰の手も借りねえし、世話にもならねえ。
ずっとそうしてきた。
だからあんたの世話にはならない。
そう言うと、「このままだと気が散るから」と返してきた。
……意味が分からない。
話している内に、抵抗する気力もなく中に引きずられていった。
どうやらあたしはこの女の家の前に座り込んでいたらしい。
自室であろう部屋のベッドに下ろされ、濡れたタオルで顔を拭いてきた。
──冷たい。けど、それが妙に心地よかった。
意識が朦朧としている中、見ず知らずのアタシを甲斐甲斐しく世話する女に「偽善は身を滅ぼす。助けても何も出ない」と、馬鹿にするように言ってやった。
だが、そいつは怒るでも呆れるでもなく「出て行ってくれればいい」、「ただそれだけだ」とアタシの鼻にかけるような言葉を気にする様子もなく、淡々と返された。
…………本当に意味が分からない。
そこで、あたしは意識を手放した。
──あれからどれくらい眠っていたのか。
女はあたしが目覚めたことを確認すると、水の入ったコップを差し出してきた。
そこで初めて女の顔をちゃんと見た。
東洋人の顔つき。
黒い瞳。
地味だが妙に整っており、美人だともてはやされそうな顔だった。
あたしが受け取らずにいると、女が見かねて「飲まないのか」と聞いてきた。
何か入っているのかと疑ったが、この女が殺そうとしていたならとっくに殺されていた。
だから、今更そんなことはしないだろうと思った。
それに、ずっと寝ていたせいか喉が渇いた。
目の前に出された水を受け取り、一気に飲み干した。
喉を通る水が渇きを潤す。
その感覚がまた心地よい。
もう一杯いるかと聞かれたので、ありがたく貰っておく。
その水を片手に、あたしは尋ねた。
「なんでこんなことをしたのか」
すると女は、寝る以前にも言ったようなことを言った。
「家の前にいると邪魔だ。あのままだと気が散って仕事ができない。だからお前のためではなく、私のためにやったことだ」と。
……相変わらず意味は分からない。
だが、これ以上同じことを聞いてもきっと同じ回答しか返ってこない。
だからそれ以上は聞かなかった。
体力も少し回復し、自力で立てるようになった。
もうここにいる必要はない。それに、これ以上世話になるわけにも。
世話になった、もし次会うときは名前を聞いておくと告げれば、女は「なら、今度は貴女の名前を教えてほしい」と言った。
今は何も知らなくていい。
お互い、何も知らないほうが得なんだと理解していた。
──他人の便器を覗く奴は嫌われる。
そして、あたしはそこから立ち去った。
──もし、あいつが何かしてきたら殺すつもりだった。
銃を持った瞬間、頭を撃ちぬこうかとも考えた。
あいつが他の連中と絡んでいる可能性もあると思ったから。
だが、少なくとも一時世話になった相手だ。
なら、こちらから銃を向けることはしない。
その後特に何かをするわけでも、追ってくるわけでもなく、本当に出て行ってほしかっただけなんだと、そう理解した。
本当にもし次会える時が来たら、せめてこの銃をこっちから向けることはしないようにしよう。
あたしには、それしかできないから。
洋裁屋、ここで原作のヒロインと出会う。