張さんのタキシード製作に打ち込んで早一か月。
あと半月で完成させなければならない。
一着だけに集中できているおかげか、作業は順調に進んでいる。
集中して作業を続けていると、作業場の隅でつまんなそうにしている女性が声をかけてきた。
「ねえキキョウ。その服は一体どこのボーイフレンドにあげるのよ?」
「話しかけないでって言ってるでしょアンナ。今集中してるの」
「そんなこと言ってずーっと休んでないじゃない。たまには息抜きも必要よ。それに、もうご飯の時間じゃないの?」
「……はあ」
私に話しかけてきたのは、約二週間前からよくここに遊びに来るようになった女の子だ。
その女の子は、自分の化粧道具を全て渡そうとした、あの娼婦。
名前はアンナ。
褐色の肌と腰まであるウェーブがかった黒髪が特徴的だ。
アンナは私の服を相当気に入ってくれたらしく、お礼を言おうとわざわざ家まで来てくれたのだ。
その時の私の顔は相当酷かったらしい。疲れ切ってやつれていたとアンナから聞かされた。
そこからも何度か様子を見に来てくれており、他愛もない話をしたりご飯を一緒に食べたりしている。
「あのねアンナ、この服を早く仕立てないと約束の日までに間に合わないかもしれないの。だから悠長なこと言ってられない」
「でもそれで倒れちゃったら間に合うもクソもないわよ」
「こういうのは慣れてるから大丈夫」
「それはそのやつれた顔をどうにかしてから言って。はい他に言うことは?」
「……」
「じゃ、ご飯食べよ」
一体何度この会話をしただろうか。
私がこの手の会話でアンナに勝てたことはない。
自室に入り、アンナと自分の昼食を用意する。
と言っても、私が作るのは手軽に済ませられるサンドウィッチ。
パンにハムやチーズ、レタスを適当に挟んだもの。
二つの皿に乗せた後、コップにミルクを注ぎテーブルへと運ぶ。
ニコニコと座って待っているアンナの前に置き、向かい合うように座る。
誰かと食事をとるのは久しぶりだ。
この空間は、嫌いじゃない。
「それで? キキョウに無茶なお願いをしてきたのはどんな色男なのよ」
サンドウィッチを食べながら、ニヤニヤした顔で聞いてきた。
手を止め、思わず呆れた声音を出す。
「……またその話?」
「だって教えてくれないじゃない」
「他のお客さんのことは言わないようにしてるの。色々めんどくさいし」
「つれないわね。いいじゃないちょっとくらい」
まるで幼い子供みたいに頬を膨らまし、不満そうな顔を浮かべている。
そんな顔も可愛いと思ってしまっているのだが。
「お世話になってる人。以上」
「どんな人なの!?」
「これ以上は答えないよ」
「ケチ」
「ケチで結構」
言葉を交わしながら再びサンドウィッチを食べ進めていると、アンナがまたニヤニヤしながらこっちを見ていることに気が付いた。
「……何?」
「キキョウはその人の依頼なら無理でも受けちゃうんだなぁって」
「まあ、ね。お世話になってるし」
「ふうん」
「……その顔をやめなさい」
ずっとニヤニヤされるのはいい気分じゃない。
その顔をやめさせたくてアンナの頬を抓る。
「いひゃいよぉ」
「何を考えてるのか知らないけど、そのニヤニヤはいい気分しない」
「ごめんなひゃい」
「分かったらさっさと食べて家に戻りなさい。私も忙しいんだから」
抓るのをやめ、残りのサンドウィッチを食べ始める。
アンナは抓られた部分をさすり、涙目になっていた。
「ひどいわ。乙女の顔を抓るなんて」
「なら抓られるような顔をしないで」
「むう」
「ほら、不貞腐れてないでさっさと食べて」
そういうと、不満そうな顔のまま食べ始めた。
先に食べ終わり、食器の片づけをする。
アンナもやっと食べ終わったようで皿を持ってきてくれた。
「じゃ、家に戻りなさい。気をつけて帰ってね」
「うん。じゃあキキョウ、今度はもっとゆっくり話しましょ」
「半月ほど後じゃないと、ゆっくりはできないかな」
「……無理しないでね」
アンナは心配そうな顔で私を気遣ってくれている。
年下に心配されるなんて少し恥ずかしい。
「ありがとう。アンナも無茶なことはしないで」
「うん。……またね」
アンナは最後にそう言って、少し不安そうな顔を見せながら帰っていった。
──アンナが帰ってからもずっと作業を続けていると、気が付けばもう夕方になっていた。
あの子に言われた通り、少し無茶しているのかもしれない。
そう思い休憩しようと作業していた手を休める。
自室に行き、乾いた喉に水を流し込む。
作業場へ戻り続きをしようとした瞬間、ドアからノック音が聞こえてくる。
ノック音が聞こえるときは自分から声をかけず、向こうの声が聞こえるまで出ないようにしている。
少し間を置いた後、向こうから声が聞こえてきた。
「洋裁屋はご在宅かしら? もしいらっしゃるなら開けてくださると嬉しいのだけれど」
芯のある女性の声だった。
それはドア越しでもはっきり伝わってきた。
だが、何の用件でここに来たのかは分からない。
依頼じゃない場合もあるので、念のため確認する。
「ご用は何でしょうか? おっしゃっていただければ、内容によってですがお開け致します」
「あら、用心深いのね。ここに来る用件は限られていると思うのだけど?」
「……念のためです。あなたの口からお聞かせください」
「“依頼”よ。開けてくださるかしら?」
どうやら、この人は冷やかしではなさそうだ。
女性の言葉を聞いてドアを開ける。
──そこには、長いブロンドの髪を一つ結びにした顔に火傷の跡のある白人の女性と、後ろには顔に切り傷が刻まれた屈強な男性がいた。
ここでオリジナルキャラ&我らが姐御のご登場です。