ロアナプラにてドレスコードを決めましょう   作:華原

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22 交渉、そして……

「こんにちは。どんな人かと思えば、結構かわいい顔してるのね」

 

 私の顔を見るなり女性が口の端を上げながら軽い挨拶の言葉を口にする。

 男性はただ黙ってこちらを見ているだけ。

 

 目の前の二人の異様な雰囲気に、ほんの少し違和感を覚える。

 冷やかしではない。だが、服を仕立ててほしいという雰囲気でもない。

 

「依頼、なんですよね」

 

「ええ」

 

「……すみません。今諸事情により依頼は受け付けてません。だから」

 

「話を聞いてくれるだけでもいいの。中に入れてくれないかしら?」

 

 話を聞いて依頼を受けるかどうか決めてほしいということか。

 少なくても、ちゃんと話をしようとする気はあるようだ。

 

 何か言っても帰ってくれそうにないので、ひとまず二人を中に招き入れる。

 

「散らかっててすみません。作業してたものですから」

 

「構わないわ」

 

 会話しながら椅子を二人に出そうとすると、男性は「自分は結構ですので」と丁寧な口調で断った。

 女性だけに椅子を出し、相手が腰かけたのを見てから向かい合うように自身も座る。

 

 ──何故か、この女性を見ると妙な緊張感を帯びてしまう。

 なにか見定められているような。

 

 心なしかどこか張り詰めたような空気を肌で感じながら、女性の顔を見据え口を開く。

 

「依頼ということですが現在別件を抱えてまして。受けるとしても、その別件を済ませてから貴女の依頼品を製作することになります。お急ぎの場合でしたら、別の方に頼んだほうがよろしいかと」

 

「その別件というのは、あのタキシードの事かしら?」

 

 女性は製作中のタキシードを指さした。

 

「……はい」

 

「あのタキシードは、誰に作ってるのかしら?」

 

「それはお答えできません。他の依頼者については、答えないようにしておりますので」

 

「ふうん。……ま、いいわ。では、こちらの話を聞いてくださるかしら?」

 

 女性はタキシードから私へ視線を移し、静かに話し始めた。

 

「私、最近“ある男”と喧嘩しててね。私もあの男も譲れないものがあってそうなっちゃったんだけど」

 

「はあ」

 

 男女の痴話喧嘩? この女性が相手だったら男が負けそうだ。

 

「けど、最近面白いことを聞いたのよ」

 

 女性は口元をニヤリと歪めながら話を続ける。

 

「その男、お気に入りの玩具が見つかったとかで浮かれているらしいのよ。……私と喧嘩中にも関わらず、ね。しかも、その玩具は自分のものだと言わんばかりに玩具の付属品を持ち歩き、周りに見せつけている」

 

 いい年こいた男性がお気に入りの玩具の付属品を持ち歩いている?

 それだけ聞いたら変な話だ。

 

 黙って話を聞いている私から目を逸らさず、女性は話し続けた。

 

「私としてはそれが面白くない。だから、その男を夢中にさせたその玩具で遊んでみたくなったの。

──そう、あの男が気に入っている玩具でね」

 

「……何の話ですか」

 

 本当に何が言いたいのか分からない。

 女性は私の質問には答えず、口元を歪めたまま。

 

「それで、やっと見つけたのよその玩具を。……でも、その玩具は私とは遊ぶ余裕がないと言ってきたわ」

 

 わざとらしく肩を竦めたような仕草を見せる。

 ……もしかして、玩具というのは人の事なのだろうか。

 

「しかも、その玩具はあの男だけが持てる付属品を生み出していて、それで遊べないんですって。ロシアでも、そんな扱いを受けたことは滅多にないわ。ましてや、たかが玩具如きにね」

 

 ──ロシア?

 

「ロシアから、来られたんですね」

 

「ええ。この街を支配下に置くためにね」

 

 彼女の言葉で目の前の人物が何者なのか想像がついてしまう。

 

 今、この街の利権を争っているのは三合会とロシアンマフィア。

 そして、この女性はある男と喧嘩中だといった。

 

 

 ここまでくれば、もう答えは一つしかないだろう。

 

 

「ねえ洋裁屋さん。この街を支配下に置くために戦っている相手が持っているのに、私が持っていないなんてそれは不公平だと思わない?」

 

「……」

 

「私にも、“誰もが目を引く服”を作ってくれないかしら?」

 

「……あなたなら、今のままでも十分目を引いていますよ」

 

 鋭い目つきでこちらを見る女性の顔を逸らすことなく告げる。

 

「あなたの言う“誰もが目を引く”服というのは、私には作れませんよ」

 

「随分謙遜するのね。自分の噂をご存じないのかしら?」

 

 噂とは、きっと張さんの服を作った時に出回ったもののことを言っているのだろう。

 

「たかが噂に過ぎません。私は、ただの洋裁屋です」

 

「そのたかが噂もあながち間違っていないことだってあるのよ。私はそれを確かめに来ただけ」

 

「あなたが何者かは存じませんが、たかが一人の洋裁屋の事なんてこの街じゃ気にも留めることではないでしょう」

 

「そう、ただの洋裁屋ならね。でも、その洋裁屋はあの男のお気に入りだと噂されている。使えるものがあれば何でも使う。そうしないと勝てない相手よ。──それにあなた、私が誰なのか予想ついているんじゃなくて?」

 

「……」

 

 分かるように言ったくせに。

 悪態をつくように心の中でだけ呟く。

 

「ま、今後付き合うこともあるだろうから、一応自己紹介はしておきましょうか。──ホテル・モスクワでタイ支部を任されているバラライカよ。あなたは?」

 

 ……できれば会いたくなかったな。

 そう思いながらも、何とか目だけは逸らさず自身も名乗る。

 

「洋裁屋、キキョウです」

 

「よろしくキキョウ。……さて、キキョウ。私にも、あの男が気に入ったというその腕、見せてもらえないかしら?」

 

 今までの言い草からして、本当は依頼しに来たわけではないのだろう。

 

 面白そうだから遊びたいだけ。

 恐らくそんなところだ。

 

 

 ──それにしても、玩具呼ばわりされるとは思っていなかった。

 

 どうしようか悩んでいると、黙っている私が気に入らなかったのか固さを帯びた声を発する。

 

「もしかしてあの男に世話になっているから受けれない、と言うつもりかしら?」

 

「それはないです。……Ms.バラライカ」

 

「なあに?」

 

 意外と私は気が立っていたらしい。

 散々人のことを玩具呼ばわりしといて、素直に依頼を受けると思っているのか。

 

 だが、ここで無下に依頼を断って銃を向けられるのも御免だ。

 

「先程も言った通り、今別の依頼を抱えていてそちらを優先させるため現在依頼を断っています。……ですが報酬によっては、依頼を受けるかどうか考えさせていただきます」

 

「ほう」

 

 “お前にも相手を選ぶ権利がある”

 

 あの人がそう言ってくれた。

 

 

 

「“あなたは、私になにをくれますか?”」

 

 

 

 依頼を受けるか受けないかは私が決める。

 あんたじゃない。

 

 そう意味を込めて問いかける。

 すると、バラライカさんは愉快だというように口元を歪めた。

 

「なにをくれるか、ね。その言い方だと、お金が目的ではないように聞こえるけど」

 

「勿論お金でも結構です。ですが、それで私があなたの服を作ろうという気になるか。それが問題なんですよ」

 

「つまり、服を仕立てるのはあなたの気分次第ということね」

 

「そういうことです」

 

 お互い目を逸らすことはなかった。

 

 

 もはや、これは私の意地だ。

 ここで引き下がってたまるものか。

 

 

「……ハッ。私と駆け引きしようとする奴は久しいな。とても愉快だ」

 

 

 先程までとは違う口調で呟いた。

 ──次の瞬間、唐突にバラライカさんが腰を上げ、抵抗する間もなく胸倉を掴まれて引き寄せられた。

 目の前には、鋭くとがった氷のような表情を浮かべた顔。

 

「威勢だけは褒めてやろう。だが、それだけではこの街を生き抜くことは難しいぞ」

 

「そう、でしょうね」

 

「では何故、お前は私にそんな強気な態度を取れる。私はいつでもお前を殺せる立場にあることは分かっているだろう」

 

「……確かに、あなたは私を殺すことなんて造作もないでしょう」

 

 人は頭に血が上ると恐怖を感じにくくなるらしい。

 胸倉を掴んでいる彼女の手の手首を掴み返し、言葉を続ける。

 

「私はね、もう誰かに振り回されるのはご免なんですよ。ただそこにある力に怯え、何もせず、ただ後悔するばかりの生活を送るくらいなら死んだほうがマシだ。……貴方はそんなことかと思うかもしれない。けど、私にとってそれは“命よりも大事なこと”なんですよ」

 

 手首を掴んでいる手に力が入る。

 

 

 そう、後悔するぐらいなら死んだほうがマシだ。

 

 こんなことで、負けてたまるか。

 

「Ms.バラライカ。これが、あなたの答えですか?  この力による脅し、それが私にくださるものなんですか」

 

「……」

 

 バラライカさんは黙ったまま何も答えない。

 

 こんなに長く喋るのは慣れてないせいか、少し呼吸が乱れた。

 呼吸を正しながら、私はバラライカさんが口を開くのを待った。

 

「……ハッ」

 

 しばらくたった後、彼女の口から息が漏れる。

 その瞬間、作業場にバラライカさんの甲高い笑い声が響いた。

 

「ハッハッハッハッハッハッ!!」

 

 突然の笑い声に驚き、頭に血が上ったことを忘れる。

 

 ……なんか、前にもこういうことがあったような。

 なんなんだ。マフィアはちょっと言い返したら笑う癖とかがあるのか。

 

 何がそんなに面白かったのか、しばらく笑っていたがようやく収まったようだ。

 そこで胸倉をつかんでいた手を緩められる。同時に自身もバラライカさんの手首を掴んでいた手を離す。

 

「フフッ。中々骨があるじゃない。成程、あの男が気に入るのも分かった気がするわ」

 

「はあ」

 

 彼女の顔は、冷たい表情とはうって変わって微笑の表情に戻っていた。

 

「そうそう。依頼の報酬の件だけど」

 

「え。結局、依頼されるんですか?」

 

「ええ、丁度入用だしね。それに、私もあなたのこと気に入ったわ。あなたが作る服がどんなものか、見てみたいと思ったの」

 

「……なにか気に入られるようなことしましたっけ?」

 

「フフッ」

 

 バラライカさんは笑うだけで、私の質問には何も答えなかった。

 

「話の続きといきましょうかキキョウ。私たち、表向きは貿易会社を経営してるの。だから、なにか欲しいものがあればこっちで世界各地から取り寄せることも可能よ。三合会よりは、物資に関して頼りがいがあると思うわ。それに、私たちが勝っても今の暮らしは保証してあげる」

 

 ……これは、どうしたものか。

 どちらの組織が勝っても私の物資調達には困ることはない。

 更に今の暮らしが脅かされることもない。

 

 だが、今張さんにパトロンとなってもらった時に出された条件と全く一緒とは。

 これはこれで問題な気がする。

 

「商売するならいくらか保険は必要よ。その“保険”になってあげる。これではダメかしら?」

 

 こちらの懸念を察してか、一言付け加えられる。

 

 確かに、バラライカさんの言うことも一理ある。

 張さんはまだこの街を完全に支配していないのだ。

 

 そして、張さんがいなくなった後、私には後ろ盾がいなくなる。

 そうすると、私がこの街で洋裁屋として生きていくのは難しい。

 

 ──もし張さんが彼女に負けてしまった後、私がこの街でこれからも洋裁屋として生きるために必要な“保険”として、これ以上の相手はいないだろう。

 

だが、

 

「一つ、いいでしょうか」

 

「なあに?」

 

「このことを、張さんに相談してもいいでしょうか」

 

「……あら、なんで?」

 

「どんな形であれ、あの人は今、私を洋裁屋としてここにいさせてくれている人です。でも、貴女はあの人の……謂わば敵です。そんな人を勝手に保険にするなんて、私にはできません」

 

 そこがどうしても気がかりだった。

 なんだか、恩を仇で返している気がするのだ。

 

「律儀なのね」

 

「相談といってもほとんど報告に近い形で連絡します。服を作ることには反対しないと思いますので、もし駄目だった場合は、別の報酬をいただくということでいかがでしょうか」

 

「……ということは、私の依頼受けてくれるのね」

 

 あそこまで駆け引きした相手で、尚且つ報酬として保険になってくれるというのだ。

 断る理由がない。

 

「はい、Ms.バラライカ。あなたの依頼、承りましょう」




<バラライカ>
喧嘩中なのに洋裁屋如きに現をぬかしやがって→どんなやつなんやろか→面白そうだからちょっかいだしてやろ→なんか駆け引きしてきたわ→あら、意外と骨あるじゃない→気に入ったわ。


<キキョウ>
なんか怖い人きた→玩具呼ばわりしやがって。むかつくわ→その気にさせてみろや→脅しにはのらんぞ→なんか気に入られたわ


こんな感じ…?

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