「──ドレス、ですか?」
「ええ。盛大な“パーティー”には、それなりの格好をしないといけないでしょ」
どんな服が欲しいのか尋ねたところ、パーティーに着ていくドレスが欲しいとのことだった。
女性用のドレスを作るのは好きだ。
自分が女だからということもあるのかもしれないが、男物よりも勝手がわかるため比較的イメージしやすい。
なにより、ドレスを着た女性はとても魅力的だ。
さて、ドレスを作るとなるとその女性の正確な体のラインを知っておく必要がある。
そのためには、ヌードサイズの採寸を行わなければならない。
だが、採寸といえども他の人に触れられたり見られたりすることに嫌悪を示す人もいる。
特に女性は。
だから、必ず許可を得てから採寸を行う。
「バラライカさん」
「なあに?」
「ドレスを作るとなると、その女性に対して細かい採寸を行う必要があります。そのため採寸の際、今着ているものを脱いで、下着姿になっていただきます」
「……」
「私が聞きたいのは、そのような採寸を行っても大丈夫かということです。触れられたり、見られたりすることに嫌悪を感じる場合、こちらから無理やり採寸するわけにはいきませんので」
「なんだ、そんなこと? 別に構わないわよ」
バラライカさんは私の質問にすぐ答えてくれた。
採寸に対して許可をもらえたことで仕事が進む。
「ありがとうございます。では、早速採寸を行いますがよろしいですか?」
「ええ。──軍曹、外で待機していろ」
「は、失礼します」
あ、そうだった。あの男の人もいることをすっかり忘れていた。
自分のことで精一杯だったのだ。
忘れてしまうのも仕方ない。決して彼の影が薄かったとかではない。
軍曹と呼ばれた男が出ていくと、バラライカさんは羽織っていた上着を脱いでいた。
私はその上着を受け取り、ハンガーにかける。
上着の下に着ていた濃い紅色のスーツを次々に脱いでいく度に、私は脱いだ服をハンガーにかけるということを繰り返した。
人にじろじろと見られるのはいい気分ではない。
それにそういうことをするのは依頼に来た人に失礼だ。
だから、できるだけ体を見ないように意識した。
──一瞬見ただけなのだが、バラライカさんのスタイルがとてもいいことに気が付いた。
女性なら誰でも憧れる、出ているところは出ていて、引き締まっているところは引き締まってる体型だ。
ドレスを着たら、本当にすごく魅力的になるのだろう。
そう思いながら、採寸するためメジャーとペン、メモ帳を取り出し準備は完了だ。
「では、採寸していきます。私は細かく測るので少々不快になるかもしれません。その時は言ってください」
「ええ」
「では、失礼します」
「──以上で採寸は終わりです。すみません、長々と付き合わせてしまって」
「これくらい構わないわ」
採寸が終わり、ハンガーにかけてる衣服をバラライカさんに渡す。
露になっていた肌がまた赤い衣服に包まれていくのを確認し、完成したら連絡することを告げた。
連絡先を尋ねると、胸ポケットから名刺を出してきた。
「何か用がある時はここに連絡してちょうだい」
「分かりました。あとすみません、もう一つ」
「何かしら」
「何かドレスに希望はありますか? 色とか、形とか」
服を頼んでくる人はなにかしらこういうものが欲しいという希望が少なからずある。
ドレスとなると多種多様な形があるため、何でもいいと言われてしまうほうが困る時もある。
「そうねえ。……動きやすいドレスを作ることはできる?」
動きやすいドレス。
バラライカさんに似合うのはタイトなロングスカートだ。
その形を崩さずに動きやすさを求めるとなると、
「そうなりますと、スカートの裾にスリットを入れると大分動きやすくなります。片足を露出するものになりますが、それでもよろしければ」
「ならそれで。あとはあなたにお任せするわ」
「分かりました。今からですと二か月以上はかかってしまいますがよろしいですか?」
「できるだけ早めにお願い。いつパーティーが行われるかまだ決まってないから」
日取りが決まってないパーティー。
そういえば、張さんも同じことを言っていた。
……考えるのはよそう。私がするべきなのは依頼をこなすこと。今はそのことに集中しよう。
「少しお待たせするかもしれませんが、できるだけ早めに届けられるようにします」
「ありがとう。連絡待ってるわ」
帰ろうとしてドアに向かったので、慌ててドアを開ける。
玄関の横に軍曹と呼ばれた男が立っていた。
その男に「帰るぞ」と声をかけると、男の人はバラライカさんの後を着いて行く。
「気を付けてお帰りください。」
「ええ。じゃあね、キキョウ」
微笑みを浮かべながら告げると、バラライカさんは男の人をつれて去っていった。
少し離れるまで見送り、ドアを閉めた。
椅子に腰かけ、詰まっていた体の中の空気を抜くように息を吐いた。
まさか、ロシアンマフィアが依頼に来るとは思ってなかった。
たかが一人の洋裁屋にそこまで興味を持つものなのか。
……まあ、私が考えたって無駄なことだな。
ともあれ、殺されずに済んでよかった。
後悔したくないが、死にたいとも思っていない。
ただ、殺されるなら後悔せずに死にたいと思っているだけなのだ。
他の人は、これを“死に急いでいる”と言うんだろうな。
本当に、なんで殺されないのか。
自分ではわからない。
これも考えただけ無駄か。
さて、バラライカさんの依頼でもう一つ済ませなければいけない用件がある。
考えることをやめ、作業台の上に置いておいた携帯を手に取りある番号にかけた。
きっと、バラライカさんの体は腹筋割れてて引き締まってるナイスバディだろうと妄想しました(変態)。
女性が憧れるナイスバディ。…私もそうなりたい人生だった。