『──で、依頼を受けたと?』
「はい」
電話の相手は勿論張さんだ。
バラライカさんの依頼を受けたこと、報酬として保険になってもらうことを話した。
少し間をおいて、ため息のような音が聞こえてくる。
『別に依頼を受けるのは良いんだが、問題はその“報酬”だ』
「……」
『要は俺が負けた時の保険だろう? あまり嬉しくない報告だな、キキョウ』
まあ、そうだろうとは思った。
保険をかけるということは、最悪な事態を想定しているということ。
“負けるかもしれないからバラライカさんを保険にする”。
つまりはそういう意味で捉えられる。
張さんからしたら面白くないだろう。
「私がここにいられるのは張さんのおかげですので、貴方が報酬に関して首を縦に振らない場合は別の報酬を考えます」
『依頼を断る、という選択肢はないのか?』
「ありません」
張さんの問いかけに一瞬の迷いもなく答える。
一度受けた依頼はやり遂げる。
確かな実績があることで、依頼人との信頼関係が築き上げられる。
そして何より、
「これもあなたにとって面白くないことかもしれませんが、私が“あの人の服を作りたい”と思ったんです。
交渉し、見極め、それで作りたいと思うなら作ればいい。そう、言ってくれたのはあなたですよMr.張」
『……ま、報告するだけマシだと思うべきか』
半ば諦めたような声音で張さんは呟いた。
やはり相談したことは間違っていなかったようだ。
『面白くないのは変わらんが、こっちが勝てば何も問題はないしな』
「ありがとうございます。すみませんでした、お時間を取らせてしまって」
『なに、気にするな。それに報告っていうのは結構大事なことだぜキキョウ。黙ってやられちゃ、こっちも色々考えないといけなくなるからな。──ところで、俺の依頼のほうはどうだ。順調か?』
依頼を受けてから一か月半。もうそろそろ約束の二か月が経とうとしている。
早めに完成させてほしいと言っているぐらいだ。
やはり気になるのだろう。
作業を邪魔されることは何回かあったが、特に問題はない。
「ご心配には及びませんよ。この一か月、あなたの依頼だけに集中してましたから」
『ならよかった。期待してるぞ』
「あまり期待しすぎないようにお願いしますね」
『そいつは無理な相談だ。俺はお前の服を気に入っている。勿論お前のこともな』
服のことを気に入ってくれているのは素直に嬉しい。
だが、私のことを気に入るというのはよく分からない。
「私はどこにでもいる普通の洋裁屋ですよ」
『普通の洋裁屋は銃を突きつけられて、あんなに堂々とはしないぞ』
「堂々はしていなかったと思うんですが」
『あれがか? 確かに声は震えてはいたが、そんな状態で真っすぐ相手を見るのは簡単じゃない。──俺には何か狂気的なものを感じるよ。お前のその“真っすぐな目”が』
意識したことなんてない。
だけど、真っすぐだと言われるのはきっと
「……私はもう後悔したくないだけです。ただ、それだけですよ張さん」
『死ぬのは怖くないと?』
「怖いですよ。でも、生きることより後悔せず死ぬということのほうが大事なんですよ。私にとっては」
このただひたすらに“後悔したくない”という思いが、私をそうさせているのかもしれない。
これが狂気的なものなのかは、分からないけれど。
『……ふっ。やはりお前は面白いな』
「え?」
『そういうお前を俺は気に入っているんだ。……そんなお前が作る服だから、より魅了されるんだろうな』
言っている意味がよくわからずどう反応したらいいのか分からない。
これは褒められてるんだろうか。
「あ、ありがとうございます?」
『意味は分からなくていい。ただ、お前はそのままでいてくれればいいのさ』
「……よく分かりませんが、私は変わりません」
後悔したくない、という思いを曲げることは絶対にない。
そのためにここにいるのだから。
『それでいい。……少し長話になっちまったな。ではキキョウ、連絡待ってるぞ』
「はい。それではまた」
いつも通り張さんが切ったのを確認してから通話を終了する。
なんだかよくわからない話になってしまったが、とりあえずバラライカさんの報酬については落ち着いた。
これで依頼に集中できる。
バラライカさんの来訪で中断していた作業を始めようと椅子から腰を上げた。