ロアナプラにてドレスコードを決めましょう   作:華原

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28 『パーティー』

 あの酒場から元来た道をたどり家に帰った。

 アンナの“遊び”に付き合わされ、精神的に疲れたのでベッドに少し横になる。

 

 アンナと知り合って半年以上経つが、まさかずっと演技しているなんて思わなかった。

 だからといって、悔しいとかそんなことは微塵も思っていない。

 逆に、あそこまで人を騙せることができる才能があることに敬意すら感じる。

 

 単に私が騙されやすいのかもしれないが。

 

 これからもアンナと付き合っていきたいというのは嘘ではない。本音だ。

 アンナが依頼してきたことで客も増えていたのは事実。

 そんな大事な客を遊びに付き合わされたってだけで突き放すのは気が引ける。

 ただそれだけ。私には何の問題もない。

 

 だが、次は少し気を付けようと思いながら、冷蔵庫からビールを取り出し一気に呷った。

 

 

 

 

 

 

 ──翌日、十二時過ぎくらいにバラライカさんから連絡が来て、『今から向かわせるからよろしくね』と言われた。

 すぐ渡せるように、スリットが入った濃い赤のスレンダードレスとドレスと同じ色のオペラ・グローブ、二の腕まである長いパーティーによく使われる長い手袋を折り目がつかないよう透明のビニール袋で丁寧に包装する。

 きっと、中身を確認したいといわれるので持ち運ぶ用の紙袋には入れない。

 

 連絡から二十分ほど経った後、ドアから三回ノックの音が聞こえた。

 

「ボリスだ。大尉の服を取りに来た」

 

 “大尉”という言葉に少し疑問を感じたが、その一言を聞き私はドアを開ける。

 そこには、バラライカさんと一緒にいた高身長で顔に傷がある男がいた。

 

「お待ちしてました、どうぞ中へ」

 

 中へ招き、男が入ったのを確認しドアを閉める。

 そして、バラライカさんのドレスを見てもらうため包装途中の物を目の前に出した。

 

「これがバラライカさんが依頼されたドレスです。あとドレスのほかにオペラ・グローブも作ってあります。手元に届いたら一度着ていただくようバラライカさんに伝えてください。そこで何か不備がありましたら連絡をお願いします」

 

「……ああ」

 

「では、紙袋に入れますので少々お待ちください」

 

 予め用意していた紙袋にドレスとオペラ・グローブを入れ、ボリスさんに渡す。

 ボリスさんは紙袋を受け取ると、封筒を出してきた。

 

「これは大尉からだ。依頼料として受け取ってほしいと」

 

「……こんなに受け取れませんよ」

 

 封筒の厚さからして、普通のオーダーメイドの料金よりも大分上乗せした金額だ。

 バラライカさんには保険にもなってもらっているのだから素直に受け取るのは気が引けてしまう。

 

「大尉からのご厚意だ。ここは受け取ってもらいたい」

 

 張さんもバラライカさんも、どうしてこんな大金を渡してくるのか。

 バラライカさんに至ってはまだ完成したドレスを見ていないというのに。

 

 私はなんとか少ない額で受け取ろうと話をしたのだが、ボリスさんは首を縦に振ることもなく頑なに受け取らせようとしてくる。

 その頑固さに負け、結局全額受け取ることになってしまった。

 

「やっぱり多いですよこの額は」

 

「あなたの腕なら当然の額だと思えるが。このドレスを見れば、大尉もそう仰るはずだ」

 

「……買い被りすぎですよ」

 

 だとしても多すぎだこの額は。

 けれど、受け取ってしまったものはしょうがない。

 

「では、俺はこれで失礼する」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 渡すもの渡して用もなくなったボリスさんは早々に出て行った。

 とりあえず、受け取った金をしまおうと自室に向かった。

 

 

 そこから暇になったので何か久々に自由に作ろうかと作業をしていると、携帯の着信音が鳴ったので電話に出る。相手はバラライカさんだった。

 

『ドレス、ちゃんと受け取ったわ。着てみたけど何の問題もないし、完璧よキキョウ』

 

「それはよかったです」

 

『流石、“一級品を作る洋裁屋”ね。あなたに頼んでよかった』

 

 とりあえず気に入ってもらえたようだ。

 作った服を気に入るかどうかはその人の好みによって変わるため渡すときはいつも不安になる。

 

「お気に召したようで何よりです。もし、何か不備がでてきたら遠慮なく言ってください」

 

『ええ。……キキョウ、これからもよろしくね』

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

『じゃあねキキョウ』

 

「はい、では」

 

 バラライカさんとの会話は淡々としていたが、とりあえず私の洋裁屋としての腕は信じてくれたのだろうと少し嬉しくなった。

 私は中断していた作業を再開しそのままその日を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

「──これで準備は整った。軍曹、私はこれからアイツに連絡を取る。少し一人にしてくれ」

 

「了解」

 

 バラライカはボリスにそう伝えると、ある番号に電話をかけた。

 その相手は、今まさに抗争中の敵である張維新だ。

 

『やあMs.バラライカ』

 

 張は電話に出ると軽い挨拶としてバラライカの名前を呼んだ。

 そんな挨拶を意にも介さず、バラライカは本題を張へぶつけた。

 

「張維新。──そろそろ、この戦争に決着(ケリ)をつける頃合いだと思わないか?」

 

『そう言うってことは、キキョウから服は受け取ったみたいだな。どうだキキョウの服は、お前もお気に召したかな?』

 

「世間話をしたいわけじゃない。……ま、噂通りの“一級品”を拵えて来たわね」

 

『そりゃそうだ。なんたってあいつは“俺のお気に入り”だからな』

 

 意味深な言葉を含んだその一言に、バラライカは少し苛立ちを覚える。

 その苛立ちを気取られないよう、心の内に留め会話をつづけた。

 

「──そんなお気に入りが、私の依頼を受けたと知った時のお前の顔を見てやりたかったぞ。さぞ面白かっただろうに」

 

『お前からの依頼を受けるのは予想していたさ。だが、俺には何の問題はない。ただ、あいつはあのままでいてくれればいいのさ』

 

「そこまで気に入っているとはね。ま、その気持ちは分からんでもないが。……キキョウのことは今後も私がきちんと可愛がってあげるから、安心してこの街を去るといい」

 

『はは、そいつはご免だな』

 

お互いを煽りながらのその会話は、電話越しと言えど他人が聞いたら背筋が凍るであろうほどの緊張感を帯びていた。

 

『それで? いつ決着(ケリ)をつけようかMs.バラライカ』

 

「一週間後。あの波止場ですべてを終わらせよう」

 

『分かった。折角のパーティーだ、お互い楽しもうじゃないか』

 

「ええ。その時は必ず──」

 

 

 

「お前を殺してやる」

『お前を殺してやる』

 

 

 

 

 

 

 その言葉を最後に、二人のマフィアによる会話は終了した。

 

 

 

 一週間後、二人はキキョウが作った服を身に纏い、波止場で一騎打ちを行った。

 お互いが放った弾は、バラライカは腹を、張は左腕を貫かれ2つのマフィアの抗争は相打ちとなった。

 

 

 

 ──これが、一九九三年に起きた三合会とホテル・モスクワの全面抗争の一旦の終結である。

 


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