──バラライカさんにドレスを渡した2週間後。
この街の騒動の原因だった三合会とホテル・モスクワの抗争がボス同士の一騎打ちによって一旦幕を引いた、という情報がロアナプラ中に広まっていた。
どちらが勝利を収めたかは分かってはいないが、この情報を聞いた者はとりあえず騒動は収まるだろうという見解を示していた。
私としては、どちらが勝ったのか早く知りたいところなのだが、いずれ分かることなのでわざわざ電話をかけて確認することでもない。
つい最近まで毎日昼夜問わず鳴り響いていた銃声が、今では嘘のように静まっている。多少は聞こえてくるが抗争の時よりは大分マシだ。
張さんとバラライカさん以外の依頼をすべて断っていたのもあり、今はこなすべき依頼もなく自由に過ごさせてもらっている。
抗争が一旦終わったのであれば、もう外に出ても大丈夫なのだろうか。
なら、今日は久々に買い出しに行こう。
そう思い立ち、金と物を入れるためのバッグを持ち出し家を出る。
──外に出てみると、やはり落ち着きを取り戻しつつあるように感じた。
市場は以前と変わらず活気に満ち溢れており、抗争が終わった安心感からか、以前よりも更に人の声が飛び交っていた。
そんな市場で繰り広げられる会話は、やはり抗争の話で持ちきりだった。
あれだけ騒がせたのだ。この街にいる住民だけでなく、その他のマフィアやゴロツキ、ありとあらゆる人間が気になるのは至極当然のこと。
ましてや、勝利を収めたほうがこの街の利権を手にし、支配者になるのだから気にならないほうがおかしい。
ロシアンマフィアが負けた、三合会が負けた、はたまたどちらも死んだのか、ということで賭け事をしてる人もいた。
それくらい、この街にとって歴史的な出来事だったのだと街の様子で認識する。
そんな中でも私はいつも通り買い物を済ませる。
布や糸だけでなく、ちょっとした食べ物など少々買いすぎたが、これが買い物の醍醐味だと思っているので特に気にしない。
外に出て気分転換できたのもあってちょっとした満足感を感じながら帰路につき、収納場所にも結局行っていないことを思い出し、後で寄ろうと考えながら足を動かす。
家に戻り、布や糸は作業台の上に置き、食材は冷蔵庫に入れ、暇なときに作った服とあの部屋の鍵を持ってまた家を出る。
十分ほど歩いたところにある灰色のビルの二階。
人の手に渡る予定が今のところない服が数十着以上あるその部屋のドアを開ける。
特に変わった様子もなく、ただ服があるだけの光景が目の前に広がる。
久々に来たので、こんなに作ったのかと少し感慨深くなる。
籠った空気を入れ替えようと窓を開ける。これからは、定期的に空気を入れ替えに来よう。
そんな小さな決心をし、暇なときに作った灰色のキャミソールと女性用のワイドパンツをハンガーにかける。
その後はしばらく過去に作った服達を一つ一つ手に取る。
最初にここに納めたバルーンスリーブのブラウス。
そのブラウスに似合うだろうと作ったロングスカート。
きっちりした雰囲気を出せる比較的薄い生地で作った女性用の黒いジャケット。
スリランカの花を刺繍したTシャツ。
以前は服を収める場所がなく、仕方なく燃やしていた。
私は服を作ること以外何もしてこなかった人間だ。今までそれしかしてこなかった人間が唐突に洋裁をやめることができるはずもなく、創作意欲が出てくると同時に、誰も着るはずがない服が部屋に溢れかえった。
その時は洋裁屋として商売することは考えていなかったため、誰の手にも渡らず、ただゴミ屋敷のようになっていく部屋に丁寧な収納もされないなら、燃やしたほうがいいと思った。
自分でも短絡的な考えだと思う。
けど、私にはこれしか思いつかなかったのだ。
だからせめて写真には残そうと燃やす前に撮っていたのだが、それでも自分が作ったものを燃やすのは、少し辛かった。
そんな状況を変えてくれたのは紛れもない、張さんだ。
銃を突きつけられたりもしたが、結果的に私を洋裁屋としてこの街に生かし、作った服を燃やさずにいれる環境を整えてくれた。
あの人のおかげで比較的平穏だった日常は変わってしまったけれど、そう考えるとやはり頭が上がらない。
マフィアという職業柄、死と隣り合わせなのは仕方ないこと。
だが、恩人でもあり、この街で一番最初に私を“一流”だと褒めてくれた人が死ぬのは少し嫌だなと思ってしまう。
だから、“生きていてほしい”と心の中で思うのも仕方のないことだと結論付ける。
窓を閉め、ドアに鍵をかけてから外に出る。
青く晴れ渡った空を見上げ、“この街には似合わない空だ”と思いながら私はその場を後にした。