「……先程も申し上げた通り、私は修行中の身なのでそこまで評価されている服を仕立てることはできません。それに、子供の言っていることですし気にする必要はないのでは?」
「成程、なんとも謙虚なお嬢さんだ。だが」
言い終わる前に、男が私の額に何か当てていることを間をおいて理解した。
──額には、鉄の感触。
そして、男の手には拳銃が握られていた。
毎日どこかで鳴り響いている音の元凶が向けられている事実に冷や汗をかく。
「噂の出どころは俺もよく知らなかったんだが……そうか、“子供”からだったのか。今知ったよ」
……しまった。
この男は一言も「子供」なんて言葉発していない。
迂闊だった。気を許した覚えも油断した覚えもない。だが「服を作ったのは私ではない」ということを認識させようと
駆け引きはあまり得意ではない。
やはり、苦手なものを無理にすることは失敗に繋がりやすいのだと身をもって再認識する。
「さてお嬢さん、ここからが本題だ。なぜ孤児にタダであの服を渡した」
初めて向けられる銃口のせいか声が出ない。
だけど黙っていても殺される。
なら──
「……約束したから、ですよ」
「約束?」
「盗んだ金を……元の場所に、戻したら服をあげると」
黙って殺されるなら、せめて真実を伝えよう。
嘘に嘘を重ねてしまえば後には引き返せない。
嘘をつかなければ、なんとかなるかもしれないから。
「約束は、守らなければなりませんから」
男の眼が、サングラスの奥で少し揺らいだような気がした。
──午後一時半。
あれから状況は全く変わっていない。
私は真実を言った。
『子供と約束したからタダで服をあげた』、それ以外の理由はない。
なのに、銃口を向けている男はただ黙ってこちらを見ている。
「……」
「……」
金も権利も何もいらない。ただ平和に過ごしたい。
この気持ちは、ここの住人には理解されないだろう。
だからこそ目の前の男は私を見定めている、のかもしれない。
この男が何故銃口を向けたまま黙っているのか真意は掴めない。私にできることは、逃げないことだけ。
「お嬢さん」
相手の出方を伺っていると、やっと男が口を開いた。
「はい」
「それ以外に理由はないんだな?」
「はい」
「──分かった、今は君の言うことを信じよう」
「……ありがとう、ございます」
男は、私が口先だけのお礼を告げると同時に銃をしまう。
「約束は守らなければならない、か。商売でもないのに、よく言えるものだ」
「それしか、取り柄がないものですから」
自分でもこの街では生きづらい考え方をしてしまっていると分かっている。
けど、「約束は守らなければならないもの」なのだから、そこは仕方がないと諦めるしかない。
約束を守らない奴に碌な人間はいない。
「最後に一つだけ聞かせてもらおう」
「なん、でしょうか」
まだ声がうまく出せない。
だけど、極度の緊張を保つには丁度いい。
今頭は冷静だ。
聞かれたことだけ言えばきっとこの場を切り抜けられる。
「あの一級品を仕立てたのは?」
「……あの赤と黒のカクテルドレスは私が仕立てたものです」
「そうか」
最後に一つ、とこの男は言っていた。
これで終わる。切り抜けられる。
「その腕ならぜひ看板を掲げてほしいものだ」
「……検討してみます」
思ってもないことを言う暇があるならとっとと出ていって欲しい。
とは言えないのでとりあえず適当に返事をする。
「お嬢さん。この街でその腕を見せびらかすなら、もっとうまくやった方が身のためだぞ」
「……肝に銘じておきます」
曖昧な言葉だが嘘はついていない。
検討したうえで看板を出さなければいい。
そして、肝に銘じておくのも断じて嘘ではないのだからこの答え方でいい。
「では、またいずれ」
そう言い残し、男は颯爽とロングコートの裾を靡かせながら去っていった。