収納場所を後にし、家に帰ろうと歩いていた。
家が見える距離まで来た時、家の前に誰かがいることに気が付いた。
しかも二人。
細かい容姿は分からないが、恐らく初めて会う人たちだ。
何が起きるか分からないため、とりあえず裏口の方から帰ろうと少し来た道を戻り、家の裏に回る。
静かに家に入り、ドアの前で聞き耳を立てていると話し声が聞こえてくる。
「──ダッチ、やっぱりあたしはいらねえんじゃねえのか? それにノックしても反応ねえし。アタシは帰るぜ」
「レヴィ、まだ一回しかノックしてねえ。もう少し待て」
声からして男女のようだ。
男の方は初めて聞く声だ。
だが、女の声はどこかで聞いたことがある気がする。
どこで聞いたか思い出そうとしていると、ドアを3回ノックしてきた後男が呼びかけてきた。
「運送屋をやっているモンだ。バラライカからの荷物を届けに来た」
「……バラライカさんから?」
唐突に出てきたその名前に思わず反応し、口に出してしまった。
その声を聞き逃すこともなく、男は私がいると分かると返事をするように話を続けた。
「そうだ、あんたに渡してほしいと頼まれた。“ドレスの修繕を頼みたい”んだと」
ドレスの修繕。
確かにバラライカさんにはドレスを作ったが、まだ男の言葉を信用できない。
本当かどうか確かめる必要がある。
「そのドレス、一体どんなドレスですか?」
「“スリットが入った赤いロングドレス”だ」
返答を聞き、一瞬躊躇った後ドアを開ける。
そこには、丸いサングラスをかけた黒人の男性と、見覚えのある赤みがかった茶髪の女性がいた。
「……あんたが、洋裁屋か」
家から出てきた私を見てそう言ったのは、女性のほうだった。
立ち話もなんだと私は二人を家に入れた。
女性は少し躊躇っていたが、男性が入るのをみて渋々入ってきた。
入ったのを確認し、ドアを閉める。
「すみません、少し散らかってて」
「なに、構わないさ。……とりあえず、自己紹介といこうか。俺はラグーン商会っていう運送屋をやってるダッチだ。そしてこっちが──」
「……」
女性は何も言わず黙っている。
私のほうを見ようともせず、ただそこに立っているだけだ。
それを見かねて、ダッチさんは女性に声をかける。
「おいレヴィ。ガキじゃねえんだから挨拶くらいしろ」
「……」
レヴィと呼ばれた女性は、それでも黙ったまま。
このままでは埒が明かないと、私のほうから女性に声をかける。
「一応、お久しぶりと言うべきでしょうかね」
「クソ、やっぱり覚えてやがったか」
女性が言っているのは、家の前で倒れていたのを私が少し世話したときのことだろう。
何か月も前のことだが、今でもよく覚えている。
というより、その出来事を忘れることのほうが難しいと思うのだが。
「生きて会えたら、お互い名前を教えるって言ったことも覚えてますよ。あなたは忘れてしまいましたか?」
「……忘れるわけがねえだろ、あんな失態をよ」
「なら、教えてください。“あなたの名前”」
「──レベッカ・リー。レヴィでいい」
「キキョウです。これからよろしくお願いします、レヴィさん。ダッチさん」
「ああ、よろしく」
「おう」
ひとまずお互いの名前を言ったところで、ダッチさんが本題に入ろうと話を始める。
「これが、バラライカからお前さん宛の荷物だ」
ダッチさんが出してきたのは紙袋だった。
恐らく、この中にあのドレスが入っている。
「中身確認してもいいですか?」
「お前さんの荷物だ。どうぞご自由に」
私は紙袋に入っている物を取り出す。
それは確かに私がバラライカさんに作ったドレスなのだが、作った時とは明らかに違う状態だった。
「……これは、酷いですね。一体どんなパーティをしたらここまで」
「随分ど派手にやってたからな。そりゃそうなるだろうさ」
腹部の部分には穴が開いており、その穴を中心に血が滲んでいた。
そして恐らく海に入ったのか肌触りが壊滅的に悪くなっており、とても元に戻せる状態ではなかった。
これは新しく作り直したほうが手っ取り早い。
服の様子から、腹に銃弾を食らったのだろう。
そんな状態で生きているということなのだろうか。
「バラライカさん、生きてるんですか?」
「姉御なら生きてるぜ。腹撃たれて海に落ちてたところをダッチが拾ったんだ」
レヴィさんが私の問いに答えてくれた。
腹に銃弾を食らって生きているなんてにわかには信じられないが、バラライカさんなら生きてそうだ。
ということは、張さんは……?
「Mr.張も生きてる。相打ちだったんだと」
「……そう、ですか」
ダッチさんが私の心を読んでいたかのように言ってきた。
もし、それが本当なら二人とも生きていることになる。
どちらかが死ぬと思っていたから、少し予想外だった。
その結果に、どことなく安堵している自分がいる。
「これからどうなるんでしょうね」
「さあな、俺たちが気にしても仕方ねえことだぜキキョウ。……それにしても、あんたみたいなお嬢さんがあの二人のお気に入りとはな。俺にとってはそっちのほうが驚きだ」
「その話はよく分かりませんが、私もあの二人相手に仕事するとは思いませんでしたよ」
「……あんた、一体何したんだ」
唐突に入ってきたその質問に、思わず声の主を見る。
入ってきたのは、レヴィさんだった。
「ただ服を作ってるってだけじゃ、あの二人が“気に入る”ことなんざねえ。一体どんなテク使ったんだ」
「私もよく分からないんですよそれが。ただ、張さんの時もバラライカさんの時も殺されるかと思いましたけど」
「じゃなんで生きてんだあんた」
「それ、こっちが聞きたいですよ。私は、ただ自分の言いたいこと言っただけです」
「何を言ったんだ」
レヴィさんからの質問攻めに少し戸惑ってしまうが、とりあえず答えておく。
「二人とも頼んできた状況は違いますけど、要約すると“あなたの条件では応じません”って最初断って、そしたらなぜか私の話を聞いてくれて、今に至る……みたいな?」
「……」
「……」
二人は私の話を聞いても何も反応せず、黙ってしまった。
あの、私も自分が何を言っているのか分からないのでこの沈黙はやめていただきたい。
「と、とりあえず、そんな感じです。はい」
「……意味わかんねえ。やっぱりあんたは変わりモンだ」
「私も、よく分からないんですけどね」
「ま、過程がどうであれ、あんたは張の旦那のお気に入りっつう立場になっちまってた上に、姐御にも気に入られた以上もう“普通の洋裁屋”じゃいられねえ。それだけは覚えておいたほうがいいぜ」
レヴィさんがここにきて一番長く喋った。
そして、その言葉に少しだけため息が出そうになる。
だけど、あの二人の服を作ったことに後悔は微塵もないし、することもない。
「忠告ありがとうございます。でも、なってしまったものはしょうがないですから」
「ま、せいぜい気を付けるこった。ダッチ、そろそろ出ようぜ。長居しすぎた」
「おう。じゃ、キキョウ。何か運んでほしいものあったらいつでも言ってくれよ」
「じゃ、ダッチさんも何か作ってほしかったら言ってください。レヴィさんも」
「気が向けばな」
「じゃ、またいずれ」
ラグーン商会の二人はそう言って家から出て行った。
レヴィさんは出ていくとき、私を一度見たが何も言わずに去っていった。
その行動が、何を意味しているのかは分からなかった。
二人が去った後、運んできてくれたドレスをもう一度見る。やはり、酷い状態で修繕は難しそうだ。
とりあえず、私は連絡を取ろうとバラライカさんに電話をかけた。
コール音が何回か流れた後、通話に応じたことを確認し声を発する。
「キキョウです。今よろしいですか?」
『えぇ。ただあまり時間は取れないわ』
「構いません。…ひとまず、生きていたようで何よりです」
『私はそう簡単にやられたりしないわよキキョウ』
軽い挨拶を交わし、本題に入る。
「……ダッチさんからドレス受け取りました。まさかあそこまでボロボロにされるとは」
『ごめんなさいね。せっかく作ってくれたのに』
一応、謝るくらいは罪悪感があるのだろうか。
服がこうなってしまったことを責めるつもりはないのだが。
「まあ、なったものは仕方ないですから。ですが、あの状態からは修繕は難しいです。新しいものを作ったほうがいいと思います」
『あら、残念。なら、それはあなたの好きに処分してもらって構わないわ』
「分かりました。……新しいもの、作りましょうか?」
『いえ、今は大丈夫よ。──キキョウ、私はこれからもあなたの保険でいるつもりよ。だから、あの男に愛想尽きたらいつでも言いなさい』
「ありがとうございます。でも、当分愛想は尽きないかもしれませんね」
バラライカさんの厚意はありがたいが、あの人に恩を感じている間はこの関係をそのまま続けていきたい。
その言葉を聞き、バラライカさんは『その時が来るまで待つしかないわね』と少し笑いながら言った。
『ま、そういうことで、改めてこれからもよろしくね。キキョウ』
「こちらこそ、よろしくお願いします」
これからも付き合っていこうという軽い挨拶を交わし、通話を切る。
その後も、私は携帯を離すことができなかった。
張さんは今どうしているのだろうか。
この携帯で連絡を取ることはできる。
だが、何の用もないのに電話することは躊躇われる。
私はあの人の部下でも友人でも、ましてや恋人でもないのだから自分が気になるからと言って世間話をするように気軽にかけてもいいものではない気がする。
それに、随分話していないのもあってなんと声を掛けたらいいのか分からない。
そんなことを考えると、手に汗をかいてしまう。
……とりあえず、今はやめておこう。
そう思い携帯を置いた瞬間、唐突に着信音が響く。
突然の通知に驚きつつ、慌てて電話に出る。
「もしもし」
『やあキキョウ、久しぶりだな』
電話から聞こえてきたのは、久しぶりに聞く、だけど聞き慣れた声。
その声を聴いた瞬間、私の心は安堵感で包まれた。
“本当に生きていてくれたんだ”と。
「──お久しぶりです、張さん」
やっと抗争が終わってヒロインの名前も出せたことだし、ひと段落といったところです。
ここからいろいろな話ができたらいいなぁなんて思ってます。