ロアナプラにてドレスコードを決めましょう   作:華原

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※注意:下品な言葉が出ます。


32 酒場にて

 三合会とホテル・モスクワの抗争から三か月。

 徐々にまた客が来始めて、依頼をこなしている最中である。

 

「ねえキキョウ、今日飲みに行きましょうよ。勿論二人で」

 

「そっちの仕事はいいの?」

 

「たまには息抜きしたいの。ダメ?」

 

「分かった。……最近、調子はどうなのアンナ」

 

 手を動かしている私に声をかけたのは、褐色の肌と腰まであるウェーブがかった黒髪が特徴的な娼婦。アンナだ。

 

 そう、二か月ほど前からまたアンナが遊びに来るようになったのだ。

 最初は、思わず「今度はどんな遊びを思いついたの」と聞いてしまった。

 

 そんな私の質問に、アンナは「もうあんたで遊ぶのは懲り懲りよ」と苦笑しながら答えていた。

 

 彼女は私を“遊び”に巻き込んだことには罪悪感など無いらしく、「あんたに更に興味が湧いた。それに“またね”って言ったのはあんただから別に遊びに来たっていいでしょ?」と言い訳していた。

 

 どこか照れくさそうな。ぶっきらぼうに言う彼女に「“あんた”じゃなくてちゃんと名前で呼びなさい」と頬を抓り、私が困ることはないだろうと今もこうして作業場に入ることを許している。

 

 ──頬を抓られたアンナは妙に嬉しそうな顔をしていた気がするが、そこにはあまり触れないでおく。

 

 

「上々よ。マフィアのパーティーが終わって、みんな緊張が解れたみたいで声をかけても警戒されなくなったわ。全く、こんないい女が声をかけてるのに銃を向けてくるなんてひどい話だと思わない?」

 

「それは災難だったね。ま、生きているだけでも幸運だと思いなさい」

 

「それもそうね。……ねえキキョウ、ホテル・モスクワの火傷顔(フライ・フェイス)にも服作ったってホント?」

 

 ホテル・モスクワの火傷顔(フライ・フェイス)

 どうやらこの街の人たちはバラライカさんのことをそう呼ぶらしい。

 

「一着だけね。急に何、アンナ」

 

「やっぱりホントだったのね。キキョウ、あなた随分有名人になってるわよ。三合会だけじゃなくホテル・モスクワにまで気に入られてるって」

 

「……気に入られてるとかの話は、もうお腹いっぱいなんだけど」

 

 もう何回目だこの話は。

 ここまでくると流石にうんざりしてくる。

 

「ま、これから“いろんな客”が来るだろうから頑張ってねって話よ」

 

「よく分からないけど、ありがとうって言っておくべきなのかな?」

 

「……はあ」

 

 アンナは私の言葉を聞いて深いため息をついた。

 

「意外と間抜けなのかしら」と何やら呟いていたが小声だったためその言葉は私の耳には届かなかった。

 

「とりあえず、また後で色々聞かせてもらうから。ゆっくり酒を飲みながらお話しましょ」

 

「はいはい。それで、どこで待ち合わせ?」

 

「イエロー・フラッグ。その方が場所も分かるでしょ?」

 

「分かった。仕事が一段落したら向かう」

 

「じゃ、また後でねキキョウ」

 

アンナは微笑みを浮かべながらそう告げると、長い黒髪を靡かせて家から去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

「──もうそろそろ限界なんじゃないのお? 無理しなくてもいいのよお?」

 

「うるせえな、この、アバズレ。まだまだいけるっての」

 

「アバズレェ? アバズレって、“品のない女”のことを言うのよぉ。あんたにピッタリの言葉よねぇ?」

 

「てめえだって、“品”なんてねえだろうが。おら、まだ酒が余ってるぞ。もう飲めません、お喋りしか出来ませんってか?」

 

「この程度であたしが酔うと思うわけぇ? こんな酒、ジュースよジュース。バオ、もっと強いのだして」

 

「そうだそうだ、もっと強いの持ってこい!」

 

 

 

 …………どうしてこうなったのだろうか。

 

 

 私は今、イエロー・フラッグで酒を飲んでいる。

 最初はアンナと二人で飲んでいたのだが、途中からラグーン商会のレヴィさんも参戦した。

 今、この二人は私を挟んで飲み比べしている。

 

 こうなった経緯というと──

 

 

 

 

 

 ──仕事を終え、店に着いた時にはカウンターに既にアンナが座っており、しばらく二人で飲んでいた。

 

 会話が途切れることもなく、話に花を咲かせていた時にレヴィさんが一人で店に来たのだ。

 

 レヴィさんが私から一つ空けた席に座ったのに気づき、顔見知りではあるので「お久しぶりですね、元気にしてました?」と軽く挨拶した。

 

 彼女は淡々ではあったが「ああ見ての通りピンピンしてるよ」と答えてくれた。

 

 

 ──が、ここから先が問題だった。

 

 

 アンナがレヴィさんを見た途端、「あら、二挺拳銃(トゥーハンド)じゃない。てっきり野垂れ死んだかと思ってた」と言ったのだ。

 

 どうやら二人は顔見知りらしいのだが、どこか険悪な雰囲気だった。

 アンナの言葉を聞いたレヴィさんは当然不機嫌になり、「うるせえな、てめえは黙って男に媚びてろクソ娼婦」としかめっ面で返した。

 

 

 

 彼女の言葉を皮切りに、二人の罵声の浴びせ合いが始まってしまった。

 

 

『あんたみたいに銃振りかざしとけばなんとかなると思ってる脳筋女よりは、賢い生き方だと思うけど?』

 

『少なくても、てめえみたいに男に媚売って生きるよりゃ百倍マシだ。てめえ一人じゃ何もできねえくせに、いばってんじゃねえ』

 

『あら、ごめんなさい。だってあんた、自分だけ満足して終わるオナニー気質なもんだからついムカついちゃうのよ』

 

『……んだと?』

 

『どうせ相手を満足にイかせたことないんでしょ? 何事も自分が気に入らなければBang! ってやって終わり。──私、何か間違ってるかしら“マンズリ女”?』

 

『てめえは自分を楽しませてくれねえ奴はどうでもいいって思ってるだろうが。遊び半分で男に付け入って、飽きたら捨てる。──随分高尚なお遊びに興じていらっしゃって何よりでございますわ“お嬢ちゃま”?』

 

『……あの、私を挟まないでくれます? お二人とも』

 

 こんな会話を間に挟まれた状態で繰り広げられ、耐えられず思ったことを口に出してしまった。

 とはいえ、お互い罵詈雑言が止まることはなく……

 

『ごめんねキキョウ、折角楽しくお喋りしてたのに。ほら、帰りなさいよマンズリ女』

 

『は、洋裁屋。こんな女とつるんでたら碌な目に合わねえぜ。気に入らねえならてめえが帰れクソ娼婦』

 

『……ほんとあんたとは気が合わない。とっととくたばってほしいわ』

 

『奇遇だな、あたしもそう思ってるよ。なんなら今てめえの脳天に弾ぶち込んでやろうか?』

 

『やめろレヴィ、てめえに抜かれちゃたまったもんじゃねえ。それにここは酒場だ、てめえらは黙って酒飲んでろコノヤロー』

 

 バオさんが横から入ってきてそう言うと、レヴィさんの前にBACARDI GOLDと書かれたボトルと空のグラスを出した。

 

 レヴィさんはグラスに酒を注ぎ、一気に飲み干していた。

 まだ言い足りなかったのか、アンナがまた余計な一言を言い放つ。

 

『これじゃ酔えるもんも酔えないわ、気分が悪い』

 

 わざと聞こえるように言ったその一言は、レヴィさんの機嫌を更に悪くするには十分だった。

 

『はっ、そんなジュースじゃ酔える訳ねえよな』

 

『は?』

 

『酒が飲めないのを人のせいにするってことは、やっぱりお前はまだガキなんだよ。ま、おこちゃまはおこちゃまらしく、家に帰ってオレンジジュースでも飲んでろってこった』

 

 最後の言葉を言い終え、馬鹿にしたような笑みを浮かべながら酒を呷っているレヴィさんを横目に、アンナは眉間に皺を寄せていた。

 

『私はガキじゃないわ』

 

『なら証明して見せろ。ほれ、あたしの酒分けてやるからよ』

 

 レヴィさんは私の前を通してアンナに酒が入ったグラスを差し出すと、アンナは乱暴に受け取りそのまま一気に飲み干した。

 

『……この程度の酒でそんな偉そうな態度取ってたわけ? 恥ずかしいとは思わないのかしら』

 

 その一言に遂にキレたのかレヴィさんは立ち上がり、アンナもそれに合わせるように立ち上がった。

 当の私は置いてけぼり状態で、座ったまま。

 

『バオ』

 

『もっと強い酒持ってこい!』

『もっと強い酒持ってきて!』

 

『だから私を挟まないで……』

 

 この私の呟きは無慈悲に誰にも届くことなく掻き消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──そこから、アンナとレヴィさんによる飲み比べが始まり今に至る。

 

 飲み比べ開始から一時間ほど経ったが、酔ってないと言い張り酒を呷る二人に挟まれながら、私は自分のペースで酒を飲んでいる。

 

「まったく、人を誘っといて飲み比べするかな普通」

 

「すまねえな洋裁屋、こいつらはいつもこうなんだ」

 

 バオさんは呆れながらも、私と同様ずっと二人の様子を見守っている。

 

「いえ、バオさんが謝ることじゃないですよ。それに、こういうアンナは初めて見たので結構面白いです。……もう一本空けていいですか?」

 

「ま、アンナがここまで感情むき出しになるのはレヴィくらいだからな。これもいいストレス発散なんだろうよ。……同じのでいいか?」

 

「同じので。──この二人は仲がいいのか悪いのか分からないですね」

 

 こういう会話をしている間も、二人は私を挟んで罵詈雑言を言いながら飲んでいる。

 こんなやり取りをずっと見せつけられたら嫌でも慣れてしまい、今となっては諦観の域に達している。

 

 バオさんは私の前に『Jack Daniel's』のボトルを出し、グラスに氷を入れてくれた。

 このお酒は張さんと飲んだ時にハマってしまい、もし次来る時はこれを飲もうと決めていたのだ。

 

 今までは酒の好みなんてなかったのになぁ、と思いながら酒に口をつけていると、大分酒が回ったのかべろべろに酔ったアンナが腕を絡んできた。

 

「ねえ、キキョウ~~。私とこの下品な女、どっちがいい女だと思う?」

 

「……私よりもバオさんに聞いたら? 第一それは女に聞くことじゃないでしょ」

 

「だってどうせバオははぐらかすもん。ねえキキョウ、どっちぃ~?」

 

「おう、洋裁屋。正直に答えてやれよお? “てめえみたいなアバズレは眼中にねえよ”ってな」

 

 レヴィさんも相当酔ってるのか私の肩に手を置き、顔をニヤつかせながら喋っている。

 本当、どうしてこうなったのか。

 

 右腕にはアンナ、左肩にはレヴィさん。

 二人とも顔は整っている女性なので素面(しらふ)なら羨ましいと言われるのだろうが、今はただの酔っ払いなのでそんなこと誰も思わないだろう。

 

「……二人ともいい女なんじゃないの?」

 

 知らないけど。

 

「そういうのはいらないのー! はっきりしてほしいのー!」

 

「ほら、ひゃっきり言わねえとこのおこちゃま暴れだしちゃうぜようしゃいやー」

 

 アンナ、なんだその駄々っ子全開の態度は。

 レヴィさん、あなたに限ってはところどころ呂律回ってませんけど。

 

 ──これはもう、つぶれるまで飲んでもらうしかない。

 

 そうでもしないと、この圧倒的にめんどくさい状況がいつまでも続きそうだ。

 

「……この飲み比べで勝った方がいい女なんじゃない? どんなに飲んでも酔わない女ってことで」

 

 今考えた適当な言い分だが、酔っ払いには通じるだろう。

 案の定、私の言葉に乗った二人はお互いの顔を睨みながら言葉を投げた。

 

「じゃあ、どっちがいい女か決めようじゃないのとぅーはんど!」

 

「望むところだくしょ娼婦!」

 

 クソって言えてないレヴィさんがちょっと可愛いと思ってしまった。

 まあ、アンナも普段大人ぶってる様子からは想像つかないくらい子供らしい振る舞いをしていて可愛いとは思う。

 

 二人とも私から離れ、さらに酒を呷り続けた。

 私とバオさんは、それを二人が酔いつぶれるまで呆れながらも見守った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──そうして二時間後。

 

 結果、二人ともほぼ同時に潰れようやく飲み比べが終了した。

 お互いカウンターに突っ伏して寝息を立てている。

 

「ようやく潰れたか。まったく、散々騒ぎやがって」

 

 バオさんはやれやれとため息をつきながら呟いた。

 

「すみませんバオさん。止めたほうがよかったですか?」

 

「なに大したことじゃねえ。それに、どうせ止めても無駄だってことはよく分かってるからな」

 

「なら、いいんですが。……お代どれくらいですか?」

 

「お前さんの酒代も含めきっちりこいつらに請求してやるから気にするな」

 

「いや、自分の分は払いますよ」

 

「迷惑料とでも思っとけ。こいつらも嫌とは言わねえだろ」

 

「……じゃ、今回はお言葉に甘えてもう少し飲んでいきますね」

 

 人の金で酒を飲むのは趣味じゃないが、今回は多少めんどくさい思いをしたのだ。これくらい許されるだろう。

 瓶に少し残ってる酒をグラスに注ぎ、バオさんに注文する。

 

「てことで、もう一本空けていいですか?」

 

「これで四本目だぞ。お前さんも割と飲んでるの気付いてるか?」

 

「え、そうなんですか? そんなに飲んでる感じはしなかったんですが」

 

「一時間毎に一本空けてた奴のセリフとは思えねえな。……そういやお前さん、張の旦那と飲んだ時もそうだったな。あん時も割と飲んでたが、酔ってる姿一つも見せなかった」

 

「流石にあの人の前じゃ酔えませんよ」

 

 そう言いながらも、バオさんは新しい瓶を出してくれた。

 グラスに中途半端に注がれた酒を飲み干し、氷を入れてもらい出された酒をもう一度グラスに注ぐ。

 

 氷の冷たさがグラス一杯に広がるまで揺らし、口をつける。

 この冷たさが、また心地よい。

 

「バオさん」

 

「なんだ」

 

「これからたまに、ここで飲んでもいいですか?」

 

「何言ってやがる。ここは酒場だ、好きな時に来りゃいい」

 

「……それもそうですね。やっぱり少し酔ってるみたいです」

 

 少し口の端を上げ、グラスに口をつけ酒を喉に通す。

 それから両隣に相変わらず酔いつぶれて寝ている美女二人を横目に、酒瓶がなくなるまで飲み続けた。

 

 これからたまに一人で飲みに来ようと思ったのは、気に入ったお酒と口は悪いけど気前のいいバーテンダーがいるこの酒場が気に入ったから。

 

 ──この日が、私にとって初めてロアナプラでお気に入りの場所ができた記念すべき日となった。

 

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