ロアナプラにてドレスコードを決めましょう   作:華原

33 / 134
33 協調体制

 イエロー・フラッグで美女二人の飲み比べに巻き込まれてから四か月。

 特に変わったこともなく、いつも通り来た依頼をこなしている。

 

 私に来る依頼はドレスやワンピースなどの女性ものの服が多い。

 この街ではオシャレに気を遣うのは断然女が多いのだから、男物が頼まれることはそうそうない。

 

 張さんのように見た目に気を遣わなければならないのであれば、話は別なのだろうが。

 

 今回は、くるぶしが隠れるくらいの丈の白いワンピースを仕立てた。

 

 これを依頼したのは茶髪の女の子だった。

 その女の子はとある酒場で手伝いをしているらしく、そこで初めてもらった給料で依頼してきた。

 ワンピースならここじゃなくても買えるだろうと一応言ってみたのだが、女の子は“お姉さんが作った服、私も着てみたい”と言ってくれた。

 どこで私が作った服を見てくれたのかは知らないが、そう言ってくれることは正直嬉しいので依頼を受けた。

 

 ──そうして、出来上がったワンピースを依頼主の女の子が働いている酒場に持っていった。

 開店準備に追われていた時間で少し申し訳なかったが、女の子はその場でワンピースを広げると、満面の笑みで「とっても可愛いわ」と言ってくれた。その言葉に、今回もなんとか気に入ってもらえたと安堵する。

 

 やはり、作ってもらった服を気に入ってもらえるのはとても嬉しい。

 

 この心地よい気分で飲む酒は美味しいだろうなと思い、一度お金を取りに帰ってからイエローフラッグに行こうと考え帰路に就いていると、その道中で後ろから声をかけられた。

 

「よおキキョウ、どうよ調子は」

 

「割と好調だよ。レヴィは?」

 

「ま、ぼちぼちってところだ」

 

 彼女とは、ここ二か月でお互い名前を呼び捨てにするくらいの関係にはなった。

 

 私は時々気が向いたり仕事を終えたりするとイエロー・フラッグで飲むのが習慣になりつつある。

 レヴィもよく来るらしくたまたま会うことが増え、そのまま二人で飲むということを何回かしているうちに友好関係が築き上げられ今に至る。

 

 最初ばったりと会った時は「てめえの酒代を払わされたおかげですかんぴんだ」と文句を言われたが、その時からなんだかんだ一緒に飲んでくれている。

 

「今日は仕事入って金あんだ。なあこれから一杯やろうぜ、付き合えよキキョウ」

 

「ご機嫌だねレヴィ。いいよ、私も丁度飲みたかったし。今お金取りに行ってくるから先に行ってて」

 

「お前ん家そう遠くねえだろ、ここで待ってる」

 

 そう言いながら煙草を口に咥え手を振るレヴィを見て、「すぐ戻るから」と言い残し足取り軽く家に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

「──てことがあってよ、おかげで船のメンテに付き合わされたってわけだ」

 

「災難だったねレヴィ。ま、たまにはいいんじゃない? ダッチさんにお世話になってるんだから」

 

「あいつちょっとでも船傷つけられると茹蛸みたいに怒るんだよ。それがまためんどくせえ」

 

「そんなこと言って、なんだかんだ手伝ったんでしょ?」

 

「手伝わねえ方がめんどくさくなるから仕方なくだ。ったく」

 

 私はいつものように『Jack Daniel's』、レヴィは『BACARDI GOLD』を飲みながらイエローフラッグのカウンターで会話を弾ませていた。

 すっかりここの常連になり、バオさんは私が来ると何も聞かずに必ず氷の入ったグラスとお気に入りのお酒を出してくれるようになった。

 

 今は二人で飲んでいるのでバオさんはカウンターの向こうでグラスを黙って拭いてるが、一人で飲むときはよく話し相手になってくれるため、おかげでここではいつも楽しく飲ませてもらっている。

 

「そういえば、張の旦那とは会ってんのか?」

 

「会ってないよ。ここ最近忙しいとは聞いたけど」

 

「てことは、やっぱりあの噂は本当なのか」

 

「噂?」

 

 張さんとはタキシードを届けに来てくれたあの日から会っていない。

 

 修繕したタキシードをまた彪さん経由で渡してほしいと連絡をもらった時に、確か「やらなきゃいけないことができてな、また忙しくなりそうだ」とかなんとか言っていた。

 やらなきゃいけないことというのがなんなのか、私が聞くのはお門違いなので「そうなんですか」とだけ返した。

 だから忙しいということしか知らない。

 

「なんだよ知らねえのか? マフィア達が相互利益のために協調体制になったって話」

 

「協調体制?」

 

「ああ。簡単に言っちまえば、複数のマフィアがこの街を治めるってことだ。……ま、協調体制なんて名ばかりだと思うがな。とにかく、今ロアナプラはその支配者達によって統治されつつあるってことだよ。おかげで、好き勝手してた奴らが身動き取れなくなって泣いているってよく聞くぜ」

 

「ということは、少しはこの街も落ち着くってことかな?」

 

「さあな。だが、今までとは違う街になるってことは確かだ」

 

 マフィア達が治めたところでこの街から喧騒がなくなるなんて想像がつかない。

 だが、私にとってはそれはどうでもいいことだ。この街がどう変わろうとこれからも洋裁屋として生きていくことには変わりないのだから。

 

「ま、アンタはこういう話興味ねえか」

 

「興味ないわけじゃないけど、知ったところで何かするでもないしね」

 

「そりゃそうだ」

 

 言葉を交わしながらレヴィの酒がなくなったグラスに私が酒を注ぐと、彼女は口の端を上げ酒を呷った。

 その様子を見て、私も自分の酒に口をつける。

 

 

 ──瞬間、突然後ろから大きな爆発音とともにたくさんの人の叫び声が店内に響いた。

 

 

「わ……っ」

 

 何事かと思い後ろを振り向こうとした時、レヴィに腕を引っ張られカウンターの向かい側に入った。

 

「……え、なに。どうしたの?」

 

 困惑しながらも、何とかレヴィに疑問を投げかける。

 床に膝を強く打ってしまい、痛む箇所をさする。

 

「とりあえず、ここに入っとけばカウンターにいるよりは安全だぜ。ま、生きて帰れる保証は無えけどな」

 

「また俺の店が……ちくしょう、どこのどいつだ」

 

 物騒な言葉とは反対に、楽しそうな顔を浮かべながらレヴィは自分の銃を両手に持っていた。

 バオさんも何かぼやきながらも銃を持っている。

 

「おい二挺拳銃いるんだろ!? 隠れてないで出てこいよ!」

 

 カウンターの向こう側から男の声が飛んできた。

 “二挺拳銃”とはこのロアナプラでのレヴィのあだ名のようなものだ。

 

 私は見たことはないが、相当銃の腕が立つらしい。

 

 男の言葉を聞いたバオさんが眉間に皺を寄せ怒った顔で、だができるだけ声を抑えてレヴィに話しかけてきた。

 

「おいレヴィ! なにてめえのダチ呼んでんだ!」

 

「知らねえよ」

 

「お前のせいで店壊されてんだぞこっちは! あとで請求書送りつけてやるからな!」

 

「あっちが勝手にやってきてんだ。あたしのせいじゃねえだろこのボケナス!」

 

 二人は何やら小声で色々会話しているが、その間もカウンターの向こう側では男たちがレヴィを探している。

 

「出て来いよ二挺拳銃。この間の借り、きっちり返させてもらうぜ」

 

「やっぱりお前のせいじゃねえか! また何かやらかしやがったな!」

 

「だから知らねえって言ってんだろうがっ!」

 

「……レヴィ、声大きいよ」

 

 バオさんと言い争っているうちに感情が昂ったのか、レヴィから凄まじい怒声が発せられた。

 それをレヴィを探している男が無視するはずもなく

 

「やっぱいるじゃねえか。おら出て来いよ二挺拳銃。てめえの体にもう一つ穴増やしてやるぜ」

 

「そりゃこっちのセリフだ。せっかく気分よく酒飲んでたのによ」

 

「……ほんとに何したのレヴィ」

 

「覚えてねえよ」

 

「レヴィ、とりあえず自分で蒔いた種は自分で処理しろよ」

 

「──あいよ」

 

 バオさんにそう言われるとレヴィは銃を握り直し、勢いよくカウンターの向こう側に身を乗り出した。

 瞬間、銃声が鳴り響くと同時に男の呻き声が聞こえてくる。

 

「ぐあっ…そ、そいつを撃て! 殺せ!」

 

 他にも仲間がいたらしく、男はその仲間に大きな声で命令した。

 その後も、ずっと銃声と呻き声が絶え間なく聞こえて来る。

 

 ふと、バオさんがさっき“壊されてる”とか、こういうことが初めてではない言い方をしていたのを思い出した。

 

「バオさん、もしかしていつも“こう”なんですか?」

 

「そういや、お前さんが来るときはこんなことはなかったな。気に食わねえが、ここじゃそっちの方が珍しいって思った方がいいぜ」

 

「……本当に自分の運の良さに感謝、ということですかね」

 

 こんな状況でも意外と冷静でいる自分は、やはりこの街に慣れてきたのだと自覚する。

 たが、銃声が鳴っている方を覗きこむような勇気はまだない。

 

「すみませんバオさん。終るまでここにいていいですか?」

 

「いくらなんでもこの状況で出て行けなんて言わねえよ。お前さんは常連だしな」

 

 常連には割と優しいのかもしれない。混乱している頭の中でそう思った。

 

 ──そこから三十分程銃声が鳴り止むことはなかった。

 やはり、この街から喧騒がなくなるなんて想像つかないと改めて感じた夜だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 “マフィア達が協調体制でこの街を支配するらしい”。

 

 そんな噂がロアナプラに広がる二か月ほど前の夜。

 

 いつもなら華やかで騒がしい空気で包まれている、とあるクラブのVIP席。

 今夜は異様なまでの静寂と緊張感、そして殺気にも似た空気がその部屋を埋め尽くしていた。

 

 一つの丸テーブルの周りにある五つの革張りの椅子の内、三つの椅子にそれぞれ腰かけている人物達。

 それが、この空気を作り出している原因であることは明白だった。

 

 三合会、ホテル・モスクワ、マニサレラ・カルテル。

 ついこの前までお互いの利益のために争った各組織のタイ支部のボスたちが一堂に集まっていた。

 このメンバーが集まったと聞けば、異様な空気になるのは間違いないとこの街の誰もが納得するだろう。

 その中の一人であるホテル・モスクワのタイ支部のボス、バラライカが葉巻を咥えながら不機嫌さを隠すこともなく口を開いた。

 

「──遅い、これ以上待っているのは時間の無駄だ。帰ってもいいかしら?」

 

「そうカリカリするなMs.バラライカ。今夜は大事な会合だということはあいつらも分かっているはずだ。じきに来る」

 

 バラライカの言葉に反応したのは三合会の張維新。

 これから空いている二つの椅子に座る人物たちに内心苛々していることは自覚しつつも、バラライカを宥めている。

 

「それが分かっていたら時間通りに来ると思うんだがな」

 

 張の言葉にコロンビアマフィア、マニサレラ・カルテルのボス、アブレーゴがウォッカを飲みながら反論した。

 

 ──次の瞬間、部屋のドアが開き二人の男が姿を見せた。

 

「おやおや、どうやら待たせてしまったみたいだな」

 

「てめえがちんたら準備してるからだろうが」

 

 一人は高身長の金髪にベージュのロングコートを羽織った男。コーサ・ノストラのボス、ヴェロッキオだ。

 そしてヴェロッキオよりも少し背が低く、灰色のソフトハットを脱ぎ整った黒髪を露にし、灰色のジャケットを肩にかけている男はなんの悪びれる様子もなく言葉を発した。

 

「すまないな諸君。今夜は決めない訳にはいかないと思ってな、つい服選びに時間がかかってしまった」

 

「身だしなみに気を遣うのは結構だが、大事な会合だと分かっているなら時間通りに来るべきじゃないのか」

 

「そう怒るなよMr.張。なんせこの街の行く末が決まる会合だ、そんな場に“決めて”こないのは俺の名が廃るのでね」

 

「お前如きの名前など我々にとってはどうでもいいことだ。イタ公というのは随分自分勝手な考えをお持ちの様ね」

 

「そんな怖い顔をしないでくれシニョーラ、美人が台無しだ」

 

「おいヴェスティ、ロシアの田舎者まで口説いてんじゃねえ」

 

 ヴェロッキオは隣の男の名前を呼び、眉間に皺を寄せながら空いている椅子に腰かけた。

 

 張やバラライカに臆することもなく、軽妙な口調で話しかける男はヴェロッキオの右腕としてこの場にいる。右腕ならば彪やボリスのようにボスの後ろに立つのが普通なのだろうが、ヴェスティと呼ばれた男はそのままヴェロッキオの隣の椅子に腰を掛ける。

 

 だが、それを咎める者はこの場に誰一人としていない。

 ロアナプラでのコーサ・ノストラはヴェロッキオとヴェスティの二人が仕切っており、右腕と言ってもほとんど立場は変わらないのである。

 

 それはヴェロッキオも容認しており、周りのボスたちもそれを理解している。

 

「そんなことを言うなヴェロッキオ。例えクソムカつくロシア人であっても彼女が美人なのには変わらない。美人ならば素直に褒めるのが常識だろう? だからお前はモテないんだ」

 

「てめえと一緒にすんな」

 

「内輪揉めは外でしろ。……それにしてもヴェロッキオ、自分の右腕にそこまで言われるなんて貴方の器量が知れてる証拠だわ」

 

 うんざりとした表情でバラライカはヴェロッキオに悪態をつく。

 その言葉にヴェロッキオも負けじと言い返す。

 

「んだと? てめえだって普段口説かれねえからって内心舞い上がってんじゃねえのか?」

 

「イタ公の冗談は羽虫を殺すよりも面白くないわね」

 

「すまないシニョーラ、こいつには女性との話し方を教えておくよ。──ところで」

 

ヴェスティは煙草をふかしている張に目を向け、愉快そうに尋ねた。

 

「ミスター。その着ている服、とても素晴らしい逸品だな。誰に仕立ててもらったんだ?」

 

 ヴェスティは常にオシャレに気を遣っており、服へのこだわりが尋常ではなくコーサ・ノストラの中でも生粋のファッショニスタと呼び声が高い。

 服へのこだわりが強いせいか、周りが着ている物もチェックする傾向がある。

 そのファッショニスタの目に引っかかったのは、張が着ている洋裁屋キキョウが作ったスーツだった。

 

「相変わらずだな、ヴェスティ。流石お目が高いというべきか」

 

「おい、俺たちは世間話をするためにここに集まったのか?」

 

 痺れを切らしたアブレーゴがウォッカを乱暴にテーブルに置き、本題にいつまでも入らないことへの苛々を隠すことなく言い放った。

 

「そうだな、世間話は置いといてさっさと話を進めよう」

 

 張のその言葉を皮切りに、その他のメンバーも真剣な面持ちとなった。

 

「これからのことについて、じっくりと話そうじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──やっぱり、噂の洋裁屋が仕立てたものだったとはな。どんなもんかと思ったが」

 

 この街で一際存在感のあるマフィアのボス共との話も終え、俺はヴェロッキオと事務所に戻るため車に乗り込んだ。

 この街でお互いの利益のために協同歩調をとると話が纏まったところで俺は張に再度尋ねた。

 

『その服をどこで仕立てたのか』と。

 

 張はあの腹立たしいにやり顔を見せながら、『ファッショニスタと名高いお前のことだ。見当はついてるだろう?』と言ってきやがった。

 今思い出しても腹が立つ。あのクソ童顔野郎が。

 

「おいヴェスティ、変な気起こすんじゃねえぞ。てめえの“悪い癖”を今あの野郎に向けちまったら、それこそ場が悪いぞ」

 

「分かってるさヴェロッキオ、俺もそこまで我慢出来ない訳じゃない。今のところはな」

 

「はあ」

 

 ヴェロッキオは眉間に皺を寄せてため息をついた。

 俺は相当信用が無いらしい。

 

 ま、今は俺のためにもこの街の体制を整える事が最優先だ。

 それに、“彼”以上の洋裁屋がいる訳がないのだからそこまで期待もしていない。

 だが、もし期待以上の腕であるならばその時は何が何でも奪い取ってやる。

 

 

 この街でまた一つ、愉快な事が起こりそうだと考えると口の端が自然と上がる。

 その俺の顔を見たのか、隣でヴェロッキオがまた深いため息をついていた。




新キャラ登場。割とお気に入りです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。