ロアナプラにてドレスコードを決めましょう   作:華原

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34 リップオフ教会

 イエロー・フラッグでレヴィとよく分からない男達の撃ち合いに巻き込まれて早三日。

 あの後、店内の悲惨な状況を見たバオさんはカンカンに怒って『俺の店があああ!』と叫んでいた。

 その悲痛な叫びを上げているバオさんに、私は自分が飲んだ酒代よりも少し多めに渡してそそくさと帰ろうとした。それに気づいたレヴィに『置いていくのかよ!』と言われたが、自業自得だと思ったので『自分で蒔いた種は自分でなんとかしなさい』と言って帰った。

 

「そんなことあったの、大変だったわねキキョウ。やっぱり普段の行いが悪いんだわあの女、いい気味」

 

「悪い顔してるよアンナ。……早いとこ、店直らないかな」

 

「よっぽど気に入ったのねあそこ。そのうちまたいつも通り営業するわよ」

 

「そうだといいけど」

 

 来ていた依頼もすべてこなし、暇になったので刺繍をしていると満面の笑みで来たアンナにイエロー・フラッグで起きたことを話した。

 アンナは「いつものこと」と言ってあまり気にしていない様だ。

 ……一体どれだけ壊されているのだろうか。

 

 お気に入りの場所がそう何回も潰れるのは少し困ってしまう。

 

「あの状態でも酒が飲みたいなら行ったらいいわ。出してくれるわよ」

 

「行かないよ、迷惑になるだけだから」

 

「あらそう? 意外と面白いのに。──ねえ、キキョウ。今依頼入ってないのよね?」

 

「入ってないよ。どうしたの?」

 

 

 会話をしている間も刺繍をしていた手を思わず止めた。

 アンナは私がこうして刺繍をしているときは必ず暇な時だと知っているので、依頼がないことくらい分かっているはずなのだが、わざわざ確認してきたことが意外だった。

 

「単刀直入に言うわキキョウ」

 

 アンナの顔が真剣になったので何事かと身構える。

 一度遊びとはいえ騙されているので、今回は何なんなのかと口を開くの待つ。

 アンナは少し息を吐いて勢いよく言葉を発した。

 

「“シスター服”を作ってほしいの!」

 

「……え?」

 

「シスター服よ! ほら、教会とかで女の人が着てるあれよ!」

 

「いや、それは分かってるんだけど……。今度はどういう遊びをするつもりなの?」

 

 

 予想外すぎて反応が遅れた。

 とてもアンナが教会で祈りを捧げるシスターになりたいとは思えず、これはまた何かする気なのだろうと疑ってしまう。

 

「遊びじゃないわよ! “シスターをハメてみたい”っていうお客がいるから一週間教会で体験させてもらうの」

 

「そんな理由でシスター体験をするの?」

 

「それくらいはしなくちゃね」

 

 この仕事に対するストイックさは尊敬できるレベルだ。

 そのストイックさがあるから娼婦としてこの街で名が高いのだろう。

 

 だが……

 

「なら、その教会で服を借りればいいんじゃ?」

 

「これからも着るかもしれないのよ。どうせなら自分の物が欲しいの」

 

「……残念だけど、私作り方分からないよ」

 

 そう、私は今まで一度も修道服を作ったことがないのだ。

 見たことはあるが、気軽に作ってはいけない気がして作ろうとは思えない。

 私の言葉を聞いて、アンナは不満そうに口を尖らせた。

 

「なんとなくでいいから作ってよー」

 

「そもそも実物をちゃんと見たことないし、服の構造も分からないの。だから」

 

「じゃあ、実物見れば作れるってこと!?」

 

 私が作れない言い訳を遮って、アンナは身をこちらに乗り出しながら聞いてきた。

 

「ま、まあ無いよりは」

 

「じゃ今すぐ見に行きましょ! きっと見せてくれるわ!!」

 

 そう言いながらアンナは私の手を引っ張って外に出ようとする。

 私は慌ててなんとか踏みとどまろうと足に力を入れ、アンナに声をかけた。

 

「ちょ、ちょっと待ってアンナ! どこに行くの!?」

 

「どこって、教会よ」

 

「この街に教会なんてあるわけないでしょ!」

 

「え、あるわよ教会。知らなかったの?」

 

 そんなきょとん顔で“知らなかったの”と言われても、知ってるはずもない。というか信じられない。

 この街の外の話だとばかり思っていた。

 

「信じられないんだけど」

 

「行けば分かるわ。ここから少し歩くから早く出ましょ!」

 

「ちょっと!」

 

 考える余裕を与えることなく強引に腕を引っ張るアンナは私の言葉を聞かず外に連れ出した。

 ここまで強引なアンナは初めてなので戸惑いながらも腹を括り、「せめて鍵だけかけさせて」と懇願し、今日はアンナと一緒に出掛けることになった。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 家から歩いて三十分以上は経っただろうか。

 中心街から少し離れた場所に位置するその教会は、ロアナプラ全体を見下ろすように建てられていた。

 

 “リップオフ教会”。

 世界で一番神に愛されなさそうな街に存在する教会の名前。

 まさか、本当にあるとは思わなかった。

 

 教会の入り口にある大きな扉の前に立ち、アンナが大きな声で呼びかけた。

 

「ヨランダいるー!? アンナよー!」

 

 しかし、扉の向こうからは何も反応が返ってこない。

 アンナはもう一度扉に向かって諦めずに声をかけた。

 

「ちょっと頼みたいことがあってきたのー! いれてー!」

 

 今度はドンドンと何回もノックしながら呼びかけた。

 それでもまだ反応はない。

 

 何度か声をかけたが向こう側から何か返答あるわけでもなく、最初は意気揚々としていたが反応がないことが面白くないようで不貞腐れたような表情を浮かべていた。

 

「アンナ、帰ろう。きっと忙しいんだよ」

 

 ここまで声をかけても反応がないということはきっと留守なのだ。

 だからこれ以上ここにいても意味がない。

 

 そう思い、未だ不貞腐れた顔をしているアンナに帰ろうと促す。

 

「残念だけど、また今度シスター? か誰かいる時にもう一回──」

 

「おや、アンナじゃないか。どうしたんだい?」

 

 不機嫌なアンナを宥めていると、後ろから急に声をかけられた。

 振り向くと、右目に眼帯をつけたシスターの格好をしている老女が立っていた。

 

 声をかけられた直後、その人物の元に真っすぐアンナが歩いて行った。

 

「ヨランダどこ行ってたのよ! 思わず無視されてるって思ったじゃない!」

 

「すまないねえ。ちょっとした買い物をしてたんだよ。とりあえず、二人とも中にお入り」

 

 シスターらしきその人は、大きな扉からではなく裏の方から入ろうとしているらしい。

 アンナが黙ってシスターに着いていくので、私もその後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 ──案内されたのは応接室のような部屋だった。

 教会に入ったことがなかったので、中がどうなっているのか見られるのかと少し期待したのだが、そんなちょっとした不満を言える訳もなくソファに腰かける。

 おもてなしで出された紅茶に口をつけずにいると、「キキョウも飲んでみてよ。ヨランダが淹れる紅茶は美味しいんだから」とアンナから促された。

 目の前で微笑みを崩すことなくこちらを見るシスターに「紅茶は嫌いかい?」と聞かれたので、そんなことはないと言い自分も紅茶に口をつける。

 

「それで、今日はどうしたんだいアンナ? まさか、ここにきてやめるだなんていうんじゃないだろうね?」

 

「やめるつもりで来たらもっと申し訳なさそうに来るわよ、一応。今日は、キキョウにシスター服を実際に見てもらおうと思って連れてきたの」

 

 アンナ、いろいろと説明が不足しすぎている気がするよ……。

 そう思ったので飲んでいた紅茶を置き、捕捉と自己紹介も兼ねて私は口を開いた。

 

「ご挨拶が遅れて申し訳ありません、洋裁屋をしているキキョウと申します。突然の訪問お許しください」

 

「おや、随分礼儀正しい子じゃないか。私はこの教会のシスターをやってるヨランダだ。アンナが突然来るのはいつものことだからね。慣れっこさ」

 

「……シスター・ヨランダ。先ほど言った通り、私達が来たのはシスター服を見せてもらうためです。実は今回シスター服を作ってほしいという依頼が入ったのですが、恥ずかしながら私はシスター服をちゃんと見たことがありません。そのため、依頼をこなすためにもぜひ実物を見せていただきたいのです」

 

 こんな感じでいいのだろうか。

 とりあえず、来た理由が伝わればいいのだが。

 

「成程、随分自分の仕事にストイックだ。──そうか、あんたが噂の洋裁屋かい。どんな人間かと思ったんだが」

 

 微笑みを崩すことなく紅茶を飲んでいるその姿に、何故だか妙に緊張してしまう。

 至って普通の光景だというのに。

 

 シスターヨランダは、アンナに目をやり話しかけた。

 

「アンナ、ちょいと二人きりにしとくれ。このお嬢ちゃんと話がしたい」

 

「えー、それじゃ私がつまらないわ」

 

「後でお菓子の詰め合わせあげるからそれで我慢しとくれ」

 

 お菓子の詰め合わせという言葉に乗せられたのか、はたまたシスターヨランダの有無を言わせない雰囲気に負けたのかアンナは「分かったわ」と一言言って部屋から出て行った。

 

 私は何故この目の前のシスターが二人きりで話したいなどと言ったのか不思議でならなかった。別に人前で話して困ることなんてないはずなのに。

 シスターは飲んでいた紅茶を置き、微笑みながらこちらを見つめゆっくりとした口調で話かけてきた。

 

「あんたの噂は聞いてるよ。なんでも洋裁に関しちゃ“一流の腕”を持ってるとか」

 

「一流ではありませんよ、私は」

 

「おや、随分謙遜するねえ。この前アンナが見せてくれたんだよ、あんたが作った逸品を。こんな街であんな品にお目にかかれるとは思わなかった」

 

「はあ……」

 

 世間話というには少し違和感があり、褒められたが素直にお礼を言えなかった。

 私が返答に困っている顔を浮かべていても、それに構うことなくシスターは話を続ける。

 

「だがそんな逸品を、あんたは少しの金とちょっとしたもので引き受けちまうって話じゃないか」

 

「……」

 

「それは実にもったいないとは思わないかい?」

 

 何が言いたいんだろうかこのシスターは。

 話の真意が読めてこない。

 困り顔の私を見て、微笑みながら言葉続ける。

 

「これは単刀直入に言ったほうがよさそうだねえ。……ねえお嬢ちゃん、うちと一緒に商売をしないかい?」

 

「はい?」

 

 その言葉を聞いてさらに意味が分からなくなった。

 うちで商売? ここは教会であって商売する場所ではないと思うのだが……。

 

「もしかして、本当にうちがただの教会だと思っているのかい? まったく、アンナは教えてくれなかったんだね。──うちは、裏で三合会認可のもとちょっとした道具を売って商売していてね。だが、それだけじゃちょいと稼ぎが少ない。あんたも商売をしてるなら、分かるだろう? せっかくいい腕を持っているんだ。どうせならもっとうまく稼ごうとは思わないかい」

 

 ここにきて、なんとなく分かってきた。

 このシスターの言っていることが本当なのであれば、今私に持ち掛けている話は『一緒に商売をしてもっと金を稼ごう』ということだ。

 ざっくりだが、そんなところだろう。

 

「よく分かりませんが、要は私の服の卸元になる代わりに分け前を貰いたい。ということでしょうか?」

 

「そういうことになるねえ」

 

 仮にもシスター服を着ている人間から“金になる話”を持ってこられるとは思わなかった。

 これが普通の教会のシスターなら信じられない話だが、“この街のシスター”ならば十分あり得るのかもしれないと少し納得している部分もある。

 

「お互いに損はないはずだ。どうだい、この話乗ってみる気はないかい?」

 

「お断りします」

 

 シスターの誘いに私は躊躇うことなく返答する。

 金のために服は作らない。そう決めているのだから当然答えはノーだ。

 

「シスター・ヨランダ、私は金のために服を仕立てている訳ではないのですよ」

 

「ならなぜ商売をしてるんだい」

 

「私が依頼を受けるときに報酬を貰うのは、私が服を作り続けられるようにしてくれた方と“自分の作品をタダで渡さない”ことを約束したから。ただそれだけですよ」

 

「服作りの環境を整えてくれたってのがそんなに重要かい?」

 

 解せないと言った風な口調だった。

 このシスターからしたら、金になるはずの商売をわざとしていないことが理解できないのだろう。

 ただ服を作る環境なら誰だって作れる。机、裁縫道具、布。最低これがあれば服は作れる。

 

 だが、あの人が私にくれたのはそんなもんじゃない。

 

「私は服を作ることしか能のない人間です。そんな人間が何の不安もなく、気軽に服を作れる環境を整えてくれたことに恩を感じないなんてことがありますか?」

 

 実際に、服を収める場所ができたことで服を燃やすストレスも収納場所に困ることもなく過ごせている。

 これがどれだけありがたいことか。

 

「そんな恩人との約束を破る。そんなことをするくらいなら、私は死ぬことを選びます」

 

「……」

 

 相変わらず余裕の笑みを浮かべている隻眼の老女の目から逸らすことなく告げた言葉は心の底からの本音だ。

 シスターは私の言葉を聞いた直後は黙っていたが、それも一瞬のことでまたすぐに口を開いた。

 

「随分と死に急いでいるじゃないか。そんな生き方じゃ長生きできないよ、お嬢ちゃん」

 

「生憎無駄に長く生きるよりは、後悔も後腐れもなく死んだほうがマシだと思ってるので」

 

「ますます分からないねぇ。──ねえお嬢ちゃん。なぜ、お前さんはこの街にいるんだい?」

 

「いきなりですね。もう“後悔しないため”ですよ、それ以上もそれ以下もありません。……シスター・ヨランダ。もう、こんな無駄話をするのはやめませんか。そろそろアンナも待ちくたびれてる頃ですよ」

 

 人に根掘り葉掘り聞かれるのは好きじゃない。だから、この話を終わらせたくて敢えて“無駄話”と表現し、アンナを引き合いに出した。

 私の言葉を聞いたシスターが饒舌だった口を閉じ黙ってしまったが、今度は私がそれに構うことなく結論として改めて誘いを断る言葉を告げる。

 

「とにかく、せっかくのお誘いですがお断りさせていただきます」

 

「……分かった、そこまで言うなら今回は諦めようかね」

 

 そのシスターの言葉にこれ以上無駄話をしなくて済む、と少なからず安堵する。

 中途半端に残った紅茶に口をつけ、少し乾いた喉に流し込む。

 

「さて、シスター服だったね。予備があるからそれを持っていくといい」

 

「え、持って行ってもいいんですか?」

 

「構わないよ。そっちの方がやりやすいだろう?」

 

「ありがとうございます。……すみません、先ほどは失礼なことを」

 

 年上は敬うものだと小さい頃から教えられてきたので、一応生意気な口を利いたことを謝っておく。

 

「いいんだよ。あれくらいのことを気にするほど心は狭くないさね」

 

 相変わらず微笑みを浮かべているので本当に気にしていないのかは分からないが、そこはあまり気にしないことにした。

 

 するとそこでドアを叩く音と、アンナの声が飛んできた。

 

「ねえまだ!? ちょっと長話しすぎじゃない!?」

 

「悪かったねアンナ、もう話は終わったよ。倉庫の場所はアンナが知ってる、連れて行ってもらいな」

 

「あ、はい。紅茶、ご馳走様でした」

 

「あぁ。出ていくときは声をかけとくれ」

 

「分かりました」

 

 そう言って席を立ち、待たされて不貞腐れているであろうアンナの元に行った。

 ドアを開けると案の定、不満げな顔をしていたので「可愛い顔が台無しだよ」と言うと「誰のせいよ」と言い返されてしまった。

 ごめんごめんと軽く謝りながら私は部屋を出た。

 

 

 

 

 部屋に一人残されたシスターヨランダが「Mr.張も中々のキワモノを気に入ったもんだ」と呟きながら温くなった紅茶を飲んでいたことなど知る由もなかった。

 




やっとロアナプラ観光名所(?)の一つ、暴力教会を出せました。

ああいうカッコいいおばあちゃんと仲良くなりたい。
けど怒らせたときのあの銃をぶっ放されそう。

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