ロアナプラにてドレスコードを決めましょう   作:華原

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36 忠告

 ──アンナから依頼を受けて一週間が経った。

 なにせシスター服は初めて作るため慎重になり、何回も試作したおかげで時間がかかってしまった。

 ちゃんとできているか分からないが、実物と比べてそんなに変なところはないので、ひとまずこれで完成とする。

 

 言われた通りイエロー・フラッグに持っていこうと、シスター服を包装し紙袋に入れる。

 

 そういえば店は直ったのだろうか。

 どうせ行くならちゃんと酒を飲みたいものだ。

 

 そう思いながら、いざ行こうと紙袋を持った瞬間、ズボンのポケットに入れていた携帯が鳴りだした。

 躊躇うことなく手に取り出てみると、ここ何か月かずっと忙しいと言っていたあの人の声が聞こえきた。

 

『ようキキョウ、どうだ調子は?』

 

 私と電話する時、ほぼ毎回言っているこの言葉は軽い挨拶代わりのようなものとなっている。

 そんないつもの彼の言葉に、私間を空けずに答える。

 

「まあまあです。張さんは調子いかがですか?」

 

『俺の方もまぁボチボチと言ったところだ』

 

「それは何よりです。お忙しいと聞いていたのでお疲れかと思ったんですが」

 

『最近は落ち着き始めたおかげでゆっくりできてるよ。──と言いたいところなんだがな』

 

 何やら言いたいことがあるのか、少し間を空けて本題に入ろうとしていることが分かった。

 一体何の話をされるのだろうかと黙って待っていると、張さんは静かに話し始めた。

 

『お前、ようやく保管してた服を手放したらしいな。ずっとあそこに溜め続けるもんかとばかり思っていたが』

 

「……流石、耳が早いですね」

 

『お前が服をあげた女が街中で自慢してたんだよ。その時、ちょいと気になることを聞いたんだが……お前、あの量の服をあんな値段で売ったのは事実か?』

 

 私としてはタダで売った訳ではないのでそれでいいと思っていたのだが、どうやら今回は認識が違ったらしい。

 

「あれは私の趣味の産物です。なので、オーダーメイドとは大幅に値段が違うのは当たり前ですよ」

 

『だとしてもだ。俺は確かにタダで服を渡すなとは言ったが、あれじゃタダでやったも同然だぞ』

 

「正直、あれでも割と高いと思っているんですが」

 

『まあ、タダでは渡していないから強くは言わないが……今後はもうちょっと相応の値段で渡してほしいものだな』

 

「相応の……」

 

 なんだ相応の値段って。

 あれでも高いと思っているのに、それ以上に高く売れということだろうか。

 それじゃあまりにもぼったくりな気がする。

 この街じゃお金を持っている人間のほうが少ないというのに。

 

 ──そもそも、『タダで渡さなければいい』という話だったではないか。

 それ以上に彼との間に何か守らなければならないことがあるなんて、私は知らない。

 

「張さん、私は貴方との約束を守っています。そして、それでいいと言ってくださったのは貴方では?」

 

『……』

 

 確かにこの人には恩がある。だが双方納得した上でこの商売のやり方をしているのに、それをどんどん自分の都合のいいように変えられるのは困る。

 電話の向こうで黙っている張さんの言葉を待つことなく私は話を続けた。

 

「私は、そういう条件だったからこそ貴方との取引に応じました。あなたに受けた恩を忘れたわけではありません。ですが私と貴方の間には“タダで服を渡さないこと”、そしてそれを条件に収納場所を提供する。これ以上の約束はないはずです」

 

『なあキキョウ。俺がなんでお前に取引を持ち掛けたか覚えているか』

 

 さっきよりも低くなった声で問いかけられた。

 そのことに多少驚いたが、張さんからの質問に一呼吸間を空けて答える。

 

「不可解なことが起きていることが問題だ、と」

 

『そうだな。そして、今またその不可解なことが起きている。──言っている意味分かるな?』

 

 彼に言われた言葉の意味を理解するのに時間はかからなかった。

 この人の言い分でいけば、不可解なことを起こさないために取引をしたのに、それが功を奏していなければ意味がない。ということだ。

 

『約束は必ず守ると言っているお前のことだ。“約束を守ればそれでいい”と思ってたんだろうが、生憎こっちはそうじゃない』

 

「……」

 

『約束を守るのは結構だ。だが、約束するに至った“理由”を忘れるのは感心しねえなキキョウ?』

 

 

 ……この人の言うとおりだ。私は、私の都合だけ考えてた。

 この歳になって子供じみたことを言って、恩人に迷惑をかけて何が“約束を守る”だ。

 自分の都合のいいように認識を変えていたのは私じゃないか。

 

 自分の身勝手さに腹が立つ。それと同時に、我儘を言ってしまったことに申し訳なさが出てくる。

 

「そうですね、貴方の言う通りです。……すみません、我儘を言ってしまって」

 

『相変わらず物分かりが良くて助かる。ま、お前が自分の腕を過小評価しているのを知っているからな。いずれこの話をちゃんとしようと思っていたところだったから丁度良かった』

 

「本当にすみません。──あの、張さん」

 

『ん?』

 

「やはり、私としては作った服を誰かに着てほしいという思いはあります。趣味で作ったものまで高い値段で売ってしまうのは」

 

『お前はどこまでも“洋裁屋”だな。だが、客が出そうとしている額を素直に受け取らないのはよくない。だから、その客がその時出せる最大の額、もしくは金以外の価値ある何か。それを素直に受け取ってくれさえすれば俺は何も言わねえさ』

 

 

 一体どこまで知っているのだろうか。

 この言い方だと恐らくアンナが二万バーツを渡そうとしたことも知っているはずだ。

 こういう時、嫌でもこの人がこの街の支配者の一人であると認識する。

 張さんが発した言葉の裏には“お前が何かしでかせば必ず俺の耳に入る”という意味が込められている気がした。

 

『それに、もしお前を騙して出せたはずの額を渡さなかった奴がいればそれなりの対処はするつもりだがな』

 

「いや、それは騙された私に非があることですし別に気にすることでは」

 

『“俺が気に入っている洋裁屋の服をズルして手に入れている”ってことが問題なんだぜキキョウ。それに、そうした方がお前も商売がやりやすいだろう?』

 

 やりやすいのかどうかは分からないが、張さんが問題だというならそうなのだろう。

 

「できるだけ、派手にならないようにお願いできますかね?」

 

『はっはっは、そりゃ無理だろうな』

 

 一応その対処を目立たないようにできないか言ってみたが、やはり無駄だったようだ。

 

『ああ、それともう一つ』

 

 張さんは何か思い出したようで、新たな話題を切り出してきた。

 

 話の本題に入る前に息を吐きだした音が聞こえた。

 私の前では吸わないが、服から漂ってくる匂いからしてあの人は相当なヘビースモーカーだ。きっと今も電話をしながら吸っているのだろう。

 

 そんな様子を想像していると妙な事を言われた。

 

『“紳士ぶった着飾り野郎”には気をつけろよ。いずれお前に会いに来るだろうからな』

 

「紳士ぶった着飾り野郎?」

 

 着飾る人はともかく、この街で“紳士”に振舞っている人間がいるのだろうか。 

 ある意味とても目立ちそうだ。

 そういう人間を警戒しないことはないのだが、何故私に会いに来るのかが分からない。

 

「あの張さん、ただの洋裁屋にわざわざ会いに来る人なんてそんなにいないと思いますけど」

 

『いや、あいつは絶対来る。今は忙しいようでお前に会いに行けないと嘆いているらしいが……。──いいか、何か妙な真似されたら必ず俺に言うんだ。そん時は俺からそいつに直接言ってやる』

 

「一体どういう人なんですか?」

 

『会えば一目で分かる。とにかく気をつけろよ』

 

「……分かりました」

 

 よく分からなかったが、有無を言わさないような口調にそう答えるしかなかった。

 まあ、初対面の人にはどんな人でも警戒しなければ痛い目に遭うのがこの街だ。警戒しないに越したことはないだろう。

 

 張さんは私の返答を聞くと、また吸っているであろう煙草の煙を吐く音をさせてから言葉を発した。

 

『とりあえず、今日はそんなところだ。ではキキョウ、今度は一杯やりながらゆっくり話でもしよう』

 

「そうですね、貴方がゆっくりできる時が来れば」

 

『ああ。では、またいずれ』

 

「はい」

 

 いつものように『また』という言葉で通話が終了し、携帯をポケットに戻す。

 そして、アンナの依頼であるシスター服が入っている紙袋を持ち直し、イエロー・フラッグに向かった。

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