ロアナプラにてドレスコードを決めましょう   作:華原

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41 ファッショニスタの欲望

「──お久しぶりです彪さん。わざわざありがとうございます」

 

「ああ」

 

 アンナとイエロー・フラッグで飲んで二週間が経った。

 白のスーツも完成したので連絡したところ、どうやら彼はまた忙しくなったらしく今回も彪さんが取りに来ることになったのだ。

 

 いつものように中に招き入れ、完成したスーツを確認してもらうと彪さんに見せる。

 そして丁寧に紙袋へいれ手渡す。

 

「確かに受けとった。……なあ」

 

 

 いつもなら服を受け取り報酬を渡して足早に帰るのだが、今日は何やら話があるらしい。

 

 

「なんでしょうか?」

 

「この一週間くらい、どっか酒場に行ったりしているか?」

 

「いえ、行ってませんけど」

 

 

 私が最後に飲みに行ったのは二週間前だ。

 なぜそんな質問をしてくるのか不思議で私は彪さんからの言葉を待つ。

 

 

「そうか。──実はここ最近、妙な事が起きててな」

 

「妙な事?」

 

「酒場で普通に飲んでいたやつが急に様子がおかしくなったかと思えば、ひとしきり暴れた後何もされてねえのに死んじまった。俺も直接見た訳じゃねえが、確かな情報だ」

 

「え……」

 

「しかも問題なのは、ここ一週間でそれが毎晩複数の場所で起きてるってことだ。三合会(俺ら)だけじゃなく、ホテル・モスクワ、コーサ・ノストラ、マニサレラ・カルテルの縄張りでだ。既に十人以上やられてる」

 

 確かこの四つの組織はこの街を治めようと協同体制をとっているはずだ。

 そして、それらの組織の縄張りで不可解なことが起きている。しかも自分の縄張りで死人が毎晩のように出ているとなると、組織が動くのも時間の問題。

 一連のことを引き起こしている人間がいるとしたら、その人間は自殺行為をしているも同然だ。

 

 

 この組織の支配者たちを敵に回したのだから。

 

 

「だから、収まるまではあまり外に飲みに行かない方がいい。それがあんたのためにもなる」

 

「分かりました。忠告ありがとうございます」

 

「あんたに死なれたら、大哥が機嫌を悪くしそうだからな」

 

 張さんが? 自分の部下ならいざ知らず、私ひとり死んだところで特に困ることもないだろうから、それはない。

 

「私が死んでもあの人は何も思わないですよきっと」

 

「どうだかね、俺らが思ってるよりも随分執着するタイプだからなあの人は」

 

「こんな凡人に執着してるなんて想像できませんけどね」

 

「それならいいんだがな」

 

 彪さんは張さんが一番信頼している部下の一人だ。

 そんな人がそういうならそうなのかもしれないが、私にはあの人が執着するような人にはどうしても見えない。

 

 そう考えていると、彪さんが「じゃ、俺はこれで」と帰ろうとしたのでドアを開け一言声をかける。

 

「わざわざありがとうございました。張さんにもよろしく伝えてください」

 

「ああ」

 

 私の言葉に短く返事をして、彪さんはそのまま去っていった。

 

 

 それにしても、今のロアナプラで妙な事を起こす人間がいるなんて一体どこの阿呆なのだろうか。

 折角仕事が終わったから飲もうと思っていたのにがっかりだ。

 だが、私もまだ死にたくはないので今日は大人しく家でビールを飲もう。

 

 

 そう思いながらドアを閉めて中に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 教会でのシスター体験がやっと終わり、私は意気揚々とキキョウのところに向かっていた。

 

 キキョウに作ってもらったシスター服に身を包み、初日にヨランダから「シスターの一般的な生活」を教えられこの一週間信じてもいない神に祈りを捧げ、質素な食事という生活を送った。

 たまにヨランダの商売を少し手伝わされたりもしたが。

 

 私からすれば刺激的なことは特になくつまらなかったが、衣食住揃っている分この街で普通に生活するよりマシなのかもしれないと思った。

 

 だが、そんな生活ともやっとおさらばだ。

 教会を出る時、ヨランダが「あの嬢ちゃんと今日は飲んでおいで」と少し値段の張る酒を持たせてくれた。

 

 本当はイエロー・フラッグで飲みたかったのだが、最近酒場を中心に物騒なことが起きているので家で飲めばいいかとその酒をありがたく受け取った。

 

 そんなスキップしそうな勢いで道を歩いていると、向こうから紙袋を持ったサングラスにスーツの男が歩いてくるのが見えた。

 

 見覚えのあるその男が近くに来た時、気分がいい私は挨拶をしようと声をかける。

 

 

 

「ご機嫌よう彪。珍しいわね、あんたがボスといないなんて」

 

「アンナか。そのボスからお使いを頼まれたんだよ。お前こそ珍しく最近見ないと思ってたんだが、どこで何してたんだ」

 

「詮索する男は嫌われるわよ。ま、ちょっと教会で聖女のお勉強してただけなんだけどね」

 

「お前が聖女? ヤりすぎてとうとう頭がいかれちまったか?」

 

 

 全く失礼な男だ。

 

 

 彪とは張と一緒にいる時以外でも会うことが度々あった。

 最初は酒場で一人で飲んでいる彪に私から誘ったことがきっかけだったのだが、気分じゃないと断られ、そのまま酒を一緒に飲んでから顔を合わせるたび声をかけたりかけられたりしている。

 

 あれから何度も誘ったりしているのだが、この男も私の誘いを断り続けている一人。

 このボスにしてこの部下ありと言ったところか。

 

 

「あんた達マフィアにだけは言われたくないわね」

 

 

 マフィアっていうのはいつも何しでかすか分からないから。

 ……そういえば、あの妙に物騒な事には動いていないのだろうか。

 丁度いい機会だと私は彪に疑問を投げかけた。

 

 

「──イカれてると言えば、ここ最近あんた達相手に遊びまわってる本物のイカれ野郎は見つかったの?」

 

「頭のネジが飛んでる割には、身の隠し方は心得てる奴らしくてな。ボスも頭を抱えてる」

 

「てことは、もうそろそろあんた達が本腰いれるってことね?」

 

「そうなるかもな」

 

 

 ヨランダから少し聞いた。

 今回のことに関しては未だに情報が全然出てきていないらしい。

 

 彪がこう言うってことは、他は分からないが少なくても三合会はまだこの妙な事について何の情報も得られていないのだろう。

 

 マフィア達はそれぞれすでに動いているはずなのだが、

 未だに何の手掛かりもつかめていないのはマフィア同士の連携が今から行われる段階だからなのか、それとも相手が相当な手練れだからなのか。

 

 

 私にとっては別にどうでもいいことなのだが、このままでは困るのでマフィア達には頑張ってもらいたいものだ。

 

「なら、早くなんとかしてね。私の仕事にも支障が出るから」

 

「お前に言われなくてもそのつもりだよこっちは。……とりあえず、何か分かったら言ってくれ。お前の情報取集能力は凄まじいからな」

 

「じゃ、その時はとびっきりの報酬期待してるわね」

 

「あまり期待されても困るがな。頼んだぞ」

 

 そう言って彪は振り返ることもなく自分のボスの元へと帰っていった。

 私も早くキキョウに会おうとまた歩き出す。

 

 しばらく歩けば、もはや見慣れたドアが見えてくる。

 

 そして私はいつものようにドアをノックして声をかける。

 

「キキョウー! 遊びに来たわよー!」

 

 

 声をかければドアが開き、これもまたいつものようにキキョウが招き入れるがまま家の中に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

『自分たちの縄張りで気味が悪い事件が起きている』

 

 

 

 

 それがロアナプラの支配者であるマフィアのボスたちの耳に入ったのは、その事件が起きてから一週間後のことだ。

 

 普通の殺人なら気に留めることはないが、問題はその死に方と死人の量にある。

 

 酒場で普通に飲んでいただけの人間が急に狂い始め、しばらく暴れたかと思えば急に血を吐き出し、そのまま死んでしまう。

 事件が起きてから現在一週間と三日が経ち、その間はまだそれぞれの組織から被害は出ていなかったのだが、とうとう昨日それぞれ四つのマフィアの組員から一人ずつ死体があがった。

 

 これで死体の数は合計十五人となり、とうとうマフィアのボスたちが重い腰を上げた。

 

 

 今夜はコーサ・ノストラが仕切っている酒場の一室で、ボスたちによる“連絡会”が行われようとしている。

 

 大きい丸テーブルの周りに高級そうな革張りの椅子が5つ。

 その内二つの椅子には、すでにコーサ・ノストラのヴェロッキオとヴェスティが座っていた。

 

 

「なあ、ヴェロッキオ。この部屋ももう少しオシャレに衣替えしねえか? こんなとこで飲むやつは一人寂しく生きてきた孤独な老いぼれだけだぞ」

 

「今はそんなことしてる余裕ねえだろが」

 

「ノリわりいな。お前のその眉間に寄ってる皺を取ろうと世間話しただけじゃねえか。そんな顔しても何も解決しねえんだ、今のうちにリラックスしとけよ」

 

「てめえはリラックスしすぎなんだよ」

 

「全く気楽なもんだなお前たちは。羨ましいぞ」

 

 

 2人がそんな会話をしていると、三合会の張が部屋に入ってきた。

 それを見てヴェスティが声をかける。

 

 

「ようMr.張、相変わらず時間厳守だな。時間まであと十分あるってのに律儀なことだ」

 

「それが、俺の美徳の一つなんでな」

 

 そう言いながら張も椅子に腰かけ、煙草に火をつけた。

 

「そういえばミスター。あの可愛らしい洋裁屋は元気にしているのか?」

 

 ヴェスティはニヤリと口の端を上げ張に疑問を投げかけた。

 その言葉に張は一瞬片眉を上げたが、平静を保ちつつ返答する。

 

「ああ」

 

「そうか良かった。なんせこんなことが起きているんだ、何かあっては困る」

 

 ヴェスティのその言葉にまた片眉が上がり、張は煙を吐き出し口を開いた。

 

「……どういう意味だ?」

 

「あの子にはいつか俺の服を仕立ててもらいたいからな。そういう意味だよ、他意はない。だからそんな怖い顔をするなよ」

 

「そう思うならせいぜい嫌われないようにすることだ。また妙な事したら今度こそ嫌われるぞ、お前」

 

「ご忠告どうも。まさかあんな事でああいう反応をするなんて思わなかったんだ。好きな子ほど虐めたくなってしまうのはしょうがないだろう?」

 

「随分と盛り上がっているな。世間話をするために集まったのかお前たちは」

 

 2人の会話に入ってきたのは、ヒールをコツコツと鳴らしながら部屋に入ってきたバラライカだった。

 

「やあMs.バラライカ。今日も素敵だ」

 

「ヴェスティ、ロシアの田舎もんなんか口説く価値なんかねえぞ」

 

「どうしてイタ公っていうのは無駄口ばかり叩くのかしら」

 

 

 バラライカは心底つまらないといったような口調で話しながら席に座り、葉巻を咥え火をつけ口を開いた。

 

 

「張、こんな奴にちょっかいを出されるなんてあの子が可哀そうよ。この際あの子に言っといたらどう? “こいつに服を作ることはない”って」

 

「Ms.バラライカ、生憎それを決めるのは俺じゃない。決めるのはあいつだからな。──そういう“約束”だ」

 

 会話を聞いたヴェスティは『それこの前本人から言われたんだが、張は知らないのか』と心の中で呟いた。

 

 当のキキョウは“ヴェスティに服を作らない”と心に決めておけばそれでいい、それに報告するようなことじゃないと思っているせいでヴェスティと話したことを張に言っていない。そのため張が知らないのも当然なのである。

 

 これは好都合だと更に上がりそうな口角を必死に抑え再び口を開く。

 

「ま、次はあの子が嫌がらない方法でアプローチするさ。その時はお前も来いよヴェロッキオ、ついでにお前の服も依頼しよう」

 

「俺は服に興味ねえよ、知ってんだろ」

 

「イタ公二人に挟まれるなんて考えただけでおぞましいわね。あの子が作る服に豚の匂いが染みついたりでもしたらどうする気なのかしら」

 

「んだとてめえ!」

 

 

 そんな話をしていると、最後にやってきたアブレーゴが「相変わらずだな、ヴェロッキオ。またバラライカの挑発に乗せられてんのか?」と言いながら部屋に入ってきた。

 

 アブレーゴが座ったのを見た張は、『やっと揃ったか』と心の中で思い本題に入ろうと口を開く。

 

 

 

「──さて、諸君。世間話もほどほどに、早速本題に入ろうか」

 

 

 

 ボスたちは張に目線を向ける。

 そこから、それぞれどう動くべきか明確にさせるため張の言う本題について話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マフィアのボスたちによる連絡会では『この連絡会によって支配されている体制が気に入らない奴の犯行』だろうという考えには至ったが、あまりにも情報がなさすぎるため、ひとまず情報収集にあたることになった。

 

 その結論に落ち着いた後、それぞれすぐさま行動を移そうと各々事務所に帰っていった。

 

 

 だが連絡会に出席していたヴェスティだけは、ヴェロッキオには適当に理由をつけ一人で帰らせてからとある廃墟ビルに来ていた。

 

 

 そのビルの三階の一番奥にある、長らく誰にも使われていない荒れた部屋。

 

 部屋のドアを開けると、奥にはソファが一つと十人の男達がそこにいた。

 

 

 その男たちに向かってヴェスティは声をかける。

 

 

「今終わった。まったく、意味のない会合だった」

 

「お疲れ様です。そりゃ、あなたにとっては無意味でしょうね」

 

「相変わらず不愛想だな。冗談言う時くらい笑顔でいてほしいもんだなラル」

 

「生憎そういう顔なので」

 

 

 喋りながらソファに腰かけ煙草を取り出すと、ラルと呼ばれた茶髪で高身長な男はヴェスティの煙草に火をつけた。

 煙を吐き出し、しばらく煙草を堪能した後ヴェスティが再び口を開く。

 

 

「お前らが優秀でよかった、おかげで事が上手く運びそうだ。本国から来たばかりだってのに観光させる暇を与えてやれず申し訳ないとさえ思うよ」

 

「俺らは観光目的でここに来たわけ訳じゃありませんし、別に気にしませんよ」

 

「そうそう、俺らはあんたの手足だ。いくらでも使ってください」

 

「それに、こんな街に観光名所があるとも思えねえ」

 

 

「違いねえ」と周りの男たちは笑う。それにつられてヴェスティの口の端も上がる。

 そんな中、不愛想と言われたラルだけは笑っていなかったがそれに構うことなくヴェスティは言葉を続けた。

 

 

「そう、お前らは俺の手足だ。──そんなお前たちがいたからこそ、俺は今まで欲しい物すべてを手に入れることができた」

 

 その言葉を男たちは笑うのをやめ、真剣な顔になり聞いた。

 声が止んだことで静かになり、ヴェスティの声がより鮮明に部屋に響く。

 

「今俺が欲しいものはあのクソムカつく男の手の中。そして、その男にあの洋裁屋もぞっこんときた。こんな酷い仕打ちがあると思うか? 俺はあの腕だけを求めて、求めて、求め続けて……ずっと焦がれてきたというのに」

 

 

 吸い終わった煙草が地面に落ちる。

 

 

「お前らなら分かってくれるだろ? 俺があの腕に出会ったあの喜びを。そして、その腕がよりにもよってあの男の手に渡り、更にその洋裁屋に拒絶された時の腹立たしさと悲しみを」

 

 再び煙草を取り出し、ラルがまたその煙草に火をつけた。

 

 

 

「俺はあの腕が欲しくてたまらない」

 

 

 

 煙を吐き出す。

 既に部屋にはヴェスティの煙草の匂いが充満していた。

 

「だが、ただ手に入れるんじゃつまらねえ。どうせならあの子のためにド派手な舞踏会を用意してやりたい。そのためにお前らがいる」

 

「そのことを我々は重々承知しています。今更何故?」

 

「……そうだな。悪いな、長々と話しちまって。いつも通りボスのご機嫌とりをさせられたことに少し苛ついちまった。ま、それももうすぐで終わる。あいつらも好き勝手やったんだ。なら、俺もそろそろ好きに動かせてもらう。──お前らも、もう“準備運動”は済んだだろ?」

 

 その問いかけに周りの男たちの真剣な顔がニヤリと歪んだ顔に変わった。

 彼らの顔を見てヴェスティも満足そうな笑みを浮かべたが、すぐ真剣な顔になる。

 

「今までとは訳が違う。俺らが相手取るのは世界的にも名を馳せている組織の一部を任されている奴らだ。ミスの一つも許されねえ、絶対にだ」

 

 二本目の煙草が床に落ち、それを靴の底で踏みにじる。

 

「明日から活動範囲を少し広める。時間帯は夕方から。次の標的は酒場と賭場。3日間はそれでいけ。その次は全飲食店も範囲に入れろ。行動起こすときは連絡を怠るなよ。……それと、これは俺の勝手な私怨でもあるが三合会の縄張りを中心に動け。あそこは飲食店も賭場も多いから都合がいいしな」

 

「……本当にその張という男が気に入らないようで」

 

「大嫌いだよ。本当は今すぐにでも殺したいんだが焦りは禁物だ。──さて」

 

 

 ヴェスティは再びニヤリと口元を歪め、長い脚を組んで言い放った。

 

 

 

「俺らChiaro di luna(キャロ・ディ・ルーナ)が、この街の奴らに“魂の快楽”への道を照らしてやろうじゃないか」

 

Sì, capo.(了解、ボス)









キャロ・ディ・ルーナ:イタリア語で月光
(イタリア語表記:Chiaro di luna)

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