張さんのスーツを渡してから一週間。
どうやら街は私が知らないところで騒然としているらしい。
彪さんから聞いたあの事件でこの1週間更に犯行が激しくなり、酒場だけでなく賭場や遂には昼に営業している飲食店でも被害が出るようになった。
そして、その被害はどの組織の縄張りでも起きているが特に三合会の縄張りが中心らしい。
それぞれのマフィアは常に警戒し見張っているが、たまにその見張っている人間がやられたりしてしまうなどもあるようで、なかなか見つからない状態なのだとアンナから聞いた。
『これじゃ仕事がやりにくくて仕方がない、早くなんとかしてほしい』と憤慨していた。
続いてこの前張さんからも連絡があり、『収まるまで絶対に外で飲んだり食ったりするなよ』と忠告された。
忙しいのにわざわざ連絡してくれることに驚いた。
そんな彼の忠告通り、まだ家に引きこもっている。
たまにアンナが遊びに来てくれるので退屈はしていないが、こんな状態で街中を歩いて大丈夫なのだろうかと心配になる。
今度来たら一応言っておくか。
そう思いながら暇つぶしと練習もかねて刺繍したハンカチを作ろうと椅子に座り、作業を開始した。
本当にどうなってやがる。
俺はこの不可解で気味が悪いことが起きている現状にどうしようもなく苛立っていた。
事が起きてから二週間が経った今も何一つ情報が出てこない。
連絡会に名を連ねている組織が総出で探ってもこれといって有力な情報を掴むことなくただ被害が広まり、今では死人が三十を超えていた。
あのバラライカとヴェスティでさえ頭を悩ませている。
ヴェロッキオやアブレーゴに至ってはいつも通り憤慨しまくっているらしい。
可哀そうなのはそのボスのご機嫌取りをしながら組織を引っ張っているヴェスティだ。
あいつのことはいけ好かないがその苦労は計り知れないだろうと同情する。
だが、そんなこと今はどうでもいい。
この件に関してはうちが一番被害を受けている。
賭場や酒場、飲食店を多く抱えているうちにとっては相当な痛手だ。
そう思ってはいても、情報が何も出てこないとなると動きようがねえ。
遺体を徹底的に調べさせたところ、死ぬ前の症状と照らし合わせて薬物を入れられた線が濃厚になった。
だから薬物や武器、飲食店の食材、酒場と賭場の酒のルートを徹底的に調べたが、何もおかしいところは出てこなかった。
改めてその状況を考えると苛々が募り、また新しい煙草に火をつける。
その時、テーブルの上に置いていた電話が鳴り響いた。
『ようMr.張』
「……ヴェスティか。なんだ」
『いくらこんな時だからって、そんなドスの利いた声出すんじゃねえよ。そんなんじゃ女だけじゃなく部下まで離れちまうぞ?』
「わざわざそんなこと言うために連絡をよこしたのか? お前は相当暇らしいな、羨ましい限りだ」
こんな時までこういう言い方をするとは気楽なのか、はたまたそう見せかけているのか。
どちらにせよ、今そんな口を利かれても無駄に腹が立つだけだ。
ヴェスティは俺の返答を聞くと、『イラついてんなあ』と言ってきた。
『そんなお前に朗報だ』
「俺にとっての朗報は一連の事を引き起こしやがった畜生が見つかったということだけだ。それ以外の情報は聞きたくないね」
『なら、今からお前は喜びで震えあがるな。──うちの縄張りで妙に変な動きをしている奴がいたもんだから、ちょいと声をかけたら見事にビンゴだ』
「……なんだと?」
それは、ずっと待っていた情報。
このくそったれなパーティーを終わらせるための、大事な手がかりとなり得るもの。
もしハズレだったとしても俺が自ら確認しない理由はなかった。
『今獲物は目の前だ。こっち来るか?』
「場所は?」
『迷わずに来いよ。場所は──』
──ヴェスティに言われた場所へ俺は電話を切った後すぐに向かった。
寂れたバーですでに被害を受けたのか女の死体が一つ転がっており、その女から飛び散った血がところどころついていた。
そこには既に他のマフィアのボスたちも揃っていた。
バラライカ、アブレーゴ、ヴェロッキオ、ヴェスティが見下ろす先には何回か殴られたのか顔が腫れていて、腕を後ろに拘束されている男が一人。
「こいつがそうか?」
「ようミスター。そう、こいつが俺らの縄張りを荒らした人間だ。お前が来る前に少し聞いたんだが、こいつはどうやら下っ端の下っ端らしいぞ」
「てことは、やっぱりグループで動いてるってことか。数は?」
「それを今から聞くところさ。──おい、お前のお仲間は何人いるんだ?」
「……俺含めて十一」
男はヴェスティが質問するとあっさりと返答した。
十一人? ここまで事を大きくしたには少なすぎる。
嘘ではないかと疑いたくもなる。
それはヴェスティも一緒らしく、さらに男に話しかける。
「おいおい、こんなド派手なパーティーをやらかしたんだ。そんな少ない訳ねえだろ」
「“この人数が丁度いい”、ボスはそう言っていた。それに、俺はもうお払い箱さ。今更嘘なんてつかねえよ」
男は自嘲気味に話していた。
俺は煙草に火をつけヴェスティが尋問する様を見ていた。
他の奴らもいつにもまして真剣な顔をして、俺と同じようにただ黙って見ていた。
「成程、どうせ死ぬから嘘ついても意味がねえってか。その言葉が一番信頼できる。──なら、次の質問だ。お仲間の拠点は?」
「んなもんねえよ。各自好きなように動いてるのさ、集まる時はボスから連絡を受けて毎回違う場所に集まる」
「そのボスはどこにいる?」
「知らねえ。知ってたとしてもお前らには絶対教えねえ。あの人は、俺らの光なんだ。……あの人の命令だから、わざとこうして捕まってんだ。俺は、そのためにいる」
「どういうことだ。お前はボスの言いつけでわざと失敗したってことか?」
俺は思わず疑問を口にしていた。
今まで尻尾の先まで見せてこなかった連中が、何故そんな自分達の身を危険にさらすようなことをするのか理解できなかった。
この場にいる全員、俺と同じことを思っているはずだ。
「……ああ、そうだ。お前らがあまりにも俺たちのところにたどり着かないから、ボスが痺れを切らして俺に言ったんだ。“もうそろそろヒントを与えてやれ”ってな。だから嘘を吐く必要も、逃げる必要もねえ。俺がやるべきことは、てめえらにちょっとした情報を与えて少しでもこのゲームを盛り上げること。ただそれだけだ」
「ふざけるなよ! てめえ俺らを舐めるのもいい加減にしやがれ!!」
男の言葉を聞いた途端、ヴェロッキオが男の顔面を蹴った。
怒りに任せて顔が変形するんじゃないかと思うくらい何回も踏みつけていた。
ヴェロッキオがそうなるのも無理はない。
こいつが言うボスは、つまらないゲームを盛り上げるために自分にペナルティを課したようなものだ。
まるで、相手が子供だった時にするみたいに。
未だに踏みつけているヴェロッキオを「それくらいにしろ、貴重な情報源だぞ」とヴェスティが諫めると、ヴェロッキオは舌打ちをしてカウンターに座る。
そして、横たわっている男に尋問を再開する。
「次の質問だ。お前らはどんなやり口を使ってる?」
「元々、あった麻薬を、数量体内に入れると、最高に気分が良くなって、体に痛みが巡ってもその痛みに気づかないで死ねる、てやつに改良した。遅効性だからすぐには死なねえが、体内に入れれば1時間もすれば頭が狂いだす。それを飲みもんか食いもんに入れたらあとは待つだけ。……ヤクの名前は“
麻薬のせいだということは分かった。
だが、なぜここまですんなり教える。聞いてもいないヤクの詳しい性能と名前まで一気に答えるその姿に俺は些か疑問を覚えた。
「いいこと、教えといてやるよ……!」
男はニヤリと酷く顔を歪め、本当に愉快だと言わんばかりの気味の悪い笑顔を浮かべ、狂ったように吠えだした。
「俺らは、
そう言い終えるとでかい声で、自分の国の言葉で何かを叫んだ。
「Gloria al tuo capo!! ……ハハハハ……ヒャハハハハハハハハハハハ!!」
叫んだかと思うと、堰が切れたように笑い出した。
ヴェスティは「まだ話は終わってねえ」と男の腹を蹴ったが、それでも狂った笑い声が止むことはない。
「チッ」
ヴェスティが舌打ちをすると、腰に刺していた銃を向け男の頭に弾を撃ち込んだ。
そして、少しの沈黙があった後カウンターに座っているヴェロッキオにヴェスティが声をかける。
「──ヴェロッキオ、こいつが言ってることが本当なら俺たちが考えてるよりもやべえことになってるぞ」
「ああ」
どうやらコーサ・ノストラの二人は思い当たることがあるらしく、お互い眉間に皺を寄せてなにか考えている。
「まさかお前達のオトモダチだった、なんてオチはねえよな?」
アブレーゴが煙草を吸いながら訝し気に二人に質問した。
その質問に、ヴェスティが返答しようと口を開く。
「──
「ということは、お前たちの中の誰かが手引きしているんじゃないのか? この街に詳しい人間が仲間にいればうまく事が運ぶ。同郷の者なら尚更」
バラライカもまた眉間に皺を寄せ、不快極まりないといったような顔と口調でヴェスティとヴェロッキオに声をかける。
「仮にそうだとして、組織から被害が出ている事に説明がつかないだろMs.バラライカ。ま、疑いたくなるのも分かるがな」
「……とにかく、念のため自分たちの組織も再度洗ってみよう。特にコーサ・ノストラはな」
俺がそういうとヴェロッキオは「分かってる」と、眉間に皺を寄せたまま答えた。
どんな形であれ情報を得られたことに変わりはない。これで動き方も変わってくる。
ボスとやらのお情けで貰った情報ってのが気に食わないが。
「とっととこのくそったれなゲームを終わらせよう」
──そして、ヴェスティが姿を消したと俺の耳に入ったのはこの一夜の一週間後の事だった。
Gloria al tuo capo:我らがボスに栄光を
Piacere dell'anima:ピアチャーレ・デラニマ 魂の快楽
語訳はグー〇ル先生と一緒に頑張りました。