ロアナプラで『狂ったダンスを踊る人間』が出てき始めてからもうそろそろ三週間が経とうとしていた。
おかげで夜になると人ひとり見当たらないし、酒場はどこもかしこも閉まっている。
酒場中心に毎晩死人が積みあがっていれば誰だってそうするだろう。
私みたいな娼婦にとってそれは迷惑極まりないことで、当然客を取れない日々が続いた。
そんな中でも、何故か被害が比較的少ないのはイエロー・フラッグ。
バオは変わらず開店しているが、客入りは少ないようで一人もいない日もあるらしい。
私はたまには遊びに行ってやろうと、イエロー・フラッグに向かっていた。
今日も開店してるようで中に入ってみると、ここ最近にしては客が多い方で少し店内は賑わっていた。
「バオ、久しぶり。流石みんなの憩いの場イエロー・フラッグね、こんな状態でも開店してるなんて」
「ようアンナ。うちは被害が少ないからな、一つくらい酒場がねえとこの街の奴らはやってらんねえだろ。それこそ酒がねえって暴れだす奴がでてくるぜ」
「それもそうね。アブソルートちょうだい」
カウンターに座りそう言うと、バオは『Absolut Vodka』とグラスを出してくれた。
「そういえば聞いた? 犯人はイタリアの麻薬販売組織って話」
「この街で知らねえ奴はいねえよ。おかげでコーサ・ノストラが一番神経質になってる」
「そうそう、それでイタリアから援軍呼んで血眼で探してるのよね。今街中を歩いているのはイタリア人ばっかり」
「ま、それもしょうがねえってこった」
そんな会話をしながら酒を飲んでいると、一人の男が私から一つ空けた席に座ってきた。
その男は「スイート・ベルモットはあるか?」と酒を頼んでいた。
私は久々に仕事をしようと口の端を上げ男に声をかけた。
「随分と甘めのお酒を嗜むのね。でも、ここじゃただ甘い酒よりも少し苦い酒を飲んでる男の方が魅力的に見えるわよ?」
「そうなのか。では君のおススメはなんだ?」
「そうね、とりあえずこれは私のお気に入りよ。……飲んでみる?」
「いただこうか」
男の返答を聞き、私はバオに「グラスちょうだい」と頼みながら男の隣に移動した。
そのまま出してくれたグラスに酒を注ぎ男の前に置く。
男はそのグラスを持ち、私の前にグラスを差し出し「乾杯」と言った。
グラス同士がぶつかっていい音が鳴ると、お互い酒に口をつける。
「確かに、少し苦みがあるな」
「でしょう? それがまたいいのよ。──あなた、イタリア人?」
「ああ、よく分かったな」
「この街じゃ滅多に見れない物腰が柔らかい人だったからもしかしてと思って。それに、最近は妙にイタリア人が多いから」
「……まあ、あんだけの騒ぎだ。そりゃそうなるさ」
「そうよねえ。──ねえ、折角こんな美人といるんだからもっと楽しいお話をしましょ?」
私がそう言って酒を呷ると、男も「そうだな」と言って酒に口をつけた。
しばらく男は私に酒を注がれるまま飲み続けた。
私は相手より酔わないようにたまに飲むふりをしているのでそこまで飲んでいない。男は意外と酒に弱かったらしく、最初の大人しそうな口調は消えていた。
一時間休まず飲ませ続けたのでそうなるのも当然なのかもしれないが。
「やーっぱり俺ってイケてると思うんだよ! 君もそう思うだろ!?」
「ええ、十分魅力的だと思うわ」
んなこと誰が思うかバーカ。私はもっと酒に強い男が好きなんだよ。
そう思っていてもここで機嫌を損ねるようなことはしたくないので、微笑みながらそう答える。
男は私の返答を聞き「だろ!?」と身を乗り出し、今度は不満ありげな顔で話始めた。
「なのに周りの奴らは“お前はまだ半人前”とか、もっとあの人を見習えとか、あの人の足を引っ張る事はするなよとか小言ばっかり言ってきやがる。……俺だってあの人から“頼りにしてるぞ”って言われてんだ。なめんじゃねえよったく」
そう言いながら男はまた酒を一気に呷った。
この男は、その“あの人”というのに心底惚れこんでいるらしい。
一体どういう人物なのか気になった。
私はもう少し話を聞こうと口の端を上げたまま男に話しかけた。
「随分、その人に惚れこんでるのね。少し嫉妬しちゃうわ」
「当たり前だ。あの人は俺たちの憧れなんだ」
「俺たち? やっぱり、あなたコーサ・ノストラの一員なのね?」
「誰があんなくそったれなマフィアに入るかよ。あの人を縛ってるそんな組織早く潰れちまえばいいんだ」
驚いた。てっきりコーサ・ノストラの一員だと思っていたのだがどうやら違うらしい。
──待てよ、じゃあこの男が言う“俺たち”っていうのはなんだ。
イタリア人で徒党を組んでいるのはこの街ではコーサ・ノストラしかいない。
いや、もしかしたらこの男は別の組織に加入していることも考えられる。
そう思考を巡らせている間も男は酒を飲みながら言葉を続けていた。
「ほんとあの人はすげえよ。自分が欲しいと思ったもんを手に入れるためならどんな奴を敵に回しても怖くねえって風にいつも飄々としてる。そこに憧れを感じちまうんだよなあ」
「へえ。……ねえ、その人って私みたいな女は好みかしら?」
「おっと、ボスに近寄ろうたって無駄だぜ。なんたってあの人は今一人の女にぞっこんだ」
「あら、残念。でも、あなたもすごく素敵よ。そんなあなたが憧れてる人を一目見てみたいって思うのはだめ?」
女に溺れるのは男の性だ。こいつが言う“あの人”もその一人なのだろう。
私は空になった男のグラスに酒を注ぐと、男はまた酒を飲みながら口を開いた。
「ダメとかじゃなくて無駄なんだよ。今のあの人を落とせるのは、一流の洋裁屋しかいねえぞお?」
「……洋裁屋?」
なぜここで洋裁屋なんて単語が出てくる。
私はそれが気がかりで疑問を口にすると、「……ここだけの話な」と内緒話をするようにコソコソと話し始めた。
「ボスは洋服が大好きでな。この街で一級品の服を見たとき、その服を作った洋裁屋に会って惚れたんだと」
服が大好き。一級品を作る洋裁屋。
私にはそれぞれ心当たりのある人物がいる。
更に探りを入れようと質問を続けた。
「ねえ、その一流の洋裁屋を手に入れたらどうするの?」
「そりゃとっととこんな街からおさらばするさ」
「そう、それは寂しくなるわね。──ねえ、もっと色々お話ししない? なんなら二人きりで」
私はバオに、上の娼館の一部屋を借りることを目で訴える。
今日は娼館の管理をしているフローラがいないのでバオが管理しているのだ。
私の訴えが伝わったらしく無言で部屋の鍵を渡してくれた。
もし私の考えが当たっているなら、今ここでこいつを逃がすわけにはいかない。
男は私の言葉に下心満載なニヤついた面で「……いいよ。本当に今日は最高な日だ」と言い私の肩を抱いてきた。
私は男をそのまま二階に連れていき、バオがくれた鍵の部屋に入っていった。
──そこから三時間後。
男はすっかりベッドの上で寝息を立てていた。
こいつは酒と私からの適当な褒め言葉で舞い上がりごろごろと情報を提供してくれた。
やはり洋裁屋とはキキョウの事で、そのボスとやらはキキョウを連れ去るためのカモフラージュとして今回のことを引き起こしたらしい。
カモフラージュにしては少し大きすぎると思ったのだが、この男が言うには「どうせならど派手にぶちかましてやろう」というボスの意向で、三合会の縄張りを中心に荒らしたのはキキョウを囲っている張に一泡吹かせてやるためだという。
確かに、こんなことが起きては張もキキョウの世話どころじゃなくなるだろう。
肝心のボスのことを聞き出そうと思ったのだが、律儀にもこいつはボスの事だけは喋らなかった。
ま、もう見当はついているがここから先はマフィア達の仕事になるだろう。
幸いなことに、この娼館にあるすべての部屋には隠しカメラがあるから証拠もばっちりある。
私は部屋にある電話でバオに繋いだ。
「バオ、じきにお客さんが来るわ。その客人が来たらこっちに通して」
『分かった。たく、てめえはいつも面倒な事持ち込みやがって』
「今回はあっちから転がってきたんだから不可抗力ってやつよ。仕方ないでしょ? うまくいけば、客足が戻るかもよ?」
『……逃げねえようしっかり見張っときな』
「任せて」
私はバオとの電話を切り、また別の番号に電話をかけたが今も仕事で動いているのかなかなか電話に出ない。
こんな肝心な時に出ないなんてみすみす獲物を逃すようなものなのにね。
しばらくコールしていると、やっと相手が電話に出た。
「やっと出た。まったく可愛い女の子を待たせるなんて、随分冷たい男になったわね彪?」
『何の用だアンナ。生憎取り込み中だ、後にしろ』
そんなこと言われても情報を寄越せと言ったのはあんたじゃないの、と思ったがそれは心の内に秘めておく。
「あらそうなの、それは残念。──あなた達が探し回ってる獲物が私の目の前にいるのに勿体ないことするのね」
『……どういうことだ?』
「酒をたらふく飲ませてちょっと褒めたらベラベラ喋ったわよ。“自分は気味悪いパーティーを拵えた一人”ってね」
『確かか?』
「半端な男は酒と女に弱いのよ。あなたも知ってるでしょ?」
私のその返答を聞いて、彪は一瞬黙ったがすぐに質問を投げかけてきた。
『今一緒にいるのか』
「ええ、今はすっかり夢の中よ」
『場所は?』
「イエロー・フラッグの娼館。バオに言えば案内してくれるわ」
『分かった。俺たちが来るまでそいつを逃がすなよ』
「はいはい」
その言葉を最後にお互い電話を切った。
──そこから二十分も経たないうちに黒いスーツに身を包んだ男たちがバオに案内されて部屋に入ってきた。
女性がいると分かってるならノックくらいしてほしいものだ。
私は待っている間飲んでいた酒をテーブルに置き彪に声をかけた。
「意外と早かったわね。もう少しかかると思ったけど」
「俺らは仕事が早い方でね。……このアホ面か?」
「ええ」
そういうと、彪の後ろにいる男たちがベッドに横たわっている男の両腕足を拘束し始めた。
「まさか、お前のところに現れるとはな」
「ほんとにね。私の運の良さに感謝してほしいわ。……これで、パーティーを終わらせる準備ができるのよね?」
「ああ」
「じゃあとっとと終わらせて。あ、そいつがベラベラ喋ってるのビデオに撮ってあるから後でバオにもらってね」
「分かった」
三合会の男たちは拘束されながらも寝ている男を運んでそのまま部屋を出て行った。
彪は「礼はまた今度する。その時までに何が欲しいか考えとくんだな」と言って部屋を出ていこうとした。
「彪」
私は名を呼んで立ち上がり、そのまま彪の元へ向かう。
そして、少し背伸びをして乾いた唇に自らの唇を重ねた。
触れてすぐに唇を離し、目の前にある少し驚いている男の顔を見て話す。
「──報酬はMr.張の右腕である貴方の唇でいいわ。この続きがしたくなったらいつでも言ってね」
「……相変わらずだなお前は」
「褒め言葉として受け取っておくわ。──早くこの気色悪いパーティーを終わらせて、ってMr.張に伝えてね」
「ああ」
そう言って今度こそ彪は部屋を出て行った。
まったく、こんな美人にキスされたのに喜ぶ顔一つも見せないなんて失礼な男だ。
だが、今回はいつも無表情なあの男が驚いた顔が見れただけでもよしとしよう。
口の端が上がるのを抑えることなく、上機嫌で残った酒を飲み干した。
鉄くさい無人倉庫。
俺は煙草を吸いながら、ラルの携帯から鳴り響くコール音を聞いていた。
コールしてから五分程経ってもその音が鳴りやむことはなく、相変わらず表情の読めない顔をしながらラルが言葉を発した。
「──ボス、やはりあいつと連絡が取れません」
「そうか」
あいつらに“ヒント”を与えてから明日で一週間を迎えようとしていた。
このままではつまらん、とメンバーの一人にこのゲームを盛り上げろといったところ「ゲームにイレギュラーはつきものですよね」と自分の命を懸けてあの行動を起こした。
まさかあそこまでヒントを与えることになるとは思わなかったが、まあ別にいい。
おかげでとても楽しい毎日を送れている。あいつに感謝しなくては。
そんなあいつの命を無駄にしないためにも、これから更に注意深く行動しなければとメンバー全員にあの日から毎日連絡を欠かさないよう命令していた。
だが、昨日から連絡がつかないメンバーが一人。
そいつは三年前に加入した一番若い新入りで、元気はあるんだが少し馬鹿な部分があった。
昨日はあいつに久々に息抜きして来いと休みを与えていた。
馬鹿だが信頼に足る人物だと思っていたからこそ、1人で飲みに行くことも許した。
そんなあいつが日をまたいでも連絡してこない。
それどころか俺と他のメンバーからの電話にも出ない。
考えられることは二つ。
酒の飲みすぎで潰れているか、どこかの誰かに既に熱い歓迎を受けてるか。
どちらにせよもう用済みだ。
「お前らも分かってると思うが、あいつは敵の手に落ちた可能性が高い。こうなっちまったら俺にたどり着くのも時間の問題だ。よって、お前らの出国日程が随分早まることになった。もう少し遊びたかっただろう?」
「ま、しょうがないでしょう。そうなってしまったんですから」
ラルのその言葉に周りの奴らも同調する。
その様子を見て、俺は口の端を上げ再び言葉を発した。
「物分かりが良くて助かる。俺としてもまだこの状況を楽しみたかったんだが、しょうがない」
煙草を取り出すといつも通りラルが火をつけた。
煙をゆっくり吐き出し、話を続ける。
「──三日後までにはこの街を出られるよう、手筈は俺とラルで整える。その間お前らはこの街とおさらばする準備をしてその時を待て。だが、連絡は今まで通り怠るな。常に生存確認はしておきたい」
「洋裁屋はどうするので?」
「俺が直接迎えに行く。当然だろ」
また煙を吐き出し、吸い終わった煙草を床に落とす。
俺の部屋にあるコレクションを捨てることになるのは少々痛いが、また作ってもらえばいいだけのことだ。
「よし、行け。また三日後、お前らと会うのを楽しみにしている」
そういうと、隣に立っているラル以外は別々の出口へ向かっていった。
隣に立っている頼もしい男と二人きりになったところで、俺は静かに声をかける。
「──さて、ラル。これからのことについてじっくり話し合おうか」
とあるバーの奥の一室。
そこには、お互いの相互利益のため協調体制をとっているマフィアのボスたちが再び集っていた。
張は昨日この三週間自分たちの縄張りを荒らした一人を捕らえ、情報をあぶり出していた。
キキョウが狙いだということ。コーサ・ノストラとは全く関係ないこと。
そして、ヴェスティがボスだということ。
それを知った張はすぐにヴェロッキオに連絡を取り、この情報を伝えた。
だが、肝心のヴェスティと連絡が取れず行方が分からないことを知らされた。
これを緊急事態だと判断した張は、この情報を共有しようと連絡会を開いたのだ。
張から知らされた内容を聞いたバラライカは、眉間に皺を寄せながら口を開く。
「──ということは、すべてあいつが女一人手に入れるために仕組んでいたことだと?」
「そういうことになる。ヴェロッキオ、ヴェスティには今も連絡がつかないんだろ?」
「ああ。……ヴェスティは俺の部下だ、俺が見つけて殺す」
ヴェロッキオは怒りを隠すことなく言い放った。
それにバラライカが冷静に言葉を返す。
「お前たちだけでどうにかなる相手ではないことはお前が一番知っていることだろう? あいつは我々の裏をかき、ここまで事を荒立てた。一筋縄ではいかん」
吸っていた葉巻を口から離し、ゆっくり煙を吐き出し再び静かに言葉を発する。
「──だが、これ以上好き勝手させるのは気に食わん」
「うちの縄張りも荒らされた。この借りは返させてもらう」
バラライカに引き続きアブレーゴも眉間に皺を寄せたままそう告げた。
その瞬間、外に控えていたはずのコーサ・ノストラの一員モレッティがボスたちのいる部屋をノックし怯えた声で「し、失礼します。コーサ・ノストラのモレッティです」と携帯を片手に入ってきた。
その様に話をしていた四人は眉を顰める。
ヴェロッキオはモレッティに向かって怒鳴り散らした。
「今は話の途中だ! 後にしろ!」
「あ、あの! ヴェスティの兄貴が」
その名前に一同は目を見開いた。
モレッティはそのまま言葉を続ける。
「ヴェスティの兄貴が、ボスと話がしたいと……」
そういうと、ヴェロッキオの前に持っていた携帯を差し出した。
それを無言で乱暴に受け取り耳に当てると、電話の向こうから『よう』とかつて自身の右腕だった男の声が聞こえてきた。
『相変わらず感情任せに怒鳴り散らしてんだな。それなんとかしたらどうだヴェロッキオ』
「てめえ、今どこにいやがる」
『それをお前に言う必要も理由も今の俺にはない。……その様子だと、もう全部知ってんだろ? なら、俺はもうお前の部下でも右腕でもなくなった。これからはお前ひとりで切り盛りしてくれ』
「ふざけんなよてめえ」
『ふざけてなんかない。お前が今まで好き勝手やったように俺も好きなようにやらせてもらってるだけだ。ただそれだけだよ』
ヴェスティはヴェロッキオに対しただ静かに話していた。
その様子を周りの人間はただ黙ってみている。
『──もし、お前が今も俺を部下だと言い張るならそこにいる誰よりも早く俺を殺しに来い。ま、あまり期待してねえがな』
「……随分舐めた口利くじゃねえか。てめえはいつからそんな命知らずになった? なあ“カルメロ”?」
『お前如きにやられる事はないって分かってんだよ。それに命知らずはお前の方だ。今度その名前で呼んだら、次はてめえに血のダンスを踊らせてやる』
「やれるもんならやってみろ、クソ野郎が」
『お前にクソ呼ばわりされる覚えはない。とにかく、お前に伝えることはそれだけだ。せいぜいそこにいるクソどもと無能な部下たちと仲良くしているがいいさ』
「おい、話はまだ終わってねえぞ」
『
その言葉を最後に声が途切れ、ツー、ツーと通話が終了した音のみが鳴っていた。
「……切りやがった」
「ま、あいつが何を言ってきたかは知らんが俺たちがやることは変わらん」
張は吸っていた煙草を地面に落とし、煙を吐き切ってから言葉を続けた。
「ヴェスティを殺し、そしてキャロ・ディ・ルーナを殲滅する。異存はないな?」
その言葉に誰一人として異を唱える者はいなかった。
「──はあ……はあ……」
無人の大型倉庫。
その中には二人の男と、血を流しながら横たわっている黒髪で褐色の女が一人。
男の一人が携帯を片手に誰かと話をしている中、もう一人は血の付いた白い手袋をはめたまま女の傍らに立ちただ黙って見下ろしている。
やがて男は携帯を閉じ、女に向かって話しかけた。
「さて、君には本当に世話になったな。その礼を返そうと思うんだが……どんなプレイをお望みかな?」
「あんたの、悪趣味に付き合うほど、私は安くないのよ」
女は数回殴られ血で汚れた顔を向け、自身に話しかけてきた男を睨みつけた。
「成程、それは好都合だ。俺も貴重な時間を君に割くのは痛い。だから早々に終わらせよう。──俺の計算を狂わせた罪はその軽い命で償ってもらう。だが俺も鬼じゃない、最期の言葉くらい聞いてやろう」
「……あんたってホント救いようのないただのクソガキよね。ま、せいぜいキキョウを追いまわして痛い目見るといいわ。それに、あの変わり者の洋裁屋はあんたの服を作る気なんてさらさらないわよ」
「生憎、そういう奴の扱いは慣れている。あの洋裁屋には丁重なもてなしをさせてもらうつもりだから安心しろ」
「ボス、そろそろ」
女の傍らにいた男が口を開き少し離れている男に声をかける。
その声に喋っていた男は自身の腰に差していた銃を出し、女に向けた。
「残念だが時間だ。君の哀れで醜くつまらない人生の幕引きといこうか」
「……それは、お互い様でしょ」
女がその言葉を口の端を上げニヤリとした顔で言い放った瞬間、銃声が鳴り響いた。
「──そう、明日だ。俺も準備ができ次第お前らと合流する。……最後まで気を抜かないようにな」
電話を切り、煙草を取り出しそれに火をつけ肺に煙を入れた。
事を起こして三週間。初めはあいつらを動かすのも久々で腕が鈍っているか心配していたがそれも杞憂に終わり、俺の計画は完璧に進行していった。
だが、どんなことにもイレギュラーはつきもの。あの娼婦に誑かされたメンバーの一人がベラベラと喋りやがったせいで見事に狂わされた。
メンバー達は俺に隠れ情報を集め、その娼婦が誰なのか教えてくれた。
『何もしないのはあんたらしくない』と。
確かに誑かされた奴も許せないが、妙に勘のいい娼婦がいなければこんなことにはならずにすんだ。
全く、ここまで気を使ってくれる奴に囲まれている俺は恵まれている。
そして、ラルがその娼婦を俺の目の前に差し出してくれた。
その心遣いを無駄にすることなくありがたく殺した。
折角だからその死体を洋裁屋にプレゼントしようと思ったが、生憎そんな労力や時間は今の俺にはなかったので断念する。
そんなこんなで色々あったが明日ですべてが決まる。
俺が見事にゲームに勝ち賞品を貰えるか、殺されるか。
ああ、明日が楽しみだ。