ロアナプラにてドレスコードを決めましょう   作:華原

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47 最期に為すべきことを

 ヴェロッキオさんとの取引が終わり、再び車に揺られ隠れ家に向かっている。

 建物を出た後すぐに後ろにいた三合会の人と少し話をしたのだが、なんだかよく分からない話だったなと思い返す。

 

 

 

『──張さんからの命令とはいえ、ここまでお付き合いいただきありがとうございました』

 

『……あんた、死にたいのか? あの時撃たれていたらどうするつもりだったんだ』

 

『死にたいとは思ってないです。ただ死ぬなら後悔せず死にたい、そう思ってるだけですよ』

 

『本当にそう思ってんなら大分イカれてんなあんた。……成程、あの人が気に入るわけだ。なあ彪、お前もそう思うだろ?』

 

『ま、あの人は物好きだからな。しかし、本当にヒヤヒヤしたぞキキョウ。あの時逃げるそぶり一つも見せねえもんだから銃を出しちまいそうだった』

 

『逃げても何もなりませんしね。あなた方が何も動かなかったおかげで取引がうまくいきました。本当にありがとうございます』

 

『……何もしてねえことに礼を言われるなんてな』

 

『大哥が言ってただろ? こいつは変わり者だってな。俺もここまでとは思ってなかったが』

 

『ま、何はともあれお互いの無事を喜ぼうぜ。ええと、キキョウさん?』

 

『キキョウでいいですよ』

 

『そうか。俺は(カク) 颯懍(ソンリェン)だ、以後お見知りおきを。じゃ、また会える時を楽しみしてるぜ』

 

『今日は本当にありがとうございました』

 

『おう』

 

 

 

 

 

 

 

 ──というのが会話の一部始終なのだが、なぜか郭さんは上機嫌になりそのまま他の人たちと帰っていった。

 

 あの会話のどこに愉快になる要素があったのか分からない。

 マフィアはこんな死にたがりと思われるような行動をする女が好みなのだろうか。

 

 

 そんなことを考えていると、運転席にいる彪さんから声をかけられた。

 

「何か考え事か?」

 

「……何故郭さんはあんなに上機嫌だったんでしょうか。最初はすごい嫌悪感をだしていたのにそれが不思議で」

 

「ああ。あいつは大哥に心底惚れているからな。あの人が気に入っている女がただの女じゃなかったことに安心しているんだろ」

 

「私そんな変わってますか?」

 

「自覚なしか。この街でも一等変わり者だよあんたは」

 

 私は普通ですよ、と言おうと思ったがやめた。

 私が何度も普通だと言い張ってもきっとそう思ってくれないのだろう。

 今までがそうだったように。

 

「もうそろそろ着く。大哥にちゃんと礼を言っとけよ?」

 

「はい」

 

 そう返事をし窓のほうに目を向ける。

 それからはいつもより人気の少ない街を眺めながら“あの男が荒らした後の街はこんなに静かになっていたのか”と物思いに耽り、何も言葉を発さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──隠れ家に着き、彪さんは張さんを車で待つらしく私は一人で車を降りた。

 そして、真っすぐ部屋に向かいノックしようとした瞬間ドアが開く。

 

 

 上着を脱いでワイシャツにズボンというラフな格好をした張さんが私の姿を見た途端、愉快そうな顔を浮かべながら言葉を発する。

 

 

「“お帰りのハグ”は必要か?」

 

「必要ですと言ったら抱きしめてくれるんですか?」

 

「何なら頬にキスもつけてやろう」

 

「……勘弁してください」

 

 張さんの冗談にいつもはノらないのでどう返答していいのか分からず目を逸らし呟く。

 その様子に「それは残念だ」と愉快そうに言いいながら部屋に戻りソファに腰かけたのを見て、私も部屋に入りドアを閉める。

 

 また隣に来いと言わんばかりにこちらを見てきたので「失礼します」と断りを入れてから腰を掛けた。

 

「一応、結果を聞いておこうか。どうなった?」

 

「ちゃんと許可をいただけました。あとは回収するだけです」

 

「ほう。てっきりアイツは断るかと思ったんだが、お前は予想以上に世渡り上手らしい」

 

「私はただ話をしただけですよ」

 

「話、ね。きっとその時のお前はとても魅力的だっただろうな。その姿を見れなかったのは残念だ。やはり俺も着いていくべきだったか?」

 

 ただ話をしただけだというのに魅力的とはどういうことなのだろうか。

 そんな様子を見ても何も面白いことはないのに。

 

「面白いことは何も起きませんでしたよ」

 

「ま、後で彪にでも話を聞くさ。──とりあえず、今はお前の無事を喜ぼう。無事というには少々ひどい格好だが」

 

 

 張さんはそう言いながらヴェスティに殴られ治療を施されている左頬に指先でそっと触れてきた。

 

 腫れているのとガーゼで覆われているのもあって触れられていることをあまり感じられないが、その行動に戸惑いを隠せず声をかける。

 

「……張さん?」

 

「痛むか?」

 

「いえ」

 

「そうか」

 

 短い言葉を交わした後も触れ続けている。

 

 あの時もそうだった。

 

 

 

 ヴェスティにキスされたと話した後、世間話をしながらそっと触れてきた出来事を思い出す。

 

 私を女としてみているわけでもないだろうに何故そんな行動をするのか不思議でならない。

 

 

 

 こうしてる間にも頬を指先で触れ続けるその行動にどうしたらいいか分からず、困惑の表情を浮かべたまま再び張さんに声をかける。

 

「あ、あの」

 

「ん? ああ、すまん。今のお前は満身創痍で、いつもとは違う魅力があるもんだからついな」

 

 この人は何を言っているのだろうか。

 左腕を折られ、頬が腫れている今の状況を見て何が魅力的だというのか分からない。

 

「今の私は、ただの無様な女ですよ」

 

「そう。無様な姿となっても尚、その凛とした姿を崩さない。満身創痍だからこそお前の“真っすぐ”さがより輝く。──武器もなく片腕が動かせないただの女が怖気づくことも逃げることもせず、ただひたすら目線を逸らさずに話すその姿は本当に綺麗で魅力的だったろう。ヴェロッキオはそれにあてられたのかもしれないな。まったく羨ましい限りだ」

 

「……」

 

 

 どこか機嫌がいいのは気のせいではないだろう。

 言っているその言葉の意味は理解できないけれど、満足気だということは愉快そうに口の端を上げている顔を見て分かった。

 

 そこでようやく張さんが頬から指を離した。困惑が薄れ、ゆっくりと口を開く。

 

「本当、貴方の言っていることがたまに分からなくなります」

 

「分かってもらおうだなんて思っちゃいないさ。ただ、俺はますますお前が気に入った。それだけの話だ」

 

「物好きですね、貴方も」

 

「はは、よく言われる」

 

 

 ま、いいか。

 私が考えたって分かるはずもない。

 この人が考えていることをすべて理解しようだなんて神様でもないのだから到底無理な話だ。

 

 そしてまだ、やるべきことは残っている。

 私が今すべきなのはこの人の考えを見抜くことより、為すべきことを為すために行動するのみだ。

 

 そう思い至り、未だに口の端を上げ続けている相手の顔を改めて真っすぐ見つめ口を開く。

 

 

 

「張さん。あの──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 ──コーサ・ノストラの事務所から帰って一通り話した後、私は隠れ家の寝室で一夜を過ごした。

 張さんもそのままこの家で一夜を過ごそうとしたのだが、車で待っていた彪さんが呼びに来た時にその計画を止められ渋々と帰っていった。

 

 

 寝室のベッドもやはり大きく一人で寝るには広すぎてあまり落ち着かなかったのだが、高級ベッドの性能に負け、横になってから1時間もした頃にはぐっすり眠っていた。

 

 

 そして先ほど、朝の陽ざしがまだ窓に入ってくる前の時間に目が覚めた。

 朝の五時半を差す時計を一瞥し、これもまた広い洗面所に向かい顔を片手で洗う。

 

 いつもよりやりにくいので少し手間取ってしまったが、水を顔につけ頭を冴えさせる。

 

 今日はあの男がやらかした後始末を終わらせる。

 それが終われば、腕が治るまでしばしの休息だ。

 

 二度寝をする気分ではないので、私はリビングに向かいながらしばらく何をして時間を潰そうかと考えた。

 

 

 

 

 

 ──そして、午前十時半を回るころ。

 なにやら部屋の外から物音が近づいてきた。

 

 そろそろ時間かとソファから腰を上げ、持ってきている紙袋を手に持ったと同時にドアがノックされる。

 

「ラグーン商会だ。迎えに来たぜキキョウ」

 

 久々に聞くラグーン商会の社長である男性の声を聞きドアを開ける。

 

「わざわざありがとうございますダッチさん。例の物はちゃんと受け取りましたか?」

 

「ああ、何事もなく完璧だよ」

 

「ならよかったです。それがなくては始まりませんから」

 

 そう、この運び屋と“あれ”がなくては何もできない。

 とりあえず滞りなく用意できたのかと安堵する。

 

「仕事はスマートにってな。……それにしても、酷い姿だなおい」

 

 ダッチさんは口の端を上げながら自慢げに言った後、今度は私の顔と腕を見て感想を言ってきた。それにどういう顔をすればいいのか分からず苦笑してしまう。

 

「あはは……ほんと、見苦しい姿で」

 

「ま、殺されなかっただけ幸運の女神が微笑んでたとでも思っとけ。あんたの場合は中国のマフィア男だったわけだが」

 

「あはは……」

 

 

 言葉だけ聞くと碌なもんじゃないと思うのはきっと気のせいではない。

 真反対にも程がある。

 

 私は乾いた笑いをしながらダッチさんとともに部屋を出て、もう一人の運び屋が待っている車に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──なんで一発ぐらい殴ってやらなかったんだよ。それはあまりにも甘いんじゃねえのか? 蜂蜜に砂糖を混ぜたものを直で飲むくらいにな。聞いてるだけで胸やけしそうだ」

 

「レヴィ、私の拳で殴っても痛くないよ。それにあの男をどうにかするのは張さんの仕事だったし」

 

「だとしてもだ。商売道具の腕をやられて何もしないってのはどうかしてるぜ。アタシだったらその場で弾ぶっ放す」

 

「レヴィらしいね。けど、こっちから相手の喜ぶことをわざわざする必要はどこにもないでしょ。嫌いな相手なら尚更」

 

「そういうもんかねえ」

 

「盛り上がってるところ悪いがそろそろ着くぜお二人さん」

 

 荷物を運ぶ用の少し大きめの車に揺られること10分。

 

 その間、外で待っていたレヴィから「どうしたんだその面。でかい蜂に刺されでもしたか?」と顔を見るなり言われ、目的地に着くまでの暇つぶしとして事の顛末を話していた。

 

 話を聞いたレヴィは「で、あんたはちゃんとお返ししたのか?」と聞かれノーと答えたところさっきの会話が始まり、キリのいいところでダッチさんが目的地に着くことを告げた。

 

 その言葉通り、すぐに一見小さな倉庫のようなコンクリートの建物の前に止まる。

 建物の周りには黒いスーツに身を包んだ男たちが数人と、大きいドアの前には彪さんが立っており私たちを出迎えてくれた。

 

 紙袋を持って車から降り、真っすぐ彪さんのもとに向かい挨拶を交わそうと口を開く。

 

「彪さんすみません、今日も付き合わせてしまって」

 

「ただの引き渡しだろ? 昨日よりは楽なもんさ」

 

「そうかもしれませんね。……早速ですが見せてもらってもいいですか?」

 

「ああ」

 

 そう言って周りの人に合図を送り、大きいドアを開けると中から冷気が飛び出した。

 冷気で満たされている倉庫の真ん中には、ビニールシートの上に白い布を被せたものが置かれてある。

 

 

 

 私は“それ”に一歩、また一歩と近づく。

 

 

 

「一応、確認する前にこれ嵌めておけ」

 

 彪さんが後ろから声をかけて差し出してきたのは白い手袋だった。

 それを受け取りなんとか右手に嵌めてから“それ”の目の前まで歩き、白い布を手に取りずらす。

 

 

 

 

 ずらしたことで露になった“それ”に向かって私は手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

「ごめんねアンナ、少し遅くなった」

 

 

 

 

 

 

 

 そう、これが私のすべきことの一つ。

 アンナの遺体にエンディングドレスを着せること。そして、着せた後はあるべきところで眠ってもらう。

 

 眉間には弾を撃ち込まれたような穴が一つ空いていたが、なぜか顔は綺麗に拭かれており汚れ一つもない。そんなアンナの顔は口の端を少し上げているようにも見える。

 

 

 こんな時まで笑っていられるとは流石というべきか。

 

 

 そう思いながら目線を彪さんに移し声をかけた。

 

「今からアンナを着替えさせます。レヴィ、ちょっと手伝ってくれる?」

 

「あ? なんでアタシが」

 

「金額上乗せしてあげるから、お願い」

 

「……はあ」

 

 レヴィは私の頼みごとに渋々ながらも頷いてくれた。

 そして、いつのまにか周りに立っている他の人たちにも声をかける。

 

「男性の皆さんはすこし目線を外してください」

 

「見られたら何かまずいことでもあるのか?」

 

 彪さんは訝し気にそう聞いてきた。

 

 

 まずいこと? 当たり前だろう。

 

 

 

「レディは着替えを殿方に見られたくないものですよ」

 

 

 

 死んで動かなくなったとしても勝手に全裸を見られるのは嫌だろう。

 ……まあアンナなら別にいいとか言いそうだが、本人はもう口をきけないのでこれは私なりの気遣いでやっていることだ。

 

 私がそういった瞬間、すぐ近くで疑問の声が上がった。

 

「……キキョウ、お前これ死体だぞ? そんな気遣い無用だぜ」

 

 レヴィは解せないという顔をしている。

 それもそうだ。こんな街で死体に気にかける人間のほうがおかしい。

 だからこそ、張さんだってこのことを私の我儘だと言っている。

 

 

 それでもあの人がこのどうしようもない我儘を聞いてくれたのは──

 

 

 

「レヴィの言う通りかもね。でも、こんな状態であっても私の客だから気遣うのは当然のことだよ」

 

「はあ?」

 

 

 

 私の仕事の一つとして扱ってくれているからだ。

 私だってあの時イエローフラッグでアンナが頼んでいなければこんなことはしていない。

 

 

 いくら友人といえど、この街でわざわざ死体を綺麗に着飾る手間をかけるのは無駄なこと。

 

 

 だが、仕事であれば話は別だ。

 

 ……決して正式な依頼ではなかったけれど、どんな時でも私がその依頼を受けたいと思った以上はそれが仕事になる。

 

「エンディングドレスはあの世へ行くための最期の衣装。それを作ってほしいって頼んだのは紛れもないアンナなの。──このドレスを着せるまで、そしてその客を気遣うのも私の仕事のうち」

 

「……分かったよ。あんたがこれを“仕事”っていうんなら何も言わねえ」

 

「ありがとう。……彪さん」

 

 未だにこちらに向いている彪さんに目線を外すよう声をかける。

 私の声を聞き、ため息をつきながら後ろを向いてくれた。

 

 恐らくこの街で私が作った最初で最後のエンディングドレス。

 それを冷たくなった友人の体に纏わせていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──アンナの死を知らされてから、すぐさま二つの連絡先に電話していた。

 一つはラグーン商会。もう一つはリップオフ教会だ。

 

 ラグーン商会にはアンナの遺体運びと後で追加したヴェスティの服の運び出し。

 教会にはアンナの遺体用に棺を一つ頼んでいた。

 

 腐っても教会。棺くらいあるだろうと思い連絡を取ってみれば、考えは当たっていたようですぐ用意すると言ってくれた。

「お礼はアタシの茶の相手をしてくれればいいさね」と言ってくれてはいるがそれだけではなんだか申し訳ないので、今度行くときは少しばかりの礼金を持っていこうと密かに決めている。

 

 

 ラグーン商会に電話した時はダッチさんが「あんたから仕事をもらうなんて思ってなかった」と言いつつも快く依頼を受けてくれた。

 そのあとエンディングドレスを作っている最中に前金として5万ドル受け取りに来てもらった。

 

 そして、昨日。張さんが帰った後隠れ家の電話を借りて夜遅くではあったが再度連絡を取り、服の運び出しを頼んだ。

 急な追加だったにも関わらず「遺体運びだけであんなに払ってくれたんだ、別にそれくらい構わねえよ」と別料金はいらないと寛大な心で受けてくれた。

 

 そんな特急で用意してくれた黒い棺の中にエンディングドレスに身を包んだアンナを寝かせ、再び車に棺を戻す。

 

 その作業を終え、彪さんに改めてお礼を告げ次の場所に向かう。

 

 

 

 

 そうして、車に揺られること二十分。

 コーサ・ノストラの事務所の近辺にあるヴェスティの家。

 

 辿り着くと、やはり周りには複数のイタリア人が見張っていた。

 

 車からでてきた私を見たイタリア人は怪訝そうに睨んでいたが、隠れ家を出る前に事前にヴェロッキオさんへ連絡してたのが功を奏し、名前を告げるとすんなりと通してくれた。

「あんたが求めてるのは一番奥の部屋にある」とご丁寧に服の場所も説明してもらいドアを開ける。

 

 中へ入ってみると、どうやらいい生活をしていたようでソファやテーブルなどの家具はどれも高級そうなもので揃えられていた。

 

 これを見る限りでは、あの男は『高級なもの』が好きだっただけなのではないかと思ってしまう。だから春さん……師の服を集めていたのだろうか。

 

 

 

 まさかまた、ここまでイライラさせられるとは思わなかった。

 ため息が出そうになるのを我慢していると、一緒に着いてきているダッチさんに声をかけられた。

 

 

「あんたがそんな顔をするとはな、こりゃ驚きだ」

 

「え?」

 

「顔に出てるぜ、“クソむかつく”ってな」

 

「……そんなに分かりやすかったですか?」

 

「ま、気持ちは分からんでもないがな。さあ、とっととこの趣味悪い家から立ち去ろう」

 

 ダッチさんはそう呟きながら奥に一つだけぽつんと存在しているドアに向かっていったので、私も後を着いていく。

 

 鍵はかかっておらず、そのままドアノブに手をかけ中の様子を見る。

 昼間だというのに薄暗くよく見えないので、部屋の真ん中にある上から垂れ下がっている紐を引っ張る。

 

 電気がつき明るくなった部屋には、数種類の服が丁寧に収納されていた。

 

 その中にあるロングドレスを一つ手に取り端から端まで観察し一瞬で理解した。

 

 

 

 

 

 ──ああ、これはあの人の作った服だ。

 

 

 

 久しぶりに見る師が作った服。

 いつ作ったのかは分からないが手入れはされているようで、まるで最近作ったように見えてしまう。

 

 

 そこには私がかつて教えられた技術がふんだんに使われていた。

 

 

 あの人は淡い色を好んで使う人だったのだが、随分派手なオレンジ色の生地を使っていた。

 ただ派手ではなく、ところどころ薄い色を入れることによってまたその色の良さが引き立っている。

 

 それだけじゃない。

 

 

 基本ドレスにファスナーをつける場合は後ろにつけるのだが、恐らく依頼人が着やすいドレスをと頼んだのか腹部の横に入っている。

 ファスナーが目立たないよう薄いレースでうまく隠しており、それもまた自然な装飾となっていた。

 

 こんな素晴らしい服を作るあの人の腕にはきっと一生辿り着けない。

 やはり私は一流には程遠い。これからも研鑽を積まなければ。

 

 そう再認識させるほどの逸品だった。

 

 あの高級品が好きな男が求めるのも無理はない。

 

 部屋をもう一度見渡すとドレスだけではなく男物のスーツ、ワンピース、そして子供用のドレスやスーツまであった。

 

 子供用の小さく薄いピンクと白で作られたドレスを手に取ると、裾に少量の血が着いていることに気が付いた。

 こればかりは手入れのしようがなかったらしく、そのまま放置しているようで色褪せている。

 

 

 

 この服の様子からして、あの男がやってきたことが本当のことであれば子供にまで手を出したことになる。

 

 確かにこの服も素晴らしい逸品だ。

 だが、子供から無理やり奪い取った行動には虫唾が走る。

 

 やはりあいつは私の師を侮辱している。

 子供に手を出したことよりも、私は何よりそれが許せない。

 

 そんなことを思う私はやはり自分のことしか考えていないのだと自嘲する。

 

 

 

 心の中でそう思っていると、後ろでダッチさんが「どうすんだ」と声をかけてきた。

 

 私としたことが少し感傷に浸りすぎた。

 ここに来たのは回収するためだ。物思いに耽ることじゃない。

 たまっていた息を吐き出しダッチさんに向かって声をかける。

 

「すみませんダッチさん。早く回収してここを出ましょう」

 

「分かった。これくらいならすぐ終わるだろ」

 

 そう言うと、足を動かし「箱取ってくる」と告げながら部屋を出て行った。

 一人残された私は、改めて部屋にある服を見渡す。

 

 

 

 

 

 

 ──春さん。あなたが作った服は、私が責任もって処分します。

 

 

 

 

 目を閉じ心の中で唱え、師の優しい顔を瞼の裏に思い浮かばせる。

 ラグーン商会が慌ただしく入ってくる時まで、私はその姿勢を崩すことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──お前それにしてもよく生きてられたよな。コーサ・ノストラ相手に交渉するなんてよ」

 

 

 ヴェスティの家から服をすべて運び出し車に乗せた後、そのままラグーン商会が使っている船に直行した。

 そこにアンナが眠っている棺と服が入っている箱を積み上げ、海の真ん中へと向かう。

 

 

 “邪魔さえしなければ別にいい”と特別に同行することに許可をもらい、私も乗り込み今は船の密室で揺られながらレヴィと話を弾ませている。

 

 

「ヴェロッキオさんが意外と話を聞いてくれる人だったってだけだよ。まあ、正直殺されるかと思ったけどね」

 

「張の旦那にバラライカの姉御、加えてヴェロッキオときた。ほんとお前どんなテク使ったんだよ」

 

「だから話しただけだって」

 

「話だけで丸く収まるなら誰も殺されてねえよ」

 

 そんなこと言われても本当に話をしただけなのだが。

 いやヴェロッキオさんの時はちゃんと金を用意したが、ただそれだけだ。

 

 だから私にもなんであの人たちが私の話を聞いてくれるのかは分からない。

 まあ、半分あの人たちの気まぐれというのもあるのだろうが……。

 

 頭を捻り考えてみるが、これといって特に思いつくものはない。

 

 そんなことを考えていると、部屋のドアが開きダッチさんが姿を見せた。

 

「着いたぜキキョウ。レヴィ、とっとと終わらせるぞ」

 

「あいよボス。──こっちだ」

 

 どうやら目的地にたどり着いたらしい。

 レヴィの声掛けに従い、私は二人の後を着いていく。

 

 

 

 甲板に出てみれば、太陽が照りつけキラキラと輝いている綺麗な海が目の前に広がった。

 久しぶりに浴びる潮風。少し強く吹いているがそれがまた心地いい。

 

 

「キキョウ、ほんとにここでいいんだな?」

 

 

 ダッチさんが最終確認と言わんばかりに尋ねてきた。

 

 

 

 そう、この海の真ん中。

 

 

 人の喧騒からかけ離れたこの場所でアンナと師の服に眠ってもらうことにしたのだ。

 

 

 

 師の服を私が勝手に燃やすわけにもいかずどうしようかと思っていた時に、いつだったかアンナとの会話の中で『もし骨を埋めるとしたら一人でゆっくり過ごせる場所がいい』と言っていたことがあるのを思い出しこの結論に至った。

 

 

 

 下を見てみると底が見えない程深い。

 ここなら誰にも掘り返されることもない。眠ってもらうには最適な場所だろう。

 

 

 私は深く息を吸ってから、返答を待っている船長に声をかける。

 

 

「はい。では、よろしくお願いします」

 

「オーライ」

 

 私の言葉を聞き短く返事をすると、甲板の上に予め置いていた棺に被せているビニールシートを外し、レヴィと二人で運び始めた。

 

 

 

 

 そして、二人の手から棺が離され海の底へと沈む様子を何も言わず見守る。

 

 

 

 最期に何か一言添えるべきだったのだろうが、もう私にはアンナと話すことは何もない。

 

 

 私は希望通りエンディングドレスを作り、アンナはそれを身に纏った。

 

 

 

 

 

 

 

 それで十分。

 

 

 

 

 

「おい、これも全部ここでいいのか?」

 

 そんなことを考えボーっとしていると、今度はレヴィが尋ねてきた。

 親指で差しているのは師の服が入っている鉄の箱5つ。

 

 

 箱の山を一瞥し、無言で首を縦に振ると二人は次々と海の中へと投げ込んでいった。

 

 

 最後の一つが海の底へと沈み、目では確認できなくなるまで沈む様子を再び黙って見届ける。

 

 

 

「これで仕事は終わりだ。船を動かすぞ」

 

 ダッチさんがそう言い放った途端、一際強い風が吹き髪が乱れた。

 髪を抑え、太陽が照りつける海の果てを眺めてから中へと戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠い水平線の向こう側にある故郷で死んだ師と、今生きている場所の日常の一つのように死んでいった友人。

 

 

 

 

 

 二人の顔を思い浮かべたがすぐに消し去り、喧騒が鳴り響くあの街へと引き返した。

 

 

 

 




アンナ、どうか海の底で安らかに。
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