──グラサン男が去ってから私は服を作る気にはなれず、いつもより早めに作業を切り上げることにした。
というか、あんな至近距離で銃を向けられて仕事なんかできるはずもない。
この街で銃を向けられたら最後。
簡単に命は終わる。
だから今こうして生きているのも奇跡に近い。
「はあ」
もう二度とあの季節感ゼロのグラサン男には会いたくない。
ため息をつき、作業部屋の奥にある自室に戻る。
ベッドに寝転び、仰向けになってコンクリートの天井を見つめる。
「……疲れた」
眠気が襲ってくる。
私はその眠気に抗えず目を閉じた。
『──なぁ“ ”。頼むから俺と一緒に暮らそう』
『ふざけるな』
『俺はお前のことを愛している。今までもこれからも』
『それ以上何も言うな、吐き気がする』
『“ ”、俺ともう一度やり直そう』
『あんたはただの赤の他人だ。とっとと帰れ』
『なぁ“ ”。俺と一緒に──』
「──はあ、はあ……」
嫌な夢を見たせいか、ものすごい汗をかいている。
二度寝をする気も起きず、そのまま起き上がりベッドから降りた。
外はもう真っ暗だった。
時計を見ると午後七時を指している。
ひとまず、汗でべとべとなのでシャワーを浴びよう。
その後は冷えた缶ビールを一気に飲もう。
今日はそこまで作業をしていないが、この疲労感で飲む分には十分美味しく感じるはずだ。
缶ビールとともに夕食を摂って眠れば、いつも通りの日々に戻る。
ああ、でも今日進まなかった分の作業を明日終わらせなければ。
いつもよりは少し忙しくなるが問題ないだろう。
昨日までと変わらない日々には違いないのだから。
──そうしてあれから一か月。
私は以前と変わらない日々を過ごしている。
朝食は良い焦げ目のついたトーストとココア。
黒いTシャツと紺のイージーパンツに着替え、服を仕立てる前に裁ちばさみの入念なチェック。
午後一時に昼食のサンドウィッチを食し、午後六時まで作業を続ける。
それが私の日常。
そろそろ作業を切り上げようとした頃、家の外で音がする。
気になり様子を見に行くと、なんとこの前服を渡した子供がいた。
その子は泣きそうな顔で私を見ていた。
この子のおかげで少々痛い目を見ているので声をかけるのを躊躇ってしまう。
だがこのままにしておくのも気が引ける。
どうしようかと迷っている間にも、私をずっと見つめている。
……そう、一人の子供に声をかけるだけ。
ただそれだけなのだから何もまずいことはないはずだ。
子供と目線を合わせ、口を開く。
「君、こんなところに居ないで帰ったほうがいいよ。もうそろそろ暗くなるし」
「……」
話しかけられてもずっと私のことを何も言わずに見ている。
目に涙を溜めて。瞬きしたら溢れそうだ。
「……どうしたの?」
できるだけ優しく問いかける。
しばらくの間の後、その子は涙を流しながら小さい声で何か呟いた。
「……く」
「え? ごめんなさい、もう一回教えて?」
あまりにも小さすぎて聞き取れず、もう一度問いかけてみる。
「服、大人に盗られた。……せっかく、綺麗だったのに」
ああ成程。
あそこまでして手に入れた服が無慈悲に最低な大人に渡ったら泣きたくもなる。
だが問題は、なぜまたここに来たのかだ。
まあ、理由は大方想像はついている。
念のため、この子には言っておかねば。
「そうだったんだね。……でもね、もう君にあげられる服はないんだ。残念だけど」
「どうして!?」
ほら、やっぱり。
「あの時は“約束したから”服をあげたんだよ。約束は守るものだからね。けど、今回はそうじゃないでしょ? 君は、『自分の落ち度で服を盗られた』。だから私が君に服をあげる義理はないんだよ」
「そんな……ッ」
この子にとって私は『服をタダでくれる都合のいい人間』という認識なのだろう。
だから私のところに来れば、もう一度服をくれる。
そういう考えで来たのだと、さっきの反応で理解させられた。
私の作品を『綺麗』と評価してくれたこの子も、結局この街で育った子供なんだということも。
「……綺麗って褒めてくれてありがとう。でも、もうここには来ちゃだめだよ」
最後くらいは感謝を伝えようと、その言葉を告げた。