ロアナプラにてドレスコードを決めましょう   作:華原

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50 遺された贈り物

 ──張さんと話をした数日後、ヴェロッキオさんのスーツを作り終えたので、届けようとコーサ・ノストラの事務所に再びお邪魔していた。

 あまり歓迎されていないような雰囲気ではあったが、あの時よりは大分マシだったので少し安堵する。マフィアの事務所に行って安堵するのもおかしい話ではあるが、それは気にしても仕方ない。

 

 ヴェロッキオさんに作ったのはライトベージュを基調としたスーツ。

 どういうのが好みなのかとか普段どんなものを着ているのか分からないので非常に迷ったが、スタンダードな黒だとどうしてもあの人と被ってしまうのでそれだけは避けようと落ち着いた上品な色を選んだのだ。

 

 そのスーツをまじまじと見た後「腕は確かなようだな」とたった一言だけ発し、特に何も言ってこなかった。

 イタリア人なのでもう少し派手な色が好きとか、何かこだわりがあるのではないかと冷や冷やしていたので拍子抜けだったが、不満の言葉が出てこなかったことにひとまず安心した。

 

 スーツを渡した後、師の服のこともあり改めてお礼を伝えると「とっとと帰れ」と言われてしまったのでコーサ・ノストラの事務所を後にし、今は家で寛いでいる。

 

 

 

 ヴェロッキオさんの服を作っている間、時間も何もかも忘れて作業に没頭し、水だけ飲んで一日何も食べない時もあった。

 それほどまでに服作りに飢えていて、やはり離れられないのだと改めて自覚する。

 

 一か月鋏を触ってなかったので腕が鈍ってしまっているのではないかと心配したが、作業していくうちに段々と調子を取り戻し、無事終えることができた。

 

 

 だから今、最高に気分がいい。

 

 

 

 こんな最高の日は、久々にあの酒場へ繰り出しあの酒を飲むに限るだろう。

 

 だが私の顔は、きっと人に見せられない程ニヤついてる。

 それが収まってから家を出ることにしよう。

 

 この街の憩いの場の一つであるあの酒場には人がたくさんいるから、こんな顔では到底行けない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──私ね、このお酒好きなの』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな行きつけの酒場の雰囲気を思い返していた時、ふと思い出す。

 

 あのカウンターで隣に座り、よく一緒に酒を飲み笑いあっていたあの日々。

 

 

 

 

 

『このお酒、少し苦みがあって癖があるんだけどそれがまた美味しいの』

 

 

 

 

 いつも同じ酒しか飲まない私を見かねて、違うものを勧めてきた時の言葉が頭をよぎる。

 そのおかげでさっきまでの気分はどこかへ飛んで行ってしまい、口端が下がっていく。

 

 

 

 ──ああ、そっか。あの酒場に行ってもあの子には……。

 

 

 悲しんでいるわけじゃない。だから一筋の涙も出てこない。

 ただ、飲みに付き合ってくれる友人がいなくなったことに少し寂しさを感じているだけ。

 

 それだけだ。それ以外なにもない。

 

 

 溜まっていた息を吐き出す。

 こんなこと考えてもしょうがない。すべて終わったことだ。

 

 そう気持ちの踏ん切りをつけ、財布を手に取り家を出る。

 ここから三十分ほど歩く酒場までの道をただひたすら無言で辿って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 久々に足を運ぼうとしている酒場の看板が見える距離から、まだ夕方だというのに外まで中の騒がしさが聞こえてきた。

 騒動が収まり、街中の人間はやっと安心して酒が飲めるということで舞い上がっているのかもしれない。

 

 今まで静まり返っていた街が、以前のような賑やかさを取り戻しつつあるのだと感じた。

 

 その酒場の入り口の前に立ち、一瞬立ち止まってからドアを押して足を進める。

 

 中へ一歩踏み込めば、そこは以前と変わらない酒飲み客で賑わっていた。

 

 丸腰の女が入ったからか、こちらに少し視線が集中する。

 その中には、カウンターの向こう側でグラスを拭いている店主の視線も混じっていた。

 

 

 私は店主の視線を感じながら真っすぐカウンターに向かい、座る前に一言声をかける。

 

「お久しぶりですバオさん。相変わらず繁盛しているようで何よりです」

 

「ようキキョウ。お前さんも変わらずでよかったよ」

 

 軽い挨拶を交わし、微笑みながら椅子に座った瞬間今度はバオさんから声がかかる。

 

「いつものでいいか?」

 

「……いえ、今日は別のものが飲みたい気分で」

 

「お前さんが別の酒を頼むなんざ初めてだな。何が飲みてえんだ?」

 

「そうですね。──『アブソルート』をお願いします」

 

 

 私の注文に少し目を見開いたバオさんだったが、特に何か言うこともなく『Absolut Vodka』のボトルと氷の入ったグラスを出してくれた。

 透き通ったその酒をグラスの半分まで注ぎ、氷の冷たさが広がるまで振った後口をつける。

 

 確かに少し苦みがあるが、それがまた美味しさを引き立てている。

 Jack Daniel's(ジャック・ダニエル)とはまた違った美味しさだ。

 

 

 

 

「このお酒、あの子が気に入る理由もわかった気がします」

 

「アイツが初めて飲んだ時は、苦すぎるって文句垂れてたもんだがな。──もうその文句を聞くことはねえが」

 

 

 

 その一言に酒を飲んでいた手が止まる。

 

 

 

「お前さん、あいつの死体を海に棄てたんだってな。それもご丁寧に着飾らせてよ」

 

「やはりご存じでしたか。丁寧と言っても即席で作ったドレスを着せただけです。保護者の貴方からしたら気にくわない話でしょうが」

 

「誰が保護者だ。気に食わねえもくそもねえよ。……この街じゃ珍しく手厚い葬儀されたんだ。あいつも文句はねえだろう」

 

「だといいんですが」

 

 

 

 会話をしている中でも酒を体に染み渡らせていく。

 久々の酒と酒場の雰囲気に思わず口の端が上がる。

 

 それ以上バオさんは言葉を発することなく、無言で酒を煽った。

 

 

 ──しばらく酒を飲んでいると、二階に続く奥の階段からドタドタと何やら激しい足音が響いてきた。

 

 何事かと思い音の方へ目を向けると、大層ふくよかで厚化粧な女性が慌ただしい様子でこちらに真っすぐ走ってきていた。

 

「バオ! もしかしてその子が噂の!?」

 

「おう、その噂の洋裁屋だよ。キキョウ、こいつは」

 

「んもうなんでもっと早く知らせてくれないのよ!!」

 

 どうやらこの女性は私に用があるらしく、何が何だかよく分からず唖然としている間に自己紹介を始めた。

 

「初めまして、アタシこの上の娼館をやってるマダム・フローラよ。気軽にフローラって呼んでちょうだい」

 

「……初めましてマダム。私、洋裁屋のキキョウと申します」

 

 唐突の自己紹介に驚いたが、ひとまず答えようと自身の名前を告げる。

 少し困惑気味の私を見かねたバオさんが口を開いた。

 

 

「キキョウ、こいつは長いことアンナの面倒を見ていた女だ。だからアンナのことをよく知っている」

 

 その言葉を聞いて更に驚いた。

 アンナからはバオさん以外にそういう人がいるなんて聞いておらず、私は全く知らなかった。

 

 

 

 目を見開いている私を見て、マダムはニコニコしながら再び口を開く。

 

「アタシ、ずっとアナタとお話がしたかったの。付き合ってくださる?」

 

 そのお誘いにどうしたらいいか分からず返答することができなかった。

 

 

 

「行ってやれキキョウ」

 

 

 困惑し黙っていると、少しの間の後バオさんから声をかけられる。

 私もお世話になっているこの人から背中を押されては、もう断る理由がない。

 

「気の利いた話はできませんが、それでも良ければ」

 

「ありがとう。上にアタシの部屋があるから、そこで話しましょ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──マダムに誘われ、案内されたのはイエロー・フラッグの上にある娼館『スローピー・スウィング』の奥にある一室。

 その部屋はマダムのプライベートルームらしく、お客が入ることはないらしい。

 

 部屋の真ん中には、四角テーブルを挟むように二つの大きいソファが置かれている。

 マダムはワインを、私はさっきまで飲んでいたアブソルートをテーブルに置き、ソファにお互い腰かけ向かい合って座った。

 

「アンナから話は聞いていたわ。よくお世話になってるって」

 

「……」

 

「あの子、とっても楽しそうにアナタのことを話していたのよ。私でも見たことないくらいの笑顔でね」

 

 ただ黙ってマダムの話に耳を傾ける。

 アンナのことを話すこの人の顔は、とても穏やかで話を遮れる訳がない。

 

「アンナは、器用そうに見えて実は不器用でね。自分の気持ちを話すときはいつもはぐらかしていたものだわ」

 

「……そうですね。あの子が私に自分の気持ちを素直に言うことは、最後までありませんでしたから」

 

 あの子が甘えられる人間はどこにもいなかった。

 私は当然として、もしかしたらバオさんやマダムにも甘えることはなかったのかもしれない。

 

 だから、周りに馬鹿にされまいと背伸びをしていたのではないかと思っていた時期もあった。

 

「アンナが死ぬ前に少しお話したの。その時言っていたわ、“死ぬときにキキョウの服を着れたら幸せだろうな”って」

 

「……」

 

「だから、アナタがあの子にドレスを着せて弔ったって聞いた時は驚いたわ。まさかあの子の願いが叶うなんて」

 

「……私はただ、アンナからの最期の依頼をこなしただけです」

 

「でも、例えそれが本音じゃなくても大好きなあなたに弔ってもらってきっと幸せだったと思うわ。──実は、アンナからアナタに渡してほしいって頼まれたものがあるの」

 

「え?」

 

 マダムはそう言って腰を上げ、近くの棚から黒いポーチのようなものを出してきた。

 それを私の目の前に置いて微笑みながら声をかけてくる。

 

「開けてみて」

 

 私は黙ってそのポーチを開けた。

 中にはなんと、新品の化粧道具が一式。そして小さく白い便箋が一つ入っていた。

 

 便箋を手に取り、中に入っていたメッセージカードに書かれた一文を読む。

 

 

 

 

 

“綺麗な顔してるんだから、たまには化粧しなさいよ”

 

 

 

 

 

「……は」

 

 

 あの子らしい一文だと思わず息が漏れる。

 

 いつだったか、化粧するしないで揉めたことがあったのを思い出す。

 

 

 

 

『──ねえキキョウ、一回だけでいいから化粧してみてよ』

 

『嫌だ』

 

『なんで!? せっかく美人なのにもったいないと思わないの!?』

 

『思わない。というか美人じゃないし』

 

『お願い、一回だけでいいから』

 

『嫌だ』

 

『どんだけ嫌がるのよ。まあキキョウが化粧道具持ってるとは思えないし、やらないのは仕方ないかもしれないけど』

 

『よく分かってるね』

 

『はあ、本当にもったいない──』

 

 

 

 あの時、あの子は諦めと呆れが混じった笑みを零していた。

 

 

「自分から直接渡しなさいって言ったんだけど、気恥ずかしかったのかもしれないわね。あの子が誰かのためにプレゼントを買うなんて初めてだったから」

 

「……」

 

「アナタに似合いそうな色とか、綺麗な肌を傷つけないようにって高くて上質なブラシを買ったり。全部アナタのことを考えて選んだのよ」

 

「……」

 

 黒いポーチを眺めながら黙ってマダムの言葉を聞き続ける。

 

「ウチでも一番売れっ子だった女の子が一から十まで考え抜いて選んだ贈り物よ。どうか受け取ってくださる?」

 

 その一言に思わず顔を上げる。

 穏やかな笑みを浮かべながらこちらを見るマダムの目は、とても優しいものだった。

 

 

 

 私はその目を見つめながら静かに口を開く。

 

 

 

「マダム。あの子はたった一人の男のクソみたいな欲望に巻き込まれて殺されました。ですが、殺された要因は私にもあります」

 

 

 

 こんな話を聞かされてしまったせいかポツリポツリと言葉が溢れだす。

 

 

 

「私は、あの子に何もしてあげられませんでした。それどころかアンナの優しさに助けられてばかりで……。エンディングドレスだって、死ぬ前にあの子が頼まなければ作らなかったでしょう」

 

 もしあそこでアンナが頼んでいなければあそこまで我儘を言わなかった。

 仕事として割り切っていなければ、この街の日常の一つとして受け入れるだけで終わっていたはずなのだ。

 

「結局私は、自分の事しか考えていない人間です」

 

 たった一人の友人の事でさえ依頼がなければ動かない。

 こんな利己的な私が、アンナがわざわざ選んでくれたこの化粧道具を受け取れるわけがない。

 

「ですから、こんな素敵な贈り物を受け取る資格なんて私には」

 

「受け取らないなんて許さないわよ」

 

 私の言葉を遮ったマダムの声は、柔らかさなど微塵も感じさせない尖ったものだった。

 その声音に思わず押し黙る。

 

「これはアンナが“アナタのため”に選んだものよ。なら、使おうが使わなかろうがアナタには受け取る義務があるわ」

 

「……」

 

「何もしてあげられなかったって言うなら、せめてそれを受け取るぐらいはしてあげなさい。それが、今アナタがあの子にしてあげられることよ」

 

 ああ、この人は本当にアンナを可愛がっていたんだ。

 言葉の端々からそれが痛いほど伝わってくる。

 

 アンナを長いこと世話してきたというこの人にそう言われてしまっては、受け取らざるをえないではないか。

 

 目を伏せ、せり上がってきていたものを落ち着かせるため一つ息を吐く。

 

 

 

 メッセージカードをポーチの中に戻しチャックを閉めてから再び口を開く。

 

「本当に、あの子は……とても優しい子ですね」

 

「アンナのことをそう言ってくれるのはアナタだけよ。──ねえ、もう少しアタシとの一杯に付き合ってくれる?」

 

 マダムの声から尖ったものはなくなり、また柔らかい声音に戻っていた。

 

「ええ是非。私も、貴女とまだ話したい気分ですから」

 

「よかった」

 

 マダムはそう言うとワインを手にしグラスをこちらに向けてきた。

 私も自身のグラスを持ち、向けられているワイングラスに軽くぶつけ音を鳴らす。

 

「今夜はたっぷり話しましょ」

 

 グラス同士が奏でる音を聞き、お互い微笑みながら視線をぶつけてから酒に口をつける。

 

 

 

 

 

 

 ──甘さの中にキリっとした口当たりがある透き通った酒が、体中に染み渡っていった。

 

 

 

 

 

 




アブソルートウォッカ。
1879年に作られたスウェーデン原産のウォッカ。
酒名には究極の、または純粋のという意味があるそうです。その意味通り、見た目は透き通っていてとても綺麗です。






<キキョウの何でも答えるコーナー>
Q.キキョウさんが好ましいと思う色はなんですか?
キ「色に関しては好き嫌いで考えてはいないので難しいですね…。
強いて言うなら寒色系ですかね。見ていて落ち着きます。」


これからもぜひ、キキョウに聞きたいことを活動報告の「キキョウの何でも答えるコーナー」にてコメントいただけたら嬉しいです。
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