ロアナプラにてドレスコードを決めましょう   作:華原

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序章、これにて終話です。







51 またいつもの日常へ

「――あのイタ公に目をつけられるなんて、災難だったわねキキョウ」

 

「本当に。おかげさまで一か月も休業する羽目になりました」

 

「まったく、欲しがってた腕を自分で壊すなんてどんだけ馬鹿だったのかしら」

 

「ただの子供だったということですよ、あの男は」

 

「なら、その子供の駄々に付き合わされちゃったのね。アナタも私も」

 

 

あの晩。マダム・フローラと朝日が昇るまで語り合ったおかげか大分親しくなり、話の流れでマダムから『私もアナタの服が着たいわ』と服を数枚依頼され、当然断る理由もなく快く引き受けた。

 

マダムのサイズを作ったことがなく初めての試みのため少し慎重になり、依頼を受けてから3日経ちようやく完成しそうな段階だ。

 

 

そして今日も引き続きマダムの服を仕上げようと作業をしていると、来客を告げるノック音とともに「キキョウ、いるなら開けて頂戴な」と久々に聞く女性の声が。

 

ドアを開けてみれば、私が仕立てたドレスの腹部に穴を空けた火傷痕のある女性と顔に傷のあるガタイの良い男性が立っていた。

 

開口一番に「あの男はちゃんと世話していたようね」と微笑を浮かべながら言われたのでそれに思わず苦笑しながらも二人を中へ招き入れ、今は話に花を咲かせている。

 

「それにしても本当によかったわ。あなたの腕があのクソガキのせいで終わるのは忍びないもの」

 

「あの人が何から何までお世話してくれたおかげです」

 

「自ら面倒みるといったからには最後までやらなきゃおかしい話よ。それに、あなたの腕が齧られた一つの要因は張の警戒の甘さもある。なら尚更世話するのは当然の事」

 

バラライカさんは何か気に食わないといった表情だ。

何故そんな顔を浮かべているのか察することはできないが、ひとまず会話を途切らせまいとその言葉に返答する。

 

「……例えそうだとしても手厚すぎる待遇でしたよ」

 

「手厚いも何もないわよ。そもそもあなたのところに来るって分かっていたのにも関わらずそうなった事が問題なの。私と戦争をした男が聞いて呆れる。――私だったら、そんなことは許さなかったでしょうね」

 

 

口端を上げ『私だったら』という部分を強調してきたバラライカさんに、何か言いたいことがあるのだろうかと勘繰ってしまう。

彼女のブルーグレーの瞳をじっと見つめ意味深な言葉の続きを待っていると、今度は優しく微笑みながら柔らかい口調で切り出す。

 

 

「ねえキキョウ。今からでも私に乗り換える気はない?」

 

「何故、そこまで私を気にかけるんですか?」

 

「フフッ。そりゃだってアナタが面白いからよ。いつもはそんな風に何の害もないような顔をしているけれど、自分の信念を守るためなら何を犠牲にしても厭わない。自分の命は当然、あの男も私も、この街の人間全て含めてね」

 

「……」

 

「アナタのその姿勢のせいで、どれだけの人間が巻き込まれ死体が積みあがろうと何の罪悪感も生まれない。――違うかしら?」

 

 

“自分の信念を貫くなら何を犠牲にしても厭わない”

 

 

 

自覚していないわけじゃない。

後悔しないために自分の命を懸け、周りを巻き込み、果てには人が死んでも仕方ないと受け入れることができる。

自分が後悔しないため動いたのに悪いことをしたと思うのは矛盾しているからだ。

 

私が謝るのは、信念を貫く必要がないときに相手に迷惑をかけた時だけ。

それこそ私が熱を出して倒れてしまった時のように。

 

だからアンナの死や今回の大量殺人に一因があれど、謝ることも涙を流すことはしない。

もし言う通りに服を作っていれば殺されることもここまで大事にもなってなかっただろうが、例えこうなる未来を知っていたとしても作らないと言い張っている。

 

 

 

そんな私の本性をバラライカさんは見事に当ててみせた。

たった一度しか会っていない彼女がここまで見破っているということは、きっとあの人はとっくに気づいてるのだろう。

 

 

 

 

「仰る通り、私は自分さえよければそれでいいと思っている人間です。そんな人間、貴女にとって面白いものとは思えませんが」

 

「本当にそれだけならね。私が面白いと思っているのは、それを自覚しても尚その真っすぐな目を向けてくることよ」

 

「真っすぐ、ですか」

 

「ええ。ただ命を捨てるだけじゃあの目はできやしない。ましてや自分以外どうでもいいと思っている人間は尚更」

 

「……」

 

「だからとても興味深いの。そんなアナタが私の知らないところで、どこの馬の骨とも知らない人間に殺されるのはつまらない。――キキョウ」

 

 

バラライカさんが愉快そうに微笑を浮かべ私の名前を呼ぶ。

その呼びかけに返事はせず、また黙って次の言葉を待った。

 

 

「私につけばいざっていう時ちゃんと安心させてあげられると思うわよ。あの男よりも、ね」

 

「……ありがとうございます。ですが、お気持ちだけ受け取らせてください」

 

「あら、もしかしてまだ愛想尽きてないの?」

 

「ええ。むしろ感謝しかしてないですよ」

 

 

 

 

『愛想尽きたらいつでも言いなさい』

 

 

電話でそう言ってくれたことがあったのを思い出した。

きっと今回の事で張さんの元ではやっていけない。そう言うに違いないと思っていたから、再び誘ってきたのだろう。

 

だが、さっき言った通り愛想は尽きていないし恩しか感じていない。

 

 

それにこの命と腕はもうあの人の物だ。

本人に宣言したのだから今更他の誰かに乗り換えるなんてあるはずもない。

 

自分の思いを告げたあの時の事を思い出すと自然と笑みがこぼれた。

 

 

その表情で誘いを断る私を見て、バラライカさんはフッと笑う。

 

 

「あらあら、振られてしまったわ。残念だな軍曹」

 

「そうですな大尉殿」

 

「本当、あの男のどこがいいんだか」

 

彼女の言い分でいけば、私は振った側なので返す言葉がなく二人の会話に思わず苦笑する。

 

「ま、気長に待つとするわ。アナタが私を選んでくれる時をね」

 

「諦めるという選択肢は?」

 

「愚問ね。――ひとまずこの話はここまでにしときましょうか」

 

アナタが始めた話でしょうに。

心の中で呟いたが口に出すことはせず、弧を描いたまま真っ赤な唇が動くの眺める。

 

「久々に会ったのだから、もっと楽しい話をしましょキキョウ」

 

愉快そうな声音で発するその言葉に一言「ええ」と返す。

 

 

街中の人々に火傷顔(フライフェイス)と呼ばれ恐れられている女性と普通の洋裁屋である私との間にゆったりとした時間が流れ、しばらくその空気に抗うことなく会話を弾ませた。

 

 

 

 

 

 

――そこから1、2時間。無言になることもなく会話を楽しんだ。

少々話し過ぎた気もするが、こういう日も悪くない。

 

キリがいいところで、そろそろ帰ると腰を上げるバラライカさんを見送ろうとドアを開けいつも通り客人を送り出す。

 

「じゃ、またねキキョウ。近々頼むかもしれないから、その時はよろしくね」

 

「今度は汚れる予定のない服の依頼だと嬉しいです」

 

「そう何回も汚さないから安心なさい。またいずれ酒でも飲みながら話しましょ」

 

そう言い残し、軍服のような服を靡かせながら去るバラライカさんの後をボリスさんが着いていく。

部屋を出る前にボリスさんからお辞儀されたので反射的に返し、しばらく二人の背中を見送ってからドアを閉める。

 

彼女とはこんなにゆっくり話したのは初めてで、最初は少し緊張していたのだが案外楽しめたような気がする。

 

マフィアのボス相手に楽しめたというのもどうかとは思うが。

 

 

――なんだか最近感覚が狂っているような気がする。

マフィア相手に命がけで交渉、取引して何故か生き延びていることに慣れてしまっている。しかもただのマフィアじゃなく、この街を支配している四大組織のうち3つの組織と関わっているこの状況に。

 

ただの洋裁屋がこんな異様な関係性を築いているなど、この街どころか世界の誰も思わないだろう。が、なってしまったものはしょうがない。

 

それにそのおかげで私が生き延びている理由の一つでもあるのだから、感謝こそあれど文句はない。強いて言うなら周りの人間が私を普通だと認知してくれないことに不満はあるが。

 

 

自室に行き渇いた喉に水を流し込む。

そして、馴染んだ裁ち鋏を手に再び中途半端に進んだ作業を始める。

 

気が付いた時にはもう外は真っ暗で、またどこか遠くで銃声が響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

マダムの服を作り始めてから2週間。ようやく全ての服が完成した。

 

彼女が頼んできたのは種類の違う5着のドレス。

職業柄なのか服にはそれなりに拘りがあるようで、『似たようなものがあってもつまらない』と少し変化を加えたものではなく、色や形などすべて違うものを依頼された。

そのため少し時間がかかってしまったが、なんとか要望に応えたものを仕立てることができた。

 

後は、これを届けるだけ。

 

マダムからは完成したらイエローフラッグに来てほしいと言われている。

一仕事も終えたことだし、そのまま飲んでいこうか。

腕が治ってからあの酒を飲んでおらずそろそろ恋しくなってきた頃なので、飲むタイミングとしては丁度いいだろう。

 

今はまだ14時半前。もう少し日が傾き始めたら向かおう。

 

 

そんな風に行きつけの酒場と馴染みの酒に思いを馳せていると、作業台の上に置いてある携帯から音が鳴り響く。

 

私の携帯にかけてくる人間は限られているので誰からの着信なのか予想することは容易い。

 

 

バラライカさんか、或いは――。

 

 

誰であれ待たせてしまうのはよくないので、4コールした頃に携帯を手に取り耳に当てる。

 

 

『ようキキョウ。調子はどうだ?』

 

 

やっぱり。

 

 

予想した通りの人物からの着信だったことで驚くこともなく、聞こえてきた声に返答しようと携帯に向かって話しかける。

 

「お陰様で前と変わらない生活が送れていますよ。貴方とリンさんには頭が上がりません」

 

『それは何よりだ。……で、いつになったら俺はお前と飲めるんだ? こっちはお前から誘いが来るのを今か今かと待ってるんだが』

 

 

少し不満げに言われたその言葉に思わず首を傾げる。

何故私から誘うことになっているのか。

 

 

「以前も言った気がしますが、私からは気軽に誘えないですよ」

 

『俺も以前言った気がするぞ。“一仕事終えたらお前から誘え”ってな』

 

 

 

……。

 

 

 

……あー、確かそんなこと言っていたような気がする。

ヴェロッキオさんのスーツを作り終えたら一杯やろう、都合に合わせてやるからお前から連絡しろと。

 

 

マダムの服作りに集中しすぎてすっかり頭から抜けており何も連絡していなかった。

 

恐らく、ヴェロッキオさんの服は完成したという話は耳に入ってきているのに連絡がこないことにとうとう痺れを切らして連絡してきたのだろう。

 

 

これは完全に私の失態だ。

 

 

『まさか忘れてた、なんて言うつもりじゃないだろうな』

 

「……すみません」

 

そのまさかです。

 

 

 

なんて言えるわけもなく素直に謝罪する。

 

『まったく、大方また別の誰かの依頼を受けてそっちに集中してたんだろ。お前らしいといえばお前らしいが、俺としちゃ寂しいぞキキョウ』

 

「本当にすみません。近々何かお詫びになるものを持っていきますので」

 

『お詫び、ね』

 

私が用意できるお詫びなんて服くらいしかないのだが、何もないよりはマシだろう。

今日明日あたりで特急で完成させよう。

 

今夜は酒を飲めないどころか寝れないかもしれないな、とため息をつきたくなることを考えていると電話の向こうから先ほどとは違う機嫌のいい声が聞こえてきた。

 

『なあキキョウ、それならお前明日着飾ってこい』

 

「……はい?」

 

『で、その格好で一杯付き合え。詫びはそれでいい』

 

待て待て、何を言ってるんだこの人は。

そんなものお詫びになるわけないだろう。

 

「いやいやいや、ちょっと待ってください張さん」

 

『もう十分待った。俺はこの数週間、お前からの連絡が来ないかととても心待ちにしていたというのに、まさか忘れられているとは思っていなかった』

 

「……」

 

『それに加え、お前の我儘を聞いてやったときの“迷惑料”もまだ払ってもらっていない』

 

「……」

 

『詫びと礼をしたいという気があるなら、俺の望みを叶えてくれよキキョウ』

 

矢継ぎ早に飛んでくる言葉に何も言えず黙ってしまう。

今回ばかりはどう考えても私に非があり断れる立場ではない。

 

それに、こんなことを言われてしまっては尚更だ。

 

 

私がするべき返事が『イエス』か『はい』しかないこの状況にため息を吐きたくなるのを抑え、腹を括り間を空けてからゆっくり息を吐き出すように返答する。

 

「……分かりました。普段とあまり変わらないと思いますがそれでもいいなら」

 

『俺のために手間暇かけたお前を見たいんだよ。――ああ、明日が待ち遠しいな。心が躍るよ』

 

「そんなに期待しないでください」

 

『ようやく着飾ったお前を拝めるんだ。期待するなって方がおかしいもんさ』

 

いや、本当に変わらないので期待するだけ無駄だと思うんですが。

 

 

前々から『着飾れ』と言われてはいたが、まさかここでその条件を出してくるとは。

なぜそんなに私のちゃんとした格好を見たいのか不思議でならない。

 

 

「着飾っても変わらない人がいるってこと証明してみせますね」

 

『それはそれで面白いことだ。ではキキョウ、また明日』

 

「はい、ではまた」

 

私がそう言うと、通話が切れたことを確認し携帯をズボンのポケットにしまう。

 

さて、どうしたものか。

 

着飾るということは服だけでなくちゃんと化粧をしなければならない。

 

だが、洋裁しかできない私が化粧に費やした時間といえばごく僅かで、せいぜい目の隈を隠す程度しかしたことがない。

それに服も今あるのはTシャツやズボンなどラフな物しかなく、収納場所にあるドレスも私が着るには派手過ぎる。

 

つまり、私に似合うように作っていないのだ。

 

洋裁屋としては自分に似合わない服を着ていくのは避けたいところではある。

 

 

そうやってしばらく頭を悩ませているとお腹が鳴り、今日はまだお昼を済ませていなかったと今更気づく。

空腹には逆らえないと、ひとまず遅めの昼食を摂ろうと自室に戻る。

 

あ、そういえばマダムの服も届けなければいけないんだった。

昼食を摂ったら少し早いがイエローフラッグに向かおう。

 

後の事を考えると自然と溜まっていた息を吐き出していた。

 

 

 

 

 

<一方そのころ…>

 

「――なあ彪」

「なんだ」

「大哥が妙に機嫌がいいのは気のせいか?」

「流石の観察眼だな郭」

「さっきまでキキョウから連絡が来ねえって若干不機嫌だったじゃねえか。俺がいない間に何があった?」

「そのキキョウと話し終えた途端にあれだよ。今にも口笛吹きそうだ」

「……何話したんだろうな」

「さあな」

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼食を終え、予定通りイエローフラッグへ向かう道中もどうしようかと考えていた。

だが特にいい案が思いつくはずもなく、ため息ばかりつきながらトボトボと歩いているとあっという間に着いてしまう。

 

まだ夕方にもなっていないので、ドアには『CLOSE』というプレートがかけられていた。

 

営業準備中のところ申し訳ないが、私も早く家に帰らなければならない事情があるのでドアを押して中へ入る。

 

すると見慣れた背中をこちらに向けている店主の声が飛んでくる。

 

「表の文字が読めねえのか? 今準備中だ、酒なら後で出してやらあ」

 

「本当は酒を飲みに来たかったんですが、生憎今日は別の用事なんですよね」

 

不機嫌な声にそう答えると、バオさんはこちらを見て一瞬驚いていたがすぐ平然な顔に戻った。

 

「なんだキキョウか。これまた珍しいな、お前さんがここにきて酒を飲まねえっていうのは」

 

「私もここに来て一杯もしないうちに帰らないといけないなんてちょっとした拷問を受けてる気分ですよ。……マダムはいらっしゃいますか? 今日は頼まれてた服を届けに」

 

「いるぜ。だが今は」

 

「相変わらずみんな可愛いわね。流石フローラ、目利きが違うわ」

 

「あらありがとう。今度はお客として来なさいな、アナタのお気に入りを用意してあげる」

 

「アタシが手を出さないって知ってるでしょ? 女の子とは仲のいいトモダチでいたいのよ。性欲処理に使うなんて御免だわ」

 

バオさんが言葉を続けようとした瞬間、二階に繋がる階段からマダムの声と聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。

会話をしながら現れたのはマダム・フローラと、白衣を身に纏っているリンさん。

 

 

あの隠れ家を出てから一度も会っていなかったのだが、まさかここで見かけるとは。

 

 

じっと見ている私の視線に気づいたのか、こちらに目を向けると一瞬驚いた顔をしたと思えば嬉しそうな笑みを浮かべ話しかけてきた。

 

 

「キキョウちゃんじゃない! 久しぶりね!」

 

「お久しぶりですリンさん」

 

「あれから腕の調子はどう?」

 

「折れていたのを忘れるぐらい快調ですよ。あの時は本当にありがとうございました」

 

「ならよかったわ」

 

階段から降り私の目の前まで来る間もずっとニコニコしながら話している。

私も久々のリンさんとの会話に口の端が上がった。

 

そんな様子を遠くから見ていたマダムが「あら、アナタたちお知り合いだったの?」と不思議そうに尋ねてきた。

 

「ええ。この前クソ野郎に可愛い顔と腕をやられていたもんだから私が愛情込めて治したのよ」

 

「あらあら、随分キキョウを気に入っているのねリン」

 

「当り前よ。だってとっても可愛いし綺麗なんだもの。我らが張大哥が気に入るのも頷けるってもんよ。って、マダムもキキョウちゃんのこと知ってたのね」

 

「ええ。少し前にお話をちょっとね」

 

「……あの、リンさんはなぜここに?」

 

世話になったのは感謝しているが、可愛いとか言いうのは少し勘弁してほしい。

これ以上続けられると居たたまれなくなるので、話題を変えようと少し気になっていたことを尋ねてみる。

 

 

「アタシは上の女の子たちの健康診断ってところよ。定期的にフローラから頼まれるの。そういうキキョウちゃんこそどうしてここに? まだ開店前よ」

 

「私は、マダムから依頼されていた服を届けに」

 

「もうできたの? 仕事が早いわねえ」

 

ニコニコとしているマダムに自ら近づき、ドレスが入っている紙袋を手渡す。

 

「何か不備があれば言ってください。すぐに修繕するので」

 

「ありがとう、後で確認しておくわ」

 

「よろしくお願いします。……では、残念ですが私はこれで失礼します」

 

服を届けるという仕事は終わった。本当はここで一杯やっていきたいのだが、明日の準備をしなくてはならない。

 

早々に立ち去ろうとしたのだが、それを許さないと言わんばかりに声が飛んでくる。

 

「え、もう帰っちゃうの? 折角だから一杯やりましょうよキキョウちゃん」

 

「そうしたいのは山々なんですが」

 

「そんなに仕事忙しいの?」

 

「いえ、仕事ではないんですが」

 

「じゃ大丈夫じゃない」

 

「いや、あの……」

 

 

間を空けることなく次々に言葉を投げられ戸惑ってしまう。

そんな私を見かねてマダムが助け舟とばかりに「まあまあ」と仲裁に入ってくる。

 

「そんなに押したら釣れるもんも釣れないわよ。でも、確かにアタシもキキョウと一杯やりたいわ。依頼受けてくれたお礼に奢ってあげたいのだけれど」

 

「折角の誘いなのですがまた今度に」

 

また今度にしましょう、と言葉を続けようとしたとき一つの考えが浮かぶ。

 

 

 

――マダムは確か娼館のオーナーだ。

ということは、着飾るための技術や服も揃っているかもしれない。

これは相談するにはピッタリの人材なのでは?

 

 

 

少し図々しいかもしれないが、何もしないよりはマシだ。

 

 

「……マダム。その依頼料の事でご相談したいことがあるのですが」

 

「あら、なあに?」

 

「実はその」

 

「ねえねえ、長話になるならゆっくり飲みながらするってのはどう? ぜひ、アタシもそこに混ざりたいのだけれどいいかしら?」

 

リンさんも割と身なりに気を使っている方で、メイクもしっかりしてるし髪型だってちゃんと整えている。

相談する相手は多い方がいいだろう。

 

「私は全然構いませんが」

 

「アタシもいいわよ」

 

「じゃ、決まりね。お話はマダムの部屋で?」

 

「そうね。ゆっくり話をするにはここじゃちょっとね」

 

マダムとリンさんがチラッと目線を向けると「悪かったな」とバオさんが不機嫌そうな声を出す。それを見た二人はクスっと笑い合う。

 

「じゃ、ひとまず上に行きましょ。話はそれからよ」

 

マダムはそう言って階段の方に足を動かす。私とリンさんもその後を追い二階に上がった。

 

 

 

 

 

 

「――それくらい構わないわよ。むしろやらせてほしいくらいだわ」

 

「本当ですか? あの、頼んどいてなんですがお仕事とか忙しいんじゃ」

 

「いいのいいの。アタシの仕事は女の子の管理だから仕事と言っても時間は基本余ってるのよ。明日も特に予定はないし、心配ないわ」

 

「ずるいわフローラ。アタシは夜仕事があるから最後まで手伝えないっていうのに」

 

「なら、アナタが仕事行く前までにちゃちゃっと終わらせましょ。それならいいでしょ?」

 

二階に上がり、マダムのプライベートルームに入った直後早速服の依頼料について相談した。

 

私がマダムに払ってほしい依頼料として話したのは『着飾るための手伝い』だ。

 

 

“ある人”との約束で着飾らなければいけなくなったこと。

私にはその着飾るための服と技術がないこと。

それらの理由でどうか手伝ってほしいこと。

 

 

恥ずかしい話ではあったがこれらを素直に伝えたところ、マダムはにっこりと笑って「なんだそんなこと」と茶化すことはなかった。

リンさんはというと「ある人、ねえ」とニヤニヤしながら見てきたので、一切目を合わせずに話を進めたのだが本人は私のその様子さえも面白いらしくずっと愉快そうにしていた。

 

敢えて名前を出さなかったのだが、リンさんが思い描いている人物は確実に当たっているだろう。だからといって、名前を出す気は更々ないが。

 

まあとにかくそんな感じでマダムとの交渉は成立し、リンさんも仕事の前までは手伝ってくれるという結論になった。

 

二人とも忙しいだろうに、急なお願いにも関わらず付き合ってくれるのは本当にありがたい。

 

「それにしても、本当にキキョウちゃんって健気よね。いくら約束したからって人に頼んでまで守るなんて。そんなタイプだとは思わなかったんだけど」

 

「約束を守るのは当然ですよ。そのために頼れる人を頼るのも」

 

「そんな不誠実な人間だなんてこれっぽちも思ってないわよ。そうじゃなくて、ほらキキョウちゃんは人に頼るってことしないじゃない。だから意外だったのよ」

 

やはり隠れ家で一か月一緒に過ごした経験があるからか私の事を多少分かっているようで、微笑みながらそう言ってきた。

 

「基本はそうなんですが、今回ばかりは私一人でなんとかできる問題ではないので。……やはりご迷惑でしょうか?」

 

「迷惑どころかむしろご褒美よ。普段おしゃれ全くしないんでしょ? そんなキキョウちゃんが着飾るところを拝めるなんてそうそうないだろうから」

 

「そうねえ、アナタとっても魅力的な顔してるんだから勿体ないわよ。いっそこの機会に毎日頑張ってみたらどう?」

 

「あはは……それはちょっと」

 

マダムもリンさんも彼と同じ様なことを言ったことに少し驚いた。

どうして周りの人たちは私の顔をそこまで褒めるのか理解できない。

 

今までこの顔立ちを褒められたことがないおかげでどういう言葉を言えばいいか分からず、二人の言葉に戸惑ってしまい苦笑いで返すしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

――それからしばらく三人で作戦会議を立てた結果。

 

服はマダムが似合いそうな服を見繕うと言ってくれた。

娼館のオーナーであるおかげか、私のサイズにピッタリな物が見つかりそれを着ていくことに。

最初は背中を露出させたベアバックのドレスを勧められたのだが、リンさんが気を遣って「これは狙いすぎ」と別の服を選ばせてくれた。

 

その服は少し光沢がある藍色。七分袖。胸下から直線的に裾が広がっているエンパイアライン、ふくらはぎの半ば辺りまであるミモレ丈という構造のパーティードレスだ。

 

露出は少なく、派手過ぎず地味過ぎず、尚且つドレスの状態もかなり良い。

試着したところサイズも完璧とまではいかないが、特に問題もなく着こなせる代物だ。

靴もこれに合わせた光沢感のある黒のヒール。

 

化粧はせっかくの機会だと思いアンナが揃えてくれた化粧道具で施し、髪はリンさんが簡単なアレンジをしてくれることになった。

 

これでいこうと全員一致で決まり、「話は纏まったことだし、ひとまず一杯やりましょう!」というリンさんの言葉でそこからまた三人で酒を飲み、笑いながら楽しい夜を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

「――素敵よキキョウちゃん! 綺麗になるだろうとは思ってたけど予想以上よ!!」

 

「何興奮してるんですかリンさん、落ち着いてください」

 

「逆に冷静でいる方が無理よ! ねえフローラ!?」

 

「そうねえ。いつもの格好も可愛いけど、更に魅力的になってるわよキキョウ」

 

「えっと、その……ありがとうございます」

 

1日が経つのは早いもので、私は今再びイエローフラッグの二階にある娼館『スローピー・スウィング』のオーナー、マダム・フローラのプライベートルームにいる。

 

昨日3人で話した通り、マダムに借りたパーティードレスに袖を通し、マダムが化粧を、リンさんが髪をアレンジしてくれたおかげで見た目がいつもとは違うものになっていた。

 

 

今の私が綺麗なのかは分からないが、ここまで整えてくれた二人の賞賛の言葉に戸惑いながらも『綺麗じゃありません』と否定するのは失礼なので、代わりにお礼を述べる。

 

改めて鏡を見てみるが、なんだか変な感じがしてしまいすぐ目を逸らす。

 

その行動を何回か繰り返していると、リンさんが心配そうな声で話しかけてきた。

 

「ねえ、やっぱり迎えに来てもらった方がいいんじゃない? そんな格好で出歩くなんて“襲ってください”って言ってるようなものよ。一人なら尚更」

 

「わざわざ迎えに来いなんて口が裂けても言えませんよ」

 

「……“お相手”はそこまで女性に冷たい人じゃないかもよ?」

 

「そういう立場なんですよ、私は」

 

普段から彼にはそんなこと頼める立場ではない。

それに、今回は彼へのお詫びのために着飾っているのに尚更言えるわけがない。

 

 

「それにしても本当に勿体ないわ。素材が違うとやっぱり見栄えも他とは段違いね。

ねえキキョウ、一回でいいからウチで働いてみない?」

 

マダムまで何を言っているんだ。

私のような話下手で見た目も普通な女が娼館で働いても利益は生まれないだろうに。

 

「私には男性を満足させるテクニックもトーク力もないので遠慮します」

 

「あら残念。ま、その気になったらいつでも言ってチョーダイ。歓迎するわよ」

 

「あはは……」

 

この手の話題は笑ってごまかすしか逃げる方法が見つからないので、マダムの誘いに乾いた笑いで返した。

 

「じゃ、残念だけどアタシはそろそろお暇するわ。キキョウちゃん、今度はその格好でアタシと飲んでね?」

 

「リンさんとはもっと気軽な格好で飲みたいです」

 

「それはそれで嬉しいわね」

 

そう言ってリンさんが部屋から出ていこうとした瞬間、テーブルに置いていた私の携帯が鳴り響いた。

 

 

「きっと今夜の“お相手”からよ。ちゃんと迎えに来てもらうよう頼みなさいね」

 

着信音が鳴り響く中。最後に一言添え、手をひらひらさせながら今度こそリンさんは部屋を出て行った。

 

また今度改めてちゃんとお礼をしよう。

 

 

何回かコール音を響かせた後、そのまま携帯を手に取り耳に当てる。

すると、リンさんが言った通りの相手の声が聞こえてきた。

 

『すぐ出れなかったところをみると、どうやらちゃんと準備しているらしいな』

 

「そういう約束ですから。それで、今夜はどちらに向かえばいいですか?」

 

 

準備は整ったので、後は向かうだけ。

とりあえず場所を聞いた後しばらくしたら出発しよう。

 

そう思っていたのだが、返ってきた言葉は予想していないものだった。

 

 

『おっと言ってなかったか? 今回は俺が迎えに行くつもりなんだが』

 

「……そんなこと聞いてないですよ。というか、そもそも今回は貴方への“お詫び”なんですから私が行くのが道理でしょう」

 

マフィアのボスが一人の女の迎えに来るなんて誰が考える。

一瞬驚いたが、流石にそんなことはさせられないと言葉を返す。

 

『俺がそうしたいからそうするんだ。大人しく待っとけ』

 

「いや、貴方は気軽にそういうことしちゃいけない気がするんですが」

 

『俺がどうしようと俺の勝手だ』

 

「しかし」

 

『俺への詫びなら好きにさせてもらっても構わないな?』

 

 

どうやら彼は今そういう気分らしい。

私がどう言おうと迎えに来るのは確定事項のようだ。

 

ここで自分の意見を貫けば折れるのかもしれないが、不機嫌になられるのも困る。

こんな気まぐれが発動した時の止め方を誰か教えてほしい。

 

彪さんあたりに今度聞いてみるか。

きっと『俺にもわからん』と言われるだろうが。

 

 

 

『お迎えはお前の家でいいのか?』

 

「……実は今、事情があってスローピー・スウィングにいるんですよ」

 

『おいおい、俺との一杯の前に誰かとベッドで戯れるつもりなのか?』

 

「……私がそうするとお思いなのですか?」

 

この言葉は冗談なのだろうが、聞いていてあまりいい気分にはならない。

その気持ちが声に乗っかてしまい不機嫌さが出てしまう。

 

軽い冗談も流せないのかと、いつか小言を言われそうだ。

 

『冗談だ、そう怒るな。――ちと今すぐは無理なんでな。暗くなったらイエローフラッグのカウンターにでも座っとけ』

 

「……あの、本当に来られるんですか?」

 

『なんだ、恥ずかしいのか?』

 

 

その声を聴くだけでも容易に携帯を片手にニヤニヤしながら話しているのが目に浮かぶ。

 

 

「いえ。ただ、貴方が来るととても目立つなと思っただけです」

 

『誉め言葉として受け取ろう。――楽しみにしてるぜ、キキョウ』

 

私のちょっとした嫌味を軽く流し、最後に私の名を呼ぶとそのまま通話を切った。

 

 

「お相手はなんて?」

 

「迎えに来ると」

 

「あら、よかったじゃない。待ち合わせは下で?」

 

「はい」

 

「分かったわ。じゃ、開店するまでここにいなさい」

 

今はまだ日が傾く前。

私はマダムの言葉に甘え、しばらく部屋でまったりと過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日が沈み、夜の闇が街を包む時間となれば街中の酒場はたちまち酒飲み客で賑わう。

それは、ならず者たちの憩いの場と化している酒場“イエローフラッグ”も例外ではない。

 

開店すればたちまちアウトロー達が集い、酒を浴びせ合い馬鹿騒ぎしている。

それがこの酒場の通常運転だ。

 

――だが今宵、そんな酒場には一つだけ違う点があった。

 

 

ショートカットで整えられた黒髪。藍色で七分袖のパーティードレス。

 

こんな世紀末に出てきそうな酒場で飲むにはあまりに場違いな格好をしている女性がカウンターに一人座り、店主となにやら話をしている。

 

やはり周りの人間は少なからず気になるようで、ちらりとその女性に目をやりヒソヒソと話し出す。

 

 

 

やがて、一人の男が顔をニヤニヤさせながら女性に近づき声をかけた。

 

「嬢ちゃん、こんな所で一人飲むより俺と一緒に飲まないか? 楽しませてやれるぜ?」

 

男はそのまま女性の隣に座り、ニヤニヤしながら返答を待っている。

 

「……せっかくの誘いですが人を待ってるので。すみませんが、別の女性をお誘いください」

 

男の方から顔を逸らし、丁寧な口調で断る女性の声はどこか冷ややかさがあった。

 

「そんなつれないこと言うなよ。あんたみたいな別嬪さんを待たせる男よりも、俺の方がいいと思うぜ? 色々な意味でな」

 

「お心遣いありがとうございます。ですが、私は待ちたくて待ってるので」

 

「冷てえなおい。いつもそうやって健気なフリして客取ってんのか?」

 

「……私を娼婦だと思っているのですか?」

 

「小奇麗な女が一人でカウンターに座ってたらそう思うだろうが」

 

「そうなんですか、それは知らなかったです。勉強になりました」

 

女性の嫌味にも聞こえるその言葉に、男は機嫌を悪くしたのか眉間にしわを寄せ機嫌の悪さを露にする。

 

「……ちょっと下手に出てりゃいい気になりやがって」

 

 

男がそう言った瞬間、入り口のドアが開かれる。

入ってきた人物に周りの客はどよめくが、それには構わずコツ、コツと革靴の音を鳴らしそのまま歩みを進めている。

 

 

機嫌が悪い男はそれに気づかず更に言葉を続けた。

 

「てめえの顔を人前に出れねえように崩してやろうか? ああ?」

 

「それは困ります。この前やっと治ったばかりなのに。……とにかく、先客がいるので私ではなく別の女性をお誘いください」

 

男の言葉に怯えることもなく、ただ冷たく言い放つ女性の言葉に男は更に不機嫌になった。

 

「てめえ、このクソア」

 

「お嬢さん、そんな野蛮な男より俺と一杯いかがかな?」

 

 

 

 

 

“このクソアマ”と続けようとした男の言葉は、カウンターに座る二人の後ろに立っている人物の声に遮られる。

 

その人物は、黒く長いロングコートと黒のスーツに身を包み、白のストールを首にかけ、夜だというのにサングラスをかけている男。

 

この男こそ、店内がどよめいた理由だった。

街の支配者の一人として君臨しているその男を知らない者はこの酒場にはおらず、なぜここにいるのかと全員が疑問に思っている。

 

当然カウンターに座っている男も、自身の声を遮ったその人物を見ると驚きで目を見開いた。

 

 

声をかけられた女性は店内で唯一動じておらず、背を向けたまま言葉を返す。

 

「貴方にはもっといい女性がお似合いですよ、きっと」

 

「俺はそのいい女性を誘ってるんだが」

 

「顔も見ていないのによく分かりますね」

 

「そういうのは、後姿だけでも分かるもんさ。――だが、どうせならその顔も拝ませてくれると嬉しいね」

 

「……はあ」

 

女性は一つ息を吐くと、ゆっくりと後ろを向く。

 

黒い瞳。傷一つない綺麗な肌。仄かに赤く染まった頬、艶やかな唇。

 

 

顔を見た周りの人間が思わず息を呑むほどに、女性はとても魅力的だった。

 

「ご感想は?」

 

「――予想以上だ。こんなことなら、もっと早く迎えに来ればよかったな」

 

「貴方を待っている間一刻も早く立ち去りたい気分でしたよ」

 

「そういうわけだ。悪いが、今日は引いてくれるか?」

 

「あ、ああ……」

 

隣で黙って会話を聞いていた男は顔を引き攣らせて返答する。

 

その様にフッと笑い、再び女性に目をやり声をかけた。

 

「では、行こうか。Ms.キキョウ?」

 

その言葉に女性は席を立ち、「バオさん、また来ますね」と店主に声をかけ男の傍に近寄る。

愉快そうに口の端を上げている男の隣に並び、男女はそのまま店を後にした。

 

そこで緊張感で包まれていた店内もやがていつもの騒がしさを徐々に取り戻す。

 

一人、カウンターに座っていた男は未だに冷や汗をかき内心『俺明日殺されるんじゃねえか』と思っていることなど周りの人間は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――午前6時。そろそろ太陽の光が街を包む頃。

私はほぼ毎日といっていいくらいこの時間に起きる。

 

しかし昨夜はある男性と浴びるように酒を飲んでいたのと気が張っていたのもあり、いつもより大分遅めの10時に目が覚めた。

まあ、いつもは比較的健康的な生活を送っているのだからたまにはいいだろう。

 

朝食を摂ろうと台所に向かい、いつもの焦げ目のついたトーストとココアを食卓に出す。

コーヒーもたまに挑戦するのだが、あの苦さを未だに克服できていないので今日も大人しくココアを飲む。

 

朝食を食べ終えたら、動きやすい黒いTシャツと紺のイージーパンツに着替え作業場に入る。

 

愛用の裁ち鋏が錆びていないかチェックし、依頼されている服を作ろうと布に鋏を入れた。

 

その時どこか遠い場所で爆発音が聞こえたがこの街ではそれが日常なので特に気にすることはないだろう。

 

 

 

しばらく作業を進めていると、表のドアからコンコンコンとノック音が響いた。

 

 

「洋裁屋キキョウはここでいいかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

私はこの地の果てでこの街のBGMである銃声を聞きながら、洋裁屋を営んでいる。

 

さて、今日はどんな服を依頼されるのか楽しみだ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







やりたいことを全部詰め込んでしまったような形ですが、原作前のお話は今回で終わりです。
長い序章にお付き合いくださりありがとうございました。

次回からは原作主人公のホワイトカラーがロアナプラにやってきた頃から始まります。

原作編からはキキョウについてもう少し掘り下げていく感じになるかと思います。
序章はこれにて終わりますが、これからもキキョウの物語にお付き合いいただければ嬉しいです。

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